第88話:黒幕らしき人物が浮き上がってきました。
「・・・あ~終わった」
全ての用事を済ましバンクから出て来た俺は軽く背を伸ばした。今回起きた出来事は全てバンクへと報告される。連中の亡骸も一部だけ頂いて残りは提供した。後はこちらの会議の内容を聴取していたエリスさんがガルドさんと共に情報を纏め、遺跡都市へと発信してくれるだろう―――――
―――――時は少し遡る。遺跡から戻る道中の間、クラウドに参加している関係者には既に事の出来事を報告した。俺達が遺跡都市に到着する頃にはガルドさん方は例の会議室を確保しており、速やかに話し合いが行われた。
亡骸を会議室におっぴろげた時にまたアルはパニくるんじゃないかと懸念していたけど、想定していた出来事は起こらなかった。
いやまぁ、耐性を付ける為の努力をしていたのは実際に見ていたから分かっているし、事実克服したって言うのは聞いていたけど、それでも今回のコレは中々にハードルが高い訳でして・・・グロ耐性を獲得したばかりのアルには正直キッツイものがあると思ったわけです。
なのでバックパックから出す時、周りに注意喚起はしておいた。特にアル。今回は本当にキツイから無理にこの場に立ち会わなくてもいい事を伝えた訳だけど、
『大丈夫、今の私はグロなんかに屈したりしないから』
本当かよ?どうなっても知らんぞ?というわけで、俺はカッパーとグレイだったものを会議室におっぴろげた。
『・・・コレは、流石に来るものがあるな』
『つかキョウ、よくこんなもん触れられるな』
『正直、これ以上近づきたくないわ』
ガルドさんロイさんシエルさんでも顔を顰めている。それだけ今回の亡骸は原型が酷かった。端的に纏めた表現をすると、何処かの研究所で実験に失敗した生物の生れの果て。みたいな?
『エミリを連れてこなくて正解だったな』
『そうだね。母さんには見せない方がいい』
『うん、母さんの料理に多大な影響を及ぼしそう』
『『・・・』』
スルトの面々もこれはキツいらしく、そんな事を零していた。心配の方向性がちょっとズレている気がしないでもないが。ミアンとニーナに至っては正に汚物を見るような感じで速やかに距離を取っていた。
『・・・うっ』
『おぉいシルヴィア、頼むからここで吐くな。ほれ、向こうに行って一旦気持ちを入れ替えてこい』
『は、はい・・・すみません』
シルヴィアは耐えられなかったか・・・無理もない。ロドニーのおっちゃんは流石。既に亡骸を検分し始めており、分かった事について色々と質問された。それもこれも、自分ならばどう相手取るべきかの判断材料とする為だろう。これらについてはガルドさん達も大変参考になったと素直に感心していた。
今回初参加であるヘリオスの面々はシルヴィアとロドニーのおっちゃん。アマンダさんはどうしても時間が取れなくて不参加。ヘリオスはうちらのクラウドに参加しているわけではないが、ガルドさんが声をかけた唯一身内じゃないクランだ。最近俺らと行動する事が多くなったからガルドさんが気を遣った・・・というわけじゃなく、普通にアマンダさんのクランが優秀で人望も厚いからのようだ。今まで不参加だったのは、純粋にアマンダさんの所が多忙で時間が割けないからだと言う。前回も前々回も声は掛けていたと言うんだから、その忙しさは相当だ。
『まぁ、うちのクランはリーダー含めて個性の塊だからな。あんな癖が強い連中、アマンダじゃないとコントロール出来んだろうよ、ガハハハッ』
『癖が強い代表格のロドニーさんが言ってもダメだと思います』
合流した時におっちゃんとシルヴィアがこんな事を言っていた。つまりアレだ、手に負えなくて放置されてたおっちゃんが、最近シルヴィアのお陰でどうにかなりつつあるから、試しにこっちへ寄越した・・・そんな所だろうな。
『アマンダさんが、団体行動には致命的に向いていないがロドニーの直感は役に立つはずだ、上手くやってくれ・・・と言っていました』
シルヴィアのアマンダさんからの伝言を聞いてそう思った次第です。
で、だ。肝心のアルはと言うと、
『・・・』
