チキンの女神 〜子爵家四女の私はどう足掻いても最悪な運命だ。ならいっそ、駆け出し冒険者にでもなってやろうじゃあないか〜
私の名前はジョレッタ・ブルーノ。
ブルーノ領ブルーノ伯爵家の四女で、もう今年も一週間後には十四歳となる。
この国での貴族の十四歳は特別だ。
成人式を行い、一人前と認められる。
そのため、男子は騎士見習いから騎士へ。女子は親が見繕ってきたフィアンセと結婚式へ。
それぞれ本格的に国のため、親のために働き出すのだ。
自分で言うのも変な感じだけれど、私は侍女たちから「青い髪に翡翠の瞳、歩く姿はブルキエッロ川の穏やかな流れのようだ」と言われている。ブルキエッロ川とは、王都近郊に流れるこの世界で最も美しい川だ。誰だって、こんな褒め方をされれば嬉しい。
その後に続く、「これが四女で浮気の子ですもの。神様はいないのでしょうね」という皮肉がなければ、なのだけれど。
四女では権力もだいぶ薄れる。長男、次男、長女、次女、三女、四女。私が末っ子で四女なのだ。
追い打ちで、母様が浮気して出来たんじゃないかって噂まである……この髪の色がいけないらしい。両親ともに紫だから、青の髪は逆の意味で映えるんだと。
両親は「決して浮気なんてしていない」と憤慨していたが、貴族達は心が腐っている。そんなの真摯に受け止めるわけがないだろうよ。格好の話のタネである。
どうせ、その両親の主張も見栄っ張りな貴族のプライドなのだから。屋敷ではああも放任主義に私を育てていたのだから。
そんなかろうじて貴族な扱いである私のフィアンセは王都にいる小金持ちの商人。
一回だけ会ったが、脂ぎった顔にでっぷりとした腹、もうそれは怠惰を手の中で転がし固め煮詰めたものじゃあないかと思った程だ。
とてもあんなのとは一緒にいたくはない。
物語の中のように、恋をして、愛を知って、別に権威なんてなくたっていいから、貴族じゃ無くていいから幸せに暮らしたいんだ。
どうせ両親は、少しでも使えるものは使っておこうとか、祝い品でも贈るような気持ちで私を送るんだろうさ。
それだったら少しくらい自由にしてくれても良いのに。
所詮は、束縛された幸せに薄い甘味を感じる、いや、感じなければならないといったところですか。鎖を外すとなにが起こるか分かったもんじゃあない……。
悶々と心の中で不満を吐きつつ歩いていたが、到着した。
所々薄汚れた赤い塗装の壁に快活な大声の飛び交う王都屈指の民衆食堂、『ルーチャおばさん食堂』だ。
「こっちに酒だァァーーッ! 酒を追加ダァーー!!」
「オイオイこっちが先に頼んだんだからおかしいだろぉ!? そりゃこっちのもんだぜ!」
「やっぱしうんめぇぇえええええッッ!!」「それでいてこの値段だもんな!」
「ルーチャさん酒はまだかァァーーッ!?」
まだ入り口にも立ってないのにそんな声が聞こえてくる。間違っても貴族が訪れるような場所じゃあない。
『えぇいッッ!! アンタら五月蝿いッッ!! そうも喚かないと食事も出来ないってか! アンタらのしょーもない玉ぶっ潰してやろうかぁ!? アァン!?』
「「「ヒュンッ」」」
ルーチャおばさんの怒号が響き、男性の怯えた声が聞こえた。
ちなみにこの店の売りは良心的な値段と豪快なメニューだ。確か有名なのは……えーと、えーと。
「ルーチャさん! フライドチキン100本タワーよろしくゥゥ!!」
「こんのぉぉ……こんなタイミングで注文してくるたぁアタシを殺す気かね! いいさ! その勝負受けてやろうじゃないの! 残したら容赦ァしねぇからな!」
「オォイ! C級冒険者のスタピードが100本チキンに挑戦するってよォォオオオ!!」
「「「ビエーニ・オラ・スフィーダ!!!」」」
そうだ。100本チキンとかいう挑戦メニュー。
食べ切れたら店の看板に自分の名前が彫られ、名誉となる。
食べ切れなければ全部自腹とかいうチャレンジで、荒稼ぎ出来た景気の良い冒険者やなんかがこぞって挑戦するのだ!
