第29話:賢き彼女の愚かな選択
「聖天」
小さく呟いてふっと力を抜いた。すると今まで周囲に居たものたちが、まるで幻想だったかのようにすっと姿を消して行く。この瞬間がずっと嫌いだった。周りから誰も居なくなる感じが、突然消えてしまう感じが。どうせ居なくなってしまうのなら、もっと賑やかに居なくなって欲しい。
「良いだろう、エリーラ・マグレーン」
とりとめもないことを考えていると、目の前で相変わらず教官は厳しい声で云った。エリーラとしては駄目元でやったことだったのに、こんな簡単にもらえると思わなかった。思わずいつもなら絶対訊くことのない、下らないことを云ってしまう。
「本当ですか」
「ああ」
シュケンド・レール教官は憮然とした表情のまま頷く。当たり前だろうとか、嘘を吐いてどうするとか、いつもみたいにもう少しかわいげのない答えを選んでくれるなら、少しはとっかかりがあるというのに。今日が一段と厳しいのは試験だからなのだろうか、今日のレ-ルにはまったくそういったところがない。まるでそれを避けるかのように、必要なことだけを冷淡な口調で云う。
「エリーラ・マグレーン、これを持って召喚師承認とする」
その感情のまるでこもらない声が数倍嬉しく響いたのは、やはり予想外のことだからだろうか。思わず直すのを忘れていたて手を降ろして、
「ありがとうございます、ご指導の賜物です」
型通りの挨拶をし、頭を下げる。
もう一月ほど前に、そう云って同じ時期に入った学友たちは卒業して行った。
エリーラが承認試験を受けなかったのは、彼女を知っている人からすれば、まったくの手落ちとしか思えないだろう。次の承認試験は3年後。3年もすればエリーラは既に23歳。婚期も試験も逃した行き遅れだ。アリカラーナ女性の婚期は早くて13歳、適齢期が15歳、遅くても最低で20歳である。男性がなぜ30歳近くなっても何も云われないのかはわからないが、おそらく女性には早く結婚し子を生してもらいたいというのが国的なことだろう。
さっさと何所かの貴族専門の召喚師になってお偉いさんと結婚する。
それこそがエリーラの目的だ。下らないと鼻で笑う人も居るが、エリーラにとっては普通の幸せを手に入れることは重大だ。間違っても莫迦なことをして自滅した、両親のようにはなりたくない。
そんなエリーラが承認試験を逃したのは、友人アリス・ルヴァガの影響がある。彼女の幼馴染ダーク・クウォルトが承認試験に受かることは当然だと思っていたから、エリーラは大人しくその場を蹴った。アリスは残念ながら、優秀な召喚師ではない。落ちる可能性の方が高かった。何せ今まで一度だって召喚できたことがないのだ。友人のために人生設計を狂わせるなんて善人ぶったことを、エリーラはできない。
だがアリスのためだったら、してやっても良いという気になった。
ダークの居なくなった召喚師学校で、アリスが生きて行けるかどうかわからない。彼女が路頭に迷うようなことがあっては困る。こんなところで躓かれては困るのだ。彼女はだって、エリーラ・マグレーンが認める友人なのだから。
それが承認試験を逃した理由だが、それに追補することがあるとすれば、シュケンド・レール教官にそう頼まれたからである。
──アリス・ルヴァガを一人にするな。
レールに呼ばれた時はどうしようかと思ったものだ。エリーラは格段に優れた生徒でも、格別に落ちこぼれた生徒でもない。そのエリーラがこのアスル・ハヅキ地区最高級の教官に呼ばれれば、流石に何事かと思う。無論エリーラの性格からして驚くことはあれど緊張することはなかった。ただ面倒だとそのまんま思ったのだが、事は意外な方向に転がった。
「次の承認試験を受けないで欲しい」
きょとんとするしかなかった。その時エリーラは19歳。そろそろ貴族だったら婚期を逃すと痛い年頃である。もちろん試験は受けるつもりで居たし、アスルから出るつもりでもあった。
「その代わり、時が来たらいつでも承認試験を受けさせてやろう」
その言葉に乗せられたわけではなかった。ただ理由を尋ねた時、レールは少しの迷いもなく凛とした声で云い切った。
「アリス・ルヴァガを一人にしてはいけない」
「え?」
「彼女を一人にしてくれるな。──頼む」
