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Hollow Altar online  作者: 774のもち
第一章
1/28

01・脳筋

楽しんで読んでもらえると幸いです。

設定が多めです。

「風が吹きすさぶ谷」、そのエリアは昼夜を問わずいつも風が吹き抜けていることから名づけられたそうだ。


 強い風にあおられているその谷には小道が壁から突き出るように存在し、片方はむき出しになった地層が見える壁、もう片方は断崖絶壁となっている。二メートルくらいの道幅は人が通れるぐらいしか想定していないようで、整備などお世辞でもしてあるとは言えない。崖下は目をすぼめても底が見えないほど深く暗く、まさに奈落と呼ぶのが相応しいだろう。それとは対照的に空は秋空のように晴れ渡っており、高く上った太陽の光がその谷にも届いている。


 そんな、風が通り抜ける音しかしない場所で剣戟は交わされていた。


 身の丈ほどある大剣を振るい、無骨な鎧を纏う男がスケルトンと呼ばれる骸骨に向かって大剣を突き出すようにして攻撃を繰り出す。黒い髪に白髪がチラリと見えた頭はオールバックで額に少し汗をかいているようだ。


 小盾を構えたスケルトンは大剣を受け止め、大きくノックバックするだけであまりダメージを受けていない様子。だが、その確かな隙に栗色の髪をした少女が飛び込んだ。そして、かなり大き目のスイカほどもある物体をくくりつけたハンマーを下から上へ振り上げた。少し垂れ目で整った顔立ちだが、それゆえに手に持った得物とのギャップはすさまじい。


 そして、大剣を持つ男とハンマーを持つ少女の間を縫うようにして大槍が姿を現す。少し短めで黒髪の少年からハルバードをさらに大きくしたような大槍の一突きが放たれ、皮と金属でできた防具が攻撃に合わせてジャラリと響いた。


 その突きはスケルトンの頭に直撃し頭蓋骨が吹き飛ぶが、本体は何事も無かったかのようにハンマーを持つ少女に向かって片手剣を振り下ろそうとしている。


 「しぶといわ!」


 そう言って大剣を持つ男は片手剣を振り上げるその骨の胴体に対し左からの横なぎをお見舞いする。完全に吹き飛ばされたスケルトンの胴体はそのまま崖下へと落ちていった。


 しかし、その間に落ちていったスケルトンの補助に入ってきた別のスケルトンが大剣を持った男に片手剣で袈裟切りを繰り出す。その攻撃をもろに食らってしまう大剣の男だが、肉を切らせて骨を絶つかのように何食わぬ顔で返す刃の右なぎを繰り出した。


 ――もらった!


 大剣の男はそんな表情を見せる。だが、彼はさらに後ろから出てきたもう一体のスケルトンに小盾で横なぎを上へ見事に受け流された。それはパリィと呼ばれる行動だった。


 システムにより強制仰け反りモーションをとらされ、大剣の男は隙をさらした。彼は嘘だろとでも言わんばかりの表情を浮かべた。だが、袈裟切りをしてきたスケルトンからもう一発攻撃を受けそうになるその瞬間に、大槍を持った少年が「危ない!」と叫んで大剣の男とスケルトンの間に入り込んだ。そして、攻撃を右手の中盾で受け止めた。


 「おじさん! やたらと振り回さないで! またパリィ取られるぞ!」


 大槍を持つ少年が大剣を持つ男に対して怒鳴った。


 「すまん、すまん、助かったぞ」


 「キーンさん大丈夫ですか?」


 ハンマーを持つ少女が盾を構えながら尋ねた。


 キーンはそう言って盾を構えながら後ろへ下がり石ころのようなアイテムを取り出し、手のひらで砕いた。小さな輝石はこのゲームでもっともポピュラーな回復手段であるため惜しむようなものではない。彼も何食わぬ顔をしている。


 「ナオ! 俺が右の奴の盾を崩すから、追撃お願い」


 「分かった、ハルト君よろしく」


 ハルトと呼ばれる少年は大槍を左手に装備していた中盾を背中へと背負い大槍を両手持ちした。そして、ハルトから向かって右側の、小盾を構えじりじりと詰め寄ってくるスケルトンに向かってダッシュし右足で小盾を蹴飛ばした。そして、間髪いれずに大槍を振り上げておいた大槍を地面に叩きつけるように振り下ろした。


