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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第2巻 女教皇編
22/60

SIDE OF THE FOOL   愚者

 俺の横を通り過ぎて追い抜いていったのが、確かアンナ先生が気に掛けていた『神さまの家』で暮らしている宍倉ししくらリカちゃんだ。一度も話したことがないので人違いかもしれないが、まず間違いないだろう。

 どうして憶えているかというと、彼女だけホームの子どもたちと馴染めずに、いつも一人で寂しそうにしているのが気になっていたからだ。でも詮索するような真似は一度もしたことがない。そういうことをされるのがすごく嫌そうに見えるからだ。

 みんながみんな児童ホームに馴染む必要はない。そこで預けられる子どもたちには、しっかりとした個性があるからだ。何よりも俺自身の境遇が恵まれずに入所することがあったら、俺も彼女のように馴染む自信がないと想像してしまうからである。

 小学生で共同生活を送らなければならない子どもたちに、小学校時代を持ち家で暮らした俺に彼女たちの気持ちが理解できるはずがないのだ。理解できないのなら素直に理解できないという気持ちでいなければならない。

 もしも俺が入所者ならば、きっと分かったような素振りを見せる大人には怒りを覚えるだろう。あまり自分を基準に考えすぎるのもよくないが、常に自分だったらって考えるのが俺なりの付き合い方だと思っている。

 男の子よりも短い髪をして決して笑った顔を見せない。門限ギリギリまでどこかで時間を潰し、一人で帰り、ホームに帰っても誰とも口を利かない。その姿こそ、もう一人の俺のように思えるのだ。

 事情は分からないが、俺も彼女のような境遇に陥ってしまったらリカちゃんと同じように振る舞っていたかもしれない。ユウキがいなければ学校で一言も喋らない男だったに違いないからだ。それでも、そう思っても彼女を分かった気になるのはいけないと思っている。


「ケント君、どうしたの?」

 リカちゃんとは性格が正反対のレンちゃんが玄関ホールに下りてきた。

「うん。今日はどうしても話したいことがあって」

 この日も俺は彼女に嘘をつきにきたわけだ。

「じゃあ、お堂で話しましょ」

 暖かくなってきたけど、この日もレンちゃんは赤い丹前を羽織っていた。リカちゃんと違って女の子らしいショートカットだ。おそらく今日が、俺が見る彼女の最後の姿となるだろう。声を聞くのもこの日で終わりだ。

「大事な話?」

 最前列のベンチに座る俺たちを十字架が見ている。

「うん。ここに来るのは今日で最後になるから、挨拶しておこうと思って」

「引っ越しちゃうの?」

「いや、それはない」

「じゃあ、どうして?」

「大学に行こうと思ってさ」

 そんな予定はない。

「今の成績じゃ、どの大学にも受からないんだ」

 それは事実だ。

「高校も滑り止めの私立しか行けないだろうし」

 これも事実。

「公立の受験は来週だよね?」

「うん。でも俺には難しいんだ」

 こんな情けない告白をしなければいけないのなら一度でも勉強しておけばよかった。

「大学受験までにはまだ三年もあるよ?」

「他の人にとっての三年は俺にとっての一年だよ。時間はないようなものさ」

 カッコつけたセリフが、また俺をみじめにさせる。

「わざわざ最後って決めないといけないの?」

「うん。俺は自分を追い込まないと頑張れないからね」

「私たちじゃ力になれない?」

「そうじゃないよ。打ち込まなきゃいけないってことなんだ」

 俺が児童ホームに顔を出さなければマリアもちょっかいを出すこともないだろう。

「ユウキ君のことと関係ある?」

「うん。ユウキの分まで生きるって思いはあるかな」

「マリアさんは関係あるの?」

「それはない。レンちゃんが思うほど親しくないから」

 マリアを怒らせるような言葉は控えるべきだったかもしれない。

「そうなんだ」

 もう少し嘘を塗り固めた方がよさそうだ。

「わざわざ言いに来たのはさ、高校に入って次第に疎遠になった時、レンちゃんが『私が何か悪いことしたのかな?』なんて思い悩んでほしくないからなんだ。言わなくていいことかもしれないけど、意思を固めるには必要なことなんだ。決して嫌なことがあったから『来ない』って言ってるわけじゃない。それだけは理解してほしい。それにレンちゃんも来春には受験だしね」

