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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
42/60

SIDE OF THE FOOL   愚者

 遺体発見時の状況を説明した後にタイミングよくレンちゃんが来てくれたおかげで、俺の計画は完璧に成功した。事件に巻き込んでしまったので合わせる顔がないが、楓花ちゃんの遺体が発見されたので後悔はなかった。

 小牧署の刑事に発見時の状況を細かく説明したが、後でまた同じことを別の刑事に説明してほしいと頼まれた。おそらく相手は道警の捜査一課の刑事だろう。何度も同じ話を聞かれるというのは知っていたのでイライラすることはなかった。

 お腹が空いていないか尋ねられたのは、道警の刑事が到着するまで、札幌から車で一時間半も掛かってしまうからだ。警察署に行くようにお願いされたのは指紋を取るためだ。スコップも預からせてほしいと頼まれた。これらすべて任意である。

 指紋とDNAは登録を義務化してほしいと思っている。なぜなら俺は犯罪を憎んでいるからだ。知能犯なら濡れ衣を着せるような工作を施すので危険性もあるが、犯罪者が野放しにされている状況を鑑みれば議論の余地などないはずだ。

 指紋とDNAの登録を義務化したところで冤罪の件数が増えるとも思っていない。なぜなら冤罪はヒューマンエラーによって起こると思われるからだ。いつの時代でも起こるのだから、防止に努めることに変わりはないということだ。

 警察を信用できないからこそ、指紋とDNAの登録を義務化してほしいと思っている、俺のような人間もいる。科学捜査のない時代に生まれていたら、俺のような不審人物は真っ先に疑われて捕まってしまうからだ。

 DNA登録を義務化すればDNA研究に大幅な予算が割り当てられることも考えられる。そうすれば副次的に医学の更なる発展も望めるというわけだ。国の更なる発展を望むなら研究者にお金が回る構造を作るのが最も合理的だ。


「お待たせしたね」

 ワゴン車の中で休んでいると若い刑事に声を掛けられた。

「北海道警察の番です。『順番』の『番』じゃないよ。名前だからね」

 この人は小牧署で務めている番さんの身内かもしれない。

 自分の言った言葉で笑う顔がそっくりだったからだ。

「歩きながら説明してもらうね」

 ということで、車から降りて一から説明することとなった。番さんの他に五人の刑事がいて、一人だけ名前を名乗った人が警部だった。遺体の身元は割れていないはずだが、もうすでに楓花ちゃんであると思っている様子だ。

「ここに来た時間は憶えているかな?」

 質問者は番さん一人だ。

「はい。九時過ぎです」

「どうして憶えているのかな?」

「それは待ち合わせ時間を気にしていたからです」

「誰と待ち合わせをしていたの?」

「児童養護施設にいる女の子です」

「デートの待ち合わせ?」

 ここは丁寧に説明する必要があるので足を止めた。

「いいえ、違います。ホワイトデーのお返しをしようと思って、ここに呼び出したんです。というのも、ここ最近色んなことがあって、それでお返しをするのをすっかり忘れていて、それで何か喜んでもらえそうなことを考えたんです。それが『宝の地図』でした」

 そこで番さんが質問を挟む。

「その地図はいつ描いたのかな?」

 この質問の答えが重要になる。

「地図を見てもらえれば分かると思いますが、宝のある場所は記していません。というのも本当は昨日のうちに宝を埋めようと思ったんですけど、でも他の誰かに発見されるかもしれないと思って止めたんです。でも面白いアイデアだと思ったので、雰囲気だけでも出そうと思って、昨日の夜に描いて、それで今日の八時に渡しに行ったんです」

 そこで番さんが質問する。

「でも、それならどうやって宝を見つければいいの?」

 子どものくだらない話なのに、質問が的確だ。

「それは暗号で宝が埋まっている場所が分かるようにしようと思いました。だから埋めてから暗号を作るまで時間が掛かると思って、待ち合わせ時間を十二時にしたんです。暗号は埋めた位置から逆算して作ればいいと考えました。例えば『ここから百歩歩いたところに鏡餅みたいな石がある』とか、『鏡餅みたいな石から百歩歩いたところに鉢巻をした木がある』とか、そんな感じです」