 それを先ほどと同じように受け止めたスケルトンは受け止めた反動で小盾を下に持っていかれ、大きく暗い眼窩を覗かせる頭部ががら空きになった。


 その隙を見逃さなずに、ナオがその頭部へとハンマーを振り下ろした。


 グキィッという音が響き渡ると、スケルトンの頭部はもちろんのことその下の胴体まで粉々になり完全に動かなくなった。


 もう一体いたスケルトンがハルトのがら空きの胴体に横なぎを入れようと武器を構えていた。しかし、それは後ろから割って入ったキーンによって大盾で受け止められた。


 俺を忘れるなよとでも言いたそうな表情を浮かべながら、小さな子供ほどある大きな大盾で体当たりをし、スケルトンの小盾を右腕の骨ごと吹き飛ばした。


 その隙を見逃さずにハルトとナオが追撃し何とかスケルトンを全滅させるが、そのまま三人は武器を構え走り出し始めた。三人の視線の先には何やら怪しげな動作をしている人物がいる。ぼろぼろの赤茶けたローブを着て、干からびたような肌に赤茶けたを顔だけ露出させた変人。もとい呪術師と呼ばれる敵がそこにいた。


 「ハルト、早くモーションを邪魔しろ! スケルトンを復活させられると面倒だ。ナオ、そっちは退路をふさげ!」


 「分かってる!」


 「分かりました!」


彼らがここまで躍起になっているのには理由がある。今倒したスケルトンはこの呪術師が操っているのだが、実はスケルトンをいくら粉々にしてもこの呪術師を倒さない限り延々と復活させられてしまうのだ。


 壁となるスケルトンを倒して呪術師を倒そうとしても、呪術師は逃げに徹し続けているため、距離を詰めるその間にスケルトンを復活させられてしまい、また壁となって立ちはだかる。その繰り返しだ。同じ事を三度繰り返している彼らにとってそれは辟易としたものだった。少なくとも気分が良いものではない。


 重装備をしているキーンより軽そうな装備をしている二人は呪術師の元に駆けつけ、ハルトはそのまま突きを、ナオは横を駆け抜けて退路をふさぐように動く。


 しかし、ハルトの突きは呪術師の回避により避けられ、想像以上の回避距離にナオの妨害が間に合わない。


 「くそっ、こういう時装備が重いってのはほんとに嫌になるぜ」


 このパーティーで壁役を担っているキーンはその重い装備ゆえに先に行った二人ほど早く移動することができず、イラつく声と鎧が軋む音を出しながら二人の背中を追っていた。


 その間にもハルトとナオは攻撃を繰り返すが、道の狭さゆえ振り回しにくい大槍と攻撃範囲に難ありのハンマーでは身軽な呪術師に攻撃が当たらない。ひょいひょいかわしてくる呪術師に二人は少しずつ鬱陶しさを隠しきれなくなり始めていた。


 スケルトンを復活させるためのモーションは呪術師の回避行動自体のせいで阻止できているが、それでも尚しぶとく逃げ延びようとしている。早く戦闘を終わらせたい三人からすると厄介極まりない。


 呪術師が逃げている道は三人から見てやや上り坂となっており、回避するたびにわざわざこちらへ振り向いてくる呪術師はまるでこちらを見下しているかのようで非常に憎たらしい。


 「ちょこまか動きやがって! 当たれっ!」


 「もう、逃げないでよっ」


 ハルトとナオは叫びながら突きと振り下ろし攻撃を繰り出すが、そんな叫びを呪術師はあざ笑うかのように軽快なバックステップでもって巧みにかわした。


 だがしかし、ここで三つ呪術師に誤算が起きた。


 それは、この道が上り坂であったこと。前方をしっかりと見ていなかったこと。そして、ハルトが突き出した大槍のリーチが思いのほか長かったことだ。


 回避直後、呪術師は消えた。


 いや、突然左へと折れ曲がっていた道のせいで呪術師は崖の外へと自ら身を投げ出すことになったのだ。当然ながらその下には足場など無く、驚く表情を見せぬまま崖下へと落ちていった呪術師の生死など言うまでもない。