 レンちゃんは俺と違って絶対に公立に受からなければならない境遇だ。

「ひょっとして、私に気を遣ってくれてるの?」

 最後の一言は余計だったかもしれない。

「いや、そういうことじゃない」

「じゃあ、どういう意味?」

 明らかにムッとしている。

 児童ホームの子に限らず、人間社会には心配されるのを極端に嫌う人がいる。

「受験生になれば俺の気持ちを理解してくれるかなって思って」

「そういうニュアンスじゃなかった」

 この日もまた、俺はレンちゃんに追い込まれるのだった。

「うん。確かに気を遣ってるのかもしれない。それは邪魔をしたくない気持ちでもあるんだ」

「ケント君に邪魔されたことなんて一度もない。感謝してるもん」

「うん。でも春から受験生だし」

「もう準備はできてる」

 俺より頭がいい人を口で納得させることなどできるはずがないのだ。

「そうだよね」

 レンちゃんが頷く。

「ここに来てユウキ君のことを思い出すのがつらいなら、もう来なくてもいいと思う。受験に集中したいっていう理由なら、それもやっぱり来なくてもいい。でも私に気を遣って来なくなるのはダメ。ケント君なら私がそういう気の遣われ方をされるのが嫌だって知ってるでしょう? ケント君は人の気持ちの、そういうところが分かる人だもんね。だからここにいるみんなやソウ君も私も好きになるんだよ。お願いだから、本当のことは言わなくてもいいけど、もう嘘はつかないで」

 それをレンちゃんは十字架の前で誓わせるのだった。

 キリスト教徒ではないが、無下にできない気持ちがあった。

「うん。分かった。もう変な気は回さないよ」

 嘘をつかない、という誓いは避けた。

「受験があるからひな祭りは来られないと思うけど、ホワイトデーは楽しみにしとくね」

 マリアの言葉が本当なら、その三日前に死んでいる。

「うん。そうだったね。お返ししないといけないんだった」

「お返しが面倒だから『もう来ない』って言ったんじゃないの?」

「そんなわけないだろう」

「じゃあ、また会おうね」

「うん。また来週」

 結局、この日もレンちゃんに会話の主導権を握られたまま家路につくのだった。


 人生が残り十日と迫った金曜日の放課後、この日は母さんが仕事なので、自分で晩御飯を用意しなければならなかった。処刑されるとは思っていないので最後の晩餐ということでもないのだが、来週は合唱の練習があるので、時間に余裕がある今夜は好きな物を作ろうと思った。

 といっても、俺が食べたいものは母さんが作った茶碗蒸しやカレイの煮つけや鶏のからあげくらいしか思いつかなかったので、どうにも気分が乗ることはなかった。結局は自分の料理ではなく、母さんが作ってくれたものしか思い出になりようがないということなのだろう。

 ちなみに俺は北海道生まれだけど、からあげとザンギの違いが分からなかったりする。ネットで調べたことがあるけれど、それでも明確な違いを理解することができなかった。下味が違うらしいけれど、本当かどうかは責任が持てない。

 父さんの料理も一度だけ食べたことがある。小学校四年生か五年生の時に食べた豚丼だ。甘じょっぱいタレで、香ばしく焼かれた豚肉はとても美味しく、今でも口の中で思い出すことができる。

 でも料理の感想を言わなかったから気に障ったのか、それから台所に立つことはなくなってしまった。どうしていきなり料理を作ろうと思い立ったのか今でも謎だが、ちゃんと「美味しかった」と言わなかったのは今でも後悔している。

 そこで俺も豚丼を作ってみることにした。醤油とみりんと砂糖と料理酒さえあればタレは充分だと思うが、それだけでは口の中の味を再現できないような気がした。ネギも一緒に炒めていたような気もするけど、玉ネギや長ネギではなかった気がするのだ。

 とりあえず玉ねぎとニンニクとショウガを加えて炒めてみたが、これはこれで美味しいけれど、父さんが作ってくれた豚丼と比べるとイマイチだった。豚肉の厚みも薄すぎたようだし、もう少し改良が必要だ。


