第69話:もうじき食文化の改革が起こりそうです。
「ん~美味しいっ!エミリさん、また腕を上げましたね」
「ありがとう、キョウちゃん。そう言って貰えると自信つくな~」
今私達はエミリさんのお店、食事処アオイで昼食を頂いている。プレオープンに招かれた私達クランメンバーとガルドさん、ロイさん、シエルさんもそれぞれメニューを開き、希望を伝え、各々が頼んだ料理を楽しんでいる。
メニューの種類はざっと10種類。今のエミリさんのレパートリーであればまだ多くの種類を用意できるだろうけど、余り種類が多すぎてもお客さんは何がどんな料理なのか全く分からない。
恐らく初めの内はどんな料理なのか説明を求められるはず。写真とかを添える事が出来ればお客さんに説明しやすいだろうけど、ここは異世界。そんな便利な物は残念ながら今の所無い。
改めてメニューを見てみる。基本的な定食が3つ、丼物が3つ、1品物が3つ、最後に店長のお任せ料理となっている。
定食の概要は焼肉定食、煮魚定食、ミックスフライ定食となっている。どの定食もその日仕入れた食材によって内容は変わるが、お値段は一律で銅判4枚と大変リーズナブルな価格で頂く事が出来る。
焼肉定食の構成はその日仕入れたお肉を薄くスライスし甘辛いタレを絡め、異世界産玉ねぎである鬼オンをこれまたスライスしたものを一緒に炒めたものをメインにしたものだ。お肉の味付けに使用している調味料の一つである醤油は私がエミリさんに安く卸している。この醤油と遺跡内に巣を作っているジャイアントビーのハチミツで甘辛く仕上げていると思われる。炒めている最中に立ち上る香りが空きっ腹に止めを刺そうとしてくるが、これを凌ぎ切った者は至福の一時が約束される。
ここに炊き立てのご飯とコンソメスープ、キャベツとセロリの漬物が付いて完成である。後、お水は氷と一緒にシリカ作の中が透けて見える陶器に入れられており、バッチリ冷えた状態で各テーブルにこれまたシリカ作のコップと一緒に備え付けられている。
お米は我が家である遺跡の近くで採れる為、現在はエミリさんのお店に卸しているけど、遺跡内でも採れる箇所があるとの事なので安定供給が出来るようになり次第そちらへと移行していく予定。
コンソメスープも遺跡内で噴き出てる場所がある為、そちらから採って来ている。けど、エミリさんはソレをそのままお出しせず一手間加えているようだ。拘りですねぇ。
キャベツとセロリの漬物も私が作り方を教えたんだけど、既にエミリさんなりのアレンジが加えられている。こうやって各家庭の味が生まれていくんだねぇ。
煮魚定食の構成はメインがお肉から魚に代わったものだ。醤油をベースに塩とハチミツを加え、恐らくだがシイタケを使ったダシを用いていると思われる。そこへ丁寧に処理された魚を投入し、煮崩れしないよう弱火で煮詰められた魚は己からあふれ出る旨味と各調味料と融合し、肉とは違った芳醇な香りを醸し出す。皿に盛りつけられた煮魚は箸で軽く触ると簡単に骨から身が外れ、中までしっかりと味が染みたその身は思わず顔がニヤけてしまう位の美味だ。
ミックスフライ定食の構成はその名の通り、肉と魚両方をココナッツオイルで揚げた贅沢なものだ。パン粉が無い代わりに米粉を使用して揚げられたフライは、小麦粉と比べて油の吸収率が低くヘルシーに仕上がる。
丁寧に処理された肉と魚に米粉を塗し、ココナッツオイルに投入されコンガリとキツネ色の衣を纏う頃には、ココナッツオイルの甘い香りに包まれた肉と魚が顔を出す。
まな板へと場を移したフライ達はサクッサクッと心地よい音を奏でると共に食べやすい大きさへと姿形を変え、千切りのキャベツが待ち構える皿へ躍り出る。ココナッツオイルと食材達が見事に合わさり、香ばしい匂いがこれから訪れる幸せへと誘ってくれる。
そのまま口の中へ迎え入れても十分美味しいだろうが、エミリさんはフライにつける調味料として塩、醤油、そしてタルタルソースの3つをチョイス。
タルタルソースは私がマヨネーズの試作をしていた時のついでに作っていたものだ。マヨネーズの原料となる酢に関しては、米の生る木から採取できる樹液がまんま米酢だった事からソレを利用させてもらった。
まだ私とアルとエミリさんの間でしかマヨネーズとタルタルソースは行きかっていない。マヨネーズそのものがまだ試作段階故、他の面々にまで行き届いていないのが現状だ。
その試作段階だったマヨネーズをエミリさんなりに改良し出来上がったのがこのタルタルソースという訳だ。私が作ったのはマヨネーズとみじん切りにした玉ねぎを和えたものだったが、更にそこにキュウリらしきもののピクルスだろうか・・・が見受けられる。タルタルソースの概要など別段教えていなかったというのに、この短期間でここまで辿り着くとは恐れ入る。是非ともキュウリの入手経路を教えて貰わなくちゃ!