 ハルトとナオは突然消えた呪術師に驚きながらもすぐさまその理由を知ると、何とも言えない感情が湧き出たのかすごく達観した表情をし、


 「長く苦しい戦いだった……」


 「わたし、なんだか凄く複雑な気持ちです……」


 と言って呪術師が落ちていったところまで歩いていき、崖下を眺めていた。するとそこへキーンが追いつくと、「どうだ、やったか」と尋ねた。しかし二人の反応が乏しかったことと呪術師の死体がないことから自体を察し、


 「あ……自分から落ちていったんだな……」


 と悲しそうに言った。だがキーンは手を口に持っていき、吹き出しそうになっている口元を必死に抑えていた。




 呪術師を倒し(?)終えた三人はお昼が近いと言うことで、少し先にある少し開けた場所で昼食をとっていた。各々メニューを開くため、自らの視界の中心に右手の人差し指と中指を持っていき空間をタップした。すると、薄い青色小窓がそこに広がった。それはプレイヤーなら誰もが利用できるメニューであり、装備やアイテムなどを自由に取り出すことができる便利システムだった。


 「んじゃ、飯食う前に回収したホロウの集計するか。まぁ、敵の数自体は少なかったからそんなもらえていないがな」


 キーンはそう言ってメニューの右下に表示されている数字に目を向ける。


 ホロウとはこのゲームにおける経験値のようなものである。エリアに出たプレイヤーは敵を倒すことでホロウを獲得し、拠点にある教会で規定値を捧げることによって自らの肉体を強化して各種ステータスを任意で上げることができる。簡単に言えばレベルアップだ。


 更にホロウはレベルアップだけではなくお金にもなる。そのため、ゲーム内での生活を充実させるには誰しも攻略に乗り出す必要があるのだ。今日の三人もその例に漏れず、攻略ついでにホロウも集めている。


 「うわ、四千ぽっちかよ……しょっぱいなぁ。ここ稼ぎ場としては使えないな」


 ハルトが心底残念そうな声でつぶやく。


 「俺も大体同じだな。足場悪いし、遠距離が無い俺らにとっては戦闘時間が長くなるし、効率悪いってのは仕方ない。まぁ、ここは崖の洞窟へのただの道でエリアボスがいないだけましだ」


 「でも、私は四千六百くらいもらいましたよ。前々から思ってましたけど、なんで微妙に差が出るんでしょうか?」


 ナオが不思議そうに二人に問いかける。


 「ん? もしかしてナオは検証ギルドの『計算機室』ってサイト知らないの?」


 ハルトはナオに答えるが、ナオはなにそれといった顔をしていて首をかしげているため、それならばと詳しく説明を始めた。


 「その『計算機室』ってサイトにはダメージ計算とか重量と回避距離の関係とかそういったゲームの仕様なんかをを詳しく掲載しているところで、大量の情報があるんだけど……あ~でもあそこ、計算式とかびっしり書いてあって数学苦手とか言う人は見る気が失せるかもなぁ」


 「あ、私数学得意なんですよ、ってあれ? なんでそんなに驚くんですか?」


 「あ、いや、なんか意外だったからと言うか。でも珍しいね。数学って結構苦手って人が多いのに胸張って数学得意って言う人はナオが初めてかも。あ~なんだか久しぶりに微積分に思い出すな」


 そんな風にハルトが記憶を掘り返しているとナオがそれにつられ、


「私も先生が『微分積分いい気分』って言ってたの思い出しました。誰も共感してませんでしたけどね」


 と口元に手を持ってきてくすっと笑う。この表情からは数学が嫌いであるという感じは微塵にも受け取れないのでハルトも納得がいった様子。


 「確かに、それを共感できる人はほとんどいないだろうね。って話が逸れたけど、そのサイトの情報だと確か、最後に止めを刺したプレイヤーには獲得ホロウが二十パーセント増えるだったかな。ここの敵はスケルトン系がほとんどだったから有効武器のハンマー持ってるナオが多く止め刺してたもんね」


