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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第1巻 魔術師編
5/60

SIDE OF THE FOOL   愚者

 ユウキの生存を確認した直後、リビングに隠者が現れた。寝起きの機嫌は悪くない方なのだが、そのヘラヘラとした顔つきを見ると、腹が立って仕方がなかった。それでも彼女から殺意のようなものは感じられなかったので、怒りが湧くことはなかった。

「ケント君、そんな怖い顔して見ないでよ」

「うるさい。それよりこの状況を説明しろよ」

「ほら、ユウキ君も物騒な物は置いてよね。そんな物は似合わないんだから」

 ユウキの手にハンティングナイフが握られているのを見て、自分の手にゲームのコントローラーが握られていることに気が付いた。冷静でいたつもりなのに、やはり動揺しているようだ。こんな頼りない男が守ろうとしていたのだから、ユウキには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「ユウキに近づいたら、俺がぶっ殺すからな」

 そう言うと、隠者は微笑むのだった。

「ケント君まで慣れない口利くんだから、二人とも可愛いんだ」

「ふざけるな。俺は本気だぞ」

「待って。せっかく二人のためにご飯を作ったんだから、冷めないうちに一緒に食べましょう」

 ということで、なぜか三人で朝食を囲むこととなった。キッチンのテーブルに並べられた料理をリビングに運んでいるうちに気分もすっかり落ち着き、冷静に物事を考える余裕を持つことができた。

 隠者は部屋着の上からエプロンを身に着けており、どこからどう見ても家の手伝いをする中学三年生の女の子にしか見えなかった。ソファの上には脱ぎ捨てられたコートや私物のバッグまで用意していて、完全に地球人になり切っている。

「これ、明らかに失敗だよね?」

「ユウキ君は食べ物に文句を言わない子じゃなかった?」

「だって僕とおんなじ失敗してるんだもん」

「いや、これ失敗じゃないし」

 隠者が作った卵料理は目玉焼きを作ろうとして炒り卵になってしまったヤツだ。

「ユウキのウチのフライパンなら誰でも簡単に目玉焼きを作れるんだけどな」

「みんながみんなケント君のように料理が得意なわけじゃないのよ?」

「卵を強く割り過ぎたんだよ。殻とか入ってないだろうな?」

「毒が入っているよりマシじゃない」

 その言葉に、俺とユウキは固まってしまった。

「大丈夫だって。殺すつもりなら、とっくに殺してるから」

 それは確かに隠者の言う通りだ。殺す気があるなら寝ているうちに殺されていただろう。

「いただきます」

 とりあえず冷めないうちにいただくことにした。食事中はひたすら無言だった。殺意は感じられないとはいえ、完全に信用しているわけではなく、料理を恐る恐る口にしているという部分があるからである。それでも残さず食べることにした。

「二人ともさ、『うまい』とか『美味しかった』とか言えないの?」

 ユウキと目を合わせるが、互いにコメントを譲り合っている感じだ。

 正直、料理の腕を判断できる代物ではなかった。

「もういいよ。私、帰るね」

 そう言うと、隠者は「ごちそうさま」をして立ち上がり、ソファの背に掛けていたコートを掴んで、帰り支度を始めてしまった。そのあまりにも身勝手な行動に唖然としたものの、このまま帰らせるわけにもいかないので引き止めることにした。

「ちょっと待ってくれ。俺たちを殺すっていう話はどうなった? 帰るならせめて、それだけは説明してからにしてくれよ。この一週間どれだけ苦しんだと思ってるんだ。ユウキはついさっきまで殺されると思ってたんだぞ?」

「ああ、そのことね。それなら止めることにしたのよ」

 まるで髪型が決まらないから外出を取りやめたような言い方だ。

「マジックも僕も助かるんだね?」

 ユウキは愛犬の方を先に気に掛けた。

「そうよ。ケント君がウサギの食肉に関して調べていたじゃない? そこで私も勉強し直して考えを改めることにしたの。だってあなたたちにとってウサギと犬の命は平等じゃないんですもの。それだと公平にならないでしょう? 案の定ケンタ君は簡単にウサギを殺すことができたじゃない。あなたたち日本人にとって犬は特別な動物なのよね。ケント君も犬を飼っていれば条件を揃えることができたんだけど、いくら飼育されているウサギでも犬じゃなきゃ同じとは言えないわ。そういうこともあって、今回は完全に私の失敗だから二人とも許してあげることにしたの。そのお詫びも兼ねて手料理を作ってあげたというのに、結果はご覧の有様でしょう? こんなことなら良い事なんてするんじゃなかった。本当にムカついてるんだから。少しでも感謝する気持ちがあるのなら、玄関まで見送りに来てよね」