アリスについてもダークについても、彼は何も云わなかった。詳細どころか、一言もだ。ただアリスを一人にするな、それだけだった。だから詳しい事情は聞かず、エリーラはそれを受け入れた。そしてその代わり、承認試験を受けた時、仕官先も融通してくれることを頼んだ。最上を用意してくれると約束してくれた上で、彼女はレールと誓約した。
聖職者の契約が特別な意味を持つ代わりに、召喚師の場合は誓約が重要な意味を持つ。それは誰かとの約束を守る時の、必ず守るという意志の証であったからだ。
頭を下げたエリーラにレールは頷いて、
「仕官先の相談はまた後日だ」
なんの感慨もなく彼は云い切る。ただの教師と生徒であるというように、なんの誓約もしなかったかのように。ただ季節外れな試験を終えた生徒と事務的な話をする。
「でも急いでくださいね、レール教官。──なるべく早めが良いですから」
「わかっている。──最速で翌々日だ、予定を空けておけ」
「はーい」
くすくすと笑いながら返事をすれば、レールは不愉快だとでも云うようにエリーラを見る。しかしエリーラにはすべてわかっているだけに、そんな仏頂面も怖く感じられない。そのことがまたつまらないのだろう、彼の顔はますます苦々しくなって行く。
「なんだ」
「レール教官、書簡の一つぐらい受け入れますよ」
「何の話だ」
「知っていますよ、あたし。レール教官が誰よりもアリスを守ってくれていることを」
ずっと知っていた。
エリーラがアスルに来たのは8歳の時。その時既にアリスは、浮いた存在として扱われていた。何所の誰かわからないが、ひとまずはルヴァガの子ども。それが理由だと子ども心にわかったことだったが、アリスはそれでも堂々としていた。そしていつも一緒に居るダークが、とても幸せそうにしている。そんな二人を見ていて、つい声をかけたくなった。元々召喚師に縁もゆかりもなかったエリーラに、ルヴァガの名は重たくなかった。
そしてすぐに悟った。彼女は守られていると。
家では養母ラナ、町中では幼馴染ダーク、学校では教官レール。彼女の周りにはいつだって、守ってくれる人が存在するのだ。その環境を羨ましく思ったわけではない。その代わり彼女には、通常の友人関係が成り立たなかった。だからエリーラがその友人関係を築けたら良い、そう思った。
しかしエリーラが微笑んで云うのに対して、
「──私に、そんな権利はない」
レールはいささか、淋しそうに云った。
・・・・・
「こんにちは」
ダーク・クウォルトは戸を開けた途端、開けるべきではなかったと後悔した。もしかしたらもしかするかもしれないと期待を込めて開けたのだが、そこに居たのは別の女性で似ても似つかない。溜め息を吐いてそのまま戸を閉めようとしたが、ちょっとちょっとと、彼女は慌てて足を隙間に挟み込む。見た目はおしとやかな貴族風を装っていても、こういうところで育ちが出るなと妙な感心をした。
「ラナさんなら居ない」
「あれ、何所へお出かけ?」
さあとダークは首を傾げる。ラナとは腹を割って話して以来、あまり干渉し合わないことにした。そして学校を卒業してからは、目の前の女性エリーラ・マグレーンとは一度も会っていない。何度か彼女がここを訪ねたようだが、元気のないラナの話し相手になったりしただけで、ダークの顔を覗くことはなかった、と思う。ダークが逃げていただけとも云えるが、そこらはあまり気にしないことにした。
しかしエリーラはそこでにっこりと笑って、まあ良かったと微笑んだ。
「ダーク、あんたにずっと話をしたかったのに、居ないんだもの」
案の定、そんな切り返しが来る。馴れ合いをした覚えはない。アリスが認めた友人だから、ダークもそれきりあまり気にしないことにした。だからと云ってダークの周囲をうろつかれるのは邪魔くさい。思い切り顔を顰めてみせると、エリーラも眉を顰める。
「あー本当、嫌な奴ね。顔立ちが良い奴がそんな顔をしても、かっこ良くしか見えないわ」
「俺に云うな、親に云え」
「その親とやらは何所に居るのかしら、会いたいものだわ」
「さぁな。おまえの親と違って、行方が知れないままだ」
人のことを云えたものかと思いながら、ついつい云い返してしまう。そのことが意外だったのか、エリーラもきょとんとしている。思わず舌打ちが出そうになった。云わずに済むことならわざわざ教えてやる必要もなかった。
しかしエリーラは、平気でしてやったりとにやにやする。
