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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
44/60

SIDE OF THE JUSTICE   正義

 昨夜から浩司こうじが実家に泊まりにきています。和賀楓花ちゃん殺害事件の捜査に加わって小牧市に戻ってきているからです。他の捜査員の方は札幌近郊のご自宅から通われますが、弟は実家からの通勤となります。親孝行の意味もあるのでしょう。

 しかし家の中で仕事の話をすることは一切ありません。また、家族の者もわざわざ事件について訊ねたりしないのです。職務中に得た情報はすべて秘匿せねばならないので、質問して困らせてはいけないのです。

 それは同じ警察官でも同じです。捜査に加わっていなければ民間人と変わりませんので、弟が私に情報を漏らせば処罰の対象にもなり得るのです。場合によっては左遷させられることもありますが、犯人しか知り得ない情報を守るためには大事なことなのですね。

 捜査に民間人である探偵が立ち会うのはおかしいという指摘がありますが、それは当たり前の話です。証拠の捏造や証拠隠滅の可能性があるので事件現場への立ち入りが許可されることはないのです。

 ただし、創作物と現実を混同して批判する警察官がいないのも事実ですね。警察が無能のように描かれる作品も見受けられますが、それは政治家や民間企業に勤める人でも同じように描かれる場合があるので、割り切ることが重要だと考えています。


 この日は大ちゃんと二人で久能君のお家へスコップを返しに行くことになりました。本当は刑事課の仕事なのですが、顔が利く大ちゃんが自ら申し出て、私たちが返しに行くこととなったのです。

 スコップを一時保管して指紋を採取したのは、第一発見者である久能君が楓花ちゃん殺害の犯人である可能性が残されているからです。証拠として押収しなかったのは、その可能性が限りなく低いと判断されたからでしょう。

「こんにちは」

 玄関口で私たちを出迎えてくれた久能君はいつもと変わらない表情をしていました。

「あっ、どうも、こんにちは」

 しかし挨拶の感じから驚いていることが分かります。

「こんにちは」

 背後にいる大ちゃんにもしっかり挨拶する礼儀正しい子です。

「こんにちは。今日は預かっていたスコップを返しにきたんだ」

 大ちゃんが説明すると、久能君は外の様子を目だけで確認するのです。

「どうかした?」

 久能君が首を振ります。

「いいえ」

 それ以上、答えてはくれませんでした。

「わざわざご足労いただき、ありがとうございました」

 そう言って、大ちゃんからスコップを受け取りました。中学校を卒業したばかりの子が咄嗟にできる挨拶ではありませんが、この少年は自分が口にする言葉を事前に調べて用意する習慣が身についているので、大人相手でも自然に受け答えすることができるのです。

「まだ何かあるんですか?」

「少しお話できない?」

 警察官には多少の厚かましさも必要なのです。

「いいですけど」

 あっさりと応じてくれました。


「母が旅行中なので散らかっていますけど、どうぞ掛けて下さい」

 それもお決まりの挨拶で、実際は掃除が充分に行き届いていました。

「いま紅茶を用意しますので」

「いや、気を遣わなくてもいいよ」

 大ちゃんが制しました。これは遠慮しているわけではなく、職務中は出された物を飲食できないからです。警察手帳しか携帯していませんが、不注意による紛失があってはならないからですね。

「じゃあ、僕の分だけ用意します」

 瞬時に理解する久能君は、そのことをよく分かっているようです。

「お母様はどちらへ?」

「場所を決めずに家を出たんです。去年の夏は東北に行きました」

「一緒に行かなかったの?」

「旅行は趣味じゃないんで」

 久能君もソファに腰掛けます。

「どうして今日は番さんがスコップを届けにきたんですか?」

「私じゃ不満だった?」

「いえ、捜査員の人に僕が発見者であることは伏せてほしいとお願いしていたので」

 私たちが捜査会議に参加していないことも知っているようです。

「それは大丈夫。外部には漏らしていないから」

「それは外に停めてある車を見れば分かります」

 今日は配慮して覆面車で来ました。

「北海道警察の番さんって親戚の方ですか?」

「弟なの」

 珍しい苗字なので関連付けても不思議ではありません。

「それで僕が発見者であることを聞いたわけですか?」

「いや、我々はお手伝いをしているだけだよ」

 大事なことなので、大ちゃんが否定してくれました。

「すごく優秀なんですね。警部さんから仕事を任されている感じでした」

 広瀬捜査一課長は人を動かすのが仕事で、現場でも部下に仕事を任せることで有名です。他の都府県の事情は知りませんが、北海道は広域であるが故、各地域に勤める警察官の協力なくして捜査を行うことができないので、一体感があり、自主性が尊重されるのです。

「でも、いくら優秀でも、犯人を捕まえることは難しいでしょうね」

「捜査は始まったばかりよ?」

「きっとまた空振りに終わります」

 ここら辺は被害者の家の近くなので大規模捜査が行われたことを知っているのでしょう。

「僕が見つけなければ誰も楓花ちゃんを発見することはできなかった」

「そうね。それはその通りだと思う」

「ひょっとして、僕は余計なことをしましたか?」

「どうしてそんな風に考えるの?」

「だって未解決事件を掘り起こして、また未解決のまま終わったら、今度こそ警察の信用が失われるじゃないですか?」

 これに大ちゃんが反応します。

「それは君が考えることじゃないよ」

 大ちゃんの方が揺さぶりを受けているかのようです。

「犯人の目星がついているということですか?」

「番さんが言っただろう? 捜査は始まったばかりだ」

 その答えに久能君は口を閉じてしまいました。

 それからゆっくりと紅茶をすすります。

 一息ついた?