 隠者が怒りに任せて一気にまくし立てた。

 帰ってくれるのなら引き止める理由はない。

 ということで、玄関先まで見送ることにした。

「それにしても不用心ね。田舎の人は本当に玄関の鍵を掛けないんだから」

「いや、それは違うんだ。昨日外に出て戻った時に僕が閉め忘れただけだよ」

 ユウキの言う通り、ウチもしっかりと施錠する家庭だ。

「それじゃあ、またね」

 そう言って隠者は出て行ったが、俺たちは返事をする気分にはなれなかった。

「あっ、そうそう」

 鍵を掛けて締め出そうと思ったが、隠者が玄関のドアを開けて顔を出した。

「言うのを忘れてたけど、今度はケント君とユウキ君の二人で殺し合いをしてもらうからね。それなら公平でしょう? 期限は同じく一週間。今度の日曜日が終わるまでに、相手を殺した者が勝者となるわね。引き分け、つまり互いに殺せないまま期限を迎えた場合は、二人に死んでもらうことになるから、なるべく決着をつけてほしいな。まぁ、それは願望だから必ずしも達成されるとは思っていないけどね。でも条件が同じなんだから、次は容赦しないよ。絶対に殺しちゃうんだからっ」

 語尾にハートマークがあるような喋り方だった。そのせいか内容がまったく頭に入ってこない。それから隠者は詳しい説明をせずに、鼻歌をうたいながら去って行った。取り残されたユウキも俺と同様にキョトンとしている。

 リビングに戻っても話をする気分になれなかったので、マジックを散歩に連れ出すことにした。行き先はいつもの実習林のハイキングコースだ。真っ白い道がいつまでも真っ白いのは、人通りが少ないことを表している。ベンチがあるいつもの雪原にも僕たちの足跡しかなかった。

「宇宙人はいるんだよね?」

 隣に座るユウキが不安そうに尋ねてきた。

「いるよ。それは間違いない」

 それに対して、俺は確信を持って答えた。

「僕たちに殺し合いをしろって言ったよね?」

「ああ。それも間違いない」

 ユウキも同じことを聞いたことから、俺の聞き間違いではなかったようだ。

「なに考えてるんだろう? ケント君と殺し合いなんかするわけないのに」

「ああ。俺がウサギを殺したようにユウキを殺すと思ったのかな?」

 そう言うと、ユウキが声を出して小さく笑った。

 俺も堪らなくおかしな気分になり、笑わずにはいられなくなった。

「笑ったらダメだよ。笑い事じゃないんだから」

 と言いつつも、笑いを堪えている。

「ユウキが最初に笑ったんだろう?」

「だって、あまりにもバカバカしいんだもん」

「確かに言えてる。隠者のヤツ、地球上にあるテレビや映画を観すぎたんじゃないかな? 人間が日常的に殺し合っていると思い込んでいるのかもしれない。いや、この星では毎日どこかで殺し合いは行われているよ。でも俺たちの間では起こり得ないんだ」

「ホントそう。なんでも知っているという割には、僕たちの関係性についてはさっぱり理解できていないんだよね。でもそれも仕方がないのかな? だって僕とマジックとの関係性についてもまるで理解していないんだもん」

 饒舌なユウキを見るのは久し振りかもしれない。

「ふと思ったんだけどさ、俺はこう考えているんだ。それは隠者には俺たちを殺す力なんかないんじゃないかってさ。わざわざ俺たちに殺し合いをさせるのは、自分に殺傷能力が備わっていないからなんじゃないか?」

 そう言うと、ユウキが考え込んでしまった。もう少し説明してみる。

「だってそうだろう? 犬を殺せと言ったり、ウサギを殺せと言ったり、そんなのは自分でやろうと思えばいくらでもできることじゃないか。それをしないということは、したくてもできないということなんだよ。だから殺し合いで生物の個体を減らそうとしてるんだ」

 そこでユウキが反証する。

「でもトランプでタワーを作ったり、包丁を使って料理を作ったりできるんだよ? 卵を割ることもできれば、火を扱うことだってできるんだ。そこまでできれば、僕たちを殺すことなんて簡単なんじゃないかな?」

 確かにユウキの言う通りだった。隠者のヤツはレンちゃんに化けることもできれば、その化けたレンちゃんに買い物袋を持たせることもできるわけで、常識的に考えれば、物理攻撃は可能であると判断すべきだろう。でも俺は、そこで閃くものがあった。

「ひょっとしたら、すべてが幻覚なんじゃないだろうか?」

 ユウキがキョトンとしているので詳しく説明する必要がある。

「つまりこういうことなんだ。幻覚というのは、何も幻を見ることだけではないんだよ。幻聴や幻視、それだけではなく、嗅覚や味覚や触覚まで迷わせることだってあるんだ。それらを全部ひっくるめて幻覚と呼ぶべきではないだろうか。つまり隠者は人間が持つ五感のすべてに幻を見せることができるわけだ。だから隠者の姿を見たり触れたりできるのも幻覚の一部だし、声が聞こえるのもシャンプーの匂いがするのも幻覚で、今朝食べた出来損ないの目玉焼きも、全部幻覚かもしれないということさ」

