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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
46/60

SIDE OF THE TEMPERANCE   節制

 生まれて初めて男の人と二人きりでいます。どうしよう? 緊張しているのが自分でも分かっている。緊張したらダメって、思えば思うほど緊張する。上手く言葉にできない。まるで神様に人差し指で唇を押さえられているみたい。

 でも、ダメ。そんな風に考えたらいけないの。だから神様が『いけないよ』って教えてくれているのでしょう。ちゃんと私のことを見てくださっている。『あなたは天塚佐和でしょう』って。『あなたはセイラのお姉ちゃんでしょう』って。

 久能賢人君は、私がうまく喋れなくても学校の先生のようにイライラしません。それが嬉しくて、つい甘えたくなってしまいます。私の方がお姉さんなのに。これではいけない。ちゃんと謝らないと。

「ごめんなさい」

「何が?」

 顔を覗き込むようにして見ている、その優しい目。そんな目で見るから何も喋れなくなっちゃう。(神様、どうしてそのような人を傷つけなければいけないのですか?)そう、心の中で尋ねても、何も答えてはくれませんでした。

「俺、まったく心当たりがないんだけど?」

 あなたは何も悪くありません。悪いのは私たちの存在なのです。お友達を亡くされたことは知っています。先生を亡くされたことも知っています。そして、今度は家族を奪われました。本当にごめんなさい。

「離婚は私たちのせいなんです」

「え?」

 驚くのも無理はありません。

「離婚って、ウチの?」

「はい」

「どうして知ってるの? 俺も今朝オヤジに聞かされたばかりなんだけど?」

 私たちも昨日の晩に聞かされたばかり。

「ウチの離婚と天塚さんがどう関係あるの?」

 謝らないと。傷つけてしまったのだから、私がちゃんと謝らないといけない。もしも落ち込んでいるのなら、私が慰めてあげたい。それが私にできる唯一のお勤めだから。心に深い傷を与えたなら、私が心の中に潜ってお薬を塗ってあげる。

「オヤジが浮気してたってこと?」

 そう言うと、賢人君は髪をグシャグシャとしました。

「違うな。離婚するから本気だったっていうことだ」

 私が何も言わなくても、一人で真実を導いていきます。

「それでお詫びしたいって気持ちになったんだね?」

「はい。母の代わりに謝ります。本当にごめんなさい」

「いや、君が謝ることじゃないよ」

 そう言って、目の前に広がっている空き地を見つめました。何もない土の上を、じっと見つめるのです。その憂いた表情を、横目で見ているだけで、胸が締め付けられる。苦しい。でも、賢人君はもっと苦しい。

 できることなら、この胸で抱きしめてあげたかった。苦しい胸と、苦しい胸を重ね合わせて、慰め合えば、きっと救いが訪れる。神様は苦しんでいる人を見捨てたりしません。そのためにも、一人で苦しめさせてはいけないのです。

「そうだ。これは君が謝ることじゃない。だってこれは大人同士の問題だからさ、どちらの家族であっても、子どもは謝ってもらう方の立場なんだ。いつだって子どもは大人に振り回されるだけの存在なんだよ」

 その強がった顔を見ていると、よりいっそう切なくなる。

「でも、お母様を傷つけてしまいました」

「それも君には関係ないさ。俺たちは悪くない。悪くあって堪るものか」

 私が賢人君を慰めてあげないといけない立場なのに、反対に私の方が慰められているかのようです。静かな怒りで、私たちを守ってくれているかのよう。小さな頃から想像していた人は、想像した以上に優しい人でした。

「それよりウチのオヤジと君のお母さんだけど、いつから関係が始まったか聞いてる?」

「妹のセイラが生まれる前からだと聞いています」

「妹さんって、中二だよね?」

「はい。私の一つ下です」

 そう、私と賢人君は同い年。

「そんな前から」

「お父様から聞いていないんですか?」

「オヤジとは会話がないんだ」

「ごめんなさい」

「それも君のせいじゃないから」

 賢人君は決して私を悪者にしません。

「では、セイラのことも知らなかったんですか?」

「妹さん?」

「あなたの妹でもあります」

 驚いたまま固まってしまいました。

 言ってはいけなかった?

 でも久能さんは賢人君にも話される、と。

「じゃあ、君も俺の?」

「いいえ。それは違います」

 セイラとは父親が違うのです。だから、こんなにも苦しい。賢人君とは血の繋がりがない。だから、憧れていた。会いたくても、会えなかった人。迷惑になるから。傷つけてしまうから。壊してしまうから。

 思い出す。母から再婚するかもしれないと聞かされた時、小学四年生だった。新しい家族が増える。それが久能さんと賢人君。それで気になって、こっそりと久能さんの家まで行ってしまった。

 でも、再婚はしなかった。それでも久能さんは毎日家に来て一緒に夕飯を食べてくれました。それは娘であるセイラのため。他のお家と違うことは知っています。それでもよかった。お父さんのいない私のような思いはさせたくなかったから。

「オヤジだけど、他には何か言ってた?」

「離婚するけど、すぐには再婚しないと言っていました」

「再婚したら、俺は君の兄か弟になるわけか」

 そこで大きく息を吐き出しました。私でごめんなさい。不安に怯えた横顔。悪魔から判決を言い渡されたかのような表情。少しも喜んでいない。やっと出会えたのに、嫌われた。せっかく会えたのに、出会ったのが私だから、喜びを与えることができなかった。

 再婚してほしくない。それは賢人君が弟になってしまうから。それは、嫌。だって、ずっと思い続けてきたから。私はいけない子。お母さんの幸せを望めない、不幸を望んでしまう、悪い子。それではいけない。

 出会ってはいけないと思って、会わずに我慢してきた。自分の気持ちも神様以外には見せなかった。出会ってしまったけど、これからも我慢できる。だって、私は天塚佐和だから。賢人君の妹である、セイラのお姉ちゃんだから。



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