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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
55/60

SIDE OF THE FOOL   愚者

 佐和さんとは実習林の入り口で別れた。キツイ言い方をしたので泣かせてしまったが、これでもう二度と俺に会いにくることもないだろう。俺は『タロット・ゲーム』のキープレイヤーなので近付けさせないのが最大の優しさになる。

 恋人同士の関係ではないので拒絶することもないのだが、タロットには『恋人』というカードがあり、しかもそれが六番目に配置されているので用心するに越したことはないというわけだ。

 四番目の『皇帝』や五番目の『教皇』が死ぬか、または殺されたとしても、俺が恋人を作らなければ確実にこの『タロット・ゲーム』の連鎖はストップする。そこでマリアはゲーム・オーバーとなるわけだ。

 長期戦を強いられると死ぬまで恋人を作ってはいけないことになるが、マリアは期日を設けるので、その期間だけ俺が我慢して恋人を作らなければ大丈夫だろう。それがこのゲームの数少ない勝利条件となる。


 二階に上がって、部屋のドアを開けるとマリアが母さんの手紙を読んでいた。

「お母さんともっとお話がしたかったな」

「自分で殺しといて、よく言うよ」

「ゲームだから仕方ないでしょう?」

「ゲームというのは『やらない』とか『やめる』って選択もあるんだぞ?」

「知ってるよ。だから『続ける』って選択したんでしょう?」

 ベッドの上を占領されているので、とりあえず勉強机の椅子に座る。

「まだ全部は読んでないけど、手紙に書かれてあった『俺の命が残りわずか』って話はなんなんだ? 本当のことじゃないんだろう? 母さんは信じ切ってる感じじゃないか。そのせいか、マリアのことを救世主であるかのように書いてあるんだけど?」

 マリアが眉間に皺を寄せる。

「どうせ何を言っても信じてくれないもんね。だったら説明しても意味がないじゃない。『ケント君は一か月前に死ぬ運命だった』って言っても、それを誰も証明することができないんだから、ケント君なら尚更信じようとしないよね? 悪魔の証明って言うんだっけ? まぁ、私は悪魔じゃないから、その言い方はあまり好きじゃないんだけど、人間に証明できない点は同じだから、諦めてるんだ」

 ユウキやアンナ先生は、悪魔ならぬ、マリアを信じたということになる。

「ケント君は信じてくれないけど、お母さんは私の話を信じてくれた。ただ、それだけの話よ。私もお母さんのこと大好きだったから、痛みがないように、眠るように殺してあげたんだ。ちょっとだけ情が芽生えちゃったのかも」

 コイツの言葉は信用できない。

「俺も信じるから、今すぐこの場で殺してくれよ」

「死にたいなら勝手に首を吊ったら?」

 いや、それだと話は変わってくる。

 やっぱり信じてはいけない。

 信じた者だけが死んでいる。

 それより気になることがあった。

「勝利報酬はもらえるのか?」

 三人目の『女帝』をクリアしたことになっているはずだ。

「そういえば、そんな決まりがあったわね」

 マリアが不機嫌になった。

「楓花ちゃんを殺した犯人の名前を教えてくれよ。いや、どんな願いでもいいなら、その犯人が警察に捕まるようにしてくれ。証拠品が欲しいと言えば、それも叶えてくれるんだろう? とにかく捕まえたいんだ」

 マリアが首を振る。

「もう、そういうのはイヤ。せっかくお骨を発見させてあげたのに、ケント君ったら怒り出すんだもん。あんなこと言われたのに、私がまた素直に言うことを聞くと思った? 本当に女心が理解できないんだからっ」

 オマエは女じゃないだろう、とは言えなかった。

「そうだ!」

 そこでマリアが閃いた。

 俺には嫌な予感しかしなかった。

「私ね、その楓花ちゃんを殺した犯人を十二番目のカードである『吊るされた男』として、いずれケント君と対決してもらおうと考えてたんだけど、やめることにした。ここからケント君にも『タロット・ゲーム』を終わらせるチャンスをあげるね」

 そこで一旦、マリアが黙り込む。

 この場で新しい設定を考えているようだ。

「よし、こうしましょう。ケント君が誰の手も借りずに自力で楓花ちゃんを殺した犯人を見つけることができたら、そこでゲーム終了。そうすれば二十一番目のカードである『世界』がどうなるのか心配することもないでしょう?」

 コイツは俺に『世界』を亡ぼさせようとしていたということか?

「タイムリミットは十二番目のカードだから今年の十二月ね。それまでに『吊るされた男』を見つけることができなければ、これから毎月一枚ずつカードに符合する人が死んでいくの。だから早く探し出さなきゃダメよ。次の四番目のカードである『皇帝』が死ぬのは四月の末日。その後が五月の末日に『教皇』が死んで、六月の終わりに『恋人』が死ぬことになる。これからは私も確実に殺していくからお互いに頑張りましょう。まぁ、私にはバッド・エンドの可能性はないんだけどね」

 俺に向かってニコッと笑った。『私にはない』ということは、俺にはバッド・エンドの可能性があると言っているようなものだ。これからもマリアに処刑される可能性もあるし、『皇帝』や『教皇』に背中を刺される可能性もあるわけだ。

「お互いに頑張りましょうって言っても、警察でも捕まえられない犯人を俺が見つけ出すなんてできるわけがないだろう? それができるならわざわざ犯人の名前を教えてなんて頼まないよ。見当もつかないからお願いしたんだ」

 マリアが立ち上がった。

「まぁ、無理に見つけることもないのよ? 十二月になれば嫌でも『吊るされた男』との対決が待ってるんだから。でも、それまでに不意打ちされないように少しでも相手の特徴を把握しておいた方がいいと思うけどね。殺される瞬間まで相手が誰だか分からないなんてこともありそうだし、最悪の場合は誰に殺されたのかも分からないまま死んじゃうかもよ?」

 マリアが『吊るされた男』と接触して、俺を殺すように命じるかもしれないわけだ。

 なんてゲームだ!