ちなみに、ビエーニ・オラ・スフィーダとは「さぁ、挑戦だ!」の意味である。
私は窓の付近に移動し、悟られないよう待ち人をしてる風を装って覗き見る。
みんながみんな、顔面が割れんばかりの笑顔を浮かべていた。片手に酒を持って、もう片手を口元に当てて「ビエーニ・オラ・スフィーダ!」と叫びあっている。
「いいなぁ……」
思わず、漏らしてしまった。
私だってあんな風にバカ騒ぎしたいよ……。そう思いながらも窓の外からチラチラ見ていたら、
「お嬢ちゃんなんで入らねぇんだ? これから100本喰いだろぅ? ほらほら、早くしねぇと見れねぇぜ! 確かスタピードがやるんだろ? 初チキンタワーチャレンジなんだ。盛り上げてやろうぜっ!!」
「えっ、あっ、わ、わたくしはっーー」
そういって、通りかかった大男にぐいぐいと押し込まれてしまった。粗末な木の扉をガタンと開けて入った。
「おいおいアミベレ! もうすぐチキンが運ばれる時間だゼェ!? 遅いじゃねぇか! って……うぉぁ! めっちゃくっちゃ美人な子連れてきてんじゃあねぇか! この野郎ッ!!」
「「「な、何だってェーー!?」」」
「違う違う。そんなんじゃあねぇぞ! ただそこの通りでチラッチラと中を覗いてたもんだから押し込んでやったまでよ! ガハハハハハ!」
「えぇと……あはは、そ、そんな感じ、です」
「「「ウォオオオオオオオオッッ!!」」」
ずーっと、羨ましく、密かに憧れていたこの雰囲気。貴族の女がこうも渾然とした場所に来てるなんて知れたら家族やなんかは鶏のとさかの如し表情で走ってくるだろう。貴族ってのはお洒落なカフェで「まぁまぁそれはーー」「あそこの家の長男さん実はねーー」と、虫取り網が如く情報網を張り巡らせるものだ。
なにせ、品位を疑われては周りから侮蔑の目が向けられてしまう。そうなればパーティーにも余り呼ばれなくなるし、そうすれば縁が減る。縁が減れば次はーー芋蔓式に崩れていくのだ。
ドキドキする……ば、バレやしないだろうかっ。
「アンタら五月蝿いよ! 珍しく綺麗でお淑やかな女の子来たからって騒ぐんじゃあない! アンタらなんて目の端にもこびりつけて無いんだから! どっこいしょ、ほらほら、お待ちかねのタワーだよ! 時間はこのどでかい砂時計が落ちるまで! よーいスタート!!」
「ええっ!? ちょ、早っ!?」
「「「ウォオオオオオオオオッッ!!」」」
「こ、こうなったら仕方がない! このスタピード、いざ参るッッ!!」
「ウォオオオオオオオオッッ!!」
雄叫びが響き、ルーチャさんがぶちギレる。スタピードさんは次から次へと山盛りのチキンを崩していく。囃し立てるように怒号を浴びせ、スタピードさんは「むォオオオッッ!!」とか言いながら齧ってた。
もう20本は喰い尽くすであろう勢いだ!
実は私も、二回目のうぉぉっに合わせて叫んでいた。一度叫んだら吹っ切れた感じで、身分なんて側溝にぶち込み、周りの男たちに混じってはしゃいだ。何回も叫んだし、顔面が割れんばかりに笑った。
意味のない叫びなのに、なんだろう。空気が震えた、心が震えた! 一体感ってやつを初めて感じた!
