会ってみたら
場面4。ファミレス。
(ファミレスの四人掛けの席に座ってコーヒーを飲む桃太郎。スマホを確認)
桃太郎:あ、フードファイターは胃袋に復讐されろPから連絡来てる。……ちょっと遅れるかも。マジか。あと五分。他二人からは連絡なし、か。こりゃダメかもなあ。
ナレ:何を血迷ったかお兄さん、SNS上で繋がりのある三名に自らオフ会の申し出を致しまして、場所はファミレス、時刻は正午、うららかなる週末に会いましょうと告げ約束より早く到着すれば20分前、期待と興奮と少しの不安を胸に案内されたソファに座して皆の到来を待ちますもしかしなしのつぶて、5分が経ち、10分が経ち、15分が経ちまして猶誰一人として姿を見せないとなると約束をすっぽかされた怒りよりも諦めのほうが強くなり、センチなため息も出るものでございます。ふう、と打ち眺めた道路に面した窓には女性の姿、何の用事もなさそうな歩調に思わずため息が漏れ、すると待ちぼうけの自分がますます惨めに思われ、コーヒーを飲み干したら帰宅しよう、とコーヒーカップに手を遣った時でございます。
(窓を横切った女性が店内に入ってくる)
店員:いらっしゃいませ。おタバコはお吸われになりますか。
雉:いいえ。
店員:では、空いてる席にどうぞ。
(雉はきょろきょろ見回し、桃太郎の座る席に来る)
雉:あの。
桃太郎:はい。
雉:人違いでしたらごめんなさい。もしかして、亀の子たわしさんですか。
桃太郎:あ、はい、そうです、亀の子たわしです。あなたは……
雉:大関のゆるふんです。
桃太郎:あ、ああー。あ、どうぞ、座って。
(雉が向かいの席に座る)
桃太郎:あ、今更ですけど、初めまして。亀の子たわしです。大関のゆるふんさんですよね。
雉:はい。大関のゆるふんです。いつもいいねをくれますよね。
桃太郎:あ、はい。あの情緒的な詩がけっこう好きで、ああ、女性だったんですね。
雉:はい。
ナレ:と答えると同時に店先のドアのベルが鳴ります。見れば男が一人、店員に案内されてこちらに向かって来るではありませんか。スマホを見ればきっかり正午、もしやと手を振ってみると男が言います。
犬:亀の子たわしさんですね?
桃太郎:あ、はい、そうです。亀の子たわしです。あなたは……
犬:ITです。そちらは……大関のゆるふんさんですか。
桃太郎:あ、そうですそうです。大関のゆるふんさんです。よく分かりましたね。
犬:書き込みの内容と今日の面子を考えれば分かります。初めまして、ITです。
雉:初めまして。
桃太郎:あ、どうぞ、座ってください。
(桃太郎が奥の席にずれ、横、手前の座席に犬が座る)
桃太郎:フードファイターは胃袋に復讐されろPさんは少し遅れて来られるらしいです。
(雉と犬が頷く。奇妙な沈黙)
桃太郎:あ、ちなみに、大関のゆるふんさんはどうやってここまで来ました?
雉:駅から徒歩です。
桃太郎:ああー、なるほど、近いですからね。私も駅から徒歩で来たんすよ。いやあ、店がそれほど混んでなくてよかった。……あ、ITさんはどうやって来ました?
犬:…………駅から徒歩です。
桃太郎:あ、ですよねー、やっぱ駅から徒歩ですよね。ですよねー。私も駅から徒歩で来たんですよー。
犬:それはさっき聞きました。
桃太郎:あ、でしたね、すいません、へへ。
犬:それと、匿名で呼び合う仲なのに住所が割れるような質問はあまりよくないと思います。
桃太郎:あ、ごめんなさい、配慮が足りなかったですね、すいません。
(桃太郎、笑顔で頭を掻く。沈黙)
桃太郎:お腹減ったし、注文しちゃいますか。フードファイターさんはいつ来るか分かんないし、先食べちゃいます? ね?
(桃太郎、メニュー表をテーブルに広げる。三人、これを眺める)
桃太郎:ハンバーグとか、鉄板メニューですよね。うわあ、美味しそう。あ、パスタもいいですね。でもご飯ものも美味しそうだなあ。大関のゆるふんさんはカロリーとか気にします?