 「はぁ、そうなんですか。だから微妙にバラけるんですね。戦ってるときはそういうの全く気にしなくなるので――」


 「おいおい、話は飯食いながらでもできるだろ。早く飯食おうぜ」


 二人の話が長くなりそうだったのを感じてかキーンが早く飯を食おうと促す。二人はすぐに応じ、拠点で売られている弁当をメニューから開きインベントリから取り出した。


 ゲーム内では飲食ということをしても、お腹が満たされる感覚になるだけで別に食べなくても死ぬようなことは無いと考えられている。しかし、何か物を食べないと食べなかった時間に応じて空腹感や喉の渇きに苛まれることとなってしまい、ひどい場合は本当に餓えと渇きに苦しむ。そのため、プレイヤーは三食きちっと食べる者がほとんどだ。


 しかし、三食しっかり食べたとしても、決して現実の体が満たされるわけではない。


 昼食を食べている時にナオは手元のお弁当を見てこういった。


 「ゲームの世界のご飯も美味しいですけど、現実の体はどうなってるんでしょうかね。ちゃんと栄養摂れてるんでしょうか?」


 そんなナオの疑問にハルトは答えた。


 「うーん、おそらくだけど、栄養が摂取できる施設にはいると思うよ。最初期のころにネット回線が一瞬だけ切れて復活するってのがあったから、その時に病院とかに搬送されてはいるはず」


 キーンもそれに呼応するように言った。


 「そうだな。少なくとも意識があるってことだから現実で命を落としたってことではないだろうな。テロなのか事故なのか知らんが『我思う、ゆえに我あり』ってデカルトの言葉があるくらいだ。安心はしていい。でも、俺たちはそれに関して何もできない。疑問に思ったところで栓無き事。深く考えたらドツボにはまるからあまり考えすぎないことだ」




 三人が昼食を食べ終えると、攻略ギルドに載っている次のエリアの情報やハルトが先ほど教えた検証ギルドのことについて調べるなど各々の時間を過ごしていた。するとぽっとキーンがつぶやく。


 「そういや、最近は攻略の速度が速いよなぁ。なんかあったのか?」


 「そうなんですか? まだ二人に追いつき始めたばかりで攻略速度とか最初期くらいしか知らないんですよね」


 ナオがキーンのつぶやきに反応して興味深そうに尋ねてくる。その反応を見てキーンはうーんとうなり、一瞬だが考えるような間を空けたが何事もなかったかのように話し始めた。


 「そうだなぁ。攻略が始まった頃はPV以外の情報はほとんど無かったし、何もかも手探り状態でそりゃひどかったな。そういった中で今の攻略ギルドの筆頭の連中がその少ない情報を少しずつかき集めていったもんだから、だいたい今の三分の一くらいじゃないか。だったよなハルト」


 首をハルトの方へ向けて、話を急にハルトへ振るキーンだが、話を聞いていたのかハルトはメニューを操作しながらもキーンの呼びかけに答える。


 「うん。そんなんだったと思うよ。情報が少なかった当時は雑魚戦一つ一つが貴重っていうか大変だったからね。確かゲーム内の格言の『生きて情報を持ち帰れ』はそのとき生まれたんだよな。このゲーム、雑魚敵でも相当攻撃力が高いからパーティー全滅して人知れず埋もれる情報がかなり多かったって言うし」


 ハルトはそう言うがそれには少し語弊があった。なぜなら「生きて」の部分が、全滅する前に一人でもいいから早く逃げのびろ、という意味だからだ。


 このゲームで死亡したとされるプレイヤーの数は拠点にある東墓地にある正方形の巨大な岩に記録されており、その数はおおよそ一万五千である。全プレイヤーがどの程度いるのか把握できていないものの、半年で一万五千というのは相当な数であると言えよう。


 では、なぜこれだけの死者が出たのか。多くのプレイヤーを死に至らしめた最たる原因。それは特殊なプレイ環境と敵の強さにあった。


 まず、このゲームはアクションMMORPGを銘打ってはいるが、パーティーを組む際には基本的に三人までしかパーティーを組むことができない。また、パーティーを結成しエリア攻略へ乗り出すと、パーティーメンバー以外のプレイヤーが周囲からいなくなり、そのパーティーへの干渉が一切できなくなるという変わったシステムが採用されている。MMOとは言うものの、それはプレイヤーが拠点にいるときだけなのだ。