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「よっ……しゃ………これ、で…………ングッ……!!」
「く、食い切りやがったぁ」「英雄の誕生だぜぇぇ」
「「「う、うぉぉおおロロロロロロ」」」
もう夜も更けてきた。冒険者の大半は酒の助けを得た重力に抑え付けられている。叫ぼうとした冒険者はフラつきながらもそれに抗うと、厠へ行列をなし、頭を抑え呻いている。
「ったく、アイツらはほんっとに馬鹿だねぇ。アホみたいに酒飲んで、食べて…………こんなに喚き散らしたのも久し振りじゃなかったかね。お嬢ちゃんは旅人かい? にしては高価そうな服だけれど」
「え、あっ、そ、そんな感じですっ」
「そうかい! この街はどうだ? 馬鹿で煩いけれど、案外悪いってもんじゃあないだろうさ」
「……どうなんでしょうかね」
どうとも言いづらい質問だ……。
「ま、確かにお嬢ちゃんみたいな淑女さんにゃあ合わないってのも分かるけどね、もう夜が深くなってくるさ、襲われたら溜まったもんじゃあないし帰ったらどうだ? ほら、こいつ、これでも結構やるやつだから護衛でもして貰いなよ」
そう言ってルーチャおばさんは、お腹がパンパンで唯一起きていたスタピードさんを指差した。
「お……う! ま、任せろっ!」
「えぇ、いやいや大丈夫ですよっ!? そのお腹で動けるんですかっ?」
「勿論よ、俺は冒険者だ……それに、女は大切にしろって母ちゃんに叩き込まれたからな。ここで一人返しちゃあぶん殴られっちまうよ」
「なんともお強そうなお母様で……」
C級冒険者をぶん殴る母なんて相当強いに違いないだろう……。
「まぁまぁ。俺は行けるとこまで勝手に着いてくからさ。ルーチャおばさん! 俺、チキンタワー食い切ったから金払わなくても良いんだよな!?」
「あぁ。まっさか食いきられるとは思わなんだ。金はいらんよ。周りの男どもが沢山呑み散らかしてくれたからねぇ」
「そうか。ご馳走さんでした、美味かったぜ!」
「そう言ってくれるのが一番嬉しいさ」
ルーチャおばさんは優しく微笑んだ。目の横の小皺、えくぼを目立たせる薄らとしたほうれい線がが充実した人生を物語っている……私の両親よりもよっぽど、母親に見えた。
だから私は、
「ご馳走さま、では、行ってきます」
と言ってみた。私でもよく分からなかったのだけれど、こう言ってしまった。でもそんな私にルーチャおばさんは、
「あぁ、待ってるよ。いってらっしゃい」
と言ってくれたのだ。
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夜の街を靴底でコツコツと音を立てて歩く。足音は二つ。私と、スタピードさんだ。
「そいえばアンタ、名前はなんて言うんだ……? 聞いてなかったよ」
「私の名前はジョレッタ……………ブルーノです」
一つ足音が止まる。
「えっ、き、きき、貴族様ッッ!? す、すまない! 俺は敬語やなんか分からないんだ! 許してくれーー「いいんですよ。ジョレッタと呼び捨てで。お願いします」
私は彼の言葉を防ぎ重ねるようにそう言うと、ちょっと振り返って微笑んだ。有無を言わさない顔だ。間違っても、冒険者のスタピードさんまでこの私をブルーノなど呼んで欲しくない。ジョレッタ、ただのジョレッタとしていたい。
「わ、分かったよジョレッタ……さん。やっぱりどうも……」
「フフ、それなら大丈夫ですよ」
「そうか、良かった。どうも、下民癖が抜けきらなくって」
そこから少し会話が途切れた。
別に気まずいとかそんなんじゃあないけれど、夜の街を眺めると言うか、私がこの平民街をじっと見つめながら歩いてたからだろうか。
広場の少し大きめな噴水を迂回するとき、気になって聞いてみた。
「冒険者、どうですか?」
「……そうだなぁ、まぁ、悪くはない。今日だってダイヤモンドゲルを運良く見つけられてあんなチャレンジができたし、何よりあの野蛮な感じが俺には合ってるからな」
