-129-:私、痩せたかなぁ…
ココミ・コロネ・ドラコットは、膝上に置いた魔導書に浮き出た盤面を見つめて考えあぐねていた。
―第26手―
白側のココミは、ベルタをプロモーション(将棋で言う“成り”)させるべく、c4兵士(ベルタ)を1マス前進させてc5とした。
対する黒側のライクは、兵士の駒が初出のみ2マス進める権利を行使して、g7ポーンを2マス前進させてg5へと進ませ、さらに!白4騎士を射程に捉えた。
このままの状況だと白側ポーン、ナイトの2騎と黒側ポーン、ナイトの2騎同士のアンデスィデが発生してしまう。
しかし!
ココミはこの状況を、ライクのブラフと見た。
c5に位置するベルタに、f8の僧正が狙いを定めているではないか!
つまり、射線が通っているというコト。
高砂・飛遊午が、これまで優れた剣術を駆使して幾多の困難を乗り越えてきたとしても、基本性能兵士とは比べるまでもなく、騎士をも凌駕しているビショップ相手に1対1で太刀打ちできるとは思えない。
ライクの、これまでの言動を見ていると、ヒューゴに興味を示しているのは間違いない。
ライクは明らかにヒューゴを狙っている。
何としても彼を守らなければ。
使命に駆られたココミは。
―第27手―
あまり気が進まないものの、女王の駒をd1からc1へと横移動させてベルタの後方へと位置させた。
正直、オロチのマスターは、勝つためなら相手をマスターごと捕食してしまう、貪食な戦いをする非道な人物である。
できる事なら、今後一切、彼女との関わりを断ち切りたい。
だけど、これで。
ベルタを倒せば、次は“オロチの餌食になるという”脅しをライクにかけられた。
果たして、ライクはこの脅しに屈してくれるだろうか?
チェスクロックは今日の午後3時50分までとなっている。
本来、相手が駒を動かしてから24時間以内に次の一手を打たなければタイムアウトとなるが、アンデスィデが発生し、戦闘が終結するまで次のチェスクロックはスタートしない。
なので。
チェスクロックは、随分と間延びした状態となっていた。
ライクは何時、次の一手を打ってくる?
彼の次の手は、どう考えても黒g5ポーンで白h4ナイトをテイクさせるだろう。
それまでに。
新たなマスターを二人スカウトしなければならない。
ココミは新たな問題を抱える事となった。
騎士は……やはり、何としても草間・涼馬を迎えたい。
しかし、彼はグリモワールチェスに全く興味を示してくれないばかりか、自らが住まう街を守ろうとする気概すら持ち合わせていない。
ココミは魔導書のページをめくって、霊力探知のページを開いた。
ヒューゴ単身の時はさほど触れなかった矢印が、しかも探知モードのブルー色から変化しなかったのに対して、リョーマは2ランク上のイエロー色の矢印を示していた。
彼はナイトとして迎え入れるのに申し分ない霊力の持ち主だ。
しかし、果たして超音速飛龍のダナが、彼の事をお気に召してくれるかな?
彼女は、ココミが協力を求めた時に、仕えるに相応しい人物を主人に迎えたいと条件を突き付けてきた。
ただでさえ霊力の強い人間を探すのに難儀しているというのに、その上、人間性まで要求してくるなんて…。
今朝のリョーマとのやりとりで、彼が人間性に問題を抱えているのは明らか。
果たして、ダナが彼を認めてくれるだろうか…。
まぁ、契約は一方的に人間側が行うため、彼女の意志など完全に無視できる。
だけど、後々ギスギスした空気を引きずるのでは?と考えると、気が滅入ってしまう。
「私、痩せたかなぁ…」
ポツリと呟く。
何かと気苦労の絶えないグリモワールチェス。
王位継承者の選考手段なので仕方が無いと納得しつつも、他に手段は無かったのかな?と教会のステンドグラスを眺めた。
今のココミには、もう1騎の盤上戦騎、突風翼竜のクィックフォワードの件まで頭が回っていなかった。