 午後七時になって、お風呂に入ろうと思ったところでアンナ先生が訪ねてきた。

「どうしたんですか?」

「お家の人は?」

「まだ帰ってきてませんけど」

「上がってもいい?」

「はい。構いませんが」

「お邪魔します」

 そう言うと、先生はリビングではなく二階へと上がって行くのだった。

「先生」

 呼び掛けると階段の途中で振り返った。

「聴いてほしいものがあるんだ」

「なんですか?」

 それには答えず、勝手に俺の部屋へ上がり込んでしまった。

 部屋に入ると、先生は俺の指定席であるベッドの縁に腰掛けていた。

 仕方なく普段は座らない勉強机の椅子に座った。

「これ、聴いてみて」

 先生から渡されたのはメモリーカードだ。

「一昨日、音楽室で録音したでしょ? でもどうしても納得いかなくて、さっき新しく自分で録音し直したんだ」

 合唱の練習用なので納得してもらう必要はなかったのだが、音楽葬のことは当日まで内緒なので、先生はユウキの墓前に聴かせると思い込んでいる。本当のことを知らないので、どうやら先生を張り切らせてしまったようだ。

「じゃあ聴いてみます。違いを聴き分ける自信はないですけど」

 ここは隠し通すしかなかった。

「どう? 一昨日よりいいでしょう? 練習したから当たり前なんだけど」

 久し振りに先生の明るい顔を見たことの方が嬉しかった。

「はい。確実に前よりいいですね」

 これは本当のことだ。

「よかった」

「でも、わざわざ届けてもらわなくてもよかったんですけど」

「お墓参りに行くんでしょ?」

「納骨は四十九日が過ぎてからって言ってました」

「あっ、そっか」

「でも、納骨の時期は事情によって変わりますからね」

「そうそう」

 そこで先生が春物の薄手のコートを脱いだ。

「それもあるんだけどね、一昨日ケント君が言ったでしょう? 憶えてる? 『やりたいことがあるなら今すぐやった方がいい』って。それでちゃんと練習してから、改めて録音したいと思ったんだ」

 そういう意味で言ったのではないが、何をするかは先生の自由だ。

「あっ、そうだ」

 そこで大事なことを思い出した。

「先生、明日じゃなくて、来週の土曜日なんですけど、時間ありますか? 一時間だけでもいいんで、学校に来てもらいたいんですけど」

「出勤するから学校にいると思うけど?」

「よかったです」

「何かあるの?」

「それは土曜日になってからのお楽しみということで」

「怪しいな?」

「悪だくみじゃないので安心してください」

 音楽葬のことは話してもいいけど、魔術師の葬儀はサプライズの方がいい。

「じゃあ、先生からもお願いしていい?」

 そう言いつつ、先生はブラウスのボタンに手を掛けた。

 一瞬、何をしているのか分からなくなった。

「暑いですか?」

 それには答えない。

「『今すぐしたいことがあるなら』って言ったでしょう?」

 そう言うと、ブラウスを脱いでしまった。

「先生?」

 キャミソールを捲り上げて脱ぎ捨てた。

 目の前にあるのは、ブラジャーだけの上半身だ。

 そのブラジャーのホックも外してしまった。

「どうしたんですか?」

 アンナ先生の頬が赤らむ。

「ケント君と、したいの」

 そう言うと、ゆっくりとブラジャーを乳房から離した。

 流れる血管が透けて見えるほどの白い肌。

 口を大きく開けても頬張り切れない乳房。

 薄い桃色の乳輪。

 コリコリしてそうな小さな乳首。

 それが小刻みに震えている。

「お願い、抱いて」

 そう言って抱きついてきた瞬間、急に冷めた。

「オマエ、マリアだろ?」

「オマエって言うのやめて」

「やっぱりマリアじゃねぇか」

「バレた?」

「当たり前だ。アンナ先生がそんなことするわけないだろう」

「それは夢見すぎじゃない?」

「いいから服を着ろよ。それは先生の身体なんだぞ。いつまでも裸でいるな」

「せっかく見せてあげたのに」

「中身がオマエじゃ見ても意味がないんだよ」

「オマエって言うのやめてって言ってるでしょ」

 いつまでも裸のままでいるから、とりあえずコートを羽織らせた。

「そういう優しいところ大好きっ」

「うるせえ。だったら処刑なんてやめてくれよ」

「頼み方次第かな?」

「俺はいいけど、先生だけはやめてくれないか? 他の言うことなら何だって聞くよ」

 マリアが熟考している。

「他に優先したいことがあったら、とっくにそうしてるでしょう? ほんと頭が悪いんだからっ」

 そう言うと、衣類を抱えて立ち上がった。

「つまんないから、もう帰る」

 マリアがいなくなった後、窓から庭を見たら、そこにアンナ先生の車はなかった。

 その時点で偽物だったと気がつくべきだったのだ。


 月曜日のアンナ先生は先週までと変わらないのだが、俺は先生の裸を見てしまったことで、ひどく後ろめたい気持ちになっていた。いくら偽物だと分かっていても、マリアの再現能力は完璧だ。それはつまり俺が見た裸が先生の裸といっても間違いないわけである。

