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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
36/60

SIDE OF THE JUSTICE   正義

 久能君と立ち話をしていたところ、そこに小牧日報の山村君が声を掛けてきました。彼とは同い年なので『ちゃん』付けで呼ばれるのは構わないのですが、後輩や知人の前では『さん』付けで呼ぶように何度も注意してきました。

 それでも馴れ馴れしい呼び方を変えないのは、彼の仕事のやり方でもあるわけですね。距離感を詰めることによって取材相手の気を緩ませるわけです。そういう私も仕事以外では一度も会ったことがないのに友達のように感じる瞬間があるので一瞬たりとも気が抜けません。

「ああ、どうもどうも」

 大ちゃんにも屈託のない笑顔で挨拶をしました。

「お久し振りです」

 大ちゃんはナアナアの関係を嫌う人です。

「ケント君と何を話していたんですか?」

「内緒です」

「番ちゃんはいつもコレだもんな」

 子どもから『この人に喋ると話が筒抜けになる』と思われたくないだけです。

「でもマジメな話、お二人とも何しに来たんですか? 卒業式を見学しに来たわけじゃないですよね? 市長に用があったわけじゃなさそうだし、生徒も帰っちゃいましたし、じゃあやっぱりケント君に用があったんだ?」

 山村君は詮索するのが性分のようです。

「先生方に生徒の様子を聞きにきただけですよ」

 これは本当のことです。日頃から密に連絡を取り合うことで学校の先生から相談を受けやすい環境が育まれるというわけですね。明記された業務ではありませんので、何もしなくても問題はありませんが、やれることはやっておきたいというのが私の仕事のやり方です。

「そういう時間があるなら楓花ふうかちゃんの捜索を行ってくださいよ」

 彼が口にした『楓花ちゃん』というのは年始に失踪した小学校四年生の女の子のことです。

「いや、充分やってくれているのは分かっているんですよ。道警からの応援も含めて数千人規模で捜索を行いましたからね。それでも見つからなかったんだから諦めるしかない、という結論に至るのも分かります。しかし失踪から間もなく二か月半が経ちますよね? 『人の噂も七十五日』と云いますけど、それを言葉通りにしてはいけないのが我々の仕事じゃないですか? 誰かが事件を追わなければ、家族はいつまでも霧の中から出てくることはできませんよ」

 山村君の仕事もまた私たちと同じように社会正義と向き合わなければならないのですね。

「そのうち俺たちの仕事はネット記者に奪われて、番ちゃんの仕事だって科学技術が進歩すれば、事件が発生した瞬間に犯人の所在が分かる時代が来るかもしれない。そうなったら職業そのものが見直されることになりますよ。しかし、それはまだまだ先の話でしょう? だったらこの時代では俺たちが何としないとダメなんだ」

 山村君は楓花ちゃんのご家族とも知り合っているので他人事ではいられないのでしょう。

「俺だって闇雲に無茶を言ってるわけじゃないんですよ? 失踪した日は雪が降ってましたよね? その雪が長期の積雪、つまりは根雪になったわけです。例年より遅く、しかも年を跨いだので珍しかった。いや、こんなことはご家族の前では口にできないけど、いくら数千人で捜索を行っても根雪の上を調べても意味がありませんよ。やるなら根雪が解けた今やるべきなんだ。そうすれば遺留品を見つけられるかもしれないでしょう?」

 私が決められる立場ではありません。

「もしもこれが、楓花ちゃん自身が道に迷って帰らぬ人となったのなら第二の事件は起こりませんが、殺人犯がいる事件ならどうしますか? 事件化すらされずに、今頃犯人は何食わぬ顔で普通に生活しているわけですよ。三ヶ月くらいはビクビクして暮らすでしょう。でも一年経ったら、今度は自分の犯行に自信を持ってしまいますよ。そうすると一年後か、もっと早ければ夏にでも同じ手口の犯行を繰り返すかもしれません。だから遺体となっているなら、早く見つけ出さないといけないんです。それが楽観的ではありますが、次の犯行を断念させることに繋がるかもしれませんからね」

 山村君の言っていることは、警察官ならば誰もがすでに考えていることです。それでも希望通り、または要望された通りに行動ができないのは、日々新しい仕事に追われてしまうからですね。事件が起こったからといって、休んでくれる犯罪者はいません。

「係長、そろそろ出発しないと約束した時間に遅れますけど」

 大ちゃんが教えてくれました。

 そこで山村君が尋ねます。

「どこに行くんですか?」

「『神さまの家』だけど?」

 それは隠すことではないので正直に答えました。

「何しに行くんですか?」

 意外にも、反応したのは久能君でした。

「城先生のことでお話を聞きに行こうかと思って」

 そう言うと、久能君は軽く頷いて、努めて無関心を装うのです。この子は本当に難しいところがあって、何千人と子ども見てきた私の目にも判断がつきにくい部分があります。何かを知っているようで、何も知らないという、とにかく不思議な少年です。

