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精霊物語─精霊の目覚め  作者: 痲時
第1章 精霊召喚師の復活
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第3話:始まりの日


 はっとして顔を上げれば、そこには教官レールの姿があった。いつもの能面のような顔に、怒りのあまりか珍しく朱が差していた。ぼうっとレールを見ていれば、嫌でもゆるゆると今がいったいなんの時間かを思い出し、彼女は慌てて立ち上がった。

「も、申し訳ありません。レール教官」

 レールは口を開かない。

「気が抜けていました。申し訳ありません」

 レールは何も云わない。

「私は……」

「アリス・ルヴァガ。君は、もう良い」

 どくんと鼓動が鳴った。

「また、いつか」

 それだけ云って、レールは後ろの席へと回った。──私は今日、物霊を召喚します。はい。ええ、ありがとうございます。後ろでの会話が続いている間も、彼女はその場に立ち尽くしていた。

「レール教官、あの!」

 慌てて後ろを振り返り叫んだが、レールは彼女を見ることさえしなかった。

「退学したいのか」

 その一言で、彼女は諦めて席に座った。


・・・・・


「居眠りなんて信じらんない!」

 エリーラ・マグレーンはそう云っていつものように大声できゃははと笑った。

「すごい度胸だよねー、レールの試験で居眠りなんて」

「他人事だからって」

 眠るつもりなどなかった。そもそも睡魔など、あるわけがなかった。アリスはこの時の為に3年の間勉強に励み、控え室に入る前は興奮と緊張のあまり手が震えていたほどなのだ。眠気などまったくなかった。なかったというのに眠りこけてしまい、試験出場資格を失った。


 見習い召喚師から、召喚師へとなれる機会を棒に振ったのだ。


 召喚師になる機会は三年に一度、召喚学校で行なわれるものだけである。年齢性別に関係なく試験を受けられるのだが、その採点は厳しく普段からの行いも点数の対象にされるため、試験中に居眠りなどもっての他だ。

「3年も経ったら23歳だよ?」

「まだ若いから大丈夫だって」

 同級生であるエリーラは至って軽やかな口調で云って退ける。彼女は召喚師になることにあまり真剣になっていない。生きていけるのならそれで良いから、何かの職に就く。そのためには一番、召喚師が良かったのだと語っていた。「だって魔法使いは世襲制だからなれないし、聖職者は何かと煩いから嫌。普通の人間で居るのには貧乏だし。いろいろと考えると、楽でしょう、召喚師って」

 召喚師学校は国が開いているものだから、授業料はものすごく安い。通常の国民が行く学校はどれも勝手に個人が建てているものだから、少し貧しい人間が何年も通えるような金額ではない。召喚師になりたいからというわけではなく、金銭的な理由ではるばるアスルの召喚師学校に入学して来る者も多い。エリーラもその一人だ。

「でも落ちこぼれの見習い召喚師なんて嫌。いつまでも学校に居たくないよ」

「良いじゃない、23歳で召喚師になれたらまだまだ若い方だよ。何所かのお屋敷の貴族、はたまたうまくいけば城主様が雇ってくださるわ」

 エリーラは同じことしか繰り返さなかった。

 金色の背中まで伸びたカールの髪、すべらせる肌は教会のように白く、ほっそりした身体は低い背を強調して見せたが、歩き方、話し方はいつでも毅然としていて、まるで貴族のようだった。見た目は豪奢なエリーラだがしかし、出自があまり良くない。裏の世界に手を染め過ぎて抜けられなくなり一人娘を捨てた両親は、エリーラが入学した7歳の時に、遥か遠いルフムの町で捕まった。


 エリーラが偉くなることを重視するのも、無理はなかった。しかし同じく親なしのアリスは、幼い頃から召喚師になることが当たり前になっていたためか、彼女の軽い感情がいまいち理解できなかった。気持ちはわかるが、同意はできない。人生が違うのだ。

