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精霊物語─精霊の目覚め  作者: 痲時
第2章 転機の風
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第7話:東の金剛石


 アリカラーナ王国には18の町があり13の城塞がある。その中で東に位置するエトル町のイーリアム城は、領主ガーランダ・エトル、城主イーリィ・マケルという、法術師からすれば厄介者が二人も居た。

「マケル城将じょうしょう……」

 不安そうに主を見る部下が、落胆した様子で云う。

「もう、終わりなのでしょうか」

 いつもなら弱音を吐くなと一喝するところだが、城主イーリィにはその力さえなくなっていた。先ほど来たばかりの領主ガーランダも、先ほどから黙りこくっている。


 今朝ガーランダとイーリィの元に届いたのは、事務的な書簡だった。

 後約一年でガーニシシャル王の子息であるウォルエイリレン王太子が書類上死亡する。そうなるとこの国は王として先立つものが居なくなるので、残された王族から王を選び出す準備にかかる。貴公らにも会議に参加して戴き、国の在り方を共に考えたいとのことだった。イーリィは書簡を見るなりくしゃくしゃに丸めて床に投げつけた。


 ガーニシシャル王が崩御され、ウォルエイリレン王太子が王宮から居なくなった時から、法術師の権力が急上昇したことは明らかだった。王宮の不可思議な様子から、ガーランダとイーリィはウォルエイリレンの死亡が確実に決定されない限り、法術師に協力しないことを決意した。もちろん法術師にとってそれはおもしろくない結果となったのだが、法術師の行いはそのままに見れば国の為である。国の今後を考えないエトル町が、わがままを云っているかのように見えるだろう。それがわかってはいても、そう簡単にはいそうですかと頷けない理由が彼らにはある。


 後一年で、5年。

 王の不在が五年も続けば、だんだんと国が揺れて来るのが当たり前である。この空位をよくぞ持ち堪えたと云えないこともない。もちろん持ち堪えたのは法術師が国を成り立たせていた為であり、それも彼らの企みのうちであった。もう少しで本格的に彼らの時代がやって来る。対抗していたイーリィらは窮地に追い込まれていた。


 王太子が居なくなったと聞いた時は、もちろん不安ではあったがどうにかなると思っていた。ウォルエイリレンは確かに無鉄砲で庶民的なところもあったが、君主として立てる力は充分にあったのだ。何よりもイーリィやガーランダたちのことを信頼してくれていたのである。だから絶対に国を投げ出すような人ではない、必ず生きて戻って来ると信じていた。だが現実は厳しかった。ウォルエイリレンは元気な姿どころか書簡一つ寄越さない。同じく対法術師を決めている西の城主ファルーンからも、芳しくない答えしか返ってこない。


 私たちはあの方を、かいかぶりすぎていたのだろうか。


 ふとそんな弱気な考えが脳裏を過る。この国はもう、既に国とは呼べなかった。遥か遠くの大陸が神聖視しようとも、 中から見ればもう行き着く先まで壊れてしまっているのである。王の不在が続いて分裂が分裂を呼び、もう既に国などとは呼べなかった。この精霊の守りしアリカラーナ王国が、この状態のままで存続できるわけがない。