 ロダンの『考える人』のポーズを真似していたユウキがぼそっと呟く。

「五感のすべてに幻覚を見せているということは、それは現実なんじゃないかな」

 もっと詳しく説明したいところだが、思考が追いつかず、表現するのに最適な言葉を見つけらなかった。こういう時に頭の良い人が羨ましくなる。俺の場合は寝る前に布団の中で何十分も考えないと上手くまとめられないからだ。

 それでもこの場で考えてみると、今回の話は宇宙人の新しい地球侵略について考えなければいけないということが分かる。隠者は自分の手を汚さずに同士討ちをさせて地球上の生物の個体数を減らそうとしているからだ。

 この仮説が確かならば、もっとも卑劣な地球侵略といえるのではないだろうか? 人間の持つ猜疑心を煽り、仲間うちで疑いを持つように仕向け、暴力を誘発し、殺し合いが始まるのを影に隠れて観察しているのだ。

 しかし残念ながら、そのような意図があったとしても、今回の隠者の計略は失敗に終わるだろう。なぜならターゲットに俺とユウキの二人を選んでしまったからだ。ただし地球人にも絶対に人を殺さない者がいるということを知らしめるには、最適な人選だったとも言えるだろう。

 宇宙人が俺たちに幻覚を見せることしかできないのならば怖くはない。「かかってこい」と言っても、手を出せないのが隠者の正体なのだろう。殺す能力があれば国を動かせるくらいの人をターゲットに選んでいるはずだ。

「今日はこれからどうしようか?」

 頭の中で考えをまとめていたら、話が終わっていた。

「僕は今ね、嬉しくて堪らない気持ちでいっぱいなんだ。だって今日という一日は、無いと思っていた一日なんだよ? そう考えるとなんだって出来るような気がするんだ。もっと言うとさ、やりたいことがあるならなんでもやっておくべきだと思っているんだ」

 今日のユウキはいつもより髪がモジャモジャでミケランジェロの『ダビデ像』に似ていた。

「ケント君はやりたいこととか思い残したことなどないの?」

「そう言われても、俺はユウキと違って処刑を待つ身ではなかったからな」

「でもウサギを殺したのは何かをやり残したことがあるからでしょう?」

「死ぬのが怖かっただけだよ。それに俺の場合はペットを殺せと言われたわけじゃないし」

「そっか、似たような経験をしても同じことを思うわけじゃないんだ」

 達観したかのような落ち着いた物言いだ。

「そう言うユウキはどうなんだよ? さっきから俺に話を振っているけど、思い残したことがあるのはユウキの方なんじゃないのか? やりたいことがあるなら付き合ってもいいぞ」

「ハハッ、やっぱり見抜かれちゃったね。でも僕の場合は今日一日でどうこうできることじゃないんだ。だから今日はケント君に合わせようと思って」

 秘密めいた言い回しだけど、ユウキのやりたいことと言ったら手品くらいしかない。これまで躊躇していて、ここに来てやっと覚悟を決めたということは、少し危険なチャレンジなのだろう。いつか俺も手伝わされることになりそうだ。

「レンちゃん」

 なぜか唐突に、自分でも分からずに、思わず口走ってしまった。

「えっ?」

「いや、なんでもない」

「レンちゃんがどうしたの?」

「だから、なんでもないって」

 実は唐突でもなんでもなかった。さっきからずっとレンちゃんのことが頭に思い浮かんでいて、考えないようにしようとしても消えてくれなかったからだ。思い残すことと言われて瞬時に現れたのがレンちゃんの笑顔だったというわけだ。

「そっか、僕はケント君のやりたいことの中に自分がいるとばかり思い込んでいたけど、考えてみれば、そうとは限らないんだよね。これは僕が悪かったよ。自分でも知らないうちに自分勝手な考えを持っていたということになる。これは反省しないとね」

 そう言うと、ユウキはベンチにかかとを乗せて膝を抱えて丸くなってしまった。

「いや、レンちゃんのことなんてどうでもいいんだ。俺はユウキと一緒にいる方が楽しいし、これからもずっと遊んでいたいと思っている。ユウキと一緒にいる時間を削ってまで女の子に会いたいとは思わないんだよ。大体さ、こうなったのも元を辿れば隠者が悪いんだろう? アイツが俺たちの間にレンちゃんの話を割り込ませたんだ。アイツさえいなければレンちゃんの話題なんか出していなかったさ。俺にとってレンちゃんっていうのは、その程度の存在でしかないんだ。だから反省なんかしなくていいよ」