「それじゃ私、訓練所寄ってから帰る」

「ええっ?! 試験が終わった日よ? 今日ぐらいすっかり忘れて、買い物付き合ってよ」

 今日は24番地のショッピングモールに行くのだと息巻くエリーラに、アリスは苦笑する。

「ごめん、試験すら出てないのに、そういう気分じゃあないよ」

「アリス、肩張りすぎよ」

 はぁと溜息を吐かれるがこれが性分だ。そもそも最初はこんな女の子らしいエリーラと気が合うなんて思いもしなかった。彼女がアリスに興味を持って話しかけてこなければ、こんなに仲良くなることはなかっただろう。

「まぁ仕方ないか、リンちゃんでも誘うわ。あんまり無理しないようにねー」

 軽く手を振って学校を出て行ったエリーラは、買い物へ行かずにはいられないのだろう。嬉しそうに歩く後ろ姿が眩しい。彼女の関心はお金と物と、お金だ。アリスは思わず溜め息を吐く。


 最初は反発する気持ちがあったが、しかしそれも仕方のないことと今では諦めている。それはそれで、一つの生き方だ。貧しい庶民が懸命に考え抜いた、幸せに生きる方法。だからアリスがそれについてああだこうだと文句を云える権利はない。だがそれでも、召喚師という職が楽に生きる──何所かの貴族に雇ってもらって、近親の御偉いさんと結婚するという──最も適した過程だと思われるのは、やはり淋しかった。




 訓練所に入ったが流石に誰も居なかった。試験日だからだろう、みんな今日ぐらいは息抜きしているのだ。──最も試験を受けられた人は、だが。


 思わず溜め息を吐いてしまう。

 どうして自分はあの場で眠ってしまったのだろう。そうでなくても、最近はなんだか突然眠ってしまうことが多くなっていた。何かに作用されるかのように、ふっと突然意識を失ってしまうのだ。起きた時はすっかり忘れてしまっているが、その間に何か大切なことが起きている気がする。でもこんな自分でもおかしいと思うこと、誰にも説明ができなくて少し困っている。こんな状態では、落ち着いて訓練もできやしない。


 自分に呆れ果てたアリスは、まだ何もしていない身体を休めるために近場の椅子に座ろうとした。


 ──何、これ。

 地面に落ちている一つの石。それに突如惹き付けられた。楕円形でつるつるとしたそれは、他の石のようにただの灰色ではなく、こっちから見ると青、あっちから見ると赤と、あらゆる角度から見ると違う色に見えた。

 しゃがみこんでようやくその石を手に取ると、まるでアリスの手が石置き場だったとでも云うような、ぱちんと収まるような音が聞こえた気すらした。なかなか綺麗な石だし、持っていても誰も文句は云わないだろう。



 そう思って石を裾に入れた途端、カツンと音が鳴って入り口に人の気配ができた。高くて細い図体をゆっくりとこちらに歩めて来るその姿を見て、アリスは思わず目を背けそうになったが、かろうじて堪えて向き直る。

「レール教官、こんにちは……」

「ルヴァガか」

 その姿を認めてレールはいささか意外そうな顔をする。試験を居眠りした奴が居残りとはとでも思っているのかもしれないが、アリスは常日頃から放課後の訓練を怠ったことはないし、レールもそれを充分知っているはずだ。

「今居るのは君だけか」

「ええ、そうですが」

「残念だ。──やはりここに居たのは、間違いだったのかもしれん」

「え?」

「大人しくケーリーンに引き渡すべきだったかもな」

 云われてすっと頬に朱が差したのが、自分でもわかった。云われて最も悔しいことを、さらりと云われてしまった。アリスが最も云われたくないことを、目の前の男はいとも簡単に。

「──こんなことを云われても困るだけだろうが、正直、君の扱いには困っているのだ」

「劣等生は退学しろ、そういう意味でしょうか」

 怒りに任せて挑発的なことを云ってしまうが、どうしようもなかった。ここに居るべきではなかったと云われれば、アリスは存在価値がなくなるのだ。かろうじてここに居場所を作ったのに、どうしてそれまでも否定されなければならないのか。


