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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
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SIDE OF THE FOOL   愚者

 あのクソオヤジが! 俺に偉そうに注意や説教していたオヤジがとんでもないクズ野郎だった。常識人ぶった顔して、真面目な仕事人間みたいな顔して、母さんを裏切り続ける二重生活を営んでいたわけだ。

 テレビの生放送に出演していたら、即刻つまみ出されるような言葉しか頭に浮かんでこない。今の気持ちをネットの掲示板に書き込んでしまうと、通報されて家に警察がやってくるだろう。それくらいオヤジに対する憎悪の念が心に渦巻いている。

 気がつくと、リビングのソファに座っていた。天塚佐和さんとは実習林の出口で別れたのは憶えている。その先の記憶がないのだ。おそらくリードに繋いだマジックが俺を家まで連れ返してくれたのだろう。今は犬だけが友だ。いや、これからもそうなるだろう。


 ご飯を食べて、風呂に入り、それから早めに自室にこもることにした。オヤジと顔を合わせないためだ。会えば暴力を奮うかもしれないと思ったからだ。一度も家庭内暴力を奮ったことはないが、母親のためなら戦えると思ってしまったのだ。

 それと、やっぱり会って話すのが嫌だと思った。面と向かうと、なぜだか上手く喋れなくなる。頭の中ではすらすらと言葉が湧いては流れていくのに、相手がオヤジだと口が固まってしまうのだ。

 自分では冷静でいるつもりだが、頭の中が罵詈雑言で埋め尽くされているので、冷却させる必要もあった。こういう時にマリアがいてくれたら過去を聞き出すことができたかもしれないのに、アイツはいてほしい時に限っていないのである。


 部屋を暗くして布団の中で考え事をする。考えなければならないのは天塚姉妹のことだ。まさか高校に入るまで自分に妹がいるとは思わなかった。母親が違うので異母兄妹になるが、それでも血の繋がった本物の妹だ。

 問題は今の俺にとっては喜ぶべき事態ではないということだろう。なにしろマリアに命を狙われている状況だ。これで妹と親しくしようものなら、確実にあの宇宙人の標的にされてしまう。それだけは避けなければならない。

 親しくしないどころか、反対に冷たくしなければならないだろう。俺に近付けさせないために、いっそのこと嫌われてしまった方がいい。傷つけるようなことはしないが、無視するのは当たり前で、顔も見たくないと思わせるのがベストだ。

 偶然とはいえ、妹がレンちゃんの友達というのも恨めしい。狭い地域なので仕方がないとはいえ、よりによって俺の好きな人の友達というのは残念だ。しかし兄妹そろって同じ人に興味を持つのだから不思議ではない気もする。

 結局なにが腹立つって、すべての元凶はマリアにあることだ。アイツさえいなければ、たとえ両親が離婚したとしても、いつものように楽観的に生きることができたはずだ。アイツを『マリア』と呼ぶことも段々と嫌になってきている。

 妹を避けるということは、あの天使のような佐和さんとも距離を置かなければならない。マリアさえいなければ、そんなことをする必要もなかったわけだ。アイツはマジで俺の人生を死ぬまでメチャクチャにする気だ。

 なんてキレイな人だろう。陰のある松坂さんに対して、佐和さんは天性の朗らかさがある。それを母性と言い換えてもいいだろう。あんなお姉さんがいたらいいな、という人が佐和さんだ。それなのにマリアのせいで全部ぶちこわしだ。

 マリアがいない状態で出会えたら、どれだけよかっただろうか。佐和さんは近親者ではないから結婚することだってできる。松坂さんからレンちゃんに心変わりしたように、レンちゃんから佐和さんに心変わりすることだってあるかもしれないのだ。

 オヤジのように不貞を犯すことはない。お付き合いすることがあれば絶対に浮気をしないと思っている。しかし今は誰とも付き合っていない状態だ。どうなるかは自分でも分からない。それだけにマリアが憎らしかった。