 一気に気持ちを吐き出すと、ユウキがお腹を押さえて笑い出した。

「俺、なんか面白いこと言ったか?」

「だってケント君ほど分かりやすい嘘をつく人はいないから」

 本当のことを言ったつもりだが、他人がそう受け取るとは限らないわけだ。

「それに本気で好きじゃないと詩なんか書けないと思うよ」

 そういえば、ちょうど一週間前にレンちゃんへの詩を焼き捨てたのだ。でもあれは自分の恋愛感情に酔っていたというか、いわゆる恋に恋をする行為とも言えるわけで、本当に好きかどうか自分でも分からないというのが現在の正直な気持ちだった。

「そうだ!」

 ユウキが何やら閃いたらしい。

「今日これからレンちゃんをデートに誘ってみたらどう?」

「いや、いいよ」

 消極的なのは断られるのが怖いからではなく、俺は自分のことを祝日に女の子を遊びに誘うタイプではないと思っているからだ。そういうのは高校生になってから考えることであって、それまでは思いを伝えるのも遠慮するべきだと思っている。

 クラスメイトの中にはすでに交際している者が何人かいるけれども、俺やユウキは女子と会話するタイプの男子ではない。内心では羨ましいと思いながらも、女子に対しては一切興味がないように振る舞っている、クラス内で孤立している男子グループの一人にすぎないのだ。

「燃やしたノートにもレンちゃんの手を握りたいって書いてあったじゃないか」

 またしてもユウキの意地悪な部分が出たようだ。

「デートはしない。俺は誘わないよ」


 ということで、レンちゃんのいる『神さまの家』に行くことにした。デートということではなく、ユウキも含めて三人でどこかに遊びに行かないかと誘うためである。ユウキの強引な提案だったけど、結果的にはありがたいと思った。時として流されるのも悪くなかった。

 ユウキがマジックを自宅に置いてくる間、俺は家に帰り自室で鏡ばかり見ていた。ナルシストというわけではないけれど、レンちゃんに会う前くらいはちゃんとした顔で会っておきたいと思ったからである。

 一緒に遊ぶとなったら食事を奢らないといけないだろうから、お金は多めに持って行く必要がある。手荷物は邪魔になるから持って行かない方がいいだろう。ユウキも一緒だし、スマホの充電が充分ならば困ることもないはずだ。

 緊張しているのが自分でも分かった。それでも途中でオシッコに行きたくなると困るから、水さえも口にできなかった。それでずっと喉が渇いているのだ。比較するべきことではないが、レンちゃんを誘うよりも、ウサギを殺した時の方がまだ冷静だったような気がする。


「なに考えてるの?」

 目の前にレンちゃんの怒った顔がある。

「二人とも受験生でしょう?」

 今日のレンちゃんは暖かそうな赤い丹前に袖を通していた。外出予定のない格好なので、彼女の方が受験生に見えるほどである。そんなレンちゃんに俺ら二人は『神さまの家』の玄関先で怒られているわけだ。

「受験って今週じゃなかった?」

「ああ、うん、俺は明後日でユウキは日曜日だっけ?」

 尋ねるとコクリと頷いた。元々ユウキがレンちゃんを遊びに誘おうと言い出したのに、レンちゃんが現れると、すべて俺任せにするのだった。人をけしかけておいて、この様である。昔からユウキは時々ズルいところがあった。

「誘ってくれたのは嬉しいけど、勉強しなくて大丈夫なの?」

「いや、ほら、俺の方は勉強しなくても大丈夫な高校だし」

 実際のところ、自分の名前さえ書ければ問題なかった。

「それに結果が出た後だと気分が乗らないしね」

「やる前から諦めているような言い方をしたらダメだよ」

 レンちゃんは年上にも言いたいことは言うタイプの子だ。

「でもそっか、ユウキ君は札幌の高校に行っちゃうんだよね」

「最後に三人で思い出を作ろうよ」

 ユウキの言葉が決め台詞となった。つまり、友が後押ししてくれなかったら断られていたかもしれないということだ。レンちゃんの中では、俺の存在など有って無いようなものなのかもしれない。それは行き先にも暗示されていた。

「札幌に行きたいの?」

 レンちゃんに遊びに行きたい場所を尋ねたら、予想外の答えが返ってきた。

「行きたい場所を聞かれたから答えただけであって、どうしてもっていうことじゃないの」

 俺たちが揃って驚いたから、レンちゃんが慌てて否定した。

「札幌で何がしたいの?」

 気になったので尋ねてみた。

「病院なんだけど、ずっとお見舞いに行きたいと思っていて」

 なぜかレンちゃんが言いにくそうにしている。

「二人とも知ってるよね? ソウ君がまだ入院してるんだ」

 鳴海創なるみ そう君は『神さまの家』で暮らしていたレンちゃんの一個上、つまり俺たちと同級生の男の子のことだ。俺は一年以上前に一度会っただけの関係だが、レンちゃんとは小さい頃から一緒に育った間柄でもある。