「そうですか……羨ましいです。そう、あの束縛されない自由の雰囲気が。自分自身を自分で動かしている感じで……」
そう言いながらどこか活気を残す黄昏る街を見ていると、スタピードさんは一瞬足を止めた。
私も足を止めて振り返る。
噴水をバックにした彼は得意げな顔を浮かべーー
「ーー冒険者として成功するためのコツや心得を語ってやろうじゃあないか」
そう言った。
私は「この場面で何故急にこんなことを?」と、思ったのだが、すぐにハッとしてこう返した。
「頼みますっ!」
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「それでは、私はこちらの抜け道から貴族街に入りますので……」
「あぁ。久しぶりにまともな話ができる人がいて良かったよ。ありがとう」
「いえいえ、それを言うなら私の方こそです。護衛までしていただいて……冒険者についても、教えてくださって」
私が微笑むと、スタピードさんは人差し指をビシッと立てた。
「最後にこれだけ言っておこう。冒険者に一番必要なこと、これなんだと思う?」
「なんでしょう……強さ、賢さ、ですか?」
「まぁもちろんそれも大事なんだけれど……それでも、そんなことより断然大事なもの。それは“覚悟”だ。確固たる“覚悟”なんだ」
厳粛とした顔つきで、続ける。
「僕ら冒険者の“覚悟”はこう。“何が何でも生きてやる”だ。生きていればいいとか、死ななければいいじゃない。何が何でも生きてやるんだ。この違いが分かるようになったら、一端の冒険者って語れるだろうな」
そう言うと、私に向かって手を突き出した。
握手だ。
「ジョレッタ、覚悟はあるか? 出来たか?」
「……勿論、出来ましたよ。ええ、私にも“覚悟”が出来た見たいです。今までの自分をぶん殴ってやりたいような、そんな気持ちッ! 分かりましたよッ!」
「そう、だな。その目は、もう止まらないってやつの目だ。ジョレッタから、大丈夫か。それじゃあ、また会おう」
「ええ……今度は私がチキンタワーにチャレンジしてやりますからッ!」
そう言って、私は抜け道から貴族街に入り込み屋敷へと嵐の如く駆け抜けるのでした。
・・・・・・
「遅い、遅いぞジョレッタッッ!! 来週に婚儀を控えているというのにお前って奴は……分かっているのかッ!?」
「覚悟は、今日決まった次第ですけれども」
「……覚悟? 何が覚悟だ。私は権力的価値が無い、どころか寧ろブルーノ家の恥であるお前にチャンスを与えてやってるのだが? だというのに何故お前が受け入れてやったみたいな言い方をするのだ? 甚だ理解しがたい事態なのだが?」
私はそれを無視して突き進み、階段を上がる。
「ご入浴は?」「お食事は?」そう聞いてくる侍女達を無視し、自室に入った。
クローゼットから儀式用の白手袋を引き出し、服に仕舞う。部屋から出ようとしてーー振り返り、ベッド下を覗いた。
「ねぇ、ぷにょりん。あなたは私と来る? それともここに残っていては虐められるでしょうし……森へ放すわ。何方が良い?」
そこで、ベッド下で木の収納の擬態していたぷにょりんを起こし、聞いてみた。ぷにょりんは元々、貴族の子供達に虐められていたスライムを私が隠れて保護し、小さい時から一緒に過ごした仲間だ。
虐められた過去を持つからか、擬態が非常に上手である。
とはいえ、私がここを去れば餌を与える存在はいない。
姉達に任せるなんて以ての外、寄ってたかって虐めたりするんだろう。
私のペットなんて、とか喚き散らしながら。
溜息の漏れる口と同時に顔を下げると、ぷにょりんは私の足元にすり寄ってきており、小さく「みゅっ!」と返事をした。
どうやら、私についてきてくれるらしい。良かった、ここでぷにょりんが来れないとなれば、正直辛いところだった。
「それじゃあ、ぷにょりん……」
私はぷにょりんと話した。
部屋を出て、階段を駆け下がる。