 翌日の三月二十一日は祝日。この日はオヤジも会社が休みなので家で過ごしていた。昼過ぎに警察が来て応対していたが、俺まで事情を聞かれるということはなかった。隣家にも話を聞いていたので楓花ちゃん殺害事件の捜査なのだろう。

 俺はレンちゃんにホワイトデーのお返しをしに行くという予定があった。渡すつもりで渡さなければ、また探偵気質のレンちゃんに疑われることになる。プレゼントはすでに用意しているので、あとは勇気を出して会いに行くだけだ。

 実習林の居住区にある『神さまの家』に行く最後の日になると思ったので、自転車ではなく歩いて行くことにした。時刻は午後の三時過ぎ。色んなことを思い出しながら林道を歩いているが、そのすべてにユウキの姿があった。

 初めてキツネを、いや、キツネらしき動物を見たのもユウキと一緒に歩いている時だった。ユウキが『キツネだ』と言い張って、俺が『犬じゃないか』と否定した。キツネに見えたユウキだけが得をしたような顔をしていた。

 近付いて確かめようとしなかったのはエキノコックスが怖いからだ。キツネは漏れなく寄生虫に感染していると教えられているので絶対に触れてはいけない。ただし、ウチの地域では常識だけど、他の地域については知らない。

 夏に川遊びしたこともある。真夏なのに川の水がしゃっこくて、我慢大会のようになり、それが全然楽しくなかったのが、いま思い出すと楽しい思い出として蘇るから人生って不思議だ。大切な友がいたから、すべてがいい思い出に変わるのかもしれない。


 ホーム長さん夫婦にご挨拶してから『神さまの家』に上がらせてもらった。所長さんや奥さんは俺が楓花ちゃんの遺体を発見したことを知っていたので、『大変だったね』と心配してくれた。心中を察してか、根掘り葉掘り聞かれることはなかった。

 職員さんにレンちゃんを呼び出してもらって、まずは遺体発見に巻き込んでしまったことを謝った。元気がないように見えたのは、亡くなられた楓花ちゃんのことを思ってのことだろう。ホームには同じ年頃の女の子がいるので俺より心配が大きいはずだ。

 玄関ホールでプレゼントを渡そうと思ったが、話したいことがあるということでお堂へ移動した。最近、レンちゃんと話すのが怖いと思う自分がいる。以前は恋心からくる緊張だったが、最近は犯した罪を暴かれるような緊張を感じている。


「お祈りしましょう」

 キリスト教徒ではないので十字架に祈っても仕方がないのだが素直に従った。

 助けられるものなら助けてほしいもんだ。

 救いとやらが本当にあるのかどうか、今の俺ならそれを確かめられる。

 でもそれには信心が必要なのか?

 まずは信じる、それが難しいのかもしれない。

 レンちゃんと結婚できれば、あるいは?

 今はもう考えられないことだ。

「座りましょ」

 十字架に一番近い席を勧められた。

 レンちゃんが隣に座る。

「どうしてさっき謝ったの?」

「え?」

「遺体を見つけたのは偶然なんだから、私に謝ることはないでしょ?」

 早速、探偵レンちゃんによる尋問が始まった。

「俺が余計なことをしなければ怖い思いをさせなかったと思って」

「楓花ちゃんが見つかったのは悪いことじゃないよ」

「うん。見つかってよかった」

 それは本当にそう思っている。

「そう。ケント君はいいことをしたんだよ。謝るようなことは一つもしていない。私のためにプレゼントを用意してくれたんだもんね。それなのに謝った。どうして? それだとまるで後ろめたいことがあったみたいに感じるんだけど、違う?」