「遺体発見の経緯だけど、よかったら私たちにも話してくれないかな?」

 不意に何か裏があると感じてしまったんですね。

「もう何度も話しましたよ?」

「私たちは本当に何も聞かされていないの」

 その言葉を信じてくれたようです。

「じゃあ、これが最後ということで」

 そう言うと、一から丁寧に話をしてくれました。


 話を聞き終えたところで質問します。

「三月十四日は卒業式だったし、その後も色々あったから、ホワイトデーのお返しを渡しそびれたのはいいとして、それがどうして土曜日ではなくて日曜日だったの? 期日を過ぎたのなら、一刻も早く渡せばよかったのに」

 久能君が答えます。

「プレゼントを用意することも忘れていたんです。だから土曜日に買いに行ったんです」

「宝探しだけど、どうしてあの場所を選んだの?」

「どうしてというのは、どういうことですか?」

「森の中なら伊吹さんが住んでいる『神さまの家』の近くでもよかったじゃない?」

「家の近くだと宝探しになりませんよ」

 そこで久能君が感情的になります。

「目と鼻の先とはいえ、あんなところから死体を見つけるのは偶然ではなく奇跡です。自分に起きた出来事なのに、とても信じられることだとは思えません。ミステリーが好きなので第一発見者が怪しいのは分かっています。でも僕は犯人ではありません。死体が埋まっているなんて知りませんでしたし、怪しい人物を目撃していたら、番さんと知り合った時に話しています」

 久能君は嘘をつく子です。しかし子どもを殺せる子ではありません。それでも少年の言葉に違和感を覚えるのは、彼だけが知っていることがあって、それを必死になって隠しているように思えるからです。

「誰も君が犯人だなんて思っていないよ」

 大ちゃんが宥めました。

「僕は犯人を捕まえてほしいだけなんです」

「それは我々も同じだ」


 それから間もなくして署に帰ることにしましたが、玄関先で最後に質問しました。

「あっ、そうそう、亡くなられた城先生のことだけど、先生はどこに行くって言って、久能君との約束をキャンセルしたんだっけ?」

 久能君が即答します。

「洞爺湖温泉ですけど」

 それは嘘ですが、必ずしも久能君が嘘をついているわけではありません。

「メールは残ってる?」

「電話だったので記録は残っていません」

 城先生が嘘をついたとも考えられます。

「そう。それは残念」

「それがどうかしたんですか?」

「うん。城先生のお葬式に、一緒に温泉に行かれたご友人が参列していたから」

 そう言うと、久能君は務めて平静を装うのです。

「じゃあ、僕よりも正確な話が聞けたでしょうね」

「うん。登別温泉にしたらしいよ」

 その言葉を聞いても、久能君は表情を変えませんでした。

「それを確かめようと思ったんだけど、探しても久能君の姿が見当たらなかったんだ」

「『神さまの家』のホーム長さんに車で家まで送ってもらったんです」

「そっか、それならよかった。避けられてると思ったから」

 意地悪に聞こえるかもしれませんが、そう言わなければ久能君のの本音は聞き出せません。

「まさか」

 久能君は否定しました。

「逃げたんじゃないのね?」

「はい。志望校に落ちたので、会うのが恥ずかしかっただけです」

 それを自信に満ちた表情で答えるのでした。


 車に戻ると大ちゃんが心配そうな顔で私の顔を見ました。

「最近の係長、なんか変ですよ」

「そう? どこが?」

「やけに久能君にこだわってるじゃないですか?」

 その指摘は間違いではありません。

「でも、久能君が事件に関わっていることはありえないんです。聞いた話ですが、事件があった一月三日はアリバイがありますからね。前日の二日から五日にかけて、札幌にある母親の実家に行っていたらしいです。父親から話を伺ったそうですが、裏を取ろうと思えばできますから。つまり事件当日に小牧市内にいなかった久能君には、犯行は不可能というわけですよ。それに子どもが子どもを殺す事件はあっても、そういう場合は顔見知りである可能性が高いわけで、そうなるといくら近所とはいえ、学区が異なる子どもを狙うというのは、やはり考えにくいです。ですから、変な疑いを持つのは止めた方がいいと思います」

 とりあえず返事をする代わりに頷いてみせました。

「シートベルトお願いします」

 この日も大ちゃんに運転を頼みました。

「ごめん」

 そう言われても考えてしまうのです。久能君は先程の会話の中で『僕は余計なことをしましたか』とか、『未解決事件を掘り起こして』などと能動的な言葉を使っていたからです。単なる言葉の綾か、もしくはニュアンスの問題かもしれませんが、とても気になります。

 まるで自分が確信を持って見つけたような言い方で、これも本人の弁ですが『偶然ではなく奇跡です』という言葉に真実が隠されているような気がしてならないのです。偶然は無理でも、奇跡は起こせますからね。

 犯人を知っているとは思いませんが、犯人、もしくは犯行グループに利用されている可能性まで排除することはできません。土地勘のある人間が犯行を行ったので、久能君の知り合いの中に真犯人がいてもおかしくないからです。



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