SIDE OF THE TEMPERANCE 節制
お母様を亡くされたばかりの賢人君は、とても苦し気な顔をしていました。お母様を苦しめてしまったことを謝りにきたけど、やはりこの前と同じように、誰のせいでもないと言ってくれた。
私を犬の散歩に連れ出してくれた賢人君。生まれて初めて男の人に誘われたけど、喜んでいる自分と、喜んではいけない自分とがせめぎ合って、とても苦しい気持ちになってしまった。ドキドキしている私はいけない子。
今はお母様を亡くされたばかりの賢人君のことだけを考えなくちゃ。私にできることがあるなら、なんだってする。それがお姉ちゃんの役目だから。お姉ちゃんになんか、なりたくなかったのに。
「佐和さん」
名前を呼ばれたただけで、心臓が嬉しさのあまり飛び跳ねる。
ハイキングコースを吹き抜ける三月の冷たい風は、火照った頬を冷ましてくれない。
私を見つめる賢人君の真っ直ぐな目。
そのまま石像にしてしまいたかった。
「なんですか?」
「俺と会ってること、オヤジに話してないんだろう?」
誰にも言ってない。
「オヤジは俺たちを引き合わせるかどうかも決めてないみたいなんだ」
出会ってはいけなかった?
「母さんが死んで予定が変わったのかもしれないんだ」
母からは何も聞かされていない。
「佐和さんのお母さんと再婚するにしても、当面はないと思う」
再婚するとしてもセイラが高校を卒業してから。
「だから俺たちも会わない方がいい」
えっ?
「もう家に来ないでもらいたいんだ」
やだ。
「いや、もう二度と来たらダメだ」
どうしてそんなことを言うの?
その思いを口にすることはできなかった。
会ったらいけないなんて、いやだよ。
せっかく頑張って出会ったのに。
「佐和さん?」
どうして意地悪なことを言うの?
それも口にすることができなかった。
「会いに来たらダメだよ」
それを口にする賢人君が私よりも悲しそうに見える。
口調が優しいのはどうして?
捨て猫を見るような眼差し。
「会いに来ても、俺はもう会わないから」
お父様に言われたの?
私と会ってはいけないって。
だからそんなに悲しそうなんだ。
賢人君と私は姉と弟になる。
血の繋がりはない。
だけどそれは禁断の愛。
セイラを通じて血が繋がっているから。
結ばれてはいけない人。
だから賢人君はこんなにも苦しそうなんだ。
怖い顔をしているのは自制しているから。
禁断の恋に落ちてはいけないから、わざと冷たくしている。
でも、それって?
「私のこと、嫌いですか?」
嘘をついてほしい。
出会ったばかりの人に『嫌い』なんて言うはずがない。
だから佐和のことを『嫌い』だと言って、嘘をついてほしい。
それで賢人君の気持ちが分かる。
お願い!
「ああ、はっきり言って嫌いだね。だから会うのはこれで最後だ」
うれしい。
やっぱり嘘をついてくれた。
賢人君が禁断の恋に苦しむ真面目な男の人でよかった。




