第34話:やってしまいました。
偉そうなおっさんが会議室に入って来て黒いモンスターの亡骸を観察しだした。そのおっさんの後ろには仮面を付けた女の子が一人控えている。
おっさんは元探索者か何かだったのか、割と引き締まった肉体をしているように見える。というのも着ている服が全体的にダボっとしており、見える地肌と言えそうなのは首から上くらい。顔の回りには別段贅肉らしいものは付着しておらず動きもスムーズだ。角笛に使えそうなくらいに太い角が両側面から生えており、後ろに流れる形で伸びている。耳の形状からして・・・虎がベースのような気がしなくもない?
そして何で偉そうと感じたかというと、態度もそうだが来ている服に施された刺繍が何ともハデハデしくてですね・・・金銀を素材としているのか全体的に光り輝いて見えるくらい。目に悪そう。
一方後ろに控えている仮面を付けた女の子はというと、肩付近に届くかどうかのショートヘアで色は茶。何処となく秋田犬を思わせる色合いで全身を装っている感じ。耳も秋田犬のような△でちょっと愛らしくもあり、こちらの住人特有の角は何故か見当たらない。尻尾は・・・モッフモフである。ただ残念な事に無機質でシンプルな仮面を付けているせいかその魅力は半減している。身長は・・・くっ俺より大きい!
どうでもいい事だが俺は身長が低い。この場にいる誰よりも低い。クランメンバー内で一番小っさいであろうカシアとマグルとどっこいどっこいな低さ。そろそろ抜かれるかもしれん・・・160cmってそんなに小さいですかね!?
勝手に憂鬱な気分に陥っていたら、ガルドさんロイさんシエルさん等があからさまに嫌そうな雰囲気を纏っており、そんなガルドさんが
「おいバルガス、何しに来た?」
「何しに?そんなの決まっておる」
バルガスと呼ばれたハデなおっさんが観察を止め、ガルドさんの方に向き直る。
「この新たに見つかったというモンスターを貰い受けに来たのよ。おい、運び出せ」
おっさんがそう呼びかけるとガタイのいい男達が数人会議室へと入ってくる。そして黒いモンスターの亡骸を運び出そうとしたので、
「あの、人の獲物を勝手に持ち出そうとするの、やめてくれます?」
俺が間に割り込む形で運び出そうとした人達を遮る。すると、手が空いていた男が
「どけっ!クソガキ!」
という一喝と共に殴り掛かって来た。俺は男の拳を受け流すと同時に足をかけ、倒れ込む男の腕を掴みつつ床に叩きつける感じで背中を踏みつけた。
男はろくな受け身も取れぬまま頭から床へとダイブする。俺が背中を踏みつけた勢いも加わり盛大な激突音と共に床との接吻を果たし、
「いギャッ!?」
というキスの感想を頂きました。残念!貴方の冒険はここで終了だわ。
そんな光景を目の当たりにしたガタイのいい男達の動きが止まる。それと同時に、
「ほう。坊主、儂に立てつくつもりか?」
バルガスと呼ばれたおっさんがそう言ってくるので俺は、
「自分の成果を横取りされそうになれば、阻むのは普通の事かと」
俺の返しに何やら納得したのかおっさんは、
「なるほど。坊主、儂が誰なのか分かっていないな?」
分かりませんとも。最近来たばかりの人間ですから。でも、碌な奴じゃないのはその行動からして明らかだ。
俺の冷めきった視線など意に介していないのか、
「儂はな、かつてこの遺跡都市を創り上げた5人の内の一人、ギリアム様の末裔だ。今、遺跡都市が存在しているのは儂のお陰と言っても過言ではない」
・・・何言ってんだコイツ?それはギリアム様ってのが凄いのであってお前では無かろうに。まさに開いた口が塞がらないとはこの事である。そんな俺の反応を自分に対する畏れとでも捉えたのか、途端に気を良くしはじめたおっさんは更に語りだす。
「それだけではないぞ?この遺跡都市に存在する様々な施設は儂が維持管理しているのだ。このバンクも大衆浴場も下水やこの都市を覆う防壁もその全てが!そうこの儂が!管理してやっているのだ!」
俺はさり気なく辺りを見回す。ガルドさんもロイさんもシエルさんもガルドさんのクランメンバーでさえも、このおっさんの演説に肯定的な反応を示していない。ゴーレムであるエリスさんでさえ、何処となく剣呑な雰囲気を漂わせている程だ。恐らくは行き過ぎた自己評価、或いは誇大妄想の類か。それとも――――。
そんな俺の視線の動きに気づいたようで、気持ちよく演説を垂れ流していたおっさんは更に勘違いを加速させ、
「フフフ、小僧?周りに助けを求めようとしても無駄だぞ。こいつ等では儂に指一本触れる事は出来んからな・・・ん?その指輪・・・くっははははっ!なんだお前、見習いじゃないかっ。しかも、よくよく見れば角無しと来たものだ!そうかそうか、それは済まなかった。無能は無能なりに努力をしていたのだな。その男を瞬殺する技量は素晴らしいが、教養の方までは無理だったと見える」
角無し・・・そういえば以前にも聞いたなそのフレーズ。内容からして蔑称なんだろうが、どんな経緯で生まれた表現なんだろうな。まぁ何となく察しはつくが。
にしてもだ、どんどんこのおっさんの勘違いが酷くなっていく。何か坊主から小僧へとシフトチェンジしちゃったし。どうしようかコレ。でも、あんまり目立ちたくないしな・・・俺が悩んでいると腹を抱えて笑っていたおっさんが、おもむろに懐に手を突っ込み一枚の金判を取り出して自らの足元へと落とす。
俺が床に落ちた金判を一瞥しおっさんに視線を戻すと、
「拾え。この新種の亡骸をソレで買い取ってやろう。過剰な額だが、楽しませて貰った褒美としてくれてやろう」
ソレを拾おうと俺が動いて手を伸ばしたら、踏みつけてくるっていう奴だな!そんな事で俺が釣られる〇〇か!!