 遠縁に引き取られて退所したと聞いたのが一年前で、病気になったと聞かされたのが去年の暮だった。現在も入院しているということは、二か月近くも闘病生活が続いているということになる。病名は聞かされていないけど、重病であることは確かだろう。

「行こうよ」

 突然、ユウキが声を上げた。

「交通費は僕が出すから心配いらない。札幌ならたいした額じゃないし、今日中に往復できる距離だしね。僕たちだって面識がないわけじゃないし、話に名前が出て止めたんじゃ気持ちがすっきりしないよ。だから行こう。行くなら急いだ方がいい」

 そう言って、レンちゃんを急かせるのだった。

「じゃあ待ってて、急いで支度してくる」

 いつもは優柔不断で、コンビニのお菓子を買うにも俺を待たせてイライラさせるのだが、今日のユウキは決断が早かった。隠者に一度殺されて生まれ変わったかのようだ。それでもお金に関しては、言っておかなければならないことがある。

「レンちゃんの交通費だけど、半分は俺が出すからな」

「うん、分かった」

 これはカッコつけているわけではなく、前に金持ちのユウキにたかるヤツがいて、そいつと俺が揉めたことがあり、それ以来お金に関してはユウキと折半すると約束を交わしているからである。

 札幌まで片道一時間半で往復料金が三千円も掛からないのでたいした出費ではない。いや、俺たちにとっては大金だけど、レンちゃんの希望が三千円で叶えられるなら安いもんだ、という意味である。


「お待たせしました」

 まさか自分の人生において、レンちゃんと実習林の雪道を歩ける日が来るとは思わなかった。幸せとは、これ以上なにも望むことはない、ということなのかもしれない。好きな人と並んで歩けることが、今の俺のそれに当たることだった。

 ネット検索すると高速バスの方が安かったので、電車で行くのを止めることにした。祝日の札幌行なので車内が込み合うかと思ったけれど、目的地まで席を譲る心配もなく、後部座席に並んで座ることができた。並び順はレンちゃんが真ん中でユウキが窓際だ。

「レンちゃんはさ、宇宙人の存在って信じてる?」

 緊張で喋れない俺の代わりに、ユウキが彼女の話し相手になってくれた。

「うん。信じてるよ。北海道だけでもこれだけ広くて、さらに日本という国があって、もっと広い世界があって、それよりも広い、というより大きな宇宙があるんだもん。それだけ大きな空間があるのに宇宙人がいないとなると、地球人の存在が寂しすぎるよ」

 レンちゃんには隠者の存在を知らないままでいてほしいと思った。

「でも実際に目の前に現れたらって思うと怖くならない?」

「驚くとは思うけど、怖くはないかな。たとえば熊のような大きな動物が、いきなり襲い掛かって来たら怖いと思うよ。でも相手を怖がらせたり、驚かせたりしなければ大丈夫だと思う。こちらに攻撃的な意思がなければ、きっと向こうも分かってくれるよ」

 この日、俺たちが宇宙人に殺される予定だったことを彼女は知らない。

「でも言葉が通じなかったらどうしよう?」

「その時は、まだ言葉が話せない幼児と遊んであげるみたいに接すればいいんじゃないかな? 優しく笑ってあげたり、興味がありそうな物で遊んであげたりね。あっ、でも地球に来ることができるほど文明が進んでいるなら、子ども扱いはダメかもしれない」

 そう、俺たちよりも劣っているということは有り得ないのだ。

「もしも宇宙人が地球を侵略してきたらどうする?」

「歴史の教科書には宇宙人と戦争をしたという記述がないから、どうなるか分からないけど、私たちは貴方たちに対して攻撃する意思はありません、って繰り返し訴え続けていくしかないんじゃないかな? 地球には好戦的な人がいて、どの時代にも常に戦争をしたがる人が一定数いるんだけど、その人たちが生きている同じ時代には、ちゃんと戦争に反対している人たちもいるって知ってもらう必要があると思うの。そうすれば平和について一緒に考えてくれるような気がするんだ」

 レンちゃんと隠者を引き合わせてみたいと思ってしまった。

「その宇宙人が地球人よりも好戦的だったらどうするのさ?」

「それでも粘り強く対話を続けるだけだよ。もしも言葉が通じるようなら、私が交渉の窓口に立ってもいい。どんな無理難題を投げかけられても、私なら平和的に解決できるっていう自信があるんだ。なぜだか分からないけどね」

 俺たちも隠者との対話を続けるべきだったのだろうか?