立ったまま気絶しておりましたよ。言わんこっちゃない。ちょっと耐性が付いた程度でどうにかなる対象じゃないのだよ今回は。
速やかにシリカがアルを回収して隅っこに退避させたのを皮切りに会議がスタートする。目が覚めそうになったらツバキが向かってくれるそうなのでお願いする。
概ね話の流れは前回と同じ。コイツの弱点の洗い出しとその対処法についてだ。火に変わらず弱い点は検証の結果変わっていなかったが、コイツは今までのフェイスイーターと違って強さが跳ね上がっていた。おのずと話の焦点は対処法へと移っていく。
特殊な状況だった為確実な事は言えないけど、何らかの形で人間に寄生出来、尚且つ宿主側がその寄生を受け入れていた場合、モンスターや人間の死体とおぼしきものに寄生するよりも強さが段違いになる。
それは寄生した人間の強さに依存するもので、意識としては人間側がある程度主導権を握っているようではあるがフェイスイーター側の意識のようなものも混在しているような感じであった。
フェイスイーター側が一定以上危険を感じると暴走みたいなのが起こり、会議室に広げられている亡骸のような悲惨な状態になって理性も失われて暴れ回る。
『こんな所ですかね』
会議室に備え付けられている黒板に俺は情報を書き出して行く。
『ありがとうキョウ。所でその寄生された探索者が言っていた、あの方ってのは誰だと思う?』
『現状では個人を特定できそうな情報は得られていないので何とも言えないです』
ガルドさんからの質問に俺は素直に答える。
『そりゃそうか・・・じゃあこの寄生された探索者に見覚えは?まぁ頭部以外原型を留めちゃいないが』
『うーん、僕らに絡んできた探索者の誰かなのは確かなんですけど、如何せんまともに相手をしてなかったので今一覚えていなくて・・・』
俺はそう言うとカッパーだった亡骸の方に行き、唯一原型を留めている頭部・・・顔に張り付いているバイザーに手をかけ強引に剥がす。人相を見れば誰なのか分かるかもしれないと思ったからだ。とはいえ、両断した時の影響で全部が全部綺麗に残っている訳ではない。
『キョウ、さっきロイも言ってたがよくソレに触れるな』
ガルドさんが申し訳なさそうな顔をして俺の横にやってくる。俺にこんな汚れ役をやらせてしまったからだろうか。
『・・・まぁ、昔色々と経験しまして』
『そうか・・・で、どうだ?』
ガルドさんがそう俺に聞きつつ、意を決したような顔をしてグレイだった亡骸の方のバイザーを剥がしだした。そんなガルドさんの気遣いに内心感謝をしつつ、改めてカッパーとグレイだったものの素顔を観察する。
そして、ふと思い出した。
『ガルドさん、コイツら・・・僕がバンク内で絡まれてガルドさんが止めに入った時の連中じゃないですか?名前までは分かりませんけど』
『・・・あぁ、あの時の奴らか!確かコイツ等はゴライアに所属してたはず。つまりは・・・バルガスがあの方って奴の正体か?』
どうもこの2人の探索者はバルガスのクランであるゴライアのメンバーだそうだ。他の面々でも見覚えがある者が幾人かいたので間違いは無いだろう。
これまでのフェイスイーターに関する出来事は全てバルガスが関係しているのだろうか?この件は、会議が終わり次第直にガルドさんの方で対処するとの事だ。
『さて、現状こんなのが目の前に現れたらどうすりゃいいって話なんだが』
『これまで通り、普通は逃げの一手かと。数的優位が取れ次第、速やかに囲んで排除。それが無理ならば、時間を稼ぎつつ事の次第を速やかに報告する者を走らせ、遺跡都市に住まう皆でコレに対処・・・ですかね』
『そうなるよなぁ』
ガルドさんの発言に俺は至って真面目に返す。あんなのとまともにやり合えるのは極少数だ。幸いにもこの場にいる面々は極少数側に入るが単独となるとそうも行かない。きっちり数を揃えて安全を確保するのがセオリーだ。なので、フェイスイーターの事を初めて報告した時と同じやり取りとなる。
『問題は遺跡都市の探索者連中が素直にこちらの忠告を聞くかどうかか・・・』