 レールはアリスの怒りを感じ取ったらしく、かぶりを振って云う。

「劣等生などとは云わないよ。君は莫大な力を秘めているからね」

「え?」

「だが召喚師としては生きていけない、やはり間違いだったのだろう。ルウラ・ルアの意志を尊重してきたが、しかし今や、そのルアも……」

「ルア? ルアがいったい、どうされたのです」

「いや、済まない。気にしないでくれたまえ」

 レールは云うだけ云ってしまうと、

「今日は早く帰りなさい。君の処遇を考えておく」

 そう云ってそそくさと、その場を去ってしまった。落ち着きがないレールは、らしくなかった。ましてやあんなはっきりと処遇に付いて云われるなど、今までなかったことだ。悔しさに涙さえ出そうになったが、それをぐっと堪える。今日は大人しく帰ろう、そう決めてアリスは結局何もせずに学校を出る。


・・・・・


「おかえり、アリス」

 ラナは何もなかったかのような笑顔でアリスを迎えた。試験のことは既に耳に入っているだろうに、下手な慰め一つせず笑顔で迎えてくれることが嬉しかった。

「ただいま」

「ダークが帰って来たら夕餉にするから、なるべく居てね」

「あれ、まだ帰って来てないの?」

「みたいね、どうせまた何所か寄っているんでしょう」

 ラナは気にした様子もなく、台所に戻って行った。その後ろ姿を見ながら、申し訳なく思う。アリスの中途半端な扱いを物ともせず、一人の娘として育ててくれたラナ・シリア。以前は召喚師だったがアリスがこの町に来た時に、もう召喚師として立つことを辞めた。その裏に何があったのか詳しいことはわからない。だがアリスを育てるために召喚師を辞めたことは事実だ。優秀だったラナはその先に大きな可能性を、偉くなれる可能性を持っていただろうに。


 そんなことを考えているとさらに憂鬱になって来て、風に当たりたくなり庭に出る。今日もアスルの町は綺麗だ。田舎ではあるが召喚師の町として一応栄えてはいる。旅人や法術師に召喚師は貧しいと思われない程度には。

「随分と不幸そうな顔してんな」

 突如声が降って来たかと思うと、庭の柵に座っている者が一人。

「ダーク、庭から入るなといつも云われているでしょう。いったいいつになったら覚えるつもり?」

「覚えてはいても守る気は今になってもないな」

 かわいくない答えをしたダークは軽やかにラナの家の敷地に入る。すらりと高い身長に引き締まった身体。無造作に伸ばされた髪は真っ黒だが艶やかで、アリスを見る楝色の瞳と良く合っている。綺麗な顔をした見習い召喚師ダーク・クウォルトは、エリーラと一緒に居ると一層映えるだろう。


 だがそれは、あくまで見た目だけだ。


「試験で居眠りとは、ルヴァガ様はやることが違うな」

 アリスは黙り込んだ。傷口に塩を塗り込み、水攻めにされた気分である。ダークはそういう男だった。何事にも現実的で無意味な慰めをしない。だからほぼ遊びで来ている学生とは、そりが合わない。ほとんど孤高の一人ぼっちを保っているのだが、それは詰まるところアリスの為なのだろう。

 ──俺にはアリスが居る。アリスには俺が居る。だから他に、何も要らないだろう。

 友人のできないアリスに、ダークはよくそう語ってくれた。他の誰とも群れを作らないのはアリスの為であり、アリスを唯一守ってくれる。だがそれを追求すると、彼はそれをのらりくらりと云い訳して逃げる。だからアリスも、ずっとずっと長いこと、それに甘えてしまっている。

「次の召喚師試験は受けるのか?」

「当たり前でしょう」

「そっか、がんばれよ」

 そう云って気まずそうに笑う態度を見て、アリスは瞬時に悟った。

「ダーク、召喚師になったの?」

「まあな」

「おめでとう、凄いじゃない!」

「ありがとう」

 ダークはそう云うが、少しだけ居心地が悪そうだった。あまりその話はしたくないとでも云いたげだったが、アリスには気になる。今後この家はラナと二人暮らしになるのだろう、そう思うとやはり淋しい。