これら3つの定食を味わっているのはカシア、マグル、アルの3人で、カシアが焼肉定食、マグルが煮魚定食、アルがミックスフライ定食だ。
3人共とても幸せそうな表情をしながら料理を食べている。その味は・・・聞くまでもないよね。アルがタルタルソースの出来栄えに凄く驚いていたのがとても印象的だった。後で私も味見させて貰うとしよう。
次は丼物の解説に行こうかな。丼物の概要は親子丼、カツ丼、そしてなんと海鮮丼だ。お値段はこちらも一律で銅判3枚と相当安い。殆ど原価じゃなかろうか。
親子丼の構成はその名の通り、鶏肉と卵である。エミリさん独自の割下に鶏肉と玉ねぎを入れて煮立たせ、そこに溶き卵を投入してとじ、シリカ作の丼ぶりに炊き立てのご飯を7割程敷き詰めるとその上に出来上がった親子を解き放つ。うん、卵もトロっとしており絶妙な火加減で素晴らしいの一言。手早く生み出されたその料理は見る者の目を存分に楽しませてくれる。
最後に異世界産のミツバを彩りとして添え、完成である。
カツ丼の構成はその日仕入れた肉により内容が変わるとの事。鶏肉は親子丼の方で使用する為、チキンカツは今の所やらないそうだ。本日はサーベルボアのお肉をリカルドさんが獲って来たので猪カツ丼となる。
ミックスフライの時同様、米粉を使用して猪カツを作る。丼ぶりにご飯を敷き詰めその上に薄くエミリさん作の丼ダレをかけ、そこに千切りのキャベツを広げる。猪カツを一口大に切り素早くキャベツの平原へと放つ。熱々の肉汁が切断面から滴り、キャベツの平原を湿らせる。最後に丼ダレを猪カツにサッっと降りかけると完成だ。
海鮮丼の構成は主に刺身にする魚で彩られるわけだが、異世界の人達はお肉や魚の生食はほぼしない。レオナちゃんとエミリさんが私の所に泊まった夜、私は試しに魚の刺身を出してみたのだ。
生の魚にはやはりというか、アニサキスのような寄生虫が潜んでいた。初めはコレらを自力で処理していたのだが、精霊に成る前の子達から『そんな事しなくても、マナを魚に流し込めば一掃出来るよ~』という助言をしてくれたのだ。
言われた通り捌いた魚にマナを流し込んで見た所、急激に流れてきたマナに寄生虫が耐え切れず棘が内側から飛び出て来るような感じで魚の身から逃げ出したのだ。
後は飛び出て来た寄生虫を処理すれば、比較的安全な刺身にできる切り身をゲットできる。助言をくれた子達には土下座する勢いで感謝したものだ。
その料理を見たレオナちゃんとエミリさんは一様に驚き、私からの説明を聞いた後でも箸を伸ばすには中々の勇気を必要としたそうだ。まぁ絶対にあたらない刺身なんて存在しないからね・・・。
意を決したエミリさんが、生姜醤油・・・そうそう生姜なんだけど、生姜はポーションを作る時に使用されていて遺跡都市では当たり前の様に普及している生薬でした。遺跡内のとある場所で大量に群生していて採り放題になってました。残念ながら、ワサビの方は未だに見つかっておりません。
失礼、エミリさんが生姜醤油に刺身をつけて食べてみた結果、物の見事にハマってしまいました。意識改革が起こった瞬間でしたね、アレは。
その光景を見たレオナちゃんも食べた結果、エミリさん程では無いにせよ気に入ってくれたようで私は刺身が受け入れられてとっても嬉しかった事を今でも思い出す。
遺跡内で手に入る魚は川魚っぽいんだけど、さして泥臭くもなく海魚と同じ感覚で料理出来るのが殆どだ。
刺身に合うかどうかはエミリさんの方でしっかりと確認したようで、今回は平面魚、赤身魚、遺跡魚と呼ばれている魚達で海鮮丼を作ったそうだ。
どれも遺跡内を流れる川から獲れるそうで実際に魚を見せて貰った。結果、平面魚はヒラメのような魚で、赤身魚は捌いた時の身が赤い事からこの名が付いたらしく、見た目は鮭っぽい。遺跡魚は見た目といい切り身といい私は鰤にしか見えなかった。うん、どれも刺身に向いてそうな気がビンビンする!