『それは大丈夫でしょう、忠告を聞かなかった連中がしでかしたばかりなんですから』
思えば、この出来事もバルガスが絡んでいる。あの方という正体不明な存在が上手くそう見えるよう仕向けている可能性もあるが、今は探索者の事だ。
今現在は寄生していないフェイスイーター或いはモンスターに寄生したのを、皆で囲めばどうにかボコれるというのが、客観的に見た探索者達の実力だ。一部、単独撃破できる探索者も居るが、これは弱点の火を扱える者に限られる。
最近は武器が広まった事も影響して、探索者全体の強さが底上げされた。フェイスイーターが絡んでくると決まって被害が出ていたものだけど、遂に被害報告が無かったものが出始めた。まだ付け焼刃もいい所だが、この調子で武器が浸透して発展していけば確実に探索者の死亡率は下がる。俺が日々行っている鍛錬法の簡易版も少しづつ広まりつつあるので、将来的には遺跡都市全体の戦力はどんどん向上していくと思われる。
余談だが、単独で純粋な物理で撃破出来るのは、我が家のクランであるスイセンの面々とガルドさんのクランであるティターン、ロイさんのギガンテスといった所か。
シエルさんのネフィリム、リカルドさんのスルトは能力込みならまったく問題ない。
もうちょっとすればヘリオス所属であるロドニーのおっちゃんとシルヴィア辺りもフェイスイーターを対処出来るようになるだろうが、まだ荷が重い。でもそれはあくまで単独という事であればの話であって、2人で協力してとなると、恐ろしくアッサリとフェイスイーターを仕留めるのだから驚きである。
・・・探索者の連中はちゃんと分かっている。自分らが日々遺跡へと赴きこうして今を生きていられるのは誰のお陰なのか。しっかりと理解している。一部の連中は決して認めようとはしないだろうが。
『とはいえ、例外は付き物です。好奇心旺盛な輩が単独で挑むのは避けれないと思います』
『だよなぁ・・・いつも通りのやり取りでスマンなキョウ』
『いえ、コレらの情報を纏めて告知されるまでの工程を進めてくれてるのが誰なのか、分からない僕じゃありません。それに情報が速やかに行き渡っているのが誰のお陰なのかも理解しているつもりです』
ガルドさんやロイさん、シエルさんやリカルドさんの顔を見てそう感謝を伝える。他の面々も目立たない所で動いてくれているのは知っている。
皆この人達がいち早く情報を齎してくれるから、対策を取り日々遺跡へと赴けているのだ。決して本人達の前では本音を漏らさないだろうが、感謝している事を俺は知っている。
だからせめて、俺が皆の分までこの気持ちを伝えよう。探索者の連中が見れば余計なお世話だと言ってくるだろうが、俺や俺の仲間達を受け入れてくれたこの都市の人々にはとても感謝しているのだ。自己満足でしかないがこれくらいしてもいいだろう。後は広めた武器や鍛錬法がこの都市に根付く事を強く願うばかりだ。
『それでは、後はよろしくお願いします。今回のは素材となるのか疑わしいですけど、前回同様一部素材として貰い、残りはバンクの方で買い取るという事でよろしいですか?』
最後に退出する前に、扉の前で控えているエリスさんに確認を取る。
『はい、問題ございません。査定額は後日お伝えさせて頂きます』
『お願いします』
クランの面々にも帰る旨を伝え、俺は会議室を後にする。ツバキはこのまま気絶したアルに付きそうとの事なのでお願いする事に。一応アルを背負って帰るという選択肢もあったんだけど、それはツバキにやんわりと止められた。俺には分からなかったがツバキには何やら思う所があるらしい。
シリカも通常のフェイスイーターとの差異をもうちょっと調べたいとの事なので残る事に。
ミズキ、カシア、マグルは俺と一緒に会議室を出たが、予定があるとかですぐさま別行動に。はい、いってらっしゃいな。あんまり遅くなるんじゃないぞ。
・・・降って湧いた一人の時間。俺はバンクから出て来ると軽く背を伸ばした。
「・・・あ~終わった」
色々あった一日だけど日が暮れるまで後わずかだ。どれ、先に帰って夕飯の支度でもしようか。
 