 本人の了承もなく裸を見ることは性犯罪だ。それでも、そうと知りつつ、土日に何度も自慰行為に耽ってしまった。悪いと思いながら、それでも興奮を抑えきれない自分がいて、何度も先生の裸体で欲望を果たし、その都度罪悪感に打ちひしがれてしまうのだ。

 アンナ先生が何も知らずにいつもと変わらない顔で教壇に立っているのが、より一層俺を苦しめる。そんな俺を見て笑っているのがマリアで、それが悔しくてたまらなくなるのだ。先生だけは汚したくなかったのに。


 水曜日に行われた公立高校の受験についてはよく憶えていない。覚えていることといったら、月曜日も、火曜日も、受験があった夜も、アンナ先生の裸を思い出して自慰行為に及んでしまったことくらいだ。

 唯一の友が死んでまだ一か月も経っていないというのに、俺はそんな彼のことを忘れて性欲を処理してしまった。ユウキはもう二度と気持ちよくなることができないというのに、俺だけが気持ちいいことをするものだから気分が悪くなる。

 ユウキが俺の目の前に現れたら、「そんなことは気にしなくていいよ」と言うに決まっているが、それも所詮は俺にとって都合のいい想像にすぎない。せめて忌明けとなる四十九日が過ぎるまでは禁欲しなければいけなかった。

 俺やユウキの家はよくある神仏習合なので、熱心に仏教を信仰しているというわけではないけれど、それでも故人が成仏できるようにと供養するのが残された者にできる唯一の恩返しだ。俺の祈りが追善法要になるかどうか分からないが、閻魔さまにお願いすることはできたはずだ。

 四十九日法要が行われる四月まで禁欲しよう。それくらいのことができないようでは友と呼べない。それくらい大切な友だったと閻魔さまにお願いするのだ。それはユウキと俺が逆の立場だったら、きっと友はそうしていたと思うからである。


 木曜日の放課後、土曜日に予定されている音楽葬の合唱練習をするはずだったが、教室に残ってくれたのは女子だけだった。男子は俺以外に一人も参加せずに、なぜか唯一参加している俺がみんなから責められることとなった。

「全員でやるんじゃなかったの?」

「どうして呼び止めないで帰らせちゃったの?」

「なんで黙って見送った?」

「引き止めろよ」

「やろうって言ったの久能君だよね?」

「っていうか、ちゃんと参加する意思を確認した?」

 女子の中でも取り分けよく喋るグループの子たちからの一斉砲火だ。俺が男子を呼び止めなかったのは、アンナ先生に勘付かれないようにしたためだが、結果が伴っていないので言い訳することもできなかった。

「本当にやるの?」

「明後日だよね?」

「こっちは予定潰してるんだけど?」

「それな」

「てか、なんで洋楽?」

「まぢで」

「英語で歌うんだよね?」

「っていうか、やめた方がいんじゃね?」

「事故るよ」

 そこでグループの女子たちが笑うのだった。

「黙ってないで、なんか言ったら?」

「どうすんの、これ?」

「帰ってもいい?」

「一応、ウチら残ったからね」

「うんうん」

 ヤバい展開だ。

 リーダーシップが皆無の俺にはどうすることもできないシチュエーションである。

「一回、練習してみよう」

 助けてくれたのは石橋さんだった。

 彼女も普段は大人しいので、本来ならこういう場で発言するのが苦手なはずだ。

「犬飼君が好きだった歌なんだって」

 その言葉がキッカケとなり練習することができた。

「一回だけだよ」

「グダグダになっても知らないからね」

 おしゃべりグループの女子も帰らないで参加してくれるようだ。

 それもそのはず、アンナ先生の生徒に音楽を嫌いな人はいないからだ。

 結局、それから予定通り一時間みっちり練習することができた。


 翌日の放課後、教室にはクラス全員の姿があった。男子に合唱の練習に参加するようにお願いしたのは石橋さんが仲良くしているグループの女子だった。その行動力にはただただ感謝するしかなかった。