「そっか、やっとだね!」

「そんなに喜ぶことでもないだろ、そうとんとん話が進むわけじゃない」

「そうだけど、でも……」

「それに召喚師にはなったが、しばらくは使わない力だ」

「どういうこと?」

「気になることがいろいろあるんだよ」

 ダークはそこで笑って云う。

「安心しろよ、天下のルヴァガ様が召喚師になるまでここに居てやるから」

「もしかして気を遣ってるつもり? そんなのやめてよね」

「そういうわけじゃない。ちょっとやりたいことがあってな、そのために少しの間はアスルに居る。時期が来たら王宮に行く。 今、王宮はいろいろごたごたしているから、行ってもどうしようもないし」

「……ああ」

 この国は空位が続いている。もう2年半ぐらい経つだろうか。ガーニシシャル国王陛下が亡くなり、順通りウォルエイリレン王太子殿下が王位を継ぐはずだった。しかし戴冠式の日、王太子殿下は行方不明になり、未だ帰って来ていない。王太子殿下を待ってアリカラーナとするか、それとも新たにアリカラーナを立ててしまうかで、王宮内は混沌としている、らしい。ルウラ・ルアからのお言葉を通してだから、詳しくは知らない。そのルウラ・ルアさえも、殿下が行方を暗ましてから、召喚師の前に姿を現さない。アスルの代表であるルカナンは、陛下が亡くなられ期待の殿下にも行方を暗まされてルウラ・ルアはショックを受けているのだと云っていたが、本当のところどうなのかはわからない。ルカナンですら面会できない状態にあるそうだ。


「それまでにだから」

 とダークは話の筋を戻す。

「召喚師になる訓練をしておけってこと」

「どういうこと?」

「おまえ、もしかして、忘れてるのか?」

 ダークの云っている意味は、相変わらずよくわからない。彼は召喚師になって王宮へ行くはずだった。幼い頃に約束をした。ラナさんのために召喚師になる、そんな約束だ。ダークはあの人に会う為に王宮へ行き、アリスはラナさんを助けて生きて行く。兄妹でラナさんを守ろう、という幼いながらの決意である。だからその為にアリスは練習に励んでいた。だがダークは召喚師になったのに、王宮へ行かないと云う。

「召喚師になることだったら、今さら当たり前だよ。絶対なるからね」

「おまえは本当に変わらないな。そんなことじゃないよ、まったく」

「じゃあ何よ」

「それは追々、ラナさんから聞いてくれ。まあ許しが出ればの話だが」

「なあに、二人で秘密にしているの? ずるいよ、教えてよ」

「おまえのことだから、すぐに知れるよ。だから次の試験では必ず召喚師になれよ」

 どういうこと、と云おうとしたところで、

「ダーク! まーた庭から帰って来て! あんたの所為でごはん冷めちゃったらどうするの」

 ひょっこりと顔を覗かせたラナに、やあやあとダ-クは手を挙げる。

「ただいまー、今夜の主役が帰ったよ。冷めた夕餉で盛大に祝ってくれ」

「何を云ってるの、あの実力で散々騒がせておいて認定試験に落ちたらそれこそ嗤いものよ。貴方が受かるのは当然のこと。それより、次は玄関から入らないともう家に入れないわよ。アリスも、幾ら暖かいからと云っても風邪ひくわ。夕餉にするから、早く来なさい」

 ラナに急き立てられるようにして、二人は夕餉の席についた。召喚師の町アスル・ハヅキ地区での、小さいが当たり前の、日常のひとこまだった。


・・・・・


 どんどんどん、と優しさの欠片もない音で目が覚めた。何事かと思って部屋の戸を少し開けると、それと同時にラナの金切り声が聞こえた。

「いったいどういうことなの!」

「どうもしない、これは法司長の命である」

「ルウラ・ルアの権限を使わない限り、ここは立ち入り禁止よ」

「だが相手は重罪人だ」

「アリスが何をしたって云うの」

「ほう、何かしたと認めるか。まだ我々は疑っているだけ故、彼女から詳しく話を聞きたいと思って参った次第だ。──わかっているなら連れて行こう」

 私? と思う間もなく、ぐっと後ろから手を引かれた。

「ダー……!」

「静かにしろ」

 ダークはいつになく冷ややかに云うと、少しだけ空いていた戸を慎重に閉めた。ダークの部屋はアリスの隣で、玄関に行くのと別の戸で繋がっている。そんな些細なことが、アリスには今、とても心強かった。