「終わりか」

 思わず口に出してしまったその言葉に、ガーランダが俯けていた顔を上げた。

「弱気だな、イーリィ」

「シュタイン宰法との約束は、殿下の死亡が確定したらということだ。それまでに王を決めなければ、国を傾けてしまうことになる。非難の声はこちらに飛ぶでしょう」

「この国は4年も君主が居なかったが、充分に保ったな」

 苦笑してガーランダは云う。もちろん法術師のことを軽蔑して厭味で云っているのだが、確かに彼らは国を傾けなかったと少し見直してもいる。


「これに出席するしかないな」

 床に投げつけた書簡を拾い上げて、イーリィは机にまた投げつけるように置いた。周囲の部下が落胆した様子を見せたにも関わらず目の前に座る領主は、

「──何を云っているんだ、イーリィ」

 眉を顰めて城主を見遣ったその灰色の瞳は相変わらず鋭い。

「先ほど自分で云っただろう。私たちが約束したのは王太子の死亡が確認されたらだ。まだウォルエイリレン様は生きて居られるのだぞ!」

「ガーランダ……」

「批難の声がなんだ。法術師は絶対何かをやらかしている。私たちには想像もつかないような良くないことを。それを暴かねばならない」

「王宮に近づけない私たちが、どうやって……」

「おい、いつもの偏屈ぶりはどうしたんだ。 <イーリアム城の金剛石>がそんな弱音を吐いたら、史書の一ページに加えられてしまうぞ」

 ガーランダは云って笑う。確かに自分らしくない弱気だとイーリィは反省する。イーリアム城の城主イーリィ・マケル。その名は外で「東の金剛石」の渾名と共に呼ばれることは、イーリィも承知の上である。そうしてそう呼び始めたのが、あの王太子だと云うことも。



「どうやってというのはまず置いておくが、気になることが幾つかある」

 ガーランダは真剣そのものだ。その調子に乗せられて、イーリィも顔を上げて考えてみる。気になることは確かに幾つもあった。

「一番に不服なのは、王宮に、イシュタル城に近寄れないことだ」

「そう、それが一番に怪しいな。暦門は開いているらしいが、いつまで強固にイシュタル門を開けないとの噂だ」

 王都イシュタルの中心に立つ王宮には、人霊に沿った12の門がありそれらは一つの町としての王宮を守っている。その真ん中にあるイシュタル門は城壁の役割をしているが、王太子が行方不明になってから開かれないために、現在王宮内部には入れないのである。

 法術師曰く、空位を狙った簒奪者が来るのを抑えるためとのことだ。無論、王太子が行方不明になってからというもの玉座を目指す輩が本当に来たらしいが、どれもイシュタル門に辿り着く前に衛兵にやられたという。その後も再三来ているが、どうも王師や宮廷四師の出る幕ではない。

 初代アリカラーナの血筋を継ぐものが居なくなれば、この国は滅びる。昔からそう伝えられていたというのに、現在この初めての空位というものでその説が揺らぎ、人々はアリカラーナという存在にさえ不審を覚えている。




 イーリィは最近見た、国新聞の嫌な記事を思い出す。

「確認するチャンスがあるとすれば、明日だ。聖職者が王宮を出るという明日。その時は流石に、イシュタル門を開けざるを得ないはずだ」

「それも嫌な動きの一つだ。どうして宮廷四師の一つが出て行くのだ。四官そろっていない王宮など、最早法術師の独裁ではないか」

 王の元には4つの術師が存在する。宰相、宰法ロア、宰喚ルア、そして宰聖リア。四師総帥と呼ばれる彼らは、それぞれ違った能力で王を守る。彼らより尊いのは王アリカラーナだけであり、王の下に侍るアリカラーナ四宰臣となる。彼らの下に人間、法術師、召喚師、聖職者が並び、彼らのことを宮廷四師と呼ぶ。彼らは王師でもその他法省でも財省でも何所の省にも入れる特権を持つ。


 それが当たり前だっただけに、今回の聖職者脱退には驚かされた。彼らが主として崇め奉るのは王であり、その王が座るはずの玉座が埋まらないために力を出せない。王宮に留まっている意味もないため、大人しく聖職者の自治町ルフムに帰るというのが理由であった。主=王=神が居ないことに、聖職者たちはそんなにも絶望したのだろうか。そういう理由で今まで4つ当たり前にあったものが、いとも簡単になくなってしまったのである。こうも簡単になくなってしまうのだから、拍子抜けしたというのが最初にあった。


