SIDE OF THE EMPRESS 女帝
今だから書くことができますが、黙って賢人の部屋に入って、ごめんなさい。でも、心配だったので、許してくださいね。それで部屋からスケッチブックや日記帳がなくなっていることに気がついて、マリアちゃんの話を信じることができたのですよ。それより驚いたのは、部屋に生肉が干してあったことです。お母さん、びっくりしました。最初は頭がなかったので犬か猫かと思って怖くなりましたが、賢人のスマホにウサギ料理について検索した履歴が残っていたので、安心することができました。スマホも勝手に見て、ごめんなさい。でも、ウサギでほっとしました。近所で女の子が行方不明になった事件があって、部屋に大きなナイフが隠してあったので、賢人だったらどうしようと考えてしまったのです。ふつうの家庭の子どもが子どもを殺す事件があったので、どうしても心配してしまいます。ニュースを観てきたので、男の子を持つことがすごく不安でした。でも、お母さんは生まれてきた子が賢人で本当によかったと思っています。ウサギはちゃんと食べたようですね。仕事から帰って調味料を確認すると、すごく減っていたので気がつきました。賢人がどんな料理を作るのか、お母さん、一度でいいから食べてみたかったな。
城先生と一緒に夜見湖のスケート祭りに行った日のことを憶えていますか? あの日の朝だったと思います。お母さん、賢人の身に何か起こったんじゃないかと思いました。それは賢人が遊びに出掛けて行くのにスマホを家に置いて行ったからかもしれません。先生と出掛ける予定があったんじゃなくて、急いで行かなければならない用事ができたんだと思いました。それで友紀君のお家から電話が掛かってきた時、賢人は何があったのか全部知っているんだと思いました。でも、賢人はお母さんに話してくれませんでしたね。お母さん、とっても心配していたんですよ。そんな不安でいっぱいの時に助けてくれたのがマリアちゃんでした。賢人の部屋に入った時、マリアちゃんが賢人に変身して、お母さんを驚かせたのです。一目見て、賢人じゃないと分かりました。賢人だったら、お母さんが部屋の中を調べているのを見つけても、怒らないと思ったからです。そう言うと、一瞬でマリアちゃんは天使の姿に変えました。マリアちゃんはとても可愛らしくて、イタズラ好きで、本当に愛らしい女の子です。そして、彼女の口から、賢人が本当は土曜日に友紀君と一緒に死ぬ運命だったことを聞かされたのです。でも、その時は賢人だけ間違えて死ななかったと言っていました。
賢人は友紀君のご遺体を見つけるために頑張ったと、マリアちゃんから聞きましたよ。友達の死を目の当たりにするのは辛かったでしょうね。お母さんは、何も賢人にしてあげられなくて、本当にごめんなさい。城先生が相談に乗ってくれていたそうですね。賢人は先生が訪問したことを教えてくれませんでしたが、流し台にあったティー・カップの飲み口に口紅がついていたので、その色を見て、城先生が家に訪ねてきたことが分かりました。それからしばらくして、マリアちゃんから城先生が自動車事故で亡くなったことを知らされました。月曜日の朝だったと思います。学校から帰らされて、昼前には家に帰ってくるから、マリアちゃんが賢人のためにお昼を用意しておいた方がいいですよって言ったのです。賢人は、城先生が死ぬ前に、先生のための卒業式をプレゼントするために生かされたのですね。マリアちゃんがそういう風に説明してくれました。その時に、賢人の命が残りわずかであることも教えてもらいました。助かる方法は、賢人自身が自分の身代わりに死んでくれる人を見つけることだと言っていました。それで卒業式の日、大きなナイフを持って行ったのですね。お母さん、本当に心配でなりませんでした。でも、賢人は自分の身代わりを見つけようとしませんでしたね。お母さん、とっても嬉しい気持ちになりました。
そこでマリアちゃんが、息子を最後まで信じて、口を挟まなかったお母さんにチャンスをくれました。お母さんが身代わりになるなら、賢人の命を救ってあげてもいいと言うのです。本物の天使だと思いました。条件は、一週間、迷うことなく、過ごせるかどうかです。賢人のために命を犠牲にできるのか、試したいと言うのです。賢人にそれほどの価値があるのかとも言っていました。お母さんに、迷いはありませんでした。でも、賢人に知られては、せっかくのチャンスを活かすことができなくなると思い、予定通り、一人旅に出たのです。賢人のことだから、お母さんが身代わりになることを知ったら、絶対に反対するでしょうからね。お母さんの言葉、当たっていませんか? お母さんも、賢人と会話をしなければ、無事に身代わりになることができると思って、迷うことなく家を出ることができました。もう二度と会えなくなると思うと悲しくなりましたが、それよりも賢人が死なずに済む喜びの方が勝っていました。マリアちゃんは、お母さんが身代わりになれば、賢人のことを必ず助けると言っています。そう、約束してくれました。死んでしまうと確かめることができませんが、お母さんはマリアちゃんのことを信じます。それしか賢人を救えないからです。




