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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第2巻 女教皇編
16/60

SIDE OF THE HIGH PRIESTESS   女教皇

 ケント君が言っていた通り、次の日のお昼に警察から学校へユウキ君の遺体が見つかったとの報告がありました。死因は溺死で、直接の原因は釣りをしていた最中におきた不幸な事故とのことでした。

 ケント君がどうやってユウキ君の遺体を発見させたのかは分かりませんが、現実として殺人は行われなかったのだから、警察が事実通り事故として迅速に処理したことは、不幸中ながら救われた心境になりました。

 また自殺とも違い、天変地異に見舞われたようなものなので、やはり警察が事故という判断を下したことに妥当だと思うことができました。そのように事実を事実として判断されるように誘導したケント君にも、不幸中ながら感謝したい気持ちが湧きました。

 すぐに職員会議が開かれて、帰りのホームルームで生徒に伝えるように全教職員に指示がありました。再びこのような事故が起こらないように再発防止を呼び掛けることを徹底してくださいとのことでした。

 それから個別に学年主任の先生からお話があり、ご遺族とは電話ではなく直接会って話をしてくるようにと言われました。その時に葬式の日取りを聞いてくることを忘れないようにとも言われました。

 しかしこの日はまだご遺族は事故死であることを告げられ、ご遺体の確認をしたばかりということで、決まっているかも分からない葬儀の日取りをこちらから持ち出すには性急すぎるということもあり、明日の木曜日の遅い時間に伺うようにと助言してくれました。

 それから他の先生方に協力してもらい、捜索に尽力してくださった保護者のお家へ電話を掛けました。長話をされる方もいらっしゃったので、終わった頃には夜の七時になっていました。それでも私が未熟ということもあり、励ましてくださる方ばかりでしたので助かりました。

「先生、お疲れ様です」

 駐車場に行くと戸隠マリアがロックしている車のサイドシートに座っていました。

「先生、顔が死んでるよ」

 もう二度と返事をしないと決めています。

 彼女と目を合わせてもいけない。

 関わってはいけないのです。

「あれ? お家に帰らないの?」

 向かっているのは『神さまの家』でした。

 でもそのことを彼女に説明するつもりはありません。

「ホームがある方向よね?」

 しつこく話し掛けてきますが、反応してはいけないのです。

「ホームの人への報告ならケント君が済ませてるけど?」

 それは知りませんでした。

 彼女が言うのなら間違いないのでしょう。

 それでも聞こえていないことにしているので、予定は変えません。

「うわっ、先生ったら性格悪いんだ。私のこと無視してるでしょ?」

 何を言われても、これ以上彼女に関わってはいけないのです。

「ケント君は月曜日の放課後にもホームに行ったんだけど知ってた?」

 知りませんでした。

「ケント君って成績は悪いけど、すごく優しいのよね」

 それは知っています。

「体面ばかり気になる貴女とは大違い」

 運転に集中。

「ケント君はホームへ行ったことを自分から言わないでしょ? 貴女と違って、そういうことを手柄にしない子なのよ。ホームの子たちを利用して自分の価値を高めようなんて考えない人。まぁ、そういう人は決まって損する人生になるんだけどね」

 マリアの言葉は正しい。

「貴女は違うものね? 全部履歴書に書いちゃうタイプ。履歴書の空欄を埋めることに満足を覚えて、『私はこれだけのことをしてきました』って知らない人にアピールしたいのよ。人生のセールスマン? 貴女って、そんな感じ。そういう人は決まって得する人生になるのよね」

 マリアは正しい。

「聞かれてもいないのに、『これから児童ホームに行こうと思うんです』なんて言って、同僚から『それは大変だね』って声を掛けられて、『心配なので』って慈悲深いアピールをして、『あまり無理しないで』って、逆に貴女が心配されるの。そういう反応が返ってくるって、始めから分かってるんですもの」

 それは職員室で交わしたばかり会話です。

「自分に好意を寄せている男がいるのも知っている。そうよね? 小学生どころか、幼稚園に通っていた時から知ってたじゃない。中学生の頃から実際に何度も断っている。かわしたり、いなしたりするのがお上手なのよね。肝心の貴女の気持ちはというと、興味がないわけじゃない。それどころかずっと待ってるだけでしょう? 何もしないで、ただ待っているの。高校時代に好きだった男の子のことを、今になっても時々思い出しているじゃない。貴女が地元に帰ってきた理由もそれ。偶然の再会を待っている。その一方で、素敵な人と出会いたいとも思っているのよね。とにかく理想が高い。この街にいないような人に憧れて、それなのに有り得ないような出会いを期待しているの。ほんと、くだらなくて、空しくて、可哀想な人生。肌つやが衰えて、脂肪が目につくようになってから、やっと理想が高すぎるって気づいたんだけど、それでも自分を変えられないの。だって、今はまだそれほど悪くないって思ってるんですもの。生徒を男として見るのはやめてよね。自分で自分を誤魔化してるから誰も気づいてないけど、そのうちバレるわよ? その時になって、気持ち悪がられても落ち込まないこと。貴女って、ポジティブな評価は感じ取れるけど、ネガティブな評価には鈍感なんだもん」

 私の未来の何を知っているのでしょう?

「貴女が分かるようなことは他の人にも分かるものよ」

 もう、やめてほしい。

「『どうせ一回来ただけで満足なんでしょ?』」

 それは、その言葉は、一年以上前に実際に言われた言葉。

 どうしてそれをマリアが知っているの?