「へえ、ふうん、そう、そうなのね……」
「云いたいことがあるのなら、はっきり云え。気色悪い」
「意外に素直なところあるのね。それとも手堅い門を解いたって自惚れて良いのかしら」
「勝手に自惚れたり落ち込んだりしていろ、俺には関係がない」
とにかく顔のことをとやかく云われるのは不快だ。両親のことは嫌っていないが、血筋はただただ面倒くさい。幼い頃の話だから詳しいことは覚えていない。ただ誰かに顔つきが似ていると云われたことがあり、幼いながらにショックが大きかったものだ。絶対に、ああはならない。ダークはそう決めている。
釣れない態度も慣れたのか、ふわりと笑ったエリーラは、
「私エリーラ・マグレーンはこの度召喚師となりました」
突然そんなことを云う。
「──は?」
「もう、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでくれる?」
「承認試験は終わったばかりだ、次は3年後だぞ」
「残念でした。──あたしがただの落ちこぼれだと思ったら大間違いよ」
落ちこぼれだとは思っていないが、優秀だとも思っていない。しかし突っ込むべきところはそこではなく、彼女がどうして承認試験後に試験を受けられたのかだ。ミナヅキ地区などの都会の召喚師学校であれば、承認試験試験は3箇月に一度、半年に1度など、細かいクールで行なわれているが、ハヅキ地区は別だ。遠方から承認召喚師を呼ぶ手間がある所為で、承認試験を受ける人数が100人に満たなければ、3年ぶりの試験でも中止になることだってある。
しかしエリーラは説明するつもりもないようで、にこにこと笑ったまま続ける。
「と、云うわけで、あたしに何か託したいものがあれば、なんでも云ってよ」
「なんの話だ」
「だーかーらー、アリスに何か伝えたいこと、ある?」
「……は?」
「あれば伝えてあげるわよ、特別無料奉仕ってところね」
「何を云っているんだ、おまえは。さっきから話が読めない」
いきなり訪ねて来てはさっきからまったく脈絡がない。するとエリーラはすっと笑顔を消し去り、ダークをきっと睨みつけた。
「あんたが家に居ないのが悪いわよ。あたしはちゃんと説明しに来たのに、あんたが居ないから一遍に説明しないといけなくなったのよ」
わざと避けていたわけではなかったが、アリスを知る人と話したくなかったのも事実だ。ここ最近、数日抜け出してはたまに帰りラナに挨拶をするぐらいで、ダークは家に留まってはいなかった。あの、ラナと話した夜以来である。隣町まで行って雇われ仕事し、金を少し稼いでは半分貯金、半分ラナ用に取っておいた。アリスを探す資金源だ。今のところ、ダークの目的はそれだった。アリスはお尋ね者になってしまったから、潔白が証明されるまで王宮に登用なんて無理だ。待っていたらいつまでも時間がかかってしまう。本当ならアリスが覚えていない約束だ、勝手に仕官しても良かったが、アリスのためならもう仕官先なんて何所でも良い。両親のことだって、諦められる──。
同じくアリスを思うものとして身勝手だったことは否めない。ラナとダークで話が済んでいても、エリーラには何も話していなかった。
「悪い」
分が悪くなって謝ると、一瞬間ほどエリーラは驚いたようだったが、すぐにまたあの嘘くさい笑みを浮かべて恭しく頭を下げた。
「あたしはレール教官と取引をして、召喚師になりました。だから仕官ついでにアリスを探しに行くのよ」
ふざけていないとは思いたいが、ふざけているとしか思えない。思わずじろじろとその妙に綺麗な顔を見てしまうが、その顔とは対象的に、彼女自身は剣呑な雰囲気を漂わせている。
「なあに、その顔は。良い顔しているんだから、たまにはアリス以外の人の前で、笑顔の一つでも作ったらどう?」
「おまえの話がさっきから脈絡がなさ過ぎるから……」
ダークはそこではたと止まる。
「レール……、レールって、あのシュケンド・レールが?」
「そうよ、何かおかしい?」
おかしいなんてものではない。シュケンド・レールは数年前、アリスをことごとく潰しに来た法術師の一派だ。厳しい鬼教官のふりをして、裏でいったいどんな悪事に手を染めているかと思うと憎くて仕方がない。何よりアリスから自信をなくさせたのは彼なのだ。その彼が、どの面下げてアリスを助けるのだ?