雉:いえ、あんまり……
桃太郎:ですよね、カロリーとか、ね、せっかく外食に来てるんだから気にせず食べたいですよね、ね。
ナレ:弾まぬ会話、虚ろな視線、打ち切りを告げられた漫画家と告げた担当編集のようなばつの悪さに喋り倒す桃太郎ですが喋れども喋れどもいっかな状況は改善せず、むしろ空気の虚無感は増す一方で、どうしたものか、一発芸でもやろうかしらん、しかし滑った先は奈落の底だぞ、と思案を巡らせていた、まさにその時でございます。来店を知らせるベルと共に奇抜な男が
猿:亀の子たわしー!
ナレ:と叫んだのでございます。
(少し遅れて桃太郎、立ち上がって手を振る)
桃太郎:フードファイターP、こっち! こっち!
猿:はーい、お呼びいただきありがとちゃんこなべー。
(雉が奥に座り、その横、手前側に猿が座る)
猿:みんなお疲れちゃーん。もしかしてオレ待ちだった?
桃太郎:待ってましたよ、待ちましたよフードファイターは胃袋に復讐されろP!
猿:復讐されろPでいいよ。みんな、ぅお待たせ!
(猿、足を組んで崩して座り、ばちこーんとウィンク)
ナレ:お兄さんはテンション高いなと思いました。ITは無理だなと思いました。大関のゆるふんさんはこのハンバーグ、カロリー高いなと思いました。
桃太郎:じゃ、揃ったんで、まずは注文から入りますか。私はカルボナーラで。皆さんは決まってます?
雉:えっともう少し……
猿:あ、オレ、マルゲリータ・ピッツァで。ピッツァで。ってかマルゲリータ・ピッツァってあるのこの店?
(雉がメニュー表を繰る。しかし向いの犬が素早くメニュー表を開き)
犬:ここにあります。私はもう決まりました。
桃太郎:大関のゆるふんさんはもう決まった?
雉:あ、はい……えっと、カルボナーラで。
猿:じゃ、店員呼ぶよー。
(言うが早いか猿が呼び出しボタンを押す。すぐに店員が来る)
店員:ご注文をお伺いします。
桃太郎:カルボナーラ。
雉:私もカルボナーラで。
猿:マルゲリータ・ピッツァおなしゃーす。
犬:私はハンバーグのランチセットで。
店員:ご注文繰り返します。カルボナーラが二つと、マルゲリータピザと、ハンバーグのランチセットで。
桃太郎:はい。
店員:以上でよろしかったでしょうか。かしこまりました、お待ちください。
(店員、去る)
桃太郎:ごほん。では、お集まりいただいたところで、軽い自己紹介でも行いますか。
猿:お集まりいただいたって。硬すぎだよ。もっと砕けた感じで行こうよ。あ、オレはフードファイターは胃袋に復讐されろP。でも正直長すぎっつーか、復讐されろPでいいよ。お姉さんは?
(猿、雉を見る)
雉:私は大関のゆるふんです。時々、詩とか書いてる……
猿:知ってるー。蘇我馬子は負けよったってやつ好きだったー。オレも自作の詩があんの、今度お披露目しちゃおうかなあ。あ、じゃあ、あなたはIT?
(犬、若干閉口した様子で頷く)
猿:会いたかったITぃ。ITが得意だからIT? いつも定刻にしか投稿しないの何なの? 機械なの? でも写真上手いよねえ。セミプロ? 蝉以外もプロ? むしろ蝉丸?
(桃太郎、慌てて割って入る)
桃太郎:あ、ITさんの写真ってすごい綺麗ですよね。私もいつも拝見してて、びっくりするっていうか。
猿:亀の子たわしー!
桃太郎:あ、はい。なん、なんでしょう。
猿:そんなしゃちほこばらなくたっていいって。オレもいつもビビってるー、でいいんだって。そんな今会ったような仲じゃないんだから。
桃太郎:ままま、今会ったばっかっちゃあ今会ったばっかなんすけどね。
猿:そっか、リアルだと今会ったばっかか。くわつはつはつ。
桃太郎:なんすかその文字的な笑いは。
猿:最近戦国武将ブームでさあ、笑う時は、くわつはつはつって。あ、ゆるふんはもしかして歴女? 歴史好き? 腐ってる?