 鉢巻は小牧署の刑事にも見せている。

「どうして遺体が見つかった場所に宝を埋めようと思ったのかな?」

「それは特に理由はありません」

「でも、舗装路からけっこう離れているけど?」

「近すぎるとつまらないし、遠すぎると大変だし」

「そうだよね」

「でも暗号の目印になりそうなモノを探してたんで、それに夢中になりすぎました」

「じゃあ、遺体発見現場に行ってみようか」

 そこで俺に歩くように促した。

 刑事たちは俺が歩き出すのを待っている。

 ここで何も言わずに俺が歩いてしまうと、せっかくの計画が台無しだ。

「すいません。どこから森に入ったのか憶えてなくて」

「そっか。じゃあ、ついてきて」

 遺体を埋めた犯人ならば自分から歩き出す。途中で誤魔化そうとしても、最初の一歩が決め手となってしまうのだ。その様子を刑事は黙って観察しているわけだ。分からない時は『分からない』と答えなければならない。それが冤罪を防ぐ方法でもあるのだ。

「そっちだね」

 そう言って、時々先行させる。それも俺が場所を知っているのかどうか試すためだ。その都度、道を尋ねながら歩いた。本当は昨日のうちに何度も往復して完全に把握しているのだが、知っていてはいけないのである。

「どうしてここに宝を埋めようと思ったのかな?」

「埋めるつもりで掘ったんじゃないんです」

「どういうこと?」

「そこだけ他の地面と違っているように感じたんです。踏むと柔らかかったし」

「引っ掛かったんだ?」

「はい。宝探しのことが頭にあったんで、何か埋まってると思いました」

「でも結構な深さだよ?」

「地面が硬かったら途中で止めてました。でもずっと柔らかかったんで」

「ああ、なるほどね」

 ここまでノーミス。

「思い出すのもつらいかもしれないけど、発見した時はどう思った?」

 ここも慎重に答える必要がある。

「最初は分かりませんでした」

「分からないというのは?」

「動物の骨かと思ったんで」

 犯人なら人間だと決めつけてしまうところだ。

「でも掘り出すと、どう見ても人間の頭に見えたんで」

「それで通報してくれたんだね」

「はい」

「これも答えるのがつらいかもしれないけど、人骨だと分かった時どう思った?」

「失礼な言い方だけど、怖いと思いました」

 犯人ではないので、血の通った感想も言う必要がある。

「でも、本当に可哀想で」

 しかし能弁であってはならない。感想を求められてテレビカメラの前でもペラペラと喋る犯人が最近になって散見されるからだ。状況説明と感想は切り離して答えなければ、すべてが台本だと思われる。

「うん。人体模型と違って、ちゃんと生きてたんだもんね」

 説明よりも雑談に付き合わされる方が危険なのだ。

「亡くなられた人に掛けてあげたい言葉はある?」

 その質問で完全に容疑者だと思われていることが分かった。

 しかし有り得ない発見をしたので無理のない話だということも理解している。

「これで家族の元に帰れると思うので、安らかに……」

 どう見ても殺されて埋められたのだが、殺人だと勝手に判断してはいけない。それはこの段階では刑事ですら殺人を連想させる言葉を一言も発していないからだ。俺一人が勝手に犯人に憎しみを抱けば浮いて見えるというわけだ。

「家族の元に帰ることができたのは君のおかげだよ」

 番刑事に労ってもらった。

「身元が判明してからの話だけど、ご遺族に伝えることはあるかな?」

 無下にできない嫌な質問だ。

「ご愁傷さまです、としか……」

 明らかに頭蓋骨が小さかったので子どもの遺骨だと分かるのだが、そこもやはり勝手に決めつけてはいけない。ご両親に向けた言葉を話しただけでも、発見者の俺が『死んだのが子どもだと始めから分かっていた』と刑事に推理させてしまうからだ。

 とにかく警察に誤解させないように受け答えしなければならないということだ。長時間の取り調べで精神的に追い込まれて、楽になりたいからと、つい、やってもいない罪を認めてしまうことがあると聞くが、それは関わったすべての人を不幸にしてしまう。

 外国では逮捕の際に権利を読み上げることを義務付けられているが、我が国にも黙秘権があるので、言動がおかしな警察官に遭遇したら、そういう時こそ権利を行使すべきなのだ。と言いつつ、偉そうに語る俺だが『できるか』と問われたら『自信がない』というのが本音だ。