問題は、遺跡都市に住まう人達が海鮮丼を受け入れてくれるかどうか。一度食べて貰えば、その素晴らしさが伝わる自信はエミリさんにもあるんだろうけど、どうやって食べて貰うかが難しい。
丼ぶりのご飯に生姜醤油を薄っすらとかけ、その上に新鮮な刺身達がこれでもかと乗らさる様は圧巻だ。後はお好みで用意された生姜醤油をかけて口の中へと掻き込めば、私はきっと余りの美味さで昇天するに違いない。
親子丼はシエルさん、カツ丼はロイさんが、そして海鮮丼を頼んだチャレンジャーはガルドさんだ。事前に内容を聞いていたとは言え、それでも魚の生食を経験した事が無い者にはやはりハードルが高いように感じる。
生姜醤油を適量垂らし、丼ぶりを片手に固まるガルドさん。その光景をシエルさんもロイさんも固唾を飲んで見届けている。
覚悟が出来たのか、刺身を一切れ箸で掴むとガルドさんは己の口へと誘った。暫しの沈黙が降りる。そして、
「う、うぉぉぉぉぉっ!?美味いぞっ!これが刺身って奴なのかっ!」
ガルドさんがそう感想を漏らすと同時に、勢いよく刺身とご飯を描き込み始めた。
「・・・っ・・・!おぉ、箸が止まらんっ」
余りの光景にシエルさんもロイさんも呆気にとられた感じだ。そのガルドさんの反応に満面の笑みで自信を深めたエミリさんは、シエルさんとロイさんに出された料理が冷めない内に食べる様促す。
まだどこか呆けた感じの2人だったが、己の前に出された親子丼とカツ丼を一口食べた後は・・・こちらも凄かった。
「「・・・んぐっ・・・っ!?」」
無言で丼ぶり片手に掻き込みだす両名。箸が凄まじい勢いで動いている。こちらの方も美味しいかどうかなんて聞く必要は無さそうだ。
「この様子だと海鮮丼・・・大丈夫そうですね」
「そうだね~皆初めは躊躇するけど、一度口に入ってしまえばこっちのものね。後は如何に私が海鮮丼へと誘導できるかどうかかな?」
「そこが一番難しいんですけどね・・・でも、海鮮丼に拘らなくてもシエルさんとロイさんのあの姿を見れば全然行けると思いますけど」
「親子丼やカツ丼も勿論おススメするけど、私はやっぱり海鮮丼を推して行きたいかな~」
この通り、エミリさんが最も普及させようとしているのは海鮮丼・・・いわゆる生食の文化だ。今後お店が本格的にオープンして、お客さんの反応次第では刺身定食が流行る日も来るのかもしれない。
生ゆえ扱いは細心の注意を払う必要がある。刺身が遺跡都市の人達に受け入れられたら、故郷の・・・ひいては私達の馴染み深い文化が受け入れられたようで、何処か誇らしくもある。
既に縁を切ってしまっている国だが、食まで縁を切る必要はない。無理に広めるつもりは無いけど、エミリさんを通して今後も様々な食文化をこの世界の人達に伝えていければ幸いです。
 




