第55話:探索者達がとうとうやらかしました。
ひとしきり皆の寝顔を堪能した後、私は朝食を用意すべく動き出す。冷蔵庫及び冷凍庫は既に完成済み。冷蔵石は大きさと純度でその効果が変動するというのが分かった。
シリカに冷蔵石純度100%でバスケットボールサイズの大きさに合成して貰い冷蔵庫の中心に設置してもらった所、業務用冷凍庫並みの冷気を発し始め、私以外の面々が慌てて冷蔵庫から逃げ出したのは記憶に新しい。
急遽冷蔵庫だったその一室を冷凍庫とし、未使用の隣の一室を冷蔵庫とした。冷蔵庫に設置した冷蔵石のサイズは、試行錯誤した結果、野球ボールサイズが適温になると分かったのでコレを設置。
以前は山頂付近まで行って氷を確保し氷室を作っていたが、遺跡内で見つけた冷蔵石のお陰で立派と言える冷凍・冷蔵庫を手に入れた。もうね、笑いが止まらないの。
因みに定期的に設置した冷蔵石にマナを補充しないと枯渇して冷気を出さなくなるので、10日に一回くらいは補充しないといけない。でも、これで半永久的に使えるのなら安いものである。
私は前日に冷凍庫から冷蔵庫に移したベーコンのブロック、巨大なキャベツ(札〇大球並み)みたいな異世界産野菜、空飛ぶニワトリからゲットした卵、米などを運び出し調理していく。
メニューはキャベツの千切り、ベーコンエッグ、炊き立てのご飯・・・って所かな。うぅ、味噌汁が欲しいよぉ・・・けど味噌が無いのでどうしようもない。その代わりではないが見つけてしまったものがある。
「ふっふっふっ・・・遂に手に入れたぞ、醤油!」
私は醤油が入っている醤油差しを天に掲げる。あぁ・・・きっと正確な醤油とは違うのだろうけど、私の舌がコレは醤油だと叫んでいるのでもうコレは醤油なのだ!
レオナのクランメンバーを捜索した過程でバックパックに詰め込んだ様々なモンスター達、この中に人でも食えそうなサイズのバッタが紛れ込んでいたんだけど、コイツの解体をツバキにお願いした時にゲットできたのが茶色い液体。
結構な量が取れるとの事だったので45ℓサイズくらいの瓶を用意し移してもらった所、3つ分程取れた。この茶色い液体を眺めていたらですね、あの懐かしい香りがしたんですよ。私はビビりながらも指にソレを付け、口へと運びました。
瞬間あの香りと濃厚な味わいが口へと広がったのです!思わず嬉しくてその場で泣き崩れちゃいましたよ。カシアとマグルに慰められるとか貴重な経験もしてしまった・・・ご馳走様です!
とはいえ、雑味みたいなものも私の舌は捉えていたので試しにこの茶色い液体を鍋に移して加熱し、ろ過
してみる事に。
沈殿物が下に溜まったタイミングを見計らってキレイな上澄みをすくい、指に着けて舐めってみると雑味混じりだったものから昇華され、これぞ醤油だ!と自信をもって叫べるレベルの物が出来上がりました。この時点で加熱未処理前の茶色い液体は私の中で生醤油という位置づけに。
一心不乱に残りも過熱して処理していきましたよ。最終的に2瓶までその量は減りましたけどサイズがサイズなので早々なくならない。寧ろダメになる前に消費しきれるか心配に。
なのでシリカに協力を仰いで、1瓶分丸々ビン詰めにして保管する事にしました。ふふふ、これで当分醤油には困らないぞ~笑いが止まらない!