「質問ばかりで申し訳ないけど、ここには毎朝、犬の散歩で来ていたんだってね?」

「はい。森の奥までは入りませんけど」

「これまで不審に感じる人や車は見なかった?」

 質問の傾向がガラッと変わった。

「見ていません」

「レジャーシーズンじゃないのに、パーキングエリアに車が駐車してあったとか?」

「毎朝五時頃に来ていたんですけど、本当に見たことはないですね」

「随分と自信があるんだ?」

「はい。いつも友達と一緒にパーキングエリアのベンチで話をしていたんで」

 そこで番刑事が警部の顔を確認した。

 警部が黙って頷く。

 それを受けて、番刑事が俺に向き直った。

「最後に何か言い忘れたことや思い出したことはある?」

「自分のことでもいいですか?」

「何でもいいよ」

「名前が公表されないようにしてほしいんですけど」

「分かった。警察以外が自宅へ行くことはないから安心して」

 そう言われても、いまいち信用できなかった。

「ご遺族の方へはどうしようか?」

「そちらもできれば非公表でお願いします」

 発見した状況を聞けば、確実に俺のことを疑うはずだ。

「でも捜査にはいつでも協力しますので」

 それは国民の務めだ。

 警部が俺の肩に手を置く。

「お手柄だった」

 それが締めの言葉となった。

 決まり文句かもしれないが、救われた気持ちになった。


 警察署で指紋を登録して、それからパトカーで家まで送られた時、すでに日が沈んでいた。自転車がちゃんと届けられていたので『神さまの家』に行ってレンちゃんに謝ってこようと思ったが、謝ることではないと思い直してやめることにした。

 父さんとは電話で話していたので顔を合わせても会話が続かなかった。自分が親だったら、死体を発見した子どもの精神状態を心配すると思うが、そういうことができない親なので、子どもの俺の方が父さんに対して心配になった。

 母さんも同じような感じだ。メールのやり取りだけで、特に俺のことを心配している文面はなかった。おそらくだが、事の重大さが理解できていないのだろう。明日のニュースに間に合えば、その時に改めて驚くはずだ。


 昨夜は疲れていたせいか、早く眠ってしまったため、夜のニュースを確認することができなかったが、新聞や朝のテレビではしっかりと楓花ちゃんの遺体が発見されたというニュースが取り上げられていた。遺骨の歯がしっかりと残っていたから迅速に特定できたのだろう。

 これで一気に事件が解決されるかといったら、残念ながらそうはならないと思っている。それは遺体発見現場を見たところ、犯人に繋がる手掛かりが一切ないように感じられたからだ。遺留品が何もなかったので犯人自身のDNAも残していないような気がするのだ。

 それでも犯人は、土地勘のある人間だということは間違いなさそうだ。シーズンオフの間は実習林に人が来ないことを知っている人物。これは二年、三年の滞在で分かることではない。案外と俺の家の近くに住んでいるヤツかもしれないということだ。

 しかし、それだと自転車がここから遠く離れた場所に捨てられていたというのが分からなくなる。遺体を森に埋めることができるなら、自転車も一緒に埋めることができたのではないかと思うからだ。

 とはいえ、俺がリビングで安楽椅子探偵を気取らなくても、楓花ちゃんが連れ去られた近くで遺体が埋められていたのだから、警察がここら辺をしらみつぶしに捜査を行えばあっさりと犯人が捕まりそうではある。

 マリアが犯人の名前を知っているというのが俺をもどかしい気持ちにさせているが、遺体が見つかっただけでも特別なことなので、そこは素直に感謝しなければいけないことだ。マリアがいなければ犯人逮捕の確率はゼロだっただろう。

 これでまたマリアという存在が分からなくなってしまった。アイツは友と恩師を死に追いやった悪魔だが、同時に楓花ちゃんの無念を晴らす存在でもあるわけだ。これで犯人が捕まれば、ご遺族は救われた気持ちになるはずだ。

 俺から見たら悪魔でも、楓花ちゃんのご遺族からは神のように崇められる。そういう存在に対してどういった感情を抱けばいいというのだ? 死者を復活させることができるということは、全人類を救うことも可能だということだ。

 女帝殺しはとっくに諦めているが、処刑されるのも受け入れられる自分がいる。なぜなら死んでも、俺の代わりのプレイヤーによって復活させてもらえるのではないかと考えられるようになるからだ。

 しかし一昨日マリアを怒らせてから今この瞬間まで姿を現していないので、見捨てられたとも考えられる。どうしていつも俺は気がつくのに時間が掛かってしまうのだろう? どんなことをされても、やはり『復活』がある限りは怒らせてはいけなかったのだ。



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