「確か、久能君もあそこでボランティア活動しているんだよね?」

「そういうんじゃないですよ」

「『そういうんじゃない』っていうのは、どういう意味?」

「遊びに行ってただけですから」

「そっか」

 久能君に限らず、ボランティア活動を照れ臭く感じることは珍しくありません。『偽善』という言葉を嫌う年頃ですので、露悪的に振る舞ってしまう少年もいます。しかし彼の場合はそのどちらでもないように感じるので、やはり理解するのが難しい少年です。

「気になるなら、久能君も一緒に行く?」

 どのように反応するか試してみました。

「いえ、行きません。『遊びに行ってた』と言いましたけど、考えてみれば、ユウキが行くところに一緒について行ってただけですから、ユウキがいない今は、もう行く理由がないんです。だから、もう二度と行くことはありません」

 わざわざ拒絶することでもないような気がしますが、すべての言動に意味があると勘繰るのは考えすぎかもしれませんね。思い出の場所に行くと犬飼君のことを思い出してつらいので拒否しているのかもしれません。

「だったら俺が代わりに行ってもいいですか?」

 山村君は図々しいところがあります。

「ちょうど取材したいと思ってたところなんですよ」

 こういう場合はきっぱりと断らなければなりません。

「ダメです。取材をしたいならちゃんと自分で申し込んでからアポを取りましょう」

 同行を許すと、先方は警察官と一緒にいる者を公認されていると誤解してしまうので、第三者に職権を濫用させないためにも、職務中は厳しく線引きする必要があります。警察官という立場を利用しようとする人も存在するということですね。

「ついて来たら不法侵入で現行犯逮捕するからね」

「番ちゃんと付き合うと三日で犯罪者にされそうだな」

 山村君がそう言うと、大ちゃんまで一緒になって笑うのです。

 男の人の冗談は本当につまらないものが多いですね。


 それから大ちゃんと二人で『神さまの家』に向かいました。この日は考え事をしたいので彼に運転を代わってもらいました。といっても、大ちゃんの運転は心地いいので眠くなってしまうのが却って欠点となります。

「まだ久能君のことを疑ってるんですか?」

「誰が疑ってるの?」

「係長ですよ」

「疑うも何も事件が起きてないじゃない」

「そうですよ。それなのに久能君のことを疑っていますよね?」

 事故で死んだ城先生のことを調べているので、そう思われても仕方がありませんね。

「でも係長も分かってると思いますが、久能君が事故に関与していることは百パーセントあり得ませんよ。現場写真だけじゃなくて、事故車の映像も確認させてもらいましたけど、同乗者がいたというのは完全に否定されていますから」

 それは私も承知しています。

「だけどご両親には『日帰りで温泉に行く』としか告げてないのに、久能君には『友達と洞爺湖温泉に行く』と言ってるのよね。城さんが生徒との約束を当日になってドタキャンするとは思えないし、やっぱり何かあるんだよ」

 大ちゃんは半ば呆れていることでしょう。

「まさか、その一緒にいた友達を捜そうって言うんじゃないでしょうね?」

「さすがにそこまではしないから安心して」

 この日も署内の人間は誰一人、私たちが城先生について調べていることを知りません。

「でも、お葬式には行かれるんですよね?」

「うん。忌引き休暇を取ってあるから」

「そこで一緒に温泉に行った友達を見つけるわけですか?」

「それは違う。友達の話を聞いたのはさっきで、休暇届を出したのは今日の朝だからね」

「じゃあ、本当に友人だったわけですか」

「それも違う。城先生は友人になれたかもしれない人かな?」

 私に妹がいたら、きっと城さんみたいな性格だったような気もするのです。


 実習林の居住区にある『神さまの家』を訪れたのは初めてではありません。職員さんとも顔見知りで、特に責任者の加東かとうさんご夫妻とは、地域で開かれている勉強会を通じて知り合い、多くの教えを受けた恩人でもあるのです。

 それでも滅多に訪れないのは、校長先生から子どもたちのプライバシーを守ってほしいという要望を受けたからです。たまにしか顔を見せない警察官が、他の子にも聞こえるような声で無神経な挨拶はするな、ということなのでしょうね。

 毎日顔を合わせている職員さんが苦労して子どもたちと信頼関係を築こうとされているのに、その苦労を知らない部外者がたった一日で壊してしまうことがあると聞いたことがあります。子どもたちの過去を知る者は、当事者になったつもりで過敏に接する必要があるのです。