「でも地球にいるテロリストのように、いきなり爆弾を仕掛けるような相手ならどうしよう?」

「そういう場合は、因果関係をちゃんと理解しないといけないと思うの。私たちが知らないだけで、必ずどこかに元凶となった出来事があったと思うんだ。それを調べることで理解が深まり、対話が可能になるんだと思う」

 いや、世の中には理不尽な犯罪があり、その上、隠者は愉快犯の性質も持ち合わせている。

「だったらその宇宙人は人間を殺すのが楽しくて仕方がなかったらどうしよう?」

 ユウキは隠者のことを上手に隠しながら会話をしている感じだ。

 そこで間ができた。

 頭の良いレンちゃんでも困ることがあるようだ。

「それでもやっぱり対話を試みるより他ないと思う。どんな罪人にも罪を犯すまでの時間はあるわけよね? その罪を犯すまでの時間を大切にして、ちゃんと向き合ってあげることができれば、その宇宙人を罪人にさせずに済むかもしれないじゃない」

 レンちゃんらしい希望と慈愛に満ちた言葉だ。

 隠者にも聞こえていることだろう。

「でもそういう理屈じゃなく、殺人が趣味嗜好の場合だったらどうするの?」

「それでもやっぱり私は対話を試みる。さっきと同じ話になるけど、どんな人でも一線を踏み越えてしまうまでに、ギリギリで踏み留まっている時間があると思うの。第三者であっても、そこの線を越えさせないように説得する努力はできるんじゃないかな?」

 これだけ強い信念があれば隠者を説き伏せることができるのではないだろうか?

「レンちゃんだったら、どんな言葉で説得する?」

「そうだなぁ、やっぱり命がとても大切なものだと伝えたい。一つとして同じものはないし、失ってしまったら、もう二度と同じものは手に入らないし、後で悪いと思っても、たとえ謝っても、その人は二度と帰ってこないんだって伝えるの。でも怒りながら言うのは絶対にダメなんだ。すべての人が、本気で怒ってくれた人に対して感謝できるわけではないもんね。その子がどういう人間かを見極めて、どういう声を掛けてあげたらいいのか、その子にとって、何が一番かを考えてあげるの」

 たくさんの子どもと一緒に暮らしているレンちゃんならではの言葉だ。

「その宇宙人が自分よりも遥かに大人だったらどうする?」

 ユウキはレンちゃんの言葉からヒントを得ようとしているかのようだ。

「大人になるまで罪を犯すことなく生きてこられたなら、それだけで立派な人だと褒めてあげたい。そして私も貴方のような人生を歩んで行きたいと伝えるの。罪を犯さないことがどれだけ素晴らしいことか、そう思っている人がここにいることを知ってほしいんだ」

 レンちゃんは幼稚な隠者よりも遥かに大人だった。

「その宇宙人が神さまだったらどうする?」

 その言葉にレンちゃんの顔は強張ってしまった。

 そこでユウキが補足説明する。

「つまり神さまを信じるということは、世の中のあらゆるものを信じるということじゃないか。人生で何が起こっても、すべては神さまが決めたことだと考えるわけだよね? だとしたら侵略する宇宙人も神さまが決めたことにならないかな? それでもレンちゃんは、その宇宙人と対話を試みたりする? その宇宙人が神さまの正体かもしれないじゃないか。だとしたら、対話なんておこがましい行為だと思うんだ。だって僕たちには、教わることはあっても教えることなんてないんだからね。緑を奪うのも、動物を殺すのも、災害を引き起こすのも、人間同士に殺し合いをさせるのも、そのすべてが神さまの意思だとしたら、もう僕たちにはどうすることもできないんだ。それでもレンちゃんは、神さまかもしれない相手に対して説得を試みるというの?」

 隠者が現れてからの一週間超の間でユウキも相当悩んでしまったようだ。

「神さまが目の前に現れるとも、話し掛けてくれるとも思わないけれど、もしも宇宙人の姿を借りて現れたら、その時は素直に耳を傾けるだけでしょうね。そして神さまの為さることに対して、ひたすら自問を繰り返すと思う」

 そこは大丈夫。隠者のようなヤツが神さまのはずがない。

「神さまじゃなくて、死神だったらどうしたらいい?」

 ユウキは隠者のことを死神だと思っているのだろうか?

「そうだとしても同じことだと思う。耳を傾けて、決して反論を試みず、言葉は祈りのために口にするだけなんだ。それに死神は決して悪い存在ではないでしょ? 死は万物の停止を意味するけど、同時に再生を意味してるんだもん。死なくして、復活はありえないでしょう?」

 俺が理解するには難しい話になってきた。緊張して話せないのではなく、二人の話に入っていけないというのが正しい表現かもしれない。俺もレンちゃんが興味を持っているものに興味を持とうと思っているけれど、バカがバレるのが怖くて話せないでいるのだ。

 しかし死神の意味については俺も知っている。タロットカードの十三番目のカードが『死神』だからだ。その逆位置が『再生』を意味している、という知識だけは持っている。不吉ではあるけど、絶対に欠かせないという重要なカードだ。


「次のバス停で下りた方がいいみたいだね」

 宇宙人の話から神さまの話になって、そこからレンちゃんが最近読んだ本の感想を聞いていたら、いつの間にか札幌に着いていた。俺は喋るのが苦手というわけではないのに、レンちゃんといる時は、どうしても無口になってしまうのだった。