 したがって、攻略の際に大勢のプレイヤーで一気に攻略し敵やボスを一気に片付けて終了、といったことができないようになっており、結果的に攻略時間が長くなるという特徴がある。加えて、攻略をするときはパーティーメンバーしか周りにいなくなるのでメンバーの腕次第で攻略時間に変化が出てきやすくなり、連携が重要と言われる。


 また、プレイヤーに立ちはだかる壁として出てくる敵の多くは単体でいることが少なく、三体から六体程度のまとまりでいることが多い。


 しかし、このゲームはプレイヤーが敵をバッサバッサと斬り捨てていくような無双ゲームとは程遠いものでありプレイヤーの技量が直接攻略に影響する。そして、敵もプレイヤーと同様にそれなりの防御力と攻撃力を保有しているため、序盤の敵であっても両手持ちの上段切りをまともに受ければ体力の半分近くは軽く持っていかれるのだ。


 そのような敵がある程度自律行動をし、集団戦を仕掛けてくる。それに加えプレイヤー側は基本的に三人までしかパーティーを組むことができず、数的に不利な状況におかれることが多くなってしまう。ソロプレイなどもっての外と言われ、周りを囲まれてしまうと防御に徹し敵の攻撃から抜け出さない限りほぼ助からない。


 これらのことが分かっていないゲームの開始時は多くのプレイヤーがエリア攻略の道中で命を落としていった。さらに、まともに攻略できていたプレイヤーは例外なく三人パーティーを組んでおり、そのほとんどがいわゆるゲーマーと呼ばれる人たちであった。彼らは高い難易度に苦戦を余儀なくされながらも戦力的にしっかり攻略をしていた人たちであったため帰還するのが遅れ、ゲーム開始時に情報があまり出回りにくかった。それゆえにゲーム開始から一ヶ月で八千もの死者が出てしまったのだ。


 それゆえに、なんとしてでも拠点へ戻ることが最優先とされるようになっていったのだ。


 ハルトは表情を変えることなくただ淡々と説明をする。


 「そうだな、先駆けで攻略して行った連中にはホント感謝だよ。そのおかげで今こうやって順調に攻略できるようになったんだからな」


 キーンはそう言ってインベントリから飲み物を取り出してそれを口に含み、


 「ま、攻略速度が上がるってのは誰にとっても良いってこと」


 と締めくくるように言った。


 「そうですね、攻略速度が上がるって事はそれだけ早く帰れるかもしれないって事ですもんね。なら、今のようにしてくれた人たちに感謝しないとですね」


 ナオは柔らかな笑みを浮かべてそのままハルトの方をくるっと振り向き、


 「確か次の攻略場所の『崖の洞窟』って暗くてここみたいに道が狭いんですよね? どんな風に攻略していくんですか?」


 と、キーンと同じように急に話を振った。


 ハルトは再び唐突に質問をされたので反応しきれずに、えっ? と言う声が出てしまった。ナオがこんな風に話を変えることに対し驚いたのだろう。それでもすぐに切り替え、説明を始めた。


 「それじゃ、次のエリアはナオが言った通り洞窟で、かなり暗い上に道がここと同じくらい狭い。だから松明を持って攻略することになる。だけど、松明の光があっても遠くまで見通せないから警戒は今以上にしておくように。それと、角を曲がる際は弓兵がいるから、頭に盾を持ってきてヘッドショットを受けないように要注意って感じかな。それ以外はこことほとんど一緒だね」


