第70話:皆の笑顔が見られました。
引き続き残りの解説もしていこうかな。残りは私が頂いた一品物3つとミズキが頼んだ店長のお任せ料理だ。呑気に頭の中で解説してる私だけど、今この瞬間にも他の面々は自身が頼んだ料理を平らげた後、他の人が頼んだ料理を追加注文したりおかわりを頼んだりしている。
それをエミリさんは物の見事に1人で対応している。あぁいや、正確には1人ではなく2人なんだけどね。調理全般はエミリさんが行い、洗い物をしつつ注文を受け取り店長であるエミリさんに伝えている、所謂ホール業務と洗浄業務をこなしている者が1人いる。
「にしても、キースさんって結構器用ですよね。もうお店での作業に慣れたんですか?」
キースさんは以前、黒いモンスターと遭遇して片腕を失ったリーダーさんだ。片腕を失った状態でも出来る仕事を探していた所、エミリさんに声を掛けられたそうだ。
残りの3人はというと、クラン内で新たに組む人を見つけ探索を続けているとの事。3人はキースさんが探索を続けるのならばこのまま組み続けると言っていたが、悩みに悩んだ結果キースさんは探索者を引退する事に。
キースさんの新たな仕事が決まるまで一緒になって職探しをしていたと言うんだから、4人の絆はとても強固だったに違いない。エミリさんの所で働く事が決まった時、涙ぐみながら『キースの事、よろしくお願いします』と頭を下げていた程だ。
「片手が無い分、大変っちゃ大変だが出来なくもない。リーダーなんてもんをやっていた以上、周囲を把握する能力は嫌でも身につく。場が見えてる訳だから、慌てず一つずつ片付ければ何とかなるな。まだ慣れが必要だが、数をこなせばもっと早く動けるようになりそうだ」
私からの質問に淀みなく答えてくれたキースさんだが、常に体と手は動いている。額にじんわりとにじむ汗が仕事量を物語っているが、元探索者なだけあって体力は問題なさそうだ。
「両手がある人並みに仕事をこなすキースさんは、普通に凄いと思います」
そう素直な感想を述べた私だが、当のキースさんは、
「まだまだだな。それはつまり、他の人でもいいって事だろ?やる以上は必要とされる存在に俺はなりたい」
・・・片手を失ったばかりだというのに、腐らずにこうも前向きに生きられるものだろうか?私は少なくとも塞ぎ込みこれからの人生に絶望する気がする。凄い人だ。
「トウドウ、勘違いしてるぞ?俺はただ単に考えないようにしてるだけだ。こうやって仕事をしていれば、気も紛れる」
キースさんは私の事を苗字の方で呼ぶ稀有な人だ。気が紛れるとはいえ、それでも片腕が無い事実は変わらない。逆に腕が無い事で以前出来た事が出来なくなっている事に直面して凄くストレスを抱えてしまいそうだ。私ならきっとそうなる。
「フ・・・トウドウは表情が読みやすいな。確かにストレスは感じる・・・が、こればかりは折り合いを付けなくてはな。すぐに動くか時間に身を委ねるか、この2択だ。俺はすぐ動く事にした、それだけだよ」
そう言うとキースさんは洗い物をするべく奥の方へと行ってしまう・・・とても考えさせられる。
「本人はあぁ言ってるけど、夜とか一人で居る時、凄く不安だったと思うんだよね・・・まぁキースの事は私に任せて!立派な私好みの従業員に仕上げてみせるから~」
・・・エミリさんがサムズアップして私にそう仰るが、違う意味で大丈夫なのか不安になってきたぞ。あぁっと、思いっきり脱線してしまっていたので話を戻すとしよう。
私が頼んだのは一品物の3つである。皆が被らずに一通り注文していくのが分かったので、私もその流れに乗る事にしたのだ。まぁ既に皆思い思いの料理を頼んじゃっているけどね。
一品物は炒飯、ローストボア、焼き魚の3つ。まずは炒飯、シリカ作のフライパンにココナッツオイルを薄きそこへ卵を投入、手早く火を通すとローストボアを細かく刻んだものを絡めていく。そこに炊き立てのご飯が参加しフライパン内で合奏を奏でだす。塩と醤油をアクセントに加え最後に鬼オンの葉を細かく刻んだものを絡めてフィナーレだ。