 しかし相手の方から近づいてきてくれた方が見つけやすいというのもある。

「ゲーム再開は四月一日。『皇帝』との対決をどうするかは、また今度話すね。それまでになんか考えておくから、それまではゆっくりしましょう。四月からは私も忙しくなるから、今しか休めないのよね。それじゃあ、またね」

 部屋を出て行こうとしたので呼び止める。

「ちょっと待って。勝利報酬がまだだけど」

「もう、そういうのはイヤだって言ったでしょう? どうして人間ってこうも厚かましくなるんだろうね? 最初のプレゼントの時は大喜びして、プレゼントをあげた人にもちゃんと感謝するの。でも二回目からプレゼントの中身や渡し方に文句を言うようになる。そして三回目からは貰って当然みたいな態度になるのよ。どうして最初の時のように謙虚でいられないの? どうしてすぐに傲慢になるの? そういう心持は直した方がいいよ。本当に醜くいから。人間って底なしに堕ちていける生き物なのよね」

 オマエに言われたくない、と言おうと思ったが、それもやめることにした。

「あっ、そうだ!」

 そこでまたマリアが閃いたようだ。

「いいこと思いついちゃった」

「今度は何だ?」

「ダメ。教えない」

「なんでだよ?」

「甘えさせるとツケ上がるでしょう? 願い事を叶えてあげるから図に乗るって分かったの。だから願い事が叶うかどうかは約束しないことにする。気分が良ければ叶えてあげるかもしれないし、気分が乗らなければ無視すればいいだけだもんね。そっちの方が私も気が楽でいいや。これから先、ケント君の身の回りで何かいいことがあったら、その時に私のことを思い出してちょうだい。それが実は私が叶えてあげた願い事かもしれないんだからさ」

 たった一回マリアを怒らせてしまっただけで願い事を叶えてくれるご褒美が取り上げられてしまった。やっぱり怒らせてはいけなかったのだ。スペシャルな能力を持っているのだから、神様のように持て囃し、奉らなければいけなかった。これで『復活』の願いは絶たれたか。

「そんな暗い顔をすることはないのよ? 『女帝』に勝利したのは間違いないんだから報酬はあってしかるべきよね。でもケント君がよくやってるスマホのゲームがそうであるように、始めから勝利報酬は決めておくべきだったんだ。だから、これからは私が決めるね。何が報酬だったかは後で教えてあげる。それが分かるまでは色んなことに感謝することね。物を得たり、出来事と遭遇したり、人との出会いがあったり、これから色んなことが起こるでしょう? その中に私が考えたプレゼントを忍ばせるつもりだから、楽しみにしてね」

 そう言うと、慌てた素振りで部屋を出て行った。俺としても無理に引き留めて、そこで抗弁するつもりはなかった。『死者の復活』を望むには、これからはマリアのすべてを受け入れていくしかないからである。

 マリアの気分を損ねるだけで『復活』が遠のいてしまう。今はまだ願い事を叶えてくれるくらいには機嫌がよさそうなので、おだてたり、褒めちぎったり、調子に乗せることが大事だ。そうすればこの狂わされた世界が元に戻るかもしれないというわけだ。

 マリアによって俺が見ている現実世界が歪められてしまったので、それを元に戻せるのもマリアしかいないのだ。ユウキとアンナ先生と母さんにもう一度会うことができるなら、従順なペットになることくらいは簡単なことだ。

 俺はこれからマリアの犬になろう。猫の方が好きなら猫になってもいい。爬虫類や魚にだってなれる。とにかくマリアのことを『主』だと思わなければならない。そう思うことで奇跡が起こるかもしれないからだ。

 俺の中で段々とマリアが神様のようになっていってるような気がしたが、まだ完全に信じ切るのは危険だとも自覚できている。なぜならアイツは俺に市長を殺すように命じたからだ。信じて実行していたら、捕まった時に『神様の声を聞いた』と自供していただろう。

 信仰とは実に難しいものだ。狂信しないギリギリのところで自我を保ち、社会の法や秩序を学び、さらに時代や地域ごとに変わる倫理観も知りつつ、それで真っ直ぐに神様を信じ続けなければならないわけだ。

 自我、法と秩序、倫理観、その一つでも欠けてしまうと刑務所に直行してしまう。市長を殺そうとした俺がまさにそれだった。捕まることも知っていたし、悪いことだともわかっていた。それで止めることができたのは『自分』を失わなかったからだろう。

 その『自分』とは、ユウキの悲しむ顔や、アンナ先生の泣き顔だ。それが心の中になかったら、頭に思い浮かべることがなかったら、俺は狂信者となって市長を殺していたかもしれない。マリアが作った世界だと勝手に解釈して市長を簡単に殺していた。

 信仰とは本当に難しい。これからもマリアに無理難題を突き付けられることがあるかもしれない。『死者の復活』のために何でも言うことを聞くつもりだが、復活を望む人たちを悲しませることだけは断固拒否しなければいけない。

 マリアは俺を何度も試すに違いない。そのたびに打ち克ってみせるのだ。本物の信仰心というものを見せようではないか。信仰心とはこう持つべきだ、というのを俺が実践してみせる。それが三人から託された使命のように思えるからだ。



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