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タロットゲーム  作者: 灰庭論
第2巻 女教皇編
15/60

SIDE OF THE JUSTICE   正義

 情報提供を求めるビラ配りというのもバカにできません。必ずしも有力な情報を得られるというわけではありませんが、今回のように協力者が多ければ多いほど拡散するスピードも上がるので、早い段階で足取りが掴めることがあります。

 水曜日、この日は朝から同じ課の大ちゃんと北沼きたぬまへ行くことになりました。それは土曜日に開催された夜見湖のスケート祭りの会場で行方不明の犬飼友紀君を目撃したとの情報が入ったからです。


挿絵(By みてみん)


 車の運転は私が務めます。道は分かっておりますが、念のため家を出る前に地図を確認しておきました。それは警察官が道を間違えては、ミスでは済まされないからです。警察官たるもの、ナビに頼らずに地名を聞いただけでその場所に行けるようしておかなければなりません。

「しかし、本当でしょうかね?」

 同乗者の大ちゃんは情報提供者が小学生なので疑っているようですが、私は確信しています。

「手品をしていた中学生くらいの男の子に似ているという話でしょ? 犬飼君も手品が好きでよく人前で披露していたというから、まず間違いないと思う。他にも目撃していた子がいるそうだから、他の子からも話を聞いてみましょ」

 情報提供者のいる小学校へ向かっています。

「しかし受験の前日に手品なんかしますかね?」

 大ちゃんの疑問はもっともです。

「将来はマジシャンになるって言ってたらしいけど」

「そっか。まぁ、悩んでいたのは間違いないんでしょうね」

 それよりも私は犬飼君が高校生くらいの男の子と一緒だったという話の方に関心を持ちました。その高校生に見える男の子は、彼と仲の良かった久能賢人君ではないかと思ったからです。あの身体の大きな少年ならば高校生に見えてもおかしくありません。

 といっても、私は目撃情報を得る前から久能君が何かを隠していることを見抜いていました。というのも、あの少年は私に名前以外、本当のことを言っていないと思ったからです。そう感じたキッカケは犬でした。

 久能君は金曜日から犬飼君の愛犬を預かっていたと言っていました。それが昨夜の時点でまだ返していないことに疑問を感じたのです。それはまるで、あの長身の少年だけが二度と飼い主が帰ってこないことを知っているかのような行動に思えたからです。

 犬飼君のご両親と会われて、それで改めてしばらく預かると善意の申し入れがあれば、私も久能君を疑うことはなかったでしょう。しかし彼は犬飼君の家に犬を返しに行かないどころか、連絡すら取っていないのです。

 犬飼君と何らかの約束があって、それで返していないだけということも考えられます。しかし、こういうのは違和感を覚えるということが重要で、引っ掛かりが取っ掛かりになることがあるので、警察官はこういう感覚を非常に大事にするのです。

 疑いを持ったからといって、それで久能君と犬飼君の間にトラブルがあったと断定することはありません。『人を信用しない』ことは大事ですが、『先入観を持たない』ことも同じくらい大事だからです。

 特に少年犯罪は扱いが難しく、警察官から容疑者として見られている、と感じさせただけで精神的に追い詰めてしまうことがあります。正当な捜査をしていれば訴えられることはないだろう、などと自分に都合よく考えるのは禁物なのですね。

「小学校が少ない地域で助かりましたね」

 大ちゃんはそれで聞き込みの手間が省けると思ったのでしょう。しかし私は地域の未来を考えると笑顔になることはできませんでした。それでも市長が変わってから若者の流出が減少に転じたので未来を想像すると希望を感じることができます。

「早く帰れると思わないでよ」

「分かってます。相手は小学生ですからね」

 大ちゃんも自覚しているように、小学生から話を聞くことほど難しいことはありません。個別で聞き取りをしなければ同席者の意見に引っ張られることがあるからです。お友達の間違った目撃証言を聞いて、自信をなくし、間違ったことを正しいと思い込むことがあるのです。