私のお腹の虫達もスタンディングオベーションである。ボリュームに関しても文句が出ない程あり、腹を空かせた大人が食べても満足できる一品に仕上がっている。これで価格はお店最安値の銅判2枚だというのだから驚きである。銅判5枚でも文句なんて出ないと私は思うよっ!早速出来上がった炒飯を頂き思わず出てしまった声が『ん~美味しいっ!』であった。最早身贔屓でも何でもなく、1人のお店の客として楽しませて貰っている。
尚、食べてる途中から炒飯は皆に奪われてしまった。おぉい!このハイエナ共が~!油断も隙もあったもんじゃない。
次にローストボア、炒飯の時に少しばかりお目にかかったが一品物として出て来るコイツは格が違った。大型オーブンの扉が開くと同時にその存在感を一気に周囲へと主張しだす。香ばしい香りと自身から溢れ出る油を弾けさせ、俺を見ろ!と言わんばかりに扉を潜り抜けて来たコイツの姿は圧巻の一言。1キロはあるであろうそのボディは褐色に仕上がり、既に戦闘態勢に移行しているその体からは凄まじい湯気が立ち上っている。観衆である私達をその見た目と存在感で黙らせたコイツは自信に溢れており、包丁という名のセコンド陣がローストボアの纏っているガウンと言う名の糸を脱がせスライスし、その美しさを披露していく。最後にリングという名の皿に飛び乗ったコイツの名はローストボア!堂々のリングインである。
その光景に観衆である私達は拍手で答えた。この瞬間誰もが思っただろう、コイツが王者であると。価格は現状披露された料理の中で最高値の銀判2枚!それでも安いと感じてしまう程、ローストボアは際立っている。まだ口にしていないのにね!
そのお味は・・・天に召されそうに成程の美味であったとだけ言っておこうかな。なんせ、ローストボアを口にした誰もが美味さに叫ぶでもなく、押し黙り放心したような表情をした後、口に入れたローストボアが気づいた時には無くなっているという体験をしたんだから。人は余りにも美味しすぎる料理を食べると意識を飛ばしてしまう様だよ?こちらは皆の意識が飛んでいる内に残りを美味しく頂けました。
いち早く戻って来たロイさんが早速ローストボアを注文し、残りの面々も注文したもんだから大型オーブンがあっという間に占められてしまう。
大量生産に対応できるようにとシリカやアルと相談して大型のオーブンにしたんだけど正解だったね。
最後は焼き魚だ。皆が追加注文したローストボアへと意識が向いている中、エミリさんは次の料理を繰り出してくる。その瞬間、新たに出て来た料理に即応する皆のレスポンスの良さといったらもう。私が頼んだ料理なんだけど何故か皆が食べる事になっちゃってるよ。気になるなら注文をしなさい注文を。何故に私の時だけ皆はハイエナと化すのか!解せぬ。
こちらは石窯の方からやって来た。肉とはまた違う香りを漂わせるソレは例えるならば、人では到底手が届かない高嶺に咲く一輪の花。近づく事ができるのは、選ばれたほんの僅かな存在のみ。我々のような群衆は遥か離れた場所でその花が醸し出す香りを微かに感じる事が出来るだけ。それが今この瞬間、向こうから歩み寄って来てくれたのだ!
何処か気品を感じさせ独特の存在感を示すソレは、ローストボアの様な力強さではなく儚さ。触れてはいけないような、触れればその輝きが曇り崩れ消えてしまうのではないかという程の危うさだ。
所詮はただの焼き魚だろと侮るなかれ。石窯によってじっくりと中まで火が通り、皮目はパリっと身はシットリふっくらと仕上がったその魚は一種の芸術とも思えて来る。
皿に移され目の前に来た作品を、私はこれから箸でもって切り裂き食べようとしているのだ。そう思うと途端に背徳感の様なものが襲ってくる。それほどまでにこの焼き魚は美しかった。
「あるじあるじ!何ボーっとしてるの?あるじが食べないならわたし、食べてもいい?いいよね?」
カシアがそう聞いて来たのを認識した瞬間、目の前の芸術に箸が伸ばされあっけなく頭の部分が持ち去られカシアの口へと収まった。
「あぁぁぁぁっ!?芸術がっ!てかっ私の焼き魚に傷がぁぁぁっ!?」
「?折角の出来立てなのに、早く食べないと勿体ないよ?」
そうですけど!そうなんですけども!料理ってのは食べるだけじゃなく、目で楽しみ鼻でも楽しむものであってだね・・・あぁっカシア!それ以上はダメー!!