(困惑している雉を見て桃太郎は素早く言う)
桃太郎:じゃあじゃあ、復讐されろPはさあ、最近なんか面白かったことある? なんでもいいよ。
(猿、腕組みし瞑目し急に黙り込む。桃太郎、まずいこと言ったかと焦る。)
桃太郎:あ、あ、あ、オレ、お客様サポートセンターっていう、質問とか苦情とか受け付ける部署で働いてるんだけど、こないだ、電子レンジの故障です、って言うから何かと思ったら、電源コード入ってなかっただけっていうオチがあって。
(誰もくすりともしない。焦る桃太郎)
桃太郎:そんなんばっかでさあ、あんまり面白くないっていうか、手応えがないっていうか、確かさがないっていうか。あ、時々身の上話とかされるけど、あれもどこまでほんとか分かんないし。
(出し抜けに猿が大声)
猿:面白かったことって言えば。テレビの特番でさー、なんたら警察24時とかやってるじゃん? あれ好きなんだよねー。警察が追い詰めてって、逮捕! みたいな。しょうもない言い訳ばっか言い募る現行犯を警察が正論でばしっと逮捕するところ。すっごい爽快だよね。
桃太郎:あ、分かる分かる。反論を一切許さないところが楽しいよねー。
猿:ぐうの音も出ないって感じがね、もう最高なんだよね。
桃太郎:ITさんはどう? ああいうの好き?
犬:見ないです。
桃太郎:あは。大関のゆるふんさんは?
雉:昔、少しだけ見たことあります。
猿:あ、面白いよね? 面白いよね?
(猿の勢いに負ける形で雉が頷く)
猿:だ・よ・ね、こないだの麻薬捜査編でさあ――
(猿、延々と魅力を語る)
ナレ:猿はいよいよ興奮して警察24時の魅力を語りますが他は沈黙するばかり、場はますます熱しているようで冷めていき、もはや猿の一人語りの様相となりますと列席しているのも苦痛を感じ始め、あとはいかにしてこの会を苦情少なく解散させるか、お兄さんがそればかりをぐるぐる考えている、まさにその時でございます。
悪い客:なぁーに言ってんだよ、オレはドリンクバーなんて頼んでないぞ!
(桃太郎ら、レジのほうを見る)
店員:しかしお客様、注文はされていませんが、ジュースやコーヒー等をお飲みなっておられますので。
悪い客:ジュースやコーヒーが有料だなんて、オレは聞いてないぞ!
店員:説明の至らない点があったかもしれませんが、しかしあれは有料のものでして。
悪い客:そんなこと聞いてない! オレは悪くない!
店員:と、言われましても、申し訳ございません、お客様が飲まれたものは有料サービスのものでしたので、お代を支払っていただかないと。
悪い客:そんなこと、一言も説明されてないぞ!
桃太郎:なんか、難癖付けてる?
猿:ドリンクバー制度を知らなかった、みたいな?
桃太郎:今時知らない奴なんているのか?
猿:いや、分かっててわざと飲んだんでしょ。悪い奴だな。
桃太郎:たとえ知らなかったとしても、ここまで来たなら払うしかないでしょ。
悪い客:お代を払えだぁ? ぶん殴るぞ!
ナレ:と、悪い客が腕を振り上げ威嚇を始めた、その時でございます。
(すっくと犬が立ち上がり、止せ止せと制止する桃太郎を無視して悪い客に向かう。桃太郎と雉と猿もレジまで来る。悪い客と犬が向かい合う)
悪い客:なんだお前は! やるのか!
(悪い客、パンチを放つ。犬はパンチをかわし、悪い客の腕を掴んで捩じ上げる)
悪い客:いたたたたた! 悪かった、悪かった、金は払うから許してくれ!
(少しの間を置いて犬が腕を放す。悪い客は支払いを済ませてそそくさと逃げる)
桃太郎:どうなるかと思ったけど、ITさんすげえな。強いわ。
犬:昔武道習ってたんで。
桃太郎:おおー。
猿:って、これだ!
桃太郎:……どれ?
猿:つまり、警察24時なんだよ!
桃太郎:え? どういうこと?
猿:1、2、3、4、四人。んーと……チーム桃太郎!
桃太郎:はい?
猿:オレら、桃太郎として悪い奴、つまり鬼を退治する。
桃太郎:よく分からないんだけど。
犬:桃太郎の真似事をするということです。
桃太郎:いや、それは分かるんだけど。
猿:えっと、ITが犬で、ゆるふんがそうだな、雉で、オレが桃太郎……いや、猿だな、オレ主人公って柄じゃないし。というわけでオレが猿、そして亀の子たわしが、
(皆の視線が集中する)
桃太郎:オレが、桃太郎?
ナレ:巷を跳梁跋扈する悪い鬼を片っ端から退治する、桃太郎たちの鬼退治が今、始まったのでございます。