 目的地の病院までの行き方はすべてユウキに任せてある。というよりも、スマホの地図を頼りにしていると言うべきだろうか。俺もユウキも地図を見るのが大好きで、よく東京の街をスマホで散歩することがあるくらいだ。

 そんな道順の心配よりも大事なのは、俺やユウキが病室へのお見舞いに行っていいのかという問題である。長期入院するほどの重病なら面会できないこともあれば、できたとしても迷惑を掛けて負担を強いる場合もある。

 俺たち三人は病院へお見舞いに行くのが生まれて初めての経験だったので、誰一人として病院における常識やマナーを持ち合わせていなかった。そういうこともあり、先にレンちゃんが一人でソウ君の様子を見てくることとなった。

「血液内科って言ってたね」

 そう言われても病気の知識など一つも持ち合わせてないので分からなかった。

「ほんのちょっとの時間だけど会ってくれるって」

 レンちゃんがロビーに戻ってきて報告してくれた。

「でも相部屋の人の咳が止まらないみたいで中に入るのは遠慮してほしいみたい」

 レンちゃんの説明によると、ソウ君はクリーンルームと呼ばれる二人部屋にいるようだが、会えるのはトイレの前の廊下で、しかも挨拶を交わすくらいの時間しか取れないという話だ。無理に会う状況ではないが、見舞いを喜んでくれているということで会うことにした。

「来てくれてありがとう」

 そう言って、はにかんだ顔を見せる車椅子の少年がソウ君だ。見上げていると首がつらそうなので、俺たち三人は腰を沈めてしゃがむことにした。最後に会ったのは中学二年生の時だったけど、あまり外見は変わっておらず、永遠の少年という感じだ。

「具合はどう?」

 年下のレンちゃんがお姉さんのように心配した。

「昨日まで熱が高かったけど、今日になって下がってくれたんだ」

 たったそれだけのことでソウ君は最上の喜びを感じているかのような顔をした。

「よかった」

「みんながお見舞いに来てくれるから、きっと神さまが熱を下げてくれたんだね」

 そう言うと、ソウ君はレンちゃんと顔を見合わせて微笑み合った。それを見た瞬間、レンちゃんが神さまを信じるようになったのは、ソウ君の影響ではないかと思ってしまった。根拠はないけど、なんとなくそう思ってしまったのだ。

 それとは別に、ソウ君の笑顔を見ると複雑な気持ちになってしまった。神さまを信じるのは構わないけど、病気になったのだから、神さまのことを恨んでしまえと言ってやりたくなったからだ。恨んだって、罵ったって、悪くないはずだ。

 それだけではなく、笑顔なんて見せる必要はないし、俺たちに悪態をついたって構わない。誰かを憎んでも仕方がないことだし、思いっきり悪口を言ったっていい。物分かりのいい子どもの顔をする必要はないし、健康な俺に対して腹を立ててもいいくらいだ。

「ケント君、ありがとう」

 それなのにソウ君は、一度遊んだだけの俺に感謝の言葉を贈った。

「ユウキ君もありがとう」

 俺もユウキも感謝されるようなことはしていない。

「そうだ」

 レンちゃんがバッグから小包を取り出した。

「宅急便で出す予定だったバレンタインデーのチョコレートを持ってきたんだ。二日前だけどいいよね? 本当は手作りのチョコレートをあげたかったんだけど、それは病気が治ってからにする」

「ありがとう、レンちゃん」

 ソウ君はプレゼントを受け取ると大事そうに抱えた。

「僕はこれをあげる」

 そう言うと、ユウキがソウ君の目の前で、指先からバラの花を出現させた。

「うわ、ありがとう」

「急に来ることになったから、今日はこれだけなんだ」

「充分だよ」

 ソウ君は驚いているが、今のはワンコインで買えるただの仕込みマジックだ。それよりも俺は焦っていた。なにしろここへは手ぶらで来てしまったからである。こんなことならコンビニに寄ってお菓子でも買ってくれば良かったと思ったが、もう手遅れだった。

「俺はこれをあげるよ」

 とっさに考えて出した答えは、家の鍵に繋いであるキーホルダーだった。

「いいの?」

「使用済みで申し訳ないけど、この黄色い石はお守りでもあるんだ」

「そんな大事な物を僕に?」

 俺は渡せる物があってホッとしている。

「転がっている石を誰かが拾って、俺が買っただけだから気にしなくていいよ」

「ありがとう」

 ソウ君の顔が紅潮して熱がぶり返しそうに見えたのでそこで別れることにした。

「お返しは病気を治してからでいいからね。バイバイ」

 レンちゃんの明るい挨拶が廊下に響いた。ソウ君と別れてから、俺は病人にまで嫉妬する最低の男だということに気が付いた。レンちゃんの優しさがソウ君に向けられていることに対して、得も言われぬ感情を抱いてしまった。