ダークは本能的に、腕に残った傷を触る。むろんエリーラには見えない。幼少の頃に、まだアスルに来る前にできた傷だ。ずっと隠して生きて来た。それを日の出にさらされたダークの悔しさがどれだけだったか、アリスがどれだけ怒ってくれたか、考えるだけで腸が煮えくり返る思いだ。それを嘲笑って捨てたのはレールで、以来アリスもダークも、レールを法術師からの監視だと思って見て来た。それはラナも同じだ。しかし今はラナを頼ることもできず、また頼りたくもない。できれば自分自身で解決したいことだった。
またあの時みたいに、無様にやられたままでは居たくない。だからあれから、必死に勉強をした。法術師に負けない召喚師になって、アリスをあんな目に遭わせた連中をすべて葬り去ってやる。
「そんなに信頼ないかしら、レール教官って」
不思議そうに云うエリーラが逆に羨ましい。あの時まではダークだって厳しいレールを尊敬していた。稀代の召喚師と褒めそやされていたダークを特別視することもなく、ただ淡々と講義を進める彼には好感が持てた。
だが彼は、突然に来た法術師と共にアリスとダークを傷付けた。
「当たり前だろう。誰の所為でアリスがああなったと思っているんだ」
「え?」
「……聞いていないなら良い」
アリスが話していないのなら、話すべきことでもない。その時既にエリーラは居たはずだが、知らないのならわざわざ話すことではない。あれからアリスは人を利用することを覚えた。だからレールも利用してやるつもりだった。だがアリスは召喚師の力に目覚めることもなく、なぜかダークの前から居なくなってしまった。
考え込んでしまったダークを本題に引き戻すように、エリーラは声を高らかにして続ける。
「あたしの夢は何所かの貴族に雇ってもらって、お偉いさんと結婚すること。それに変わりはないわ。お偉いさんと結婚すれば、めでたくアリスも探せるかなって。きっとお偉いさんは力を貸してくれるもの」
にっこりと笑うエリーラは貴族そのものに見えるが、逆に妖艶さが浮き彫りになって含みがあるとも感じられる。
「アリスを守ってるのは自分だけだと思ったら大間違いよ。あたしの両親みたいに莫迦なことして捕まって死ぬのならまだしも、あの莫迦正直な娘が何もしていないのに追い回されていることには、腹が立つったらないわ。幾ら天下の魔法使いと云えども、召喚師からしたらまだまだ暗いところを残しているのよ。まったく甘く見られているだけじゃあ堪らないわ。こっちだって臨戦してやろうじゃないの」
「だからって、無意味な行動をするなよ」
「わかってる。云ってるでしょう、あたしの目的は変わらない。ただちょっと、そこにアリスというのが割り込んだだけで」
にっこりと笑う。邪気のない笑みなのに、どうして黒いところがたまに浮かぶのだろう。それは彼女の両親によるものなのか性格によるものなのか、ダークにはわからない。止める義理はないし止めるつもりもない。そもそも止めたところで、あっそうと云って結局突っ走ってしまうだろう。ならば放って置いた方が良い。
「エリーラ」
「なぁに?」
「──気をつけて」
「どうしちゃったの、あんたがアリス以外を心配するなんて」
笑おうとしていたが、どうやら本当に驚いたらしい。最終的には不思議そうにじっとダークを見つめてくる。なんだか分が悪くなったようで、気まずくなり思わず視線を逸らす。
「おまえが死んだら、アリスが悲しむ。それだけだ」
「わかったわよーだ、精いっぱい生き延びてみせるわよー」
