表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
40/60

SIDE OF THE FOOL   愚者

 ホーム長さん夫婦とお話をしたことでレンちゃんのことを思い出し、そこでホワイトデーのお返しをしていないことに気がついた。十六日の夜なので、もう二日も経過している。慌ただしい日々が続いていたけど、それは言い訳にできない。

 しかしレンちゃんとは『もう会わない』と啖呵を切ってしまったばかりなので、今さら会いに行くのはどうしても抵抗がある。だけどお返しをしないというのは、それ以上にモヤモヤしてしまうのだ。

 寝る前に考えた結果、とりあえずプレゼントは用意しておこうと決めた。渡しに行くかどうかは、もう少し時間が経ってから考えることにした。方法としては職員さんに預けるという手もあるので、それよりいい方法を思いつくまで保留にしておくことにした。


 翌日の土曜日はマリアとデートする日だ。どこで何をするかはまだ決めていない。というよりも、デートだと思いたくない自分がいる。人生で生まれて初めてのデート相手がマリアだと認めたくないからだ。

 いつものようにマジックを散歩に連れて行って、家に帰るとすでにマリアがリビングに居座っていた。歩きやすい格好をしていることからワクワクしていることが分かる。父さんは土曜日も仕事なので家にはいない。

「なんだよ、その服装」

 そう言うと、マリアは立ち上がって、その場でくるっと回ってみせた。

「カワイイでしょ? 『山ガール』って言うんだっけ? もう言わない?」

 かなり前に聞いたことのある言葉だが、使ったことはない。

「山でも登るのか?」

「山菜を採りに行くのよ。それでお昼を一緒に食べるの」

「いや、山菜が採れるのは四月か五月だぞ?」

 山菜は大人が好む食材で、俺は興味がないので詳しくはないが、三月半ばのこの時期はまだ旬の季節ではないことくらいは知っている。北海道の道南地方で採れる山菜は雪解けを知らせる『ふきのとう』くらいしか知らない。

 その『ふきのとう』も小学生の時にたくさん採ってきて、自分で調理して食べたことがあるが、とてもじゃないが食える代物とは思えなかったという記憶がある。いま思えばアク抜きをしていなかったから不味かったと分かるが、それでもまた食べたいとは思わないのである。

「山菜が食べたいなら四月か五月にしようよ」

「四月になる前には死んでるじゃない」

「誰が死ぬか、ボケっ」

「ふふっ」

 処刑の日まで十日を切っている。

「ゲームなんかやめて、四月に山菜取りに行こう」

「それは私が決めるの」

 旬の季節になれば近場でも、タラの芽、フキ、ゼンマイ、ワラビなどが採れるはずだ。

「この時期だと、ふきのとうくらいしか採れないぞ?」

「それでもいいよ。他にもお楽しみを用意しているから」

「お楽しみって何だよ?」

「それは後で教えてあげる」

 ということで、俺もアウトドアに適した服装に着替えてから家を出た。


 マリアが向かった先はいつもマジック散歩させている実習林だった。

 居住区とは別の、ハイキングコースがある道だ。

 といっても、レジャー・シーズまでは閑散としている。

 この時期に犬を散歩させているのも俺くらいなものだ。

 二年くらいユウキと朝の散歩をしているが、その間に人の姿を見掛けたことはなかった。

 土曜日の朝も、それは変わらないようだ。

 なぜかスコップを担がされている。

 山菜取りには必要ないが、必要だと言っていた。

 カゴがなかったので、採った山菜を入れるのはコンビニの買い物袋。

 俺は食べたくないのでマリアが食べる分だけ採ればいい。

 早速、ふきのとうを発見した。

 森の奥に入らなくても生えているのだ。

「おい、ふきのとうがあったぞ」

「適当に採って」

「自分で採らないのか?」

「手が汚れるでしょ?」

 そう言って、いつものハイキングコースをずんずん進んで行く。

 舗装された道から森の奥へ入った頃には買い物袋がパンパンになっていた。

「どこ行くんだよ?」

「いいから、ついて来て」

「いや、見てみろよ、もう充分だろう?」

 というよりも、森の奥に入るのは危険だと思った。

 危険かどうかの判断は、周りの景色で分かる。

 目印を見失えば近場でも遭難するからだ。

 海に面した街なので晴れていれば迷うことはない。

 それでも森は怖かった。

 そこで足を止めた俺を、マリアが振り返って睨みつけた。

「ん、もうっ」

 そう言って、マリアがほっぺを膨らませる。

「これじゃあ、お楽しみになんないよ」

「何がだよ?」

「ケント君って石に興味があったよね?」

「ああ」

 ソウ君のことを憶えていたようだ。バレンタインデーの日に会いに行ってプレゼントしたのだ。お店で売っていた石のキーホルダーを財布に結び付けて、いつも持ち歩いていた。それでマリアは俺が石に興味を持っていると思ったのだろう。