そんなこんなしてる内に料理が完成。テーベルへと並べていく。うん、やっぱり汁物が欲しいかな。冷蔵庫にこの前採ってきたコンソメスープがあるから、ここにベーコンの切れ端と異世界産玉ねぎである鬼オンをスライスして投入し手早くオニオンスープを作る。ついでに彩りを追加するべく、近場に生っている異世界産トマトを採って来て千切りキャベツへと添える。大体何でもそうだが採れたて野菜って本当に美味しいよね。
最後に私は複数の生卵を持ってきて見つめる・・・醤油が手に入った以上どうしても食べたい物がある。そうTKGと一部の人達が呼ぶ、卵かけご飯だ。
安全を確認できたものは生で食べる事も多い。といっても果物とか野菜が殆どで未だに魚を刺身で食べたり肉の生食は避けている。生卵もその代表格と言える。温泉卵にしてしまえば?とも思われるだろうけど、アレはアレで個人的には別物なの!私は、卵かけご飯が、食べたいの!
「キョウちゃん、なに卵見つめて難しそうな顔してるの?」
おはようアル。いつの間にやら皆起きてきて、テーブルに着席を果たしていた。
「いやね、生卵を使った美味しい食べ方があるんだけど食中毒が恐ろしくてね・・・」
卵を複数持ちよる為に使っていたザルへと戻し、私は皆に炊き立てのご飯をよそっていく。くっご飯を見ると余計に卵をかけて食べたくなってくるなぁぁぁっ。
「参考までにどんなのか聞いてもいい?」
料理が好きになったアルからすれば、美味しい食べ方と言われれば知りたくもなるか。
「人によって食べ方ややり方が違うけど、私は器に生卵を割り入れてここに醤油を適量入れてかき混ぜ、コレを熱々の炊き立てご飯にかけて食べる!かな?」
「ほうほう、やり方って言ってたけど他にはどんなやり方があるの?」
「直接熱々のご飯に生卵を割り落してソコに醤油を適量かけて食べるって人も居るかな。卵かけご飯は人それぞれのやり方食べ方があるというのも面白くて奥深い所なんだよ~」
「へぇ・・・どれどれ」
アルが生卵を器に割り落し醤油を入れてかき混ぜ、ご飯にかけて行く。私が止める間もなくアルは卵かけご飯を口へ運んでしまった。
各々にいただきますをしたクランメンバーも卵かけご飯が気になるのか、ベーコンエッグやら千切りキャベツのサラダやらを頬張りながらアルの事を見つめている。
「・・・」
アルの小さなお口がモグモグ動き、そして喉を通っていった。
「キョウちゃん!なにこれっすっごく美味しいんだけど!?」
そんな事は知っているの!あぁぁぁ・・・食べちゃったよ。あたっても私は知りませんよ!それを見てしまったミズキやマグル達も喉を鳴らし、自分たちもやってみようと生卵へと手を伸ばしだす。
「ちょ~っと待ちなさい!卵かけご飯を止めはしないけど、体調が悪くなったりお腹を下しても私は責任持たないからねっ!?そこん所を踏まえた上で自己責任の元、食べなさい」
私の注意喚起を聞いても何のその。皆美味しい物への魅力にはあらがえないらしく、卵かけご飯を自身のお口へと掻き込んでいく。
「「「「・・・」」」」
皆が皆、卵かけご飯を食べている。分かっちゃいたけど、皆の食べるペースが上がり生卵と炊き立てご飯が凄まじい勢いで消費されていく。無言で卵かけご飯を口へ流し込んでいく様は圧巻ではあるんだが・・・あの、そろそろ私の分のお米が・・・。
炊き立てご飯が残り少なくなると同時に冷蔵庫から持ってきた生卵も残り一つとなった段階で、最後の一つを勝ち取るべく皆のペースが更に上がり・・・そしてほぼ皆同じタイミングで生卵へと手を伸ばした。ラスト1個を手にした勝者は・・・
「やったぁぁぁぁっ!」
アルだった。残りの皆は項垂れながらテーブルへと突っ伏していく。嬉しそうに釜に残っている最後のご飯をよそうアルの顔は幸せに満ち満ちていた。そして私が食べるお米が無くなった瞬間でもあった。