ふざけた調子で云うが、何所となく嬉しそうな響きを残している。それがまた、恥ずかしい。こんな気分になるのは、随分と久しぶりだ。ラナとアリス以外の人と話して、不快ではない気分になるのは、本当に久方ぶりだった。
そっぽを向いているダークに、エリーラはまだくすくすと笑って追い打ちをかけるかのように云う。
「それにしても、元気そうで安心したわ」
「──落ち込んでいるように見えるか」
「見える」
即答されて、逆に黙るしかなくなった。
「強がったって恰好ついてないから、あんた」
「別にそんな……」
「あのダーク・クウォルトが、よ。──ってあんた自身は知らないだろうけど、美男子で成績も良い真面目な好青年ね。女の子は放っておかない、固有名詞だけで大人気なあんたが、よ。試験に受かって置きながら不定のまま、ほとんど家に居ないであちこちふらふらしているんだから、結構な噂になっているわ」
人から自分がどんな風に見られているかなど興味がなかったし、そんな勝手な理想像を語られても困るのだが、目の前に居る彼女はそれが虚像だということを知っている。
「シェイドやリンちゃんも心配してたしねー」
「あいつら、まだ働いていなかったのか……」
少し前にアスルを出て行った風変わりな級友たちの名を出され少し心動かされる。そんなダークにエリーラはくすりと笑った。
「アリスもアリスだけど、あんたもあんたね。 ──少しは好かれている自覚を持った方が良いんじゃないの」
敢えて反論もできずに黙ったままで居ると、
「ひとつだけ、不可思議だから訊いておくわ。答えなくても良いから」
答えなくても良いなら訊く必要もないのではないだろうかと思ったが、そう口を挟むのを許さないかのように、エリーラはすぐに続ける。
「なんで今回の試験を受けたの?」
「え?」
「あんたなら何もこの年齢まで待たなくたって3年前でも充分に受けられたじゃない。ミナヅキ地区に行けば好きな時に召喚師になれたわ」
アリスに合わせたと云っておけば納得もできるし簡単な答えだろう。だがダークは、やはりその少し嘘の混じった答えで誤魔化せなかった。なぜ3年前に受けなかったかなんて、エリーラに説明できるはずもない。アリカラーナが崩御し王宮への登用が難しくなったから見送った。言葉にするとただそれだけのことだが、ダークが王宮を目指していることを、アリス以外に知られたくなかった。王宮、貴族、そんなダークが一番嫌いなもののところに仕官することを望んでいるなんて、たぶんアスルを出て行った級友も含め信じないだろう。望んでいるというと軽い、むしろそれだけを考えて生きて来たことを、誰にも知られたくない。そんなものにすがっていたということを、アリス以外には知られたくなかった。ダークの実力を買って王宮登用の試験を進めてくれた教官さえ突っぱねたぐらい、ダークは王宮も貴族も厭った。
ただ今は、それ以上にアリスのことだけしか考えられていない。今までは召喚師で偉くなって王宮に仕官する、ただそれだけだったのに、すでにダークが王宮を目指す理由よりもアリスの存在が上回っている。
どう答えようか、いやそもそも答えなくて良いんだったと思い出して、ダークは思考を停止させた。何を考えているのかわからないエリーラは、答えていないというのに満足そうだ。
「大丈夫よ、アリスはちゃんと、無事に連れ戻すわ」
やや自信たっぷりの調子で云ったかと思うと、
「ああ、でもあたしはあんたの味方ではないの。あくまでアリスの味方よ。だからもちろん戻すのは、あの娘の望む場所に、ね」
そう云って笑うエリーラ・マグレーンは、今までで一番、良い顔をしていた。