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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
49/60

SIDE OF THE FOOL   愚者

 レンちゃんと別れた後、帰り道に犬のウンコを踏んづけてしまった。靴擦れしないように履き慣らすために新しく買ったばかりの靴を履いて行ったのだ。何から何までついていない。その姿を見て、マリアは笑っていることだろう。

 庭で靴の裏を洗ってから、届いたばかりの夕刊を持ってリビングに行った。地元で夕刊といえば小牧日報しかない。朝刊をとっていない家庭でも、小牧日報だけはとっている家庭があるほど地元に根付いたローカル紙だ。

 普段は読まないけれど、卒業式で取材を受けていたのでずっと気になってチェックするようになっていた。レンちゃんが言っていた小林市長が中学校に来た記事は俺も読んだが、音楽葬の記事がまだ掲載されていないから余計に気になるのだ。

 その取材を受けた音楽葬の記事は本日付の紙面に掲載されていた。土曜日に掲載される予定だったのが、今日掲載されたのはおそらくアンナ先生の活動を取材していたからだろう。見開きで都合四ページ分も割いて掲載されていたからだ。

 ピアノ・コンクールでの写真や、ウチのクラスが出場した合唱コンクールの時の写真も掲載されている。他にも『神さまの家』でオルガンを弾いている写真も載っていて、まるで先生のメモリアルアルバムを見ている感じだった。

 ユウキの写真もしっかりと載っていた。『神さまの家』で子どもたち相手にマジックをしている写真もあった。もちろん撮影者は俺だ。ユウキの両親は俺が撮った写真をとても気に入ってくれていたようで泣かずにはいられなかった。

 俺と石橋さんが小林市長と一緒に撮った写真も掲載されていた。名前もしっかり掲載されている。しかし、この日マリアに殺害を命じられていたことを知る者は誰もいないだろう。いや、レンちゃんが推理していたので小さな探偵だけは例外だ。

 新聞は自室に保管しておくことにした。なぜか父親に見せたくないと思った。というよりも、もう二度と口を利きたくないと思っている。離婚すれば母親と一緒に暮らすので、そうなったら二度と顔を合わせることもないだろう。


 翌日の午前十時に小牧日報の山村記者が家に訪ねてきた。

「ああ、よかった。春休みだから家にいると思ってさ」

 春の太陽よりも陽気な笑顔だ。

「はあ」

 玄関のドアを半開きの状態にして、取手に手を掛けながら返事をした。

「今日はね、これを持ってきたんだ」

 手提げ袋から紙を取り出した。

「昨日の記事を縮小して高級紙に印刷してある」

 そう言って、差し出した。

「これをどうすれば?」

 黙って受け取るのが怖かった。

「喜んでくれると思って持ってきたんだけど、いらなかったかな?」

「いえ」

 正直、アンナ先生の顔がキレイにカラー印刷されているのでメチャクチャ嬉しかった。

「あんまり喜んでないね」

「ありがとうございます」

 頻繁に家に来られると迷惑だから素っ気なくしているだけだ。

「ああ、よかった」

 俺が迷惑がっていることを理解しているはずなのに気にした素振りを見せない。

「それじゃあ、今日はわざわざありがとうございました」

 ドアを閉めようとしたら、そのドアをガッと掴まれた。

「ちょっと待って。まだ用事があるんだ」

 そこで声を潜める。

「ほら、楓花ちゃんのことで」

 警察に氏名を非公表にしてほしいとお願いしたのに山村記者にはバレていた。しかも声を潜めたということは、俺が非公表をお願いしていることまで知っているというわけだ。これだから警察の口約束は信用できないのだ。

「少しでいいんだ。この場で話せないなら場所を変えてもいい」

 何か奢ってくれそうな口ぶりだったけど、親しくなりたくなかったのでリビングで話をすることにした。玄関先では隣家に会話が聞かれるし、知らない大人と一緒にいるところを目撃されるのも後で説明するのが面倒だ。


「お家の人はいないの?」

 山村記者にソファを勧めて、俺もはす向かいのソファに座る。

 招かれざる客なのでインスタントの紅茶は出さない。

「母なら出掛けています」

 話が広がるといけないので旅行に行っていることは伏せた。

「それより、どうして僕が楓花ちゃんの遺体を発見したって知ってるんですか?」

「おれだって一応、文化部だけど記者の端くれだからね」

 質問に答えていない。

「誰から聞いたんですか?」

「大丈夫だよ。記事にはしないから」

 やっぱり質問には答えてくれなかった。

「いや、事件を追いたくても部署が違うから書けないんだけどね」

 ソースは明かさないというわけだ。

「それで楓花ちゃんの遺体だけど、よく見つけられたね」

「はあ」

「よかったら、おれにも聞かせてくれないかな?」

「もう他の人から話は聞いてるんですよね?」

「うん。それでも、こういうのは本人から聞かないと」

 頑なに拒絶するのも不自然だ。

 山村記者がもうひと押しする。

「せっかく友達になれたんだからさ」

 同じ冗談でも、笑顔で言うところが番さんとの大きな違いだ。

「じゃあ、簡単にですけど」

「ありがとう。助かるよ」

「喉が痛いので紅茶を淹れてきます」

 というのは適当な理由で、本当は軽く時間を稼ぐのが目的だ。しかし注意しておくことは特になかった。警察に話した通りに説明し、決して新情報を交えないことだ。それを確認できただけで充分である。


 山村記者が質問したのは話をすべて聞き終えてからだった。

「それで、そのガールフレンドに渡したプレゼントは何だったの?」

「クッキーです。バレンタインのお返しなので」

「ああ、うん。そうだったね」

 と言いつつ、納得した顔は見せなかった。

「ホワイトデーの日に渡しそびれたので」

「でも、地中に埋めようとしたんだよね?」

「はい。宝探しなので」

「食べ物なのに?」

「缶に入ったクッキーですよ? 贈答用の。みんなで食べてもらおうと思って」

 苦しい言い訳だった。俺は死体を見つける作戦のことで頭がいっぱいだったので、実際に埋める必要がないから、喜んでもらえるようにクッキーを選んでしまった。でも、考えてみれば食べ物を土の中に埋めるのはやっぱり考えられない。

「いや、別にクッキーでも構わないんだけどさ、せっかく宝探しをするんだから、見つけた時にもっと『お宝感』があった方がいいと思ったんだ。暗号を解読して、苦労して穴を掘って、見つけたお宝がクッキーだとガッカリするんじゃないかと思って」

 刑事がプレゼントの中身を尋ねなかったのは実際に現物を見ていたからだ。それを抜きにしても、警察は俺を最初から容疑者として考えていたという事実がある。でも山村記者に先入観はない。そんな人に疑問を抱かせてしまうのは、単純に俺のミスだ。

 詰めが甘い、とはこういうことを言うのだろう。これだと山村記者だけではなく、プレゼントを受け取ったレンちゃんにも疑問を抱かせたかもしれない。いや、彼女の場合は疑惑が確信へと変わった可能性がある。

「それよりも犯人はまだ捕まらないんですか?」

 話を変えることにした。

「うん。そういう動きはないね」

 容疑者が捕まったという報道はない。地元の記者でも知らないのだから、任意で取り調べを受けている容疑者もいないのだろう。児童殺害事件だと社会的影響が大きいので決め手となる証拠が見つかるまで逮捕状は出ないと考えられる。



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