 委員長という肩書を持っている割にはリーダーらしくない勝田君が参加したのは、公立高校のテスト結果が良かったからだと聞いた。昨日は塾の先生と答え合わせをしていたから参加できなかった、と同じ塾に通っている男子生徒が話しているのを聞いた。

 合唱練習の方はというと、前日の女子だけで歌った時よりも曲終わりのサビが力強く歌えたので申し分なかった。カタカナ英語なので外国人が歌詞を聞き取ることはできないだろうが、ユウキと先生の二人だけのために歌うので問題はなかった。

 それと真面目に練習することができたのは石橋さんが歌詞を日本語訳にしてクラスのみんなにカードを配ってくれたというのも大きかった。その訳詞はまるで卒業する俺たちに対するユウキからのメッセージに思えたからだ。


 土曜日。音楽葬の本番当日。マジックを散歩させてから、平日と同じ時間に学校へ登校した。この日制服を着て学校へ行くのは俺らのクラスの生徒だけだ。ジャージを着た運動部の一、二年生の姿もあったが、すでに体育館で練習を始めているので校内は静まり返っていた。

 アンナ先生は吹奏楽部の顧問をしていると聞いたことがあるが、ウチの学校では部員が集まらないため活動はしていないという話だ。それでもピアノを習いたい生徒に個人指導したことがあるとは言っていた。

 クラス全員の出欠を確認したところで音楽室へ向かった。職員室にいる先生を呼びに行くのは委員長の役目だ。他のみんなは歌詞カードを見ながら必死にカタカナ英語を覚えている。さすがに暗記することはできないので、本番も歌詞カードを見ながらの合唱になる。

「みんな揃ってるの?」

 アンナ先生が笑顔で驚いてくれた。

 音楽室に入るとすぐに壁際に整列した。

 三年三組の卒業式を兼ねた音楽葬の進行は委員長の勝田君が務める。

「それではこれより犬飼友紀君の音楽葬を始めます」


 翌日の日曜日は一日中、部屋に籠って好きなアニメを観ていた。購入したけど一度も再生したことがないDVDだ。自分の人生がこの日で終わることがなかったら、そのまま封を切らずに本棚で眠り続けていただろう。

 昨日の音楽葬を振り返りたくないのは、それがアンナ先生の生前葬になるかもしれないということを、俺だけが認識しているからだ。マリアの処刑宣告を真に受けているわけではないが、もしも本当ならば俺と先生は今夜日付が変わった瞬間に殺されることになる。

 俺はアンナ先生の了承を得ることなく勝手に生前葬を行ってしまったわけだ。事情が複雑とはいえ、本人の知らないところで生前葬をやってしまうというのは悪趣味だし、参加したクラスメイトにも付き合わせて申し訳ない気持ちがある。

 そんな不愉快な気分だからアニメを観ているというわけだ。アニメは素晴らしい。CGを駆使した実写も似たようなモノなので大好きなのだが、何が素晴らしいかというと、現実離れした創造性を見せてくれるところだ。

 現実にはあり得ない、というだけで脳みそをくすぐられたかのように気持ちよくなる。だからといってCGのない実写をディスったりしない。それは俺が好きなモノをディスられるのが嫌だからである。

 それを言葉でまとめられるようになったのは、ちょっと前にアンナ先生とそんな内容の話をしたからなのかもしれない。俺という人間は確実に他人からの影響でできているということだ。それがアンナ先生だったのが、俺の恵まれた部分である。


 最後の晩餐となり晩御飯は母さんにカレイの煮つけを作ってもらった。子持ちカレイの時期が終わってしまったのが残念でならないけど、それでも世界一の味だった。といっても死を意識する前は魚の煮つけなんて食べたいとも思わなかった料理だ。

 お風呂に入ってから部屋に引きこもり、日付が変わるまで時間があったのでマンガを読んでいたのだが、気がつくと午前零時を回っていた。つまり、あの宇宙人の処刑宣告はハッタリだったというわけだ。

 ということは、やはり俺の認識で間違いなかったわけである。こんなこと思いたくないが、ユウキは自ら死ぬことはなかったということだ。なんとも言えない無力感でいっぱいだった。死んでしまった友の行動を責めるのも気分が悪くなる。



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