慌てて私も焼き魚へと箸を伸ばす。ほんのりと塩が効いていてサッパリとした身にマッチしている。醤油をほんの少し垂らしてもイケそうだ。あぁ、大根おろしが欲しくなるなぁ・・・今度大根を探してみよう。
因みに焼き魚に使用された魚の名前は牙魚と呼ばれていて、何でもサーベルボアの牙の様に太く長い事から名づけられたそうな。その見た目は・・・太くて長くて巨大な秋刀魚・・・に見えなくもない。
秋口に脂が乗って今以上に美味しくなるらしい・・・やっぱり秋刀魚だよねコレ。旬になると値上がりする代表格なんだそうだ。
値上がり前は銅判3枚で。値上がったら銀判1枚で出す予定だ。旬になった牙魚は今以上に太く長くなるそうで食いごたえも増すとの事・・・今からとても楽しみだ。
「・・・うぅ、殆ど食べれなかったよ」
私の目の前にある皿には骨すら残っていなかった。カシアがフライングしたのを皮切りに皆が箸を伸ばし、あっという間に攫われてしまった。泣き崩れる私をエミリさんが哀れに思ったのか、メニューには無かった牙魚の刺身をソッと出してくれた。
「足が早い魚だから、刺身として出せるのは本当に獲れ立てに限られるけど・・・良かったらどうぞ」
「ありがとう、エミリさん・・・あぁ、脂がまだ乗ってなくても全然イケますよコレ」
「だよね~時間は掛かりそうだけど、刺身の素晴らしさを頑張って広めて行こうと思うの」
「いいと思います。けど、食中毒の危険が高い料理なので注意喚起は必ず行ってくださいね」
「勿論!それと、ガルドさんがいい感じで刺身に魅入られたみたいで良い広告塔になってくれそう」
私とエミリさんのやり取りをバッチリ聞いていたガルドさんは、
「任せろ。最初は皆いい顔はしないだろうが、そんなのは食わず嫌いなだけだって事を知らしめてやろう。勿論、当たるリスクや俄か連中が処理した魚の生はヤバイって事もな・・・だから、その・・・牙魚の刺身を俺にも頂けないだろうか?」
ちょっと恥ずかしそうにメニュー外である牙魚の刺身をお願いするガルドさん。ここに新たな刺身好きが誕生したのである。
お出しされた牙魚の刺身を美味しそうに食べるガルドさんは、本当に幸せそうだ。
さて、最後となったが残りのメニューである店長のお任せ料理・・・これがそろそろ出来上がる頃だ。注文したのはミズキ。
当のミズキは先程からお腹が鳴りっぱなしだ。ミズキが頼んだ料理は時間が掛かるから、その間に別の料理を勧めたんだけど最初に口にするのは最高の料理で・・・との事で、ここまで我慢していた次第である。
そしてついにその料理が出来上がった。ビッグホーンラビットの肉がトロットロになるまで煮込み、セロリ、玉ねぎ、芋、リンゴ、赤ワインを加えて出来上がった料理の名はシチュー。トマトが無いのは残念で仕方ないが肉以外が原型を留めていない程煮込まれたソレはまさしくシチューであると言える。
以前、遺跡都市には普通に酒屋が存在しBARがあるような事を言った覚えがあるが、酒屋には遺跡都市独自の酒もあれば遺跡内で採れるという酒もある。赤ワインは遺跡内で採れる酒の一つとして販売されており、酒屋自らが見つけ独占している。
とある場所から採取してきているそうだが、独占しているのは己の利益の為でなく誤って子供達の手に渡らないようにする為だそうだ。何でも酒屋の息子が酒を浴びるように飲んでしまい、ソレが原因で亡くなったとか。
それ以来、5歳以下の子には頑なに販売しなくなり、買い求める大人達にも飲酒量は規定量超えないように厳命してから売る様になったそうだ。お酒を提供するお店でも子供には出さない事を誓わせ、ソレを守らなかった店には2度と販売しないという徹底ぶりだ。
採取場所も酒屋が完全に秘匿しており、未だその場所は他の探索者達に見つかってない。私が遺跡都市の施設を見て回っていた時、この話を聞きつけ探し回り、そしてこの酒屋を見つけたのだ。
早速料理に使いたいからと買い求めた結果『おめぇ、まだ子供だろ?悪いが売る事は出来んな』と相手にされなかった。けど、何としても料理で赤ワインを使いたかった私は、その場で料理を出来る環境を即興で整え、実演して見せた。料理の過程でアルコールは飛び、子供が口にしても安全である事をアピールし実際に食べて貰いもした。