 攻略ギルドの情報を元に話しているようで、ハルトの視線はメニュー画面を行ったり来たりさせている。


 「はぁ、このゲームはホント暗い場所多いよな。ぶっちゃけ暗いのはあんまり好きじゃないけど、今んとこだとここ以外の道は見つかってないんだよな」


 キーンがうんざりするような口調でつぶやき、ハルトもそれに反応して答える。


 「まぁ、そこはおじさんに同意。だけど、俺たちのパーティーには結構おいしいアイテムあるからそれでとんとんって感じじゃない?」


 「確かにあの指輪の効果は凄いですよね。是非欲しいですよ」


 「そ、俺たち脳筋からすると、あれはとっておいて損は無いからね」


 このゲームにはスキルと言うものが存在しない。そもそもシステム的にそういったものが無いので、プレイヤーがどれだけ技の名前を叫ぼうとも何も出ないし、何も起きない。今までに出されてきたRPGのようにいろんなスキルを覚えそれを繰り出す、といったことができないため、派手なものを期待した人からはあまり好感を得られなかったものの、武器の扱いを覚え次第に上手くなっていき、敵を圧倒したときの達成感は多くの人を虜にした。だが、なかなか上手くいかない人たちのためにか、開発は一つの道を用意していた。それが魔術だ。自身の魔力を少し強化すれば使えるそれはプレイヤーたちに与えられた遠距離攻撃のひとつであり、必要なMPを消費して攻略に貢献をもたらしてくれるものだ。しかし、その使い勝手は決して救済措置といったものではなく、MPという枷がありながらも実戦的で効果的なものでもあった。


 しかしそれらを全く使わない、いや、全く使えない者がいる。キーン、ナオの二人はその全く使えない者にあたり、ハルトもひとつを除いて全く使えない。


 近接武器は敵に接近しその武器で攻撃を仕掛けるという非常にシンプルなものだ。特大武器となればその火力は他の追随を許さない。だが、シンプルすぎるがゆえに奥が深く、間合いをしっかりと取っていなければ返り討ちになる可能性も孕んでいる。そのため武器の経験が浅いと敵からダメージを受けやすくなる上に、魔術といった飛び道具を使ってくる敵には防戦一方となるので戦いの展開が不利になることが多々あるのだ。そのため近接オンリーというのは現在の攻略ではあまり見ない存在となっている。決して、高い火力を誇り一撃で敵を退けていくスタイルに人気が無い訳ではないが、どうしても生存重視である現在の環境で、となると敬遠されがちなのだ。


 だが、ハルトは大槍、キーンは大剣、ナオはハンマーといった特大武器を愛用している。完全脳筋というのは言うまでもないだろう。


 もっとも、ゲーム開始時からずっとこのスタイルを貫いている三人は、今さら魔術を覚え始めてもという諦めの念があるということも否めないではないのだが。


 「即死を防ぐ指輪。掲示板じゃネタ装備扱いされてるが俺たちにとっては必須レベルの品だと思うぜ、俺は」


 キーンは胡坐をかいたひざの上に右肘を置き、手で頭を支えた状態で笑いながら話す。


 即死を防ぐ指輪。死ぬことを避けたいプレイヤーにとっては誰でも垂涎の品だ。デスゲームとなっている現状ならなおさらと言えよう。そんなありがたい効果を持つのにネタ装備呼ばわりを受ける理由。それは、この指輪の発動条件がかなり限定されており、普通のプレイヤーでは使う機会がほぼ無いという代物だったからだ。


 「というか、俺たち脳筋のために存在してるんじゃないかって思っちまうよ。使える魔術が無い俺たちにとってMP百パーセント消費なんて痛くもかゆくも無いからな」


 そういってキーンは左手に持った飲み物をあおった。


 そう、キーンの言ったとおりその指輪が効果を発動するにはMPが満タンの状況である必要があるのだ。


 現在の環境で脳筋はあまり良い立場にあるとは言えない。それに対し魔術は攻撃、支援もこなせることから非常によく使われ、攻略において大きなものとなっている。


 即死を防ぐという効果は大きいものの、それを得るためにわざわざ使える魔術を切り、ダメージを受けやすくなる近接戦闘を挑むのはハイリスクローリターンとプレイヤーの間で判断されてしまった。また、保険として使うには担保が大きいゆえに、数少ない装備枠をそれで埋めるのは割に合わないとも言われている。


 よって脳筋以外お断りであるこの指輪はプレイヤーからネタ装備として扱われているのだ。


 「まぁ、今日中に取れなくても転移水晶に触れてからまた取りに来ればいいし。とりあえず、おまけ程度に考えておこうか。それじゃ、隊列だけど――」


 そういってハルトが話し始める。


 最終的にハルトが松明を持つこととなり、来た道をはっきりとさせるため発光石というアイテムを、最後尾を務めるナオが置いていくこととなった。


 「でも、エリアボスが立て続けにいないってのは珍しいですね。ほとんどのエリアはエリアの締めくくりみたいにボス部屋が配置されているのに。なんか変な感じです」


 「あぁ、多分『崖の洞窟』でまだ発見されてないからだと思うよ。一部のエリアだと謎解きみたいな仕掛けがあって、