未だ広間にいた父様へ後ろから見話しかけた。
「父様、私はブルーノを捨てこの家から出ます。その覚悟が決まりました。今までありがとうございましーー「何をバカなことを。気は確かか? お前のことをこの私が救ってあげようと言っ」
どうやら、交渉決裂、でしょうね。元々認めるなんて思わなかったですが。
「てるんーーッッ!?」
私は、父様の顔を白い手袋で思いっきりはたいた。
それは“決闘”を意味する。私の“覚悟”も意味する。
「場所はブルキエッロ川の大木のふもと、日時は今すぐ。武器はそちらが指定してくださいまし。この決闘で負けた方は、勝った方の要求を全て了承せねばならない。立会人は要らないですね…………まさかとは思いますが、こんなか弱い女子を相手取って、はぐらかしたりなんかはしませんよねぇ?」
「な、な、なにっ、を……………………………………………%〆○#€→☆Jubeaーーッッ!!」
酷い遅延を起こしたかと思えば、南国のサルの如く喚き散らすのだった。
・・・・・・・・・・・
夜の冷たい風は後ろに纏められた私の髪で遊んでいる。
前方に剣と小盾を構えるブルーノ子爵は、そこそこ様になってるって感じだ。
なんでも、昔は剣術を嗜んでいたとか。私は女でからっきしだ。勝ち目なんて、100回戦って1回しか取れないんだろう。
1回だ。それでもーー
「このコインを投げ、地面に触れたのを合図に始めとしましょう」
「なんだその構えは。やる気があるのか? バカにしやがってッ!」
五月蝿い相手を無視して、私はコインを親指に挟み力を込めた。
『冒険者というのは、そりゃもちろん自由に仕事を選び自由に動き回る職ではあるんだけどな、そのどれもは大抵戦闘がつきものだ。そうだな、まずはそれのコツを教えてやろう! まず、一つめはだな……』
スタピードさんの言葉を思い出しながら、空へ打ち出す。
即座に盾を前に出し剣を引き、守りの体勢を作ると腰を落とした。
相手は以前変わらぬ構えだ。
『一つめはだな、観察だ。相手が自分より強い、弱い、関係無しだぜ? 対峙したときには距離をとりつつ情報を稼げ。これが一番重要だ』
コインが落ちると同時に私はダンスのバックステップを踏み、背後へ背後へと避ける、避ける。
「決闘を申し込んできたお前が逃げるかッ! 貧弱者がぁぁッッ!! 恥さらしめッッ!!」
剣を振るわれたので、横に移動しつつしっかりと盾でカバー。
ガツンと伝わる振動が重く、腕が折れてしまいそうだ。
相手の構える剣の、手元を狙って小盾を合わせ攻撃をズラす。
二、三回繰り返すと腕が痺れてきたので、四回目で盾を叩きつけるようにして剣を弾き、その時の体の捻りを利用して剣を円を描くように回した。
「ハァッ!!」
弾かれ、剣をよろめかせる相手へ上から斬りかかる。
『二つ目は、相手のミス誘いだ。ここで大事なのは一つめの情報に基づいて策を立てること。罠やなんかに嵌めるため、相手の意識を逸らす必要がある。オススメなのは、上からの攻撃だ。ついつい足元が疎かになっちまうからな』
ガチィィインッッ!!
「重みもない、速度もないッッ!! こんな決闘、最初から決まっているだろうよ、 無駄無駄ァッ! 今に性根叩き折ってくれるッ!」
ギリギリで剣が防がれ、突きを放ってみるが盾で受け止められる。
剣術をやっていたってのは伊達じゃあないみたいだ。
不味い、私はもう息を荒げているけれど、相手にそんな気配は全くない。余裕綽々って感じだ。やはり大人の男と私では体力的な差が大きい……!
「ウラァアアアッッ!!」
私は喉が裂けんばかりに叫び上げ、ヤケクソと言わんばかりに盾ごと突っ込んだ。
「ハッ! やけになりおッッーー!?」
振られた剣を無視して、腕に付けていた盾を外し投げつけた。
盾が相手に当たったおかげで私に向かっていた剣は肩を少し掠めるだけで血を見ることはなかった。
剣の峰で空いた胴体を殴りつける。
鈍い音はしたが、やはり腕の疲労も相まって決め手にはなり得ない……!