リカルドさん達を捜索したあの日から、起こった出来事をいくつか挙げよう。まずやはりというか、地下遺跡へ続く縦穴に配置していた監視を振り切り侵入する者が居た。事前にこちらが知り得た情報を公開し幾ら危険を知らせたとしても探索者は探索者。自分の目で見、肌でそれを味わうべく危険へ飛び込んでいく者は後を絶たなかった。
その危険を乗り越え新たな情報を持ち帰る者も居れば、帰って来なかった者も居た。大方遺跡内の遺物か何かを持ち出そうとして管理者か主の怒りにでも触れたのではないだろうか。
あれから私達は地下遺跡へと赴いてはいない。普通にそれどころじゃ無かった。冷蔵庫及び冷凍庫の設置、枯渇した食材の調達、ガルドさん達へのマナと気の運用法伝授とバックパックの中身整理整頓等々。
リカルドさん達を捜索した際に手に入ったモンスター産の物資はガルドさん達と山分けにしたんだけど、それでも結構な量が手元に残った。
バンク側の方で買い取りを行っているので、不要な物はジャンジャン買い取って貰ってお金へと変えたがそれでも結構な量が残る。特にシリカとツバキの裏技運搬法で運び出せなかった黒いモンスターとフェイスイーター産の素材が大変だった。
通常のバックパックに入りきらないモンスター由来の素材やら食材を、シリカとツバキの裏技運搬法を駆使して我が家へと運んでいた私達だったんだけど、その裏技から弾かれてしまった物は諦めて抱えて持ち運ぶしかない。そう決意した次第だったが、それを見かねたリカルドさんが助けて貰ったお礼としてバンクが貸し出してくれる4次元バックパックともいえるアレの劣化版を譲ってくれた。
『俺達は遺跡都市の外に出る事なんざ、殆ど無いからな。正直バンクのバックパックだけで間に合っていて使い道が無い。それにこれ以外にもまだ持っているから遠慮くなく受け取ってくれ』
そうして手に入れたバックパックを使い貯まりに溜まってしまった素材やら食材を運び出した。尚、譲って貰ったバックパックは入る容量が少々少ないというだけで使用感はバンク貸し出しのバックパックと変わらない。普通に高性能な代物でした。本当にありがとうございます。
それから我が家に持ち帰ったモンスターの素材やら食材を整理し仕舞っていく傍ら、どうして黒いモンスターとフェイスイーターは2人の裏技運搬法から弾かれてしまったのか調べてみた。
結果、どうもこの2体、体内にマナダイトがあるらしくコレの所為でどうやら収納できなかったようだ。マナダイトを摘出した後ならばツバキ側の方で有機的なモノとして収納・加工が出来るようになったので、使い道が出来るまでは防腐処理と素材としての加工のみに留めて仕舞う事に。
摘出したマナダイトも最低限の加工処理をシリカにお願いした。シリカ産のマナダイトと違って色や雰囲気が何処となく違うのは気になったが、この後とある出来事が発生してしまった為、素材保管部屋となっている倉庫でしばし共々眠っていてもらう事となった。
よし、これで地下遺跡の調査が出来る!と思いつつ休憩がてらミズキ達と外でお茶をしていた時だ。
「お~い!大変だ!バルガスが所属してるクラウドがやらかしやがった!」
そんな急報を携えてやってきたのは、リカルドさん。既に我が家の場所はレオナちゃんが皆に伝えてしまっている為、リカルドさんと私達で結成したクラウドの面々には隠してない。なので、ここ最近は私達が遺跡都市に来ない時などはもっぱら誰かがこっちに来る事が増えた。
「お疲れ様です、リカルドさん。どうです?お茶でも一杯」
「おぉ、ありがとうキキョウ君・・・あ~、生き返る」
椅子へ着席する事を促し、そこに座ってマッタリしだすリカルドさん。というのもこの前、独特な香りのする草を見つけた!とカシアが私にダイブしながら報告してきたので、散歩がてらその場所に行ってみる事に。そしたら、辺り一面というか鬱蒼とお生い茂るレベルで繁茂したミントらしきハーブを発見。早速摘み取って乾燥させ、現在試飲していたというわけです。うん、中々いい感じに仕上がった。
