SIDE OF THE EMPRESS 女帝
死ぬ前に離婚を切り出したのは、どうしても久能のお墓に入りたくないと思ったからです。賢人に相談することなく決めてしまって、ごめんなさいね。本当は賢人が就職するまで辛抱しようと思っていましたが、最後は我慢できなくなりました。死んだ後に遺体が小牧市に運ばれないように、道外で死ぬことにしました。本当は大洗からフェリーに乗って、きれいな海の景色を見ながら死にたかったのですが、それだと小牧市の病院に運ばれてしまうので、やめました。死んだ後のことは全て由佳里に頼んであります。賢人がこの手紙を読む頃には、お母さんは実家に戻っていることと思います。もしもそうなっていなかったら、賢人の方からもお父さんに、由佳里の言う通りにしてくれるように頼んで下さいね。由佳里のことは、これからも「ゆかりおばさん」ではなく、「ゆかりねえさん」と呼んであげてね。離婚したら、賢人のことを一緒に面倒を見るようにお願いしてあったので、何かと気に掛けてくれると思います。これから、この手紙を宅急便で自宅へ送って、それから、マリアちゃんに改めて賢人のことをお願いしようと思っています。彼女は何度も後悔はないかと訊ねてきますが、お母さんは賢人のためになれることが嬉しいんです。
お父さんから聞いていると思いますが、賢人には妹がいるようです。お母さんも詳しいことは知りません。これからどうするかは賢人が決めることなので、お母さんは何も言いませんが、無理することはありませんからね。賢人には札幌のおばあちゃんや由佳里がいるということを忘れないでくださいね。頼れる親戚がいる時は、頼ってくださいね。由佳里も頼りにされることを嬉しく思うはずです。お母さんがいなくても、お正月にはおばあちゃんに顔を見せてあげてください。お父さんが再婚するかどうかは聞いていません。再婚することになっても、お母さんが賢人の母親であることは変わりませんので、他の人のことを悪く思ってはいけませんよ。お母さんは賢人が忘れないでいてくれればそれで充分です。お父さんのことも悪く思うことはありません。お母さんにも悪い部分はあったので、どちらかが一方的に悪かったという話ではないからです。お父さんもお母さんも、どちらも賢人のことを一番に考えて暮らしてきました。それが正しいことだったと今でも思っています。再婚しても、賢人が賢人であることに変わりありませんので、お母さんに悪いとか、思う必要はありませんからね。賢人が自分の幸せを願えることを、お母さんも願っています。それがお母さんの幸せでもありますからね。
お母さんが死んでしまったからといって、あまり思いつめないで下さいね。賢人は考えすぎることがあるので、お母さん心配です。でも、賢人はいつも明るく前向きに考えられるので、すぐに笑えるようになります。助けられたからといって、重荷に感じないで下さいね。どんな命も、人間は一人で生きられることはありませんから、みんな助けられて生きていますから、賢人だけが深刻に考えることはありませんよ。これからは由佳里の話をちゃんと聞いて、お父さんとも仲良く暮らしていってください。お母さんもおじいちゃんと一緒に仲良く暮らしたいと思います。賢人が大人になる姿を遠くからずっと見守っていくつもりです。将来については心配していません。賢人のことだから、悪いことをする人にはならないと信じています。ただ、マリアちゃんと会うことがあったら、もっと優しくしてあげなくてはいけませんよ。ケンカしたなら、早く仲直りしてくださいね。最後に、旅の途中で俳句を詠んだので、手紙にも書き残しておきますね。俳句を詠んだ場所をカメラで撮影したので、その写真を見ながら楽しんでもらえると、お母さんとしては嬉しいです。賢人とも一緒に俳句を詠む旅に行けたらよかったな。それでは身体に気をつけてくださいね。いつまでも賢人の健康を祈っています。
お母さんより