「今から凄い石をプレゼントするから」

「凄い石って?」

「それは掘ってからのお楽しみ」

 それでスコップを持たされたわけだ。

「本当はサプライズにしたかったんだけどな」

「ごめん」

「頭が悪いから仕方がないよ」

 ここは何を言われても我慢するしかない。

「どう、興味出た?」

「うん」

 これは本音だ。

 小牧市で宝石が発見されたという話は聞いたことがない。

 それでもマリアが言うなら期待できる。

 その反面、疑ってもいた。

 実は、石は石でも漬物石でした、っていうオチがありそうだからだ。

 アメリカンドッグのパターンである。

「こっち、こっち」

 マリアがいれば道に迷うことはないだろう。

 といっても、コイツは突然消えることがある。

 油断ならない相手だ。

 迷わないように気をつけなければならない。

 マリアが立ち止まった。

「ここ、ここ」

 どうやらそこに凄い石とやらが眠っているようだ。

 ハイキングコースからはそれほど遠くない場所だった。

 スマホで時間を確認すると、家から一時間も掛かっていない。

 もっと歩かされると思ったが、ここなら一人でも帰ることができる。

 それでも周りは、樹木以外は何もないので少しでも曇ったら遭難してしまう。

「ここ掘ってみて」

「こんなところに石なんてあるのか?」

「掘ってみれば分かるから」

 マリアはウキウキしていた。

 そういう俺もドキドキしていた。

 確実に見つかる宝探し。

 スコップを地面に差し込む。

 思ったより土が柔らかい。

 雪かきをしているので慣れた動作だから苦にならないのだろう。

 膝下の高さまで掘ったけど、何も見つからなかった。

「ここでいいんだよな?」

「うん。もうちょっと下かな? その倍くらい掘ってみて」

 まるで落とし穴を掘っているようだ。

 そこで一瞬、嫌な予感がした。

 背中を押されて、掘った穴に落とされると思ったのだ。

 コイツならやりかねない。

 顔を見ると、ニヤッとしていた。

「本当にあるんだろうな?」

「背中を押したりしないから安心して」

 表情で考えていることがバレてしまったようだ。

 とりあえず掘り続けてみる。

 深く掘ろうと思うと穴を広げるしかない。

 その分だけ疲労が溜まっていく。

 もうすでに腰下くらいの高さまで掘っただろうか。

 その時だった。

 スコップを持つ手に手応えを感じた。

 一気にテンションが上がる。

 小さい頃から夢に見たシチュエーションだ。

 何か分からないが、

 石の横にスコップを差し込む。

 そこから一気に持ち上げる。

 土の中から出てきたのは、小さなガイコツだった。


「あははははははははははははっ」


 森の中にマリアの笑い声が響き渡った。

 驚く俺を見て、涙を流しながら笑っている。

 声が出ない。

 まだ笑っている。

 まるで悪夢だ。

 世界が歪んで見える。

 悲しみの雨。

 きっとそれは涙のせいだろう。

 まだ笑っている。

 悪魔だ。

 だったら神はどこにいる?

「これは」

 それしか言えなかった。

「約束した楓花ちゃんだよ」

 あっけらかんとした口調で答えた。

「どうして」

 それしか言えなかった。

「ちゃんと願い事を叶えてあげたからね」

 マリアは善行でもしたかのように誇らしげだった。

「なんでだよ」

 それしか言えなかった。

「面白いイベントを思いついちゃったんだもん」

 マリアにとってはゲームの一部にすぎないようだ。

「これは死者への冒涜だ」

 絶対に許せない。

「なによ、その目」

 マリアが不機嫌になる。

「オマエは絶対にやってはいけないことをした」

 コイツの行動は絶対に許すことができない。

「そんなものは私にないの」

「俺が許さない」

「私に許しは必要ない」

「俺は絶対に許さない」

 そう言うと、マリアは目に涙を浮かべるのだった。

「もう、いい」

 そう言い残して、一瞬で消え去るのだった。


 いつまでじっとしていたか分からない。しばらく楓花ちゃんの亡骸を見ていた。偶然発見したのなら、すぐにでも警察に通報しなければならない状況だ。しかしこれは決して偶然なんかではない。発見に至った経緯を説明できないのだ。

 地面を掘り返しているので犬の散歩中に発見したというのは無理がある。不審な人物を見掛けて尾行したという作り話は一発で嘘だとバレる。スコップを持って家を出たという理由すら思いつかないのだ。

 これでは殺人犯である俺が罪の重さに耐えきれなくなって、それで第一発見者を装って遺体を掘り返したと考えるだろう。事実ではないが、第三者から見ればそのようにしか見えないのである。

 またこの前の時と同じように匿名通報ダイヤルを使うか? いや、それだとユウキの時と同じようにイタズラ電話だと思われるだけだろう。第一発見者ならばちゃんと一一〇番通報しなければならない。それが国民の義務だからだ。

 しかし、このまま通報して冤罪被害に遭わないようにするには不可能だ。スコップを持って家を出た理由と、ハイキングコースから外れて森の奥に入った理由と、腰下までの高さまで穴を掘った理由を考えなければ冤罪は免れないからである。


 幸運だったことに、翌日は日曜日だった。雨が降らなかったのも俺に味方した。一晩考えて、警察から疑われずに遺体発見の第一発見者になる方法を思いついたのだ。上手くいくかどうかは分からないが、唯一の方法なので実行に移すしかなかった。

 まずはいつも通りマジックを散歩に連れて行く。といっても日曜日なので朝の七時に家を出た。いつもと変わらない行動を心掛けたというわけだ。それから帰ってきてから自転車に乗って『神さまの家』に向かった。それはレンちゃんと会うためだ。

 もう二度と会わないと言っておきながら、行動を裏付けるために片思いしている人を利用するのだから、俺は最低の人間だ。それがなくても思いを遂げることを断念していたが、今回でハッキリと彼女の恋人になる資格はないと諦めることができた。

 児童ホームの玄関ロビーで会ったレンちゃんは戸惑っていたが、俺の要望に応えてくれるようなので安心することができた。後は遺体発見現場に行って警察に通報するだけである。やれることはやったので、後は流れに身を任せるだけだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