 動悸が激しい。

「後ろめたいことは何もないよ」

 嘘です。

「またマリアさんが関わってるんじゃないの?」

 それも見抜かれた。

「アンナ先生が亡くなられる前だけど、私に願い事を聞いたことがあったよね? 交わした会話のすべてがマリアさんに関わっていると仮定して、そこから物事の全体像を考えるとね、ひょっとしたらマリアさんには願いを叶える力が備わっているんじゃないかと予想できるんだ。それがユウキ君やアンナ先生と競わされて勝利したケント君の勝利報酬になっているの。今回ケント君はその権利を行使した。マリアさんとの間でどういう取引が行われたかは分からないけど、そうでも考えないと森の中から楓花ちゃんの遺体を見つけることは不可能に近いもんね。でも犯人が逮捕されていないということは、死体を見つけるという一点しか叶えてもらえなかったんだと考えられる。それでもいいからケント君はマリアさんに遺体が埋まっている場所を教えてもらった。教えてもらったはいいけれど、穴を掘って見つければ第一発見者が疑われるから私を遺体発見計画に巻き込んだ。それでさっきの謝罪に繋がるんだよ」

 レンちゃんは警察よりも厄介だ。与えられた情報が警察よりも多いから先に真相に辿り着けてしまう。その彼女に情報を与えているのが、この俺だ。つまり犯人がペラペラとヒントを与えてしまったというわけだ。

「そんな話はありえないけど、レンちゃんの話が事実としたらおかしいだろう? 勝利報酬があるとしたら、俺はすでに二つの願いを叶えられることになる。それなのに遺体を見つけて危険な犯人を野放しにしているというのは行動が不自然じゃないか。つまり、そんなものはないんだよ」

 レンちゃんが反論する。

「ユウキ君が亡くなられてから遺体が見つかるまで日にちが開いたよね? ということは、つまり今回のように一つ目の願いでユウキ君の遺体をマリアさんに見つけてもらったっていうことなんじゃないかな? だとしたら楓花ちゃんの遺体を見つけたのは二回目の勝利報酬ということになる。それ以上は叶えられないんだから、犯人を捕まえたくても捕まえられないっていうことなんでしょう?」

 ついた嘘がことごとく看破されていく。

「レンちゃんは推理小説の読み過ぎだよ。アガサ・クリスティが好きだったよね? 俺もミステリーが好きだけど、楓花ちゃんの事件を茶化したらいけないよ。だから関わってほしくなかったんだ。謝ったのは、俺に関わるとみんな不幸になるからさ。それで会う人みんなに申し訳ない気持ちになってしまうんだ。それだけ」

 そこで立ち上がることにした。

「まだ聞きたいことがあるの」

 レンちゃんも立ち上がる。

「もう話すことはないよ」

 俺は何様のつもりだろうか。

「今度は『女帝』が狙われる。んん、違う。もう狙われているかもしれない」

 さすがは『タロット・ゲーム』の発案者だ。

「夕刊にケント君の中学校に小林市長が来たって載ってた。もしかしたらだけど、今度は市長を殺せって脅迫されてない? それができなかったら殺すって。ユウキ君が死んでから二週間後にアンナ先生は死んだ。そして、アンナ先生の死からもうすぐ二週間が経とうとしている。ゲームに期限が設定されているなら、もう時間がない。今度の土曜日か日曜日には殺されることになる。どうなの? 本当だったら、一緒にどうしようか考えよう。マリアさんと会って話すの。お願いだからマリアさんと話をさせて」

 一瞬だけ、レンちゃんが『タロット・ゲーム』なんて口にしなければ、こんなことは起こらなかったんじゃないかと思ってしまった。最初にマリアがウサギを殺すように命令したのもレンちゃんがいる『神さまの家』でウサギが飼われていたからだし。

 いや、事件を小さな探偵の責任にしてはいけない。探偵がいなくても事件は起こった。すべてはマリアが悪いのだ。俺はなんてことを考えてしまったのだろう。しかし、それにしても見事な推理だ。

「大丈夫だよ。たとえ命じられても、俺は市長を殺さないから」

「でもそれだとケント君が」

「俺は死なない」

 その後に『マリアなんか少しも怖くない』と言おうと思ったが止めておいた。

「はい、これ。遅れたけどバレンタインデーのお返し」

 レンちゃんがクッキーを受け取ってくれた。

「ありがとう」

 終わった。

「じゃあね」

 これでレンちゃんと会うこともないだろう。



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