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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第3巻 女帝編
31/60

SIDE OF THE FOOL   愚者

 レンちゃんと二人きりで実習林の林道を歩くことは、俺がずっと夢見てきたシチュエーションだった。それがどうしてこんなにも重苦しい気持ちを抱えたまま無言で歩き続けなければいけないというのだろうか?

「ひょっとして、アンナ先生の身に何かあった?」

 どうしてレンちゃんは説明していないのに分かってしまうのだろうか?

「知ってたの?」

「知らない」

「じゃあ、どうして先生が亡くなったって分かったの?」

「亡くなった?」

 尋ね返したその目は、何も知らなかった目だ。

「うん。昨日、車の事故で」

「本当なの?」

 と言いつつ、レンちゃんは首を振った。

「そんな冗談、ケント君は言わないよね」

 嘘つきだと思われていても、完全に信用を失ったわけではないようだ。

「どうして知らないのに、アンナ先生の身を案じたの?」

「それは、なんとなくだよ」

 と言いつつ、またしても首を振った。

「うんん、違う。下校時間から間もないのに、ケント君が私服で待っていたから、それで学校が休みになるようなことが起こったんじゃないかと思って。それとユウキ君が亡くなった時も伝えに来てくれたから、今回も嫌な予感がしちゃったんだ」

 相変わらずレンちゃんの読みは鋭かった。

「でも、それだけじゃないよね?」

 そう尋ねたレンちゃんの瞳は不安でいっぱいだった。

「うん。誰にも話せないことがあって、それで会いに来たんだ」


 アンナ先生の死はレンちゃんの口から所長さん夫婦や職員さんに伝えてもらい、俺は小聖堂に行って、そこでレンちゃんが来るのを待つことにした。十字架の前にあるベンチが、すっかり俺の指定席になったような感がある。

 キリスト教徒ではないし、改宗するつもりもないのだが、それでもこの小聖堂だけは特別な場所のように感じるようになってしまった。おそらくそれは特別な人であるレンちゃんがここで毎日お祈りしているからなのだろう。

 宗教と信仰というのは実に不思議なものだ。俺は家が神仏習合だから神棚と仏壇に手を合わせるが、家がキリスト教ならば迷うことなく十字架に祈りを捧げていたわけだ。それでどうして子どもの信仰心を疑うことができるだろうか。

 生まれたばかりの子どもに罪などあるはずがない。特定の宗教団体においては、純粋培養で育ったといって危険分子と見做す向きもあるが、それでもやはり子どもに関しては罪がないと断言しなければならない。

 悪いのはあくまで反社会的な行動をしている組織、つまりは大人たちである。脱会を阻む行為などあってはならない。信仰は個人の自由であらねばならないからだ。我が国においては、信教の自由に反する行為は重大な憲法違反であることが明記されている。

 宗教団体も罪を犯してしまえば、ただの暴力団となる。反社会勢力という認識を持たなければ、宗教の自由はないに等しいということになるのだ。自由を保証しているのだから、罪を犯したならば潔く無に帰してもらいたいものだ。また、そのように取り締まらなければならない。

 俺だって、この先どうなるか分からない存在だ。もしかしたらキリスト教に改宗することだってあるかもしれない。でもそれは成人を迎えてからの可能性の一つにすぎない。今は宗教の自由を、文字通り自由に学んでいる段階だ。

 もしも『神さまの家』で宗教の強制が行われていたら、俺はここに近付くことはなかっただろう。そういう意味で、子どもたちに自由に学ばせてくれている、この児童ホーム、いや、所長さん夫婦が、俺は大好きなのだ。

 同年代の子どもよりも、俺は宗教に強い関心を持っていると自認しているが、そのキッカケを与えてくれたのも『神さまの家』のおかげだ。宗教の強制ではなく、宗教の自由が保証されているから自発的に学ぼうという気になったのだ。だからこそ心から感謝している。

 といっても、今のところ俺は自己の宗教観に不満を抱いているわけではないので改宗することはないだろう。特に日本人独特の、米粒に神様が宿っているとか、お天道様に顔向けできないといった土着信仰が気質に合うからだ。