 どうして人間は人を好きになると醜い感情と向き合わなければいけなくなるのだろう? 他人に無関心であるならば、どれだけ俺は無垢のままでいられただろうか? それでも人を好きになることは素晴らしいと言えるのか? 俺には己の醜さを見ないようにはできなかった。

 そんな醜い顔をソウ君に見られなかっただろうか? 不愉快にさせるような表情や目つきにはなっていなかっただろうか? 小さい頃からそんなことばかり考えてしまう自分がいる。ましてや今回は重病を患っているソウ君だ。

 宇宙人から死の宣告を受けたからといって、それを闘病している人の痛みと同列に語っては絶対にいけない。病人にはそんなこと関係ないからである。嫌な目つきで人を見る人間にだけはなりたくなかった。


「あれ? ユウキ君とケント君じゃない」

 高速バスでの帰り道、ウトナイの停留所から隠者が乗り合わせてきた。

「隣いい?」

 俺が返事をする前に、後部座席の横並びのシートに腰を下ろした。

「隣の子は誰? 二人とも黙ってないで紹介くらいしてよ」

「あっ、うん。この子はレンちゃんで僕たちの友達だ。学区が違うから学校は別だけど、こうして時々会って話をするくらいには仲が良い間柄さ」

 たどたどしい感じだが、ユウキが説明してくれた。

 俺は頭の中が真っ白で口が動いてくれなかった。

「初めまして、伊吹恋です」

 それに対してレンちゃんの挨拶はしっかりしていた。

「今度は私のことも紹介してくれない? 名前とか、関係とかさ」

「名前」

 そこでユウキが固まってしまった。絶句するのも無理はない、俺たちは隠者の名前を知らないからだ。そのことは隠者本人も知っているはずである。それを知った上で困っている俺たちを見て楽しんでいるのだろう。

「自己紹介くらい自分でできるだろう」

 怒りに任せて口を突いて出た言葉がそれだった。

「ケント君は冷たいな。そんなんだから女の子にモテないんだよ」

「いいからさっさと紹介を済ませろよ」

 レンちゃんからどう思われようと、こう言うしかなかった。

「私はマリア。よろしくね」

 大層な名を騙ったが、聖母マリアとは似ても似つかない中身をしていることは俺たちが一番よく知っていることだ。おそらく行きの車中で神さまの話をしていたので、それを聞いていた隠者がわざと関連付けた名前を名乗ったのだろう。

「私たちの関係はなんて言ったらいいのかな? ユウキ君わかる?」

 俺が素っ気ない態度を取るので、隠者はユウキを名指しした。

「それは、つまり、その、僕の遠い親戚でいいんじゃないかな」

「あっ、そうそうハトコだっけ? ああいうのよく分からないよね」

 クラスメイトの設定では不自然だと思ったのか、ユウキはとっさの判断で嘘をついた。隠者は俺たちがレンちゃんに隠し事をしていて、それを誤魔化すために嘘をつくのを見ているのが嬉しくて楽しくて仕方がない様子だ。

「私たち昨日も一緒に晩御飯を食べたんだもんね。あれ美味しかったな、ケント君が作ってくれたガーリックロースト。前日から下ごしらえしてオーブンで焼いてくれたんだもんね。ところでアノ肉、なんの肉だったっけ?」

 汗が噴き出した。

 ユウキは前の座席の一点を見つめて動かない。

 レンちゃんは純真な眼差しで、俺が答えるのを待っている。

「七面鳥だろう? 日本では馴染が薄いけどターキーって呼ばれている鳥だよ」

 隠者は俺がレンちゃんに嘘をついて満足そうな顔をした。

「そうそう、珍しい肉だったから憶えられなかった」

 汗が止まらない。

「ケント君は今日の出来事もノートに書くの?」

「えっ?」

 とぼけたフリをしたが、顔が熱くなった。

「ほら、先週見せてもらったじゃない。ノートに詩を書いてたでしょ?」

「ケント君って詩を書いたりするんだ?」

 レンちゃんが食いついた。

「私が見たのは詩だけじゃなかったよ。おまじないもしているみたい」

 コイツほどサディスティックなヤツには出会ったことがない。

「ケント君さ、アレなんのおまじないなの? 誰かの名前をひたすら書き連ねていたよね?」

「それはペン字の練習帳だろう?」

「ああ、そうだった」

 隠者は生殺しを楽しむタイプのようだ。

「人に見せられるなら、私にも見せてほしかったな」

 そう言って、レンちゃんは残念そうな顔をした。

「実は先週燃やしちゃったんだ。勝手にのぞき見するヤツがいるからさ」

「それって私のこと?」

「お前以外に誰がいる」

「ケント君とマリアさんって、すごく仲が良いんですね」

 そんな風にレンちゃんに誤解されるのが一番つらかった。


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