 だが崩壊は、それより以前に始まっていたのかもしれない。


「独裁、そうだな。……ルウラ・ルアとも連絡が取れないし」

 ぼそりとイーリィが呟くと、ガーランダは眩しそうに目を細めた。信頼していたルウラ・ルアも姿を現さず早4年。ガーニシシャル国王陛下の喪に服していると云えど長過ぎる。ルウラ・カルヴァナという責任感の強い男には有り得ないことであった。

「王宮に閉じこもり始めたのが殿下の行方が知れずになったのと同じ時期、何か殿下と関係があるのではないかと思っていたが、こうも長いとな……。ルアだけではなく、宮廷内の者と連絡が思うように取れないのも気になる」

「しかし法術師からの書簡は、嫌ってほど送られて来るぞ」

 云ってイーリィは後ろを振り返って、どっさりと山になった書簡を顎でしゃくった。ガーランダはそれを見て、呆れたような口調でからかう。

「イーリィ、ここに侍従は居なかったっけか」

「いや、片付けなくて良いと云ったんだよ。毎晩これを読んで考えているから。ガーランダの元にも来ているのか」

「ああ、だがおまえよりは少ないな。どうやら領主より城主を落としたいらしい」

 法術師のやり方は地味で気分が乗らないものばかりだ。いつだったか来た法術師の集団にも呆れたものだったが、書簡だけでも充分な嫌がらせだ。それには必ずイーリィの弱みにつけ込むような、国を傾けるな、殿下も退位を望んでいるとか、そういった言葉が載っているのだから本当に嫌になる。



 思い出して溜め息を吐いた先で、ガーランダがそれからと次の話に移った。

「それからこれは民から聞いたのだが、最近作物がうまく育たないらしくてな」

「作物が?」

 それは初耳だった。いつだって城塞には充分な食料がそろっているし、あまり町に降りることがないから民の話も聞かない。エトル領主は見回りと称してよくエトル中を散歩しているらしいが、そういった情報収集を兼ねていたのかと今さら納得する。よくよく考えればそのやり方は行方知れずの殿下と通じるものがあるが、敢えて云わないで居る。

「私もよくはわからん。ただ、気候がおかしいのは感じる」

「ああ、最近よく、がたつくね」

 流石に師走の季節にもなって暑いということはないのだが、例年の12月よりだいぶ暖かく、そして極たまにもの凄く寒い日が訪れたりする。ここ数年よくあることだった。

「姿が見えないのはルアだけではない、人霊も見ないな」

「──ガーランダ、まさか……!」

「すごく、嫌な予感がする。王太子が居なくなって騒ぐ連中が、騒がないで王宮にこもっていることだしな。きっと王宮では何か、私たちが予想だにしないことが起こっている」

 本当に予想だにしないとんでもないことが起きているのかもしれない。人霊のことは無論気にかけていたが、ルアが出て来ない限り彼らも出て来ないと思っていた。しかし考えれば考えるほど、おかしなことは山ほど生まれて来る。



「弱気な発言を撤去しろ」

 イーリィの表情が変わったことに満足したのか、ガーランダがそれみろと云った風に云う。

「済まない……」

だがそうは云っても、ウォルエイリレンからの連絡はない。


 私は何をすれば良いのだろうか。






その僅かな沈黙を、力強いノックが蹴破った。

「なんだ」

「一将レイラインでございます、報告に戻って参りました」

「ご苦労、入ってくれ」

「失礼致します」

 入って来た一軍将軍ローズ・レイラインは長旅から帰って来たとも思えないほど、いつも通りの毅然とした顔をしていた。深紅の髪は綺麗に整えられその瞳の強さも、先ほどのイーリィの弱気とまったく逆の強さを放っていた。あの状態をローズに見られなくて良かったと思い直す。彼女は我が城塞で最強を誇る召喚師だ。手を合わせて頭を下げると、その場に膝をついてまた深々礼をした。