 加東さんご夫妻と三十分ほど話をしてから、宿舎の方へ移動し、そこで職員さんに伊吹恋ちゃんを呼び出してもらいました。彼女は犬飼君の告別式に参列していたので、是が非でも話がしたいと思ったのです。

 玄関ホールに現れた伊吹さんはとても落ち着いていて、突然の訪問者である私たちを見ても一切動揺が見られませんでした。不安げな顔を浮かべるわけでも、愛想笑いを浮かべることもありません。ただただ、落ち着き払っているのです。

「ここで話をさせてください」

 伊吹さんに案内されたのは『お堂』と呼ばれている十字架のある部屋でした。

「どうぞ、お掛け下さい」

 大人びた喋り方で、私と大ちゃんに十字架の手前にあるベンチを勧めました。

 映画でしか見たことがありませんが、まるで修道院にいるシスターのようです。

「失礼します」

 そう言うと、彼女は通路を挟んだ隣のベンチに腰掛けました。

「お話というのは何でしょうか?」

 会話までイニシアティブを握ろうとするのですね。

 童顔の女の子ですが、中身は十四歳とは思えません。

「犬飼君のお葬式に参列してたよね?」

「はい。校長先生にお願いして連れて行ってもらいました」

「久能君とも仲がいいわけだ?」

「あの、何が訊きたいんですか?」

 話し相手に対して質問の意図を明確にさせる逆質問は、頭が良いだけではなくて、話し相手に対して怯まないという強い気持ちがなければできません。伊吹さんは職員さんや訪問者と会話することが多いので、大人と会話をする経験が豊富というわけですね。

「今日は城先生についてお話を聞きにきたの。それで何か教えてくれればいいなって」

「アンナ先生は事故で亡くなられたんですよね?」

「そうね」

「調べているということは、不審な点が見つかったからですか?」

「なぜそう思うの? 先生に何か異変があったということ?」

「その訊き方は間違っていると思います」

 断固とした口調で言い放ちました。

「アンナ先生に異変があったと思っているのは警察の方々なんじゃないですか? だから調べ直しているんですよね? そのことに対して指摘しただけなのに、さも始めから私が先生の死に不審を抱いているかのように決めつけて訊き返しました。その質問はズルいと思います」

 ふと、昔の自分を思い出してしまいました。

「ごめんなさい。私の訊き方が悪かったわね。そう、今日は警察官としてではなく、城先生の友人の一人として話を伺いにきたの。それで回りくどい訊き方になっちゃったのね。単刀直入に聞くけど、先生に自殺の兆候は見られなかった?」

 伊吹さんのような人にはストレートに尋ねるのが一番です。

「アンナ先生は命を大切にする人なので、絶対に自殺はしません」

 私の印象と同じようです。

「ただ、受け持ちの生徒のためなら、その大切な命すら投げ出すことができる人です」

 これは、何かを知っていて結果論を述べている、という可能性も考えられますね

「改めて訊くけど、城先生が亡くなられる前に変わったことはなかった?」

 質問すればすぐに返事をする彼女が黙ってしまいました。

「ありません」

 思い返していたというより、考え抜いて出した答えのように感じられました。

「そう」

 呟いたものの、彼女も何かを知っていると思いました。

「久能君とは何か話をした?」

「それはアンナ先生に関してという意味ですよね?」

 伊吹さんも、私がどの程度まで情報を把握しているのか気になっているようです。

「そうそう。亡くなる前日に先生と会う約束を交わしていて、それが元で城さんが事故を起こしてしまったんじゃないかと自分を責めていたから、他の誰かにも相談しているんじゃないかと思ったの」

 それにはすぐに答えます。

「先生が亡くなった翌日にここで会って、今と同じ話をしました。『先生は温泉に行くと言って予定をキャンセルしたんだからケント君の責任ではない』と伝えました。でも、それからまだ悩んでいるとしたら、私では力になれなかったということですね」

 この子は偽証しないように上手に答弁しているような、そんな印象を持ってしまいます。

「城先生が一緒に温泉に行った友達だけど、名前は聞いてる?」

「知りません」

「どこの温泉に行ったか分かるかな?」

「憶えていません」

 似たような質問なのに答えを変えたのは彼女が私に嘘の情報を伝えないためですね。

「そう。分かった。もう一度訊ねるけど、アンナ先生に異変はなかった?」

「ありません」

 今度は即答しました。

「私に何か話したいことはない?」

「今はありません」

 これは『今は』ということは『今後については分からない』という含みでもあるわけですね。

 伊吹さんとはもう一度会って話すことになりそうな、そんな予感がしました。



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