 それと子どもは大人を喜ばせるために証言することもあります。私たちが望んでいる答えを瞬時に感じ取って、つい、デタラメで、いい加減な、記憶が曖昧としているにも関わらず、いえ、記憶すらないような証言をすることがあるのです。

 現時点で、お友達同士で犬飼君について噂話をしている可能性があるので、もうすでに記憶が塗り替えられている可能性もあります。ですから、警察官はそれを踏まえて話を聞かなければならないのです。それが聞き込み捜査の心構えというものなのですね。


「今から画像を見てもらうね」

 小学校の応接室をお借りして、そこで土曜日のお祭りの時に手品を見学していた子どもたちに来てもらい、個別で聞き込み捜査をしているところです。手品をしていたのは犬飼君で間違いありませんが、手伝っていた高校生くらいの男の子の正体が掴めません。

「この中で手品を手伝っていた男の子がいたら教えてくれるかな?」

 子どもに見せているのは犬飼君と同じ学校に通っている男子生徒の近影です。久能君の写真だけを見せて、「この人かな」と尋ねてしまうと、間違うのが怖くて、記憶が曖昧なのに、「そうです」と答えてしまいます。それが子どもですからね。

 これまで話を聞いた八人の子どものうち、二人が久能君の画像に反応しました。しかし、他の三人が久能君に似た別の男子生徒の画像に反応したので、結論を出せずにいました。ところが、最後に来た六年生の女の子は他の子と観点が異なっていました。

「この男の子で間違いない?」

 念を押すと、女の子は小首を傾げました。

「それは分かりません」

 女の子が反応したのは久能君の画像です。私たちが望んでいる答えですが、それを感じさせてはいけません。少しでも感じさせたら証言の信憑性が失われてしまいます。ここは誤誘導しないように声を掛けます。

「じゃあ、どうしてこの男の子が手品の助手だと思ったの?」

「靴です。顔は憶えてないからこの人か分からないけど、同じ靴を履いていたのは憶えています。お父さんよりも大きな靴で、それが手品の最後に消失マジックをやったんですけど、その時に靴が濡れて、それをその人も気にしてたから、わたしも憶えてるんです」

 この女の子の証言は確かだと思いました。経験上の話ですが、女性は男性に比べて服装や貴金属や小物などのアイテムをしっかりと見て記憶している人が多いです。また、それらの証言が捜査に役立つケースが実に多いのですね。

 また、警察官に褒められたいだけの証言でもなさそうです。虚言癖のある人は、社会に役立つ自分に快感を覚え、それがご褒美となってしまうので、自分で嘘をついている、という自覚すらできなくなります。

 しかし、この女の子はちゃんと「顔は憶えていない」という、役に立てなかった自分も受け入れることができています。それでも証言をさせるだけではなく、この日のことが不安に縛られないように、フォローしておかなければいけないのが小学生への聞き込み捜査です。

「ありがとう。他の子にも同じことを言ったんだけどね、警察に協力してくれるだけでも、すごくありがたいことなの。これからも、どんな些細なことでもいいから気軽に教えてちょうだいね。ただし、銀行の暗証番号とママの年齢は人に教えちゃダメだゾ」

 今回も私の小粋な冗談がバシッと決まりました。


 それから程なくして夜見湖で中学生と見られる死体が発見されたとの連絡が入りました。通常は課が違うので現場に急行することはありませんが、失踪人と特徴が一致するということで稀なケースとして現場入りすることになりました。

 ただし、現場に赴いても捜査に介入することはありません。その死体が犬飼友紀君であることが確認できた時点で私たちの仕事は終わりです。もちろん、署に帰ってから文書を作成しなければ終わりませんが。

 検視官が他殺か自殺か事故かを判断しますが、仮に他殺であっても捜査会議に参加することはありません。自殺や事故でも同じです。ここから先は別の課の仕事となります。それが警察組織というものなのですね。