 彼女は私たちの記憶に潜り込むこともできるのかもしれない。

「ホームの子の何人かは、貴女のことをちゃんと見抜いているもの」


 『神さまの家』に着いた時、サイドシートに戸隠マリアがいないことに気がつきました。信号機のない実習林の林道を考え事に没頭しながら運転していたようです。そのことを振り返って、怖くなりました。

 マリアの言っていた通り、すでにケント君からユウキ君の事故死について知らされていたようで、「校長先生」と呼んでいる所長さんと所長さんの奥様から反対に励まされてしまいました。

 子どもたちにもすでに伝えており、みんなで黙とうを捧げたと聞きました。普段元気にしている子は大人しくなり、大人しい子は積極的に小さい子に声を掛けてあげて慰めていたそうです。

 消灯まで時間はありましたが、やっと泣き止んだ子もいるということで、この日はホームに寄らず、校長先生のお家でお別れすることにしました。それは奥様がそうした方がいいと仰ったからです。


「アンナ先生」

 車に乗り込もうとした時、背後から声を掛けられました。

「少しだけお話できませんか?」

 伊吹恋ちゃんです。昭和のアイドルのような可愛らしい丸顔の女の子ですが、言動は大人びていて、というよりも一回り近く年上ですが、私よりも年長者に感じられることがあるくらいです。

 鋭い部分があるので何気ない会話をしていても気が抜けません。非常に神経を使う相手なのでどちらかというと苦手とするタイプです。受け持ちの松坂月子さんも似た感じですがレンちゃんの方が積極的なので疲れてしまいます。

「職員さんが心配するといけないからホームの中で話そうか」

「はい」


 選んだ場所はホームの中にある小聖堂です。宗教法人ではないので校長先生が個人的に改装した部屋です。十字架も手製でベンチも手作りだと聞きました。信仰心の篤い方ですが、興味がない人には一切信仰について語ることはありません。

 里親が見つかるということは滅多にないことなのですが、宗教によって選別されてはいけないと考えて、それで子どもたちに強制させないようにしているとのことです。強制しなくてもレンちゃんのように信仰する子がいるので自然に任せているということでしょうか。

 ただし、だからといって宗教団体を母体とした児童養護施設を否定することはありません。子どもたちのことを一番に考えるならば、経済的に安定した運営が望ましいと同じ職業従事者ならば分かっていることだからです。

 批判して、対立して、反駁して、それで共倒れを招くのは誰も望んではいないということですね。目指しているのは社会との共生です。そのための宗教であると校長先生は仰っておられました。信仰の前に日本国憲法を大切にされるのが奥様の考えでもあります。

「お話っていうのは?」

 レンちゃんと十字架の前で二人きりで話すのは初めてです。

「最近、マリアさんと会いましたか?」

 どうしてこうも鋭いのでしょう?

「うん。ここへ来る前に偶然見掛けて車に乗っけたけど」

 ケント君から、ユウキ君の自殺を手伝ったこと以外は正直に話すように言われていました。

「どんな様子でしたか?」

「どんなって、落ち込んでたかな」

 さすがにそこは正直に話せません。

「そうですか」

「マリアさんがどうかした?」

「ユウキ君が事故で死んだのは本当ですか?」

 レンちゃんだと会話の主導権を握ることもできなくなります。

「事故は本当。釣りの最中に亡くなったって」

「『事故は』ってことは、それ以外は嘘ってことですか?」

 言葉の選び方にも注意しなければいけなくなります。

「そうじゃないの。私もまだ信じられなくて」

「それは質問の答えじゃありません」

 少し話しただけで苦しくなります。

「ユウキ君は事故に遭った。それ以外は何も分からないの」

「私は事故に思えないんです」

「どうしてそう思うの?」

「先生は聞いていないかもしれないけど、ユウキ君が死ぬ前に、ケント君から『何者かに脅迫されている』という話を聞いていたんです。大丈夫と言っていたけど、ユウキ君は死んでしまいました。どう考えても何か嫌なことに巻き込まれているとしか思えません」

 レンちゃんに話したとは聞いていませんでした。

「先生、ケント君のことが心配です。私が尋ねても『大丈夫』としか言ってくれません。本当のことを何も言ってくれないんです。だから、だから先生にケント君のことを守ってほしいと思って」

 そこで「ケント君なら大丈夫」と言おうと思いましたが、口にすることはできませんでした。なぜなら彼女に気休めの言葉は通用しないからです。できない約束もしてはいけません。安易な希望はすぐに見透かされます。

「どうして最初にマリアさんのことを聞いたの?」

 答えません。

「何か知ってるの?」

「疑うには証拠がありませんから」

 それは疑っているようなもの。

「悔しいんです。憤りも感じます。ユウキ君が亡くなったというのに、それが事故だとは思えなくて、それで悲しい気持ちになれないから、それがつらくて、腹が立って、本当のことが知りたいと思ってしまうんです」

 そこで首を左右に振りました。

「違う。そうじゃありません。悲しいのに涙が出ないことを、別の何かのせいにしたいだけかもしれません。でもやっぱり思うんです。ちゃんと悲しみたいって。それには、どうしても本当のことを知ることが必要です。本当のことを知っても深い悲しみは訪れないかもしれない。それでも、それでも知らなくちゃいけないんです」

 この子に教えてはいけない。ケント君がレンちゃんにすべてを打ち明けなかったのは、深入りさせると危険だと考えたからなのでしょう。彼の中で葛藤があったと思います。それでも彼女を避けたのは、この少女を守りたいからなのでしょう。

 レンちゃんに何か声を掛けなければいけないと思いました。

「悲しみは不意に訪れるかもしれない。だから自分を責めないで。涙を流す人よりも、あなたの方が深い悲しみを抱いているかもしれないじゃない? 目に見えないものを、目に見えている部分だけで比べることはないと思う」

 これは私自身への言葉なのかもしれませんね。



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