「おい、いい加減にしろや。不愉快にも程があんぞ」
っって、あぁぁぁっ!俺じゃなくてロイさんが釣られてしもうた!俺が反射的にロイさんの方を見て止めようとするが、
「黙れ、オニキスの倅が。出来損ないの分際で儂に立てつくな。身の程知らずめ」
クッソー!乗ってくる方のレスポンスが早い!
「てめぇ・・・言わせておけばっ!?」
ロイさんがバルガスに掴み掛ろうと動こうとしたその時、仮面の女の子が間に入りロイさんの動きを阻んだ。
「邪魔すんじゃねぇよ、どけっ!」
「それは出来ません・・・契約ですから」
女の子から発せられた声は酷く平坦だった。まるで命令に忠実な機械のような対応だ。
その女の子の動きに連動してるかのように、ガルドさんとシエルさんがロイさんに向けて警告を発する。
「おいっよせ!それ以上そいつを刺激するな!」
「ダメよっロイ!その子と戦っちゃ絶対ダメ!」
・・・この2人がそんなに慌てるこの女の子は何者なんだろうな?周りの反応からして相当強いのだろうか。情報が足りん。気配の消し方はミズキとどっこいな感じだが、さてはて。
2人からの警告を受け、憤怒の形相を女の子に向けながら絞り出す感じで、
「・・・お前はそれでいいのかよ?」
「・・・」
女の子は黙して動かず。変わりに警告を発するアラームばりに殺気を辺りに振りまき始めた。
「・・・っくそっ!」
ロイさんが元の位置から更に一歩後ろに下がった。それと同時に女の子からも殺気が消える。そして、それを見届けたバルガスは腹の底から、
「ははははははっ!無様だなぁお前たち!何が最前線の探索者だっ!所詮お前たちもそこらにいる有象無象共と何も変わらぬではないか!こんな奴らに偉大なる創始者様方の血が流れていると思うと反吐が出るわ!」
嗤い数々の罵詈雑言に晒されガルドさんはゾッっとするくらいの無表情となり、その硬く握りしめられた拳からは血が滴り落ちている。
シエルさんも硬く目を閉じ、引き結ばれたその唇は悔しさからなのか震えが見て取れる。
ロイさんに至っては何も出来ない不甲斐無さからか、視線だけで殺す事が出来そうなレベルで女の子とバルガスを睨みつけている。
そんな雰囲気に影響を受けたのか、バルガスの連れてきたガタイのいい男達が黒いモンスターの亡骸をその場に置き、俺の方にやってきた。そして2人の男が嗜虐的な笑みを浮かべながら俺の肩を掴み、残りの1人は俺から小太刀を取り上げた。そして、
「ほらよぉ、バルガス様が褒美として金判を授けて下さるって言ってるんだ。早く跪いて這いながら拾いに行かないとダメじゃないか~」
「そうだぞ~角の無い無能な新入りの探索者君に、とってもお優しいバルガス様は慈愛と慈悲を込めて恵みを下さると仰られているんだ。咽び泣きながら感謝の言葉を唱えつつ拾いに行くんだぞ~?」
そう言いながら俺を無理やり跪かせる。そして残りの1人は、
「コイツ、無能なせいか武器なんてもんを持っていやがる。なぁ、パパとママに教わらなかったかぁ?武器なんてもんはなぁ・・・臆病者が持つ腰抜けの証だってよぉ!」
そう言ってこの男は俺の小太刀を床に叩きつけ、更には泥の付きまくった靴で小太刀を踏みつけやがった。その瞬間・・・
あぁ・・・ヤバい奴だコレ。視界が真っ白に染まっていき時間の感覚が妙に遅く感じるようになる。この野郎・・・俺の為にシリカが頑張って作ってくれた小太刀を床に叩きつけた上に踏みやがったな・・・死んだな?いや死んだわコイツ・・・俺が貶されるのは慣れてるから全然逝けるが、俺の娘が俺の為に俺の事を思って俺が死なないように俺を助ける俺が生きて俺が帰って俺が俺が還る俺は死なせない死なせた俺が返した俺は助け俺は無力だ俺が殺したそう俺が・・・コロス。
俺が抑えこみ、その場に溶け込ませ、違和感を感じないように同調させていた自らの気配に、殺意をふんだんに混ぜ込んで解放しようとしたその時、
「「「へ?びゅっ!?」」」
なんだろう・・・人が発音できなさそうなそんな音が聞こえたと思ったら、俺を押さえつけていた2人と小太刀を踏んだ奴がほぼ同時に吹き飛んだ。そのまま会議室の壁へと突き刺さり轟音と共にピクリとも動かなくなる。
反射的に顔を上げた俺の視線の先には・・・俺より一瞬早くキレて気配丸出しの殺意ムンムンなミズキが、拳と蹴りを放った姿勢で停止している姿だった。