「刑事課はまだ来てないの?」

「遺体が見つかったのは早朝だったみたいですよ」

「帰った後なの?」

「のようです」

 私たちが到着した時には、もうすでに現場臨場が終わっていました。

「走らせてごめんね」

「急ぐことなかったですね」

 遺体発見現場は湖岸にあるパーキングエリアから距離があったので、先に大ちゃんに様子を見に行ってもらいました。警察車両が少なかったのでおかしいと思いましたが、終わった後だとは思いもしませんでした。

「一課が来ないってことは、早々に事故と結論付けたわけ?」

「そのようですね」

「解剖に回さなくても大丈夫なの?」

「それは俺の口からは何とも言えませんね」

 畑違いの私が意見する立場ではないことは百も承知です。

「じゃあ、私たちも帰りましょうか」

「聞いた話を向こうの現場でそのまま説明しますけど?」

「帰りの車の中で聞く」

 畑違いの大ちゃんが刑事課の捜査員から話を聞いている時点で事故であることは確実です。こういう場合は検視をしても他殺に切り替わることはありません。説明を聞くまでもなく、やはり事故なのでしょう。それを大ちゃんが説明してくれます。

「長い距離を歩いたから分かると思うんですが、ワカサギ釣りの客が密集している湖畔から、遺体発見現場は見えません。張り出した陸地が死角を生んでいましたよね? それで土曜日から今朝まで発見できなかったというわけです。車の乗り入れもできませんし、わざわざトイレのないところまで歩いてきて釣りをする人はいませんからね」

 帰り道も私が運転します。

「それなら誰が発見したというわけ?」

「犬です」

「犬?」

「はい。正確には、凍結した湖面の状態を毎朝調べている管理責任者がいるんですが、その方が湖上で吠える犬を見つけて、迷子になった犬だと思ったらしく、保護しようと追い掛けたところ、テントを発見したそうです。声を掛けても反応がないから、そこで懐中電灯を使って中を調べたそうですが、人はおらず、それでも釣り具があることから、用を足すために席を外しているだけだと思ったそうですよ。ところが、テントから出て疑問に思ったわけですね」

 そこで大ちゃんが両手の指先をくっつけて輪を作ります。

「通常、ワカサギ釣りをする時に開ける穴って、これだけで充分なんです。上級者はチェーンソーで穴を開けますが、それでも一斗缶くらいの大きさですね。というより、知らない人が穴に足を取られないように小さい穴にするというのが、マナー以前にワカサギ釣りの常識なんだそうです。それが遺体発見現場では棺桶ほどの大きな穴が開いていたことから不審に思った、というよりも落ちていたかもしれないと思って肝を冷やしたそうです。そこで、その時はまだ外は真っ暗でしたから、懐中電灯の光を地面に向けて、危険がないか調べたわけです。そして、地面にトランプが散らばっているのを確認した直後、棺桶のような穴の中に、仰向けのまま氷漬けにされた犬飼君の遺体を発見したというわけです」

 大ちゃんがご遺族の方の前では使えない『棺桶』という言葉を使ったのは、第一発見者が使っていた言葉をそのまま使ったからでしょう。つまり、それが本当に棺桶の中で眠っているように見えたということなのかもしれません。

「氷漬けってことは、土曜日からずっとあそこに死体があったということ?」

 大ちゃんが答えてくれます。

「そうですね。事故状況を想像すると、土曜日にスケート祭りの会場で手品を披露し終わった犬飼君は、釣りをしようと会場から離れた場所、つまり事故現場ですが、そちらに移動したんだと思います。そこで常識では考えられませんが、チェーンソーで棺桶ほどの穴を開けました。そして穴の中に釣り糸を垂らしながら、トランプを取り出したんです。寒さで手の感覚がなくなっていたのか、そのトランプを穴の中に落としてしまい、拾い上げようと手を伸ばしたら穴の中に落ちて、溺死してしまったんでしょうね」