「お待たせしました」

 そう言って、レンちゃんが俺の隣に腰を下ろした。

「子どもたちは大丈夫だった?」

「みんなに伝えるのは職員さんにお願いしたから」

「そっか」

「でも心配いらないよ。みんな強いから」

 俺なんかよりも逞しいのは、この俺がよく分かっている。

「ごめん。つらい役を押し付けちゃって」

「んん、いいの。ここは私の家だから」

 俺とレンちゃんでは言葉の重みが違いすぎる。

「話したいことを聞かせてくれる?」

「うん」

 と返事をしつつ、話す覚悟はできていたつもりなのに、どう話せばいいのか分からなかった。

「アンナ先生の事故に関する話なんだよね?」

 切り出せない俺を見て、レンちゃんが話を促した。

「そう。その事故なんだけど、先生が死んだのは、俺の責任かもしれないんだ」

「交通事故なんだよね? それでどうしてケント君に責任があるの?」

「先生と約束しちゃったんだ。『一緒に星を見てくれませんか』って」

「もう少し具体的に教えてくれる?」

 そう言われたので、順を追って説明することにした。

「土曜日にクラスのみんなでユウキの音楽葬を行ったんだ。その後に先生と会って、日曜日の夜に光が丘公園で一緒に星を見てくれないかとお願いしたんだよ。一応、保護者としてね。でも次の日、電話で友達と登別温泉に日帰り旅行に行くから約束を守れなくなったって言われたんだ。でもアンナ先生は俺との約束を守ろうとした。それで急いで車を飛ばして、それで事故に遭っちゃったんだ。俺がそんな無茶なお願いをしなければ、先生は急いで帰ってくることはなかった。意味のない約束でさ。そんなことのために死なせてしまったんだよ」

 正直に打ち明けたが、マリアの話はやっぱりできなかった。

「その先生との約束だけど、急がなければならないような理由があったの?」

「時間を決めてたからね」

「時間っていうのは?」

「夜の十一時に迎えに来てもらうようにお願いしていたんだ」

「その十一時という時間に何か意味はあるの?」

 それはマリアの処刑宣告に関わる部分だ。

 俺が黙っているので、レンちゃんが重ねて尋ねる。

「流星群とかじゃないよね?」

「うん。そういうんじゃない」

「だったら何だろう?」

「時間そのものには意味はないよ。ただ、先生は時間に正確だから遅れると思って焦ったんだ」

「事故が起こった時間は?」

「えっ?」

「事故が起こった時間だよ」

 それは聞いていないので、首を振るしかなかった。

「だったらまだ分からないじゃない。事故を起こった時間で捉え方が変わってくるよ。登別からここまでは一時間も掛からないんだから、二十二時台でもない限りは急ぐ必要がないんだもん。二十一時台なら余裕を持って迎えに行くことができる時間だよ? 往路でどのくらい時間が掛かったか分かっているわけだから、到着時間は推察できるよね? だから事故が起こった時間が分かれば、アンナ先生が急いでいたかどうか分かると思うの」

 確かにレンちゃんの言う通りだ。

「でも、でもだよ? もしも事故が起こった時間が二十二時台だったとしても、やっぱりケント君が責任を感じることではないと思う。だって一度断っているわけでしょう? それで改めて約束を守ろうとするなら、先生は必ず事前に連絡を入れると思うの。だって夜の十一時だよ? 予定を断ったら寝てるかもしれないでしょう? だから余裕を持って連絡するはず。時間に正確なアンナ先生なら確実にそうすると思うの。だから先生はケント君との約束を守るために急いだわけじゃない。ケント君に責任はないって、私が断言してあげる」

 どうやら俺は冷静にモノを考えることができていなかったようだ。

「先生が亡くなられたばかりだから、こんなことを言うのはおかしいかもしれないけど、安心して。ケント君は何も悪くない。必要以上に自分を責めたらダメだよ。そんな気持ちになるのは、きっと先生だって望んでないでしょう?」

 探偵に救われる人の気持ちが生まれて初めて分かった気がした。

「レンちゃん、ありがとう。話してよかったよ」

「もっと話してほしい」

「うん。分かった」

「どんなことでも、私が解決してみせるから」

 そう言って、世界一可愛らしい探偵は頷いてみせるのだった。



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