「エトル領将りょうしょう、来訪中失礼致します。お話の邪魔をしてしまって申し訳ございませんが、領将にもお伝えしたいことがございまして」

「構わないよ、ローズ。ご苦労だった。立ってくれ」

「城将も合わせて聞いて欲しいのですが、よろしいでしょうか」

「ああ、レイシュ町はどうだった」

 この間レイシュ町シモツキ地区で大規模な爆撃がされたとの情報が入った。しかしそれ以上新たな情報が入ることはなく、何事かわからないままうやむやにされてしまうところだった。もしかしたら王太子殿下が見つかって、法術師がそれを阻止しているのではないだろうか。そんな一抹の不安をも残せず、イーリィは一軍の一部を偵察に出したのだった。


 は、と話を受けたローズは一礼して立ち上がる。

「襲撃があったというのは本当のようです、町が酷い爆撃の傷だらけでして、シュルーム城の様子を見てきましたが、特に何か救助をする気はなさそうでした」

「シュルームの城塞は動いていないのか」

「はい。きちんとした訪問はできなかったので詳しいことはわかりかねますが、領主レイシュも手を出していないようですね」

 爆撃と云ったらできるのはやはり、人間を抜かした三術師のどれかしかない。最も可能性が強いのは無論、法術師だ。召喚師も大気霊を出せばできるだろうがしかし、素直に考えると法術師の仕業である。そんな考えを既に悟ったらしいローズは、先走って一言加える。

「レイシュ町の噂では、悪名高い召喚師が居るんだとか。この間指名手配に出された見習い召喚師だと」

「見習い召喚師が爆撃などできるのか」

「見習いだからこそ、やるのでしょう。私もよく、やらかしました」

 云ってローズは笑ったが、その笑みはすぐに消され深刻な表情に戻る。

「それより見習い召喚師が指名手配になることの方が、おかしな事実です。それも法術師直々の手配らしく、最初捕らえに行ったのに逃がしたとか」

「その召喚師は今?」

「現在行方不明ですが、レイシュ町に居るはずとのことです」

「イーリィ、良い収穫を得たな。やはりレイシュを探ったのは正解だった」

 ガーランダが嬉しそうに微笑む。イーリィも共に喜びたいところだが、当時にまた疑問が増えてしまったのも事実だ。どうして見習い召喚師が指名手配なんかになるのだろう。まともに召喚できず爆撃をしてしまうような召喚師を、法術師がどうしようというのだろうか。


 その考えを打ち切るかのように、ローズがまた城将と呼ぶ。

「それとは別件ですが、レイシュ町の入り口で一人の怪我人を保護致しました」

「爆撃の被害者か?」

「いえ、それとはまた違うようですが、だいぶ衰弱しているので取りあえず3階の客間に休ませてあります。意識はありますが、この冬空で海にでも溺れたのかうまく話せない状態でしたので、身元も確認しておりません。どうやら流浪人らしく風体もあまり良くないのです。少し落ち着いたら身なりを整えたほうが良いでしょう」

「何か知っているかもしれないな。──ローズ、ありがとう、ご苦労だった」

「何かあればまたお呼びください、それは失礼致します」

 ローズは毅然とした態度で、その場を辞した。


 イーリィがあまりのことにローズが去った後の扉をぽかんと見ていると、

「イーリィ、状況が俺たちに手助けしてくれている気がしてきた」

 ガーランダが力強い口調で云う。

「どうしたんだ?」

「取りあえず、その怪我人の話を聞こうか。身元も確認しておきたいしな」

 ガーランダとイーリィは席を立って、怪我人に面会するため3階へ向かう。やる気に満ちたガーランダに、後もう一つ気になることがあるとは、流石に切り返せなかった。


 ──ローウォルト様。

 考えると、酷く辛い気持ちになる。しかしその胸中を今ガーランダに云うのは憚られた。向かいながらイーリィは、握りしめていた書簡をさらにくしゃりと潰した。



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