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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第2巻 女教皇編
19/60

SIDE OF THE JUSTICE   正義

 久能賢人君と会うのは二回目ですが、とてもよく頭の回る子だと思いました。説明が流ちょうで、感情的な部分ですら言葉で表現するのです。それだけに事前に用意してきた言葉を並べているようにしか見えませんでした。学校の成績は良くありませんが侮らない方がいいでしょう。

「違う違う。犬飼君は自殺ではなく事故だったから」

 検視官の判断に疑問はありません。

「でもね、これは久能君や城先生にも気をつけてもらいたいんだけど、人間っていうのは不安や悩みを抱えていると事故に遭いやすいというか、事故を呼び込んじゃうというか、注意力に欠けてしまう瞬間が多くなっちゃうのよね。だから本当に気をつけてもらいたいの」

 誤魔化してはみましたが、私が犬飼君の死に疑問を抱いていることは、久能君はとっくに気がついているようです。また、私が久能君に「話を聞きたい」と言った時の城先生の焦った表情。彼女もまだ何かを知っていて隠しているようですね。

「ドリンクバーへ行ってきます」

 そこで久能君が立ち上がります。

「じゃあ、私も」

 城先生も席を立ちました。

「番さんの分は私が注いできますが、何がいいですか?」

「では、カフェラテを砂糖とミルク抜きでお願いします」

 一瞬、間ができました。

「ブラックということですか?」

「それでお願いします」

 笑いのレベルが高すぎると人は笑ってくれません。それでも今の警察官は冗談の一つも言えないようでは市民の方と上手くコミュニケーションを取ることができませんので頑張らなければならないのです。ただし冗談のレベルは下げる必要がありますけどね。

 それはさておき、二人で打ち合わせでもするのでしょうか? しかし、ここで私が一緒について行っても仕方ありません。私のことを警戒しているでしょうが、犬飼君の死は事故死で間違いないので、あからさまに疑ってもいけないのです。

 私が疑問に感じたのは犬飼君の服装です。彼はマジシャンの格好で亡くなられていました。彼の所持品の中に着替え用の私服はあっても、受験を受けるための学生服がなかったのです。そして受験票もありませんでした。

 私立高校の受験なので私服で受けられないこともありませんが、例外は一般的とは言いません。私たち警察官は常識を知り、そこから外れていることに引っ掛かりを覚えればそれでいいのです。

 受験票がないだけなら忘れたと考えてもいいでしょう。しかし、学生服と併せて二点も失念するとは思えないのです。つまり、犬飼君は自宅を出た時点で、始めから札幌の受験会場に行く気がなかったということが分かります。

 そのことを久能君は気が付いていません。頭の回る彼が気づかない理由は、犬飼君が着替える前に二人は別れたからです。おそらくバス停で見送ることはなかったのでしょう。予定は聞いていても、実際に見たわけではないということです。

 しかし、嘘をついている久能君が犬飼君の死に直接関わっているかというと、反対の答えになります。久能君は友人が受験を受けるつもりがないことを知らなかったのだから、死ぬとは思っていなかったということになります。

 事故死と処理されたので今さら考えても仕方がないのですが、この不可解な状況に辻褄を合わせるなら、犬飼君が自殺したと考えるのが最適なのです。それならば犬飼君のすべての行動に説明がつくからです。

 受験票と学生服を持って行かなかったのは自殺するためで、それを邪魔されないように久能君には内緒にしていて、自殺を悟らせないように、自殺する日に愛犬を預けても不自然じゃない受験日の前日を選んだわけですね。

 しかし検視の結果は事故死で間違いありません。つまり私の考えは空論にすぎないということです。それでも考えてしまうのは若い女性から掛かってきた匿名通報ダイヤルです。あれが城先生ならば、彼女は翌日の日曜日には犬飼君の死を知っていたということになります。

「お待たせしました。こっちが番さんの分です」

 二人が戻ってきました。

「ありがとうございます」

「あの」

 城先生が神妙な顔つきになりました。

「なんですか?」

「私も話したいことがあって」

「はい。何でも伺います」

「実は、私も土曜日に夜見湖へ行っていたんです」

 打ち明けたのは久能君の指示でしょうか?

「日曜日に久能君とお二人で行かれたと言っていませんでしたか?」

「はい。日曜日も行きましたが、土曜日にも行っていたんです」

 つまり彼女は犬飼君が死んだその日、その場にいたということです。

「でも会場にユウキ君もいたとは知りませんでした」

「手品をしていたというのに? 人が集まってたみたいだけど?」

「私はサッカーボールホッケーを観戦していたんで」

 アイスパックの替わりにサッカーボールを使うホッケーです。

「そういえば今年の優勝チームは強かったみたいですね」

 カマをかけてみました。

 城先生が即座に否定します。

「それは昨年の話ではありませんか? 今年はその昨年の優勝チームのエースが準決で怪我をしちゃって、日曜日の決勝は盛り上がらなかったんです。負けちゃいましたしね。でも実業団でやってた人が参加するのは反則だと思います」

 情報は確かなのでしょう。

「ケント君がいたから、ユウキ君に連絡しようと思えばできたんですよね」

 そう言って、俯いてしまいました。

「どうか、先生はご自分を責めないでください。犬飼君が亡くなった場所は、城先生がいらした場所から離れていますので、どうこうできたわけじゃありません。また、連絡を取れたとしても、釣りをしている最中の事故でしたので、防ぐことはできなかったでしょう。あの時連絡していたら、あの時声を掛けていたら、あの時誘っていたら、あの時どこかへ連れて行けたら、などと残された者は考えるんですね。しかし、それは現実的とは言えません。それだと、毎日目の届くところで監視しなければいけないということになりますからね。結局は、突然アクシデントに見舞われる、というのが事故なんです。大切な方を亡くされると、つい、もっと何かできたんじゃないかと考えがちですが、単独事故の場合は、残された側に落ち度などないんですよ」

 と言ったものの、城先生は事故だとは思っていないようですけどね。

「ただし、久能君。君には反省してほしい。日曜日の時点で今日話してくれたことを教えてくれたら、その日のうちに夜見湖へ行くことができたじゃない。そうすればもう少し早く発見できたかもしれないんだよ? 多くの人が捜して、朝の寒い時間に駅前でビラを配ってくれたの。怖いのは分かるけど、これからは勇気を持ってちょうだい」

 と言ったものの、久能君の方は死の真相を知らなかったと思われます。

「すいませんでした」

「これもよく言うんだけど、警察に謝っても意味がないのよ」

 城杏奈はとても若くて可愛らしい女の先生。少女の頃はきっとお人形さんのように美しかったことでしょう。パーマは似合っていませんが、それでもハッキリとした目鼻立ちは男性の心を惹きつけます。

 男の子というのは、か弱い女を守ってあげたくなることが往々にしてあるものです。特に久能君は行動履歴から優しい男の子だということが分かっています。おそらく、城先生を庇って嘘をこしらえているのでしょう。

 事故として処理されて終わっているので事件ではないのですが、それでも興味を惹く案件であることは否定できません。どうして少年は死ななければいけなかったのか、勤務外の時間を使って調べてみたいと思います。


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