 その説明は大ちゃんに話をした人の想像だと思われます。

 私の想像は違います。

「事故現場に犬飼君の他に人がいたんじゃない? それなら釣り穴を長方形にした理由も説明がつくけど? それでも無理があるけどね」

「それって久能君のことですよね? しかし、愛犬を預けるほどの仲ですし、目の前で事故が起これば助けたか、助けられなくても救急車は呼びますよ。あの子はスマホがありますし」

 確かに大ちゃんの言う通りです。

 それに何よりも検視官が早々に事故と断定したことを忘れてはいけませんでした。

「でも司法解剖に回さないってことは、事故と断定し得るだけの決め手があったわけだ?」

「氷だそうです」

「遺体じゃなくて?」

「はい。死体周りの氷の状態を調べると、自然結氷で間違いないとのことでした」

「それは死んでから死体が動かされていないと証明されただけじゃないの?」

 大ちゃんが考えながら答えます。

「同じことだと思いますよ。殺しなら、わざわざ目立つようなテントを放置して行かないだろうし、現にそれが目印となって発見されたわけですからね。それに氷水で溺死させようと思ったら、必ず抵抗するでしょうから、どこかに痣ができるはずです。キレイな状態で亡くなっていたというから、やはり他殺はありえません。では自殺かというと、それも考えられませんよね。この時期にわざわざ凍った湖で入水自殺するなんて考えられませんし、そこまでするなら遺書が残っているはずです。トランプが散乱していたことから、やはり事故と考えて間違いないんじゃないですか?」

 説明を受けても疑問は残ったままです。

「でも、そんなキレイに仰向けのまま凍ると思う? まるで、そう、氷の棺じゃない。棺桶と同じくらいの穴といい、仰向けで凍っていたことといい、誰かが儀式のために夜見湖に埋葬したように感じられるの。トランプはお供え物ね」

 大ちゃんが私のことを見ました。

「久能君がやったと?」

「違うの。犬飼君が他殺じゃないのは確かでしょう。考えられるのは自殺くらい。でも誰かが関わっているんだよ。遺体が丁重に葬られていることから、死者への愛情が感じられるのよね。でも発見しやすいようにしているから、偏愛的な執着はない。世間に上手に溶け込んでいるし、犬飼君のご両親のことも考えている」

「じゃあ、やっぱり久能君じゃないですか」

「何かを隠していることは確かだけど、彼だけではないのよね」

「ああ、匿名通報ダイヤルのことですか?」

「うん。場所は全然違うけど、言ってることは本当だった」

「仲のいい女子生徒はいなかったと聞いていますけど」

「まだ、ちゃんと調べたわけじゃないから」

「そうでした」

「それより問題なのは、遺体が都合よく仰向けになったまま凍るかどうかね」

 水死体というのは非常に扱いが難しいと聞いております。肺の状態や、身体に溜まるガスや、海水や、淡水や、体脂肪や、遺体の破損状況や、身に着けている服や、水温や、腐食するスピードや、それらをすべて鑑みなければいけないというわけです。

 悩んでいる私に大ちゃんが説明を加えます。

「でもそれが、まさに儀式というか、他殺説を否定する根拠でもあるんですよ。聞いたところによると、人工的に自然結氷に見せ掛けることは不可能だって言ってました。できたとしても、それは人間業じゃないそうです。だから事故で間違いありません。まぁ、宇宙人の仕業かもしれないですけどね」

 そういう冗談は嫌いです。

 そんな私の気持ちを、大ちゃんは察してくれました。

「でも受験シーズンですし、学校にいる子どもたちにとっては事故でよかったんじゃないですか? 番さんが想像するような猟奇殺人だったら大変なことになりますよ。いや、殺人じゃないんでしたね」

 いずれにせよ、今日で私たちの仕事はお終いです。



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