会社にて
場面3。コールセンター喫煙室。
(喫煙室に入る)
桃太郎:あ、ちわっす。
先輩:お。
(先輩、煙草を一本差し出す。桃太郎、受け取る)
桃太郎:あ、すいません。
(ライターを取り出すとそれより先に先輩がライターで火を差し出す。一瞬躊躇い、それから火をもらい、ビートたけしの物真似をして)
桃太郎:撃てっつってんだろこの野郎。(普通の声で)アウトレイジ・ビヨンドです。西田敏行と絡むところ。
先輩:ははっ、相変わらず似てねえな。
桃太郎:すんません。
(二人で煙草を吸う。間)
先輩:最近、どうよ。
桃太郎:いやあ、ぱっとしないっていうか、説明書読めば分かる問い合わせがほとんどなんで、別にオレ必要なくね? みたいな感じで。
先輩:ま、電話かけてくるってことは困ってるってことなんだから、役立ってんじゃん?
桃太郎:どうなんですかねえ、手応えないっていうか、現実味が薄いっていうか。こないだなんか、コンセント刺さってないだけっていう電話もありましたよ。
先輩:あ、それ、意外と多くてさ、オレも新人の頃、何で動かないんだって頭捻ってたら、察した先輩がコンセント刺さってるか訊けって言って、で訊いたらほんとにコンセントが刺さってなかった、ていう。盲点なんだよな、こっちは刺さってる前提で話してるから。
桃太郎:あるあるなんですね。
先輩:そうそう、あるある。他にも延々と身の上話聞かされるとか。
桃太郎:あ、それ昨日ありました。お爺ちゃんの麻雀放浪記で、けっこう面白かったっすよ。
先輩:浅田哲也かよ。
桃太郎:でも途中から任侠要素が入って来て。
先輩:まさにアウトレイジじゃん。
桃太郎:で、関西弁の組長に銃突きつけられて、言うんすよ。(ビートたけしの物真似)撃てっつってんだろこの野郎。
先輩:お前それが言いたかっただけだろ。しかも全然似てないし。
桃太郎:すんません。
先輩:結局どこからが真実でどこからがフィクションか分かんないじゃん。
桃太郎:任侠までは本当です。っつっても、お爺ちゃんが盛った可能性ありますけど。
(二人で笑う。先輩が灰を落とす動作)
先輩:真実ねえ。嘘か真か、簡単に分かりゃ苦労しないんだけどねえ。
桃太郎:なんか、悩み事ですか。
先輩:それがねえ……ほら、オレ、オンラインゲーム好きじゃん?
桃太郎:ああ、はい。あ、ゲームの攻略法とかですか。
先輩:いや、そうじゃなくて。今度会うんだよ、仲間と。
桃太郎:え?
先輩:所謂オフ会ってやつ。リアルで一回会ってみようって話になって。
桃太郎:いいじゃないですか。会ってみたら楽しいんじゃないですか。
先輩:いやあそれがさあ、メンバーが全員、女なんよ。
桃太郎:最高じゃないっすか。会えばいいじゃないですか。
先輩:それがだなあ、全員、ネカマの可能性があるんだよ。
桃太郎:ネカマですか。ネットオカマ。要するに、男性なのにオンラインゲーム内では女性のフリしてるっていう?
(先輩、桃太郎のほうに体を向ける)
先輩:そうなんだよ! もしオフ会行って野郎ばっかだったら、前提が崩れるっつーか、まあ、別に男でも楽しくやれれば問題ないんだけど、でもどこか心の奥底でがっかりする自分がありありと見えて。なあ梶山、お前ネットとか詳しいだろ? ネカマと本物の女性を見分けるコツとか、ないの?
桃太郎:うーん。それは、申し上げにくいですけど、決定打とかはないっすね。
(先輩、手を顔に当て残念がる)
先輩:そっかー。マジかー。ああー。ま、しょうがねえか。
桃太郎:オフ会、行くんですか。
先輩:全員ネカマでもいいや、話は合うし。楽しいだろうし。第一、オレもネカマやってるからな。
(桃太郎、ずっこける。先輩、腕時計を見て、煙草をもみ消し)
先輩:そろそろ席戻るわ。ありがとまんもすー。
ナレ:少ししょげたように丸まった先輩の背中を見送るお兄さんの心中では、先輩の緑豆もやしのように貧弱な言語感覚が生んだありがとまんもすーとオフ会という言葉とがとぐろを巻く蛇のごとく蟠っていたのであります。