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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第2巻 女教皇編
24/60

SIDE OF THE JUSTICE   正義

 名前は知りませんでしたが、紹介されるまでもなく、目の前の少女が犬飼君のお葬式に親族側で列席していたことは知っていました。知らない振りをしたのは、城先生が少女のことをどのように紹介するのか知りたかったからです。

 偶然会って食事をしたというのは疑問ですね。金曜日の夜のベイサイドホテルの展望レストランは顔見知り程度の間柄で選ぶような場所ではありません。思い出を共有する関係であると考えるのが妥当でしょう。

「あの、番さん……」

 城先生が何かを話したがっています。

「はい。なんですか?」

 優しく聞き返したつもりですが、城先生はなかなか話そうとしません。

「あの、お話したいことがあるんですが、お時間をいただけませんか?」

「はい。いいですよ」

 ここで断らないから婚期を逃してしまうのかもしれませんね。

「でも、戸隠さんを家に送らなくても大丈夫ですか?」

 そこで城先生が慌てます。

「あっ、今日じゃなくてもいいんです。いえ、今日じゃない方がいいですよね。番さんもデート中ですし、まだ時間はありますから、また今度でお願いします。近いうちに電話しますので、その時に都合のいい日時を伺ってもよろしいですか?」

「はい。構いませんよ」

 そこでエレベーターが到着したので別れました。


「どうでした? やっぱり僕の言った通りだったでしょう?」

 テーブル席に戻ると同僚の大ちゃんが答え合わせを求めてきました。彼が一緒にディナーをする相手ですが、デート相手ではありません。プライベートで運転代行をするこがあるので、その都度食事を奢らせているというわけです。

「うん。城先生だった」

「やっぱりビンゴでしたか。ああ、よかった」

 大ちゃんは自分の観察力の高さを確かめることができて安心しています。警察官というのはどこにいても出入りする人間を観察する癖がついてしまうものです。一種の職業病というものかもしれません。警察官になると家の中でしか休むことができなくなるのです。

 そういう私も別のことが気になっています。それは先ほど城先生が言った『まだ時間はありますから』という言葉です。それにはどんな意味があるのでしょう? まだ時間はある、という言葉は、限られた期日が設定されている場合に使われる言葉ではないでしょうか?

 このように相手の言葉に引っ掛かりを覚えた場合は、なるべく早く会って話さなければなりません。その方がどんなことが起きようと後悔することが少なくて済むからです。明日の朝にでも早速連絡しようと思いました。


 土曜日の朝に電話をして、月曜日の夜に会う約束をしました。会うのは構いませんが、電話で話せないような用件があったことに、ずっと嫌な予感はありましたが、今さらながら妙な胸騒ぎを覚えてしまうのです。

 彼女が予約を入れたお店は白老牛を美味しくいただくことができるステーキハウスでした。前々から行きたいと願っていたそうですが、行く機会を逃して、結局私と行くことになったそうです。

 美味しいお肉には赤ワインが合いますが、外食の際はお酒を一切口にしないと決めているので今回は控えました。ローストビーフをテイクアウトできるので、それを母のお土産にして、家に帰ってから一緒にグラスを傾けるとしましょう。

 母を見ていると、つくづく人間というのは健康な歯を持つことが一番の幸せだということが分かります。子どもの歯を見れば家庭環境が分かるということもあり、仕事柄も併せてそのように考えてしまうのでしょうね。

「先生、あまり飲み過ぎないでくださいね」

 店内が空いているということもあり、食事の後もゆっくりしているところです。

「大丈夫です。ぜんっぜん酔ってませんから」

 それが酔っ払いの常套句なのはあまりに有名です。

「では完全に酔っ払ってしまう前にもう一度だけ確認しておきますが、ストーカーの被害に遭っているわけではないんですね?」

「はい。私の周りの人に怪しい人は一人もいません」

「では、なぜわざわざ相談しようと思ったんですか?」

 そこで城先生が考えます。

「それは私に万一のことが起きた時、周りの人を疑ってほしくないからです」

 これは脅迫を受けていると解釈した方がいいのか判断に迷う相談です。

「だって番さんだけがユウキ君の死に疑いを持っていますよね?」

「そんなことはありませんよ。犬飼君は事故で亡くなられたので疑問の余地はありません」

「でもケント君を疑っていますよね?」

「久能君は何も知らなかったんです」

「ユウキ君の事故死とは関係ないんですね?」

「死そのものには関与していないと思っています」

 私が疑っているのは城先生ですが、それも確信があるわけではありません。

「その言い方ですと、他の部分は疑っているように聞こえるんですけど」

「そうですね。疑っているというよりも、どうしてだろうと考えてしまうんです。それでお葬式の日に見掛けたので、つい声を掛けてしまったんですね」

 警察官に声を掛けられれば、大抵の一般人は疑われていると受け取ってしまうものです。ですから城先生が疑われていると感じてもおかしくはない話です。それに実際に疑っているわけですから、先生が抱いている感覚は正しいわけです。

「ですが、それでどうこうするつもりはありません。私は警察官ですが刑事ではありませんからね。どうしてだろうという疑問に解答が得られればそれでいいんです。すっきりしたいだけなんですよ」

「まだ疑問をお持ちですか?」

「どうして事故が起こったのか疑問が残りますね」

「どうして起こったのか分からないから不慮の事故なんじゃないですか?」

「犬飼君はスイミングスクールに通っていました。泳ぎは得意だったんですよ?」

「でも凍った湖で泳いだことはありません」

「泳げない人は膝下三十センチの水深でも溺れてしまうことがあります。でも犬飼君は泳ぎが達者でした。いくら経験のない寒中でもパニックになることはないでしょう」

「事故だったんですよね?」

「はい。間違いありません」

「だったら、もういいじゃないですか」

 私を誘ったのは彼女の方ですが、そのことを城先生は失念しているようです。

「番さんは幽霊を信じますか?」

「なんですか、いきなり?」

 そこで城先生がグラスに入ったワインを一気に飲み干すのです。

「幽霊の存在を信じますか?」

「一度でも見ることができたら信じるんでしょうけど、一度も見たことがありませんね」

「それでいいんです。番さんは幽霊の存在を信じないでください」

 かなり酔いが回っているみたいです。

「そうなんです。ユウキ君は幽霊を見てしまいました。だから泳ぎが得意なのに溺れてしまったんです。信じたらダメだったんですね。信じていなかったら、事故で死なずに済んだかもしれません。そういえばケント君はその幽霊を邪険に扱っています。信じてはいるけれど、怖がらないんですよね。でも怒らせたらダメなんです。幽霊って嫉妬深さとか、執念深さとか、とにかく感情が極端なので関わってはいけなかったんですよ。だから番さんも幽霊の存在は信じないでください。今のままでいいんです。そうすれば災いが降りかかることがありませんからね」

 ワインボトル一本を一人で飲ませるべきではありませんでした。


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