時を忘れてミントティーを味わう私達。
「・・・って、呑気にお茶してる場合じゃないぞキキョウ君!」
む、思った以上に現実へと戻ってくるのが早かった。
「はい、バルガスのオジサマが所属してるクラウド・・・確かヘカトンケイルって名前でしたね?あそこがどうかしたんですか?」
因みに私達のクラウドにはアトラスという名前が付けられた。ついでに言うと新たにガルドさんが作ったクランの名前はティターンで、ロイさんの所はダイダラだ。シエルさんの所は本当にクラウドを解体してこっちへと加入した。晴れやかな笑顔をして『解体してやったわ。ざまぁみろっての』と仰っていた。本当に前所属のクラウドで何があったのか。
にしても、ティターンとかタイタンの呼び名が変わっただけじゃ?って思ったりもしたけど、特に突っ込みはしなかった。うちのクラン名とかそもそも巨人に関わりないしね。気にしませんとも。
「おじさまって・・・まぁいいか、そのヘカトンケイルだがな、こちらの忠告を無視して地下遺跡の大規模調査を実施しやがったんだよ。単独で侵入した連中の持ち帰った情報を集めた結果、行けると判断したらしい。で、その連中が遺跡内で何かやからしたんだろうな・・・突如湧き出して来た大量の虫やらネズミやらが襲い掛かって来て、阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているそうだ。監視していた奴からその報告を受けたガルドが今、遺跡都市にいる探索者達をかき集めて事態の収拾に奔走してる」
「あ~あ、言わんこっちゃない」
あれ程口を酸っぱくして忠告をしたというのに、一度痛い目を見ないと分からないようだ。
「今の所、地下遺跡から湧き出た連中が地上に出て来たって報告は無いが、それもこの先どうなるか分らん。地下遺跡に潜った連中には悪いがキキョウ君が作った蓋を閉じ地上への進出を防いでいる状態だ。忠告を無視して起きた出来事だ、被害拡大を防ぐのを最優先させてもらう」
散布されてしまったウィルスを密閉空間に閉じ込めてやり過ごしてるって感じらしい。
「それで?私にどうしろと言うんですか」
あからさまに不機嫌な様子で私はリカルドさんに問いかける。絶対に碌な事じゃないからだ。
「・・・キキョウ君達には至急地下遺跡へと赴いて欲しい。バルガス達が仲間を助けるから地下遺跡へ入れさせろとガルドの所で騒いでいるそうだ。この騒ぎにかこつけて連中が地下遺跡へと探索者を放ったという情報を入手した。コイツらが蓋をこじ開ける前に止めて欲しい・・・と」
ほらろくでもない!何で私達がそんな事しなくちゃならないのかと言ってしまいそうになるのをグッと堪える。
この話を断っても他の誰かが赴くのだろうが、それで地下遺跡から虫達が湧き出て地上部分のエリアに被害が出てしまうと遺跡都市の人達だけでなく私達も、いや私が困る!まだ色んな事が調べれきれていないのだ。しかもあの近辺には醤油の原料となってくれるバッタが生息している。何としても被害を出すわけにはいかない!
「スマンな。本当はガルド自身が行くと訊かなかったんだが、アイツに今抜けられると探索者達を統率出来る者が居なくなる。ロイやシエルではまだ無理な事だ。そしてこの2人とレオナは既に先行して向かってもらい、監視してる連中と協力して探索者を追払って貰うつもりだ」
私達は応援という事だ。心底申し訳なさそうにリカルドさんが言うが、リカルドさんが悪い訳じゃない。悪いのはこの事態を引き起こした連中だ。
「了解です。オジサマ達が放った探索者達を牽制或いはその場から排除・・・と言う事でよろしいんですよね?」
「よろしく頼む」
ここから遺跡都市までは結構ある。リカルドさんがここまで来るのに掛かった時間も考えると、すぐに動くべきだ。間に合うかどうかは・・・正直分からない。
こうしてリカルドさんを伴って私達は遺跡都市へと走るのだった。
 