そこまでしてようやく『おめぇの熱意は良く分かった。いいだろう、特別に売ってやるよ』と厳つい顔に笑顔を浮かばせて売ってくれたのだ。
あと『おめぇの作ったその料理とかいうの・・・美味かった。良ければまた食わせちゃくれねぇか』と言ってくれた時はとても嬉しかった。
それ以来、酒を使用した料理は直々酒屋のおやっさんに差し入れるようになった。そんな話をエミリさんに聞かせたら『私もその酒屋さんと話してみたい!』という話になって、実際に会わせた。
結果、私以上の熱意をぶつけられた酒屋のおやっさんは『おめぇ以上にパワフルな奴は初めてだ!ガッハッハッ良いぜ、売ってやる。店がオープンしたら教えてくれや、足を運ばせてもらうぜ』と快諾してくれた。
そうして出来上がった料理がこのシチューだ。煮込んだ具材は肉以外ほぼ溶け込んでしまっている為、エミリさんは茄子、レンコン、芋、玉ねぎ、セロリの葉をココナッツオイルで炒め、シチュー専用の深皿に盛り付けるとそこに煮込まれて柔らかくなったビッグホーンラビットの肉とトロミの付いたスープを適量入れ、ミズキの前にお出しする。
「大変お待たせしました。ビッグホーンラビットのシチューになります。こちらのご飯と一緒に食べてね」
最早、語るまでもない。待ちに待ったミズキはスプーンでシチューを一掬いし、震える手で口へと運ぶ。暫しの沈黙が場を支配するがすぐにミズキが、
「凄く美味しいですっ!」
口からスプーンを引き抜いた一言がそれであった。待ちきれないとばかりにご飯を頬張り、再度シチューを掬って口へと運ばれる。
「~~~~~っ!」
言葉で語らずともその表情が全てを物語ってくれていた。正に至福の時をミズキは味わっている。
「んふふ、コレを毎日お出しするのは難しいだろうけど、ビッグホーンラビットの肉以外でも試してみて満足のいく出来であれば、お出ししてもいいかもね」
エミリさんがミズキの幸せそうな表情を見て、これまた幸せそうな表情をする。店長のお任せ料理なだけあって、中途半端な料理は決して出したくはないのだろう。
今回のシチューは銀判3枚と最高値になったが、使用する食材によって店長のお任せ料理は値段が変動するそうだ。
シチューが必ず出るという訳でもなく、その日その日で内容が変わる一種の日替わりメニューとなるみたい。
他の面々もミズキの食べっぷりに触発されたのか、自分も食べたいと注文しようとするが、
「まずはミズキちゃんが満足するまで待ってね。折角他の料理に浮気しないで待ち続けてくれたんだもの、これくらいの特典は無いと割りに合わないわ」
とあくまでも今回はミズキが優先であるとエミリさんが宣言する。それを訊いた面々にも否やは無いが、やはり食べたい気持ちは強いのだろう。特にカシアから迸る食べたいオーラが半端ない。
がしかし、そんなオーラに構わずドンドンとオカワリしていくミズキ。残り3割あるかないかという所でミズキは満足したのか、スプーンを置いた。
「満足できた?」
「はい!とても美味しかったです!ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした!」
寸胴丸々一杯と2杯目を約7割消費した所でミズキの手は止まった。エミリさんもミズキの食いっぷりに始めは驚いていたが、直に微笑ましそうにその光景を眺めていた。
その反面、カシアの表情がどんどんと悲壮感を増していった。最後の方はあうあうと涙目になりながら、隣にいたアルに抱き付きだす始末だ。
そんな降って湧いた様な幸運?にアルは相好を崩しながらカシアの頭をナデナデしていたが、本人も内心は食べてみたかったようで、ミズキがスプーンを置いた時ホッとしたような表情を見せていた。
「じゃあ後は他のお客様にお出ししてもいいかな?」
エミリさんがミズキにそう聞くと、ミズキは頷き、
「はい、大丈夫です。次はもうじき焼きあがるローストボアをお願いします」
まだ食べるんだ。そう思ったのは決して私だけじゃなかったんじゃないかな。余分にローストボアを焼いておいて正解だったね、エミリさん。
こうして食事処アオイのプレオープンは無事終了を果たし、この一週間後に正式オープンする事が決定したのだった。
 