『そうして引きつけたらば、一発入れてみる。でも、そこで決めようと深追いするのはだめだ。死にかけの獣とか負け通しのギャンブラーってのは最高にイかれてるからな。もし無理だったんなら、次に取るべきは再びの“逃げ”だ。ここからが大事、凄く大事だ。相手はブチ切れる筈だし、それ故に視界も広まらなくなるんだーー』
「こっ、ここ、こっ、こんんんッッのやろぉぉォオオオッッ!! 私を、この私を侮辱しおってッッ!! 私の道具の癖に、忌々しいその髪を持つ頭ごと叩っ斬ってやるッッーー!!」
『そしてチャアンスタァイムだ。情報を元に、先ほど意識をそらせた所へ再び意識を戻させ、一気に不意を突く。ただ、この状況の相手ってのは大振りになりがちだから先程より距離を詰めることをオススメする』
激昂しながら勢いよく体勢を取った相手に、私は剣を構えて一歩踏み込んで真正面から突きを放つッッーー!!
「甘いわぁぁッッ!!」
瞬間、相手の剣は綺麗な軌道を描きその正面を斬った。
フッという風の音を残して。
「な、き、消えただとぉぉォオオオッッ!? い、意味が分からないッッ! どうなってやがる! 今確かに斬った筈だった! なぜ、なぜだぁぁぁっ!!」
私の手から離れ空中に残された剣は、勢いを失い地に落ちる。
「ど、どこなんだァァァアアッッ!?」
相手はぐるりぐるりと体を回し、周りを見たところで、剣はカランと音をたて地面に落ち
なかった。
私は匍匐前進の格好から飛び上がるように剣を掴み立ち上がり、相手の後頭部を思いっきり剣首で突いた。
ブルーノ子爵はぐらりと揺れ、地面に倒れる。なにやら呪詛めいたことをぬかしているので意識も飛んでないだろう。ただ少し体が思い通りに動かない筈だ。
そして背後には 擬態を解いた状態のぷにょりんがいた。
盾を投げつけて視界を塞いだ際に入れ替わったのだ。
私はその隙に背後へ、詰まり突きの軌道上に匍匐し、大振りを放った相手の隙に叩き込んだのだ。
そして、スタピードさんが教えてくれた戦闘(実際は武勇伝のようなものだったかもしれない)コツの最後だ。
私は剣を地面に刺して盾を放り投げると、ぷにょりんを肩に乗せて這い蹲る父上を見た。その目は爛々としていて、怒りを滲んでいた。
なので、私は私の覚悟をぶつけてやる。コツの最後、確固たる覚悟をッッ!
「父様。私はあなたの道具じゃあありません。もちろん、お父様以外の子でもありません。私は私たるれっきとした存在なのです。確固たる存在なのです…………自由の反対とは、責任です。束縛なんかじゃあありません。自由が存在するならば必然的に責任も発生するものでしょう。ですが! 束縛の現れる余地はない筈ですッ! おかしいッ!!」
父さんが身じろぎした。その目は彼方此方を戸惑っている。
「私は、冒険者となります。もちろん貴族を捨てます。これがこの決闘での要求です。一人で生きていく“覚悟”が出来た、決断する“覚悟”が出来たッ! 束縛を食い破り責任の重しを背負って世界を歩き回る“覚悟”が成ったッッ!!」
スゥ、と息を吸って、体が動くようになった父が途方にくれ呆けているのを見、こう叫んでやった。
「私の名前はジョレッタッッ!! いつかチキンタワーを喰らい、英雄と呼ばれる筈の冒険者だッッ!!」
七年の月日が経つと、彼女は駆け出し冒険者から熟練冒険者となっていた。冒険者という短命な職業柄で五年も生き延びるのは珍しい。スライムとのコンビ技が有名な彼女はこう呼ばれていた。
「ルーチェおばさん! チキンタワーチャレンジするわっ!!」
何か一つ成し遂げたら、すぐにこれを頼むのだ。そんな彼女であるから、似合う。
『チキンの女神:ジョレッタ』
「チキンの女神ジョレッタかぁぁ〜〜、よし、女神の『女』とジョレッタの『ジョ』を取って今日からお前をジョジョって呼ぶぜ!!」
とはならないです。
お、面白かったりつまらなかったり、感想とか欲しいです……これを元に頑張ってゆきたいのです……!!