「……何が起こってるの?」

「俺にも詳しいことは。ただおまえが王宮に引っ立てられることは間違いないらしい」

「どういうこと……? 全然、意味がわからないんだけど」

「相手は魔法使いだ」

 魔法使い、その響きにどくんとする。

 ──大人しくケーリーンに引き渡すべきだったかもな。

 そう云ったのはレールだ。まさか本当にそんな話になったのか。魔法使いに引き渡されるのだ、今まで召喚師で染まっていたアリスはどういう扱いになるのだろうか。


「ルアとの連絡が付かないのは事実らしい、どうしようもない」

「でも私が何をしたの? 今さら魔法使いに行ったところで何もできない」

「わかってる。これが突然の、かなり理不尽な訪問だってことは。だから逃げるしかない」

「だけどこんなに囲まれてたら……!」

「大丈夫だ、アリス。おまえならできる。俺が少し気を紛らわすから、おまえは俺の召喚した物霊で逃げるんだ」

「逃げるって、何所に……」

「取り敢えず北に行け、間違ってもケーリーンには行くな。後で必ず、迎えに行く」

 ダークは驚くぐらいに真剣で冷静だ。しかしアリスは、唐突過ぎる現状に付いて行けなかった。どうして突然、田舎アスルの落ちこぼれ見習い召喚師が王宮に行かなければならないのか。どうして罪人なのか、いったい自分が何をやらかしたのか。何も、何もしていないのに。

「呆然としたいのはやまやまだが、あんまり時間はないぞ」

 ダークに促されるまま、アリスは動いた。自分で何をしたのかもあまり覚えてはいないが、ふわっと身体が浮き上がったような感覚は、きっとダークが召喚した物霊に乗ったためだろう。

「ダーク……」

「そんな顔をするなよ。俺たちにすれば長いが、たった少しのお別れだ」

 よくよく考えれば、アリスはダークと離れたことがなかった。ラナと住み始めて一年後に彼がやって来た。その頃アリスは4歳だった。幼い頃の記憶など曖昧だが、突然無愛想で無口な男の子が同じ家で暮らすことに、少々戸惑ったのは覚えている。次第に打ち明けてくれて、今では本当に頼れる親友、いや、「家族」だと思う。

 家族を知らないアリスが云うのもおかしな気がするが、ダークは大切なそれだ。


「アリス、俺と、おまえの約束だ。必ず、迎えに行く」

 ──約束は確実な未来への信頼だ。

 昔からダークは、幼いくせにその言葉を繰り返していた。彼の母が教えてくれた、約束を違えてはならないという教えを、彼はずっとアリスに云い聞かせた。


「ありがとう、ダーク。どんなに辛くても逃げるよ、また戻って来るから」

 逃げる方法はただ一つ、正面から突っ切るしかない。窓から大群の居るところへ、門に向かってアリスは一直線に走った。


 なんだあれは、捕まえろ、捕まえた者には金貨十枚、いや、百枚だ。


 周囲がわあわあと騒ぐのが聞こえる。学校の教師も生徒も、その混乱の中で、アリスを助けようと云う人は、誰一人居なかった。それがまた現実を突きつけられて辛い。アリスの後ろから騎兵が追って来るが、その度に獣霊が飛び出て邪魔をしている。ダークががんばってくれているのだ。幾ら優秀なダークとは云え、これだけの召喚をしていたら気力が持たないのではないだろうか。


(ラナさん……)

 もう一人の可能性に行き当たって、アリスは後ろを振り返る。16年間過ごした家はもう小さくてよく見えないほど遠かった。



 絶対に、戻って来る。アリスは深く、決意した。


 ガシャンっと音がして、アスルの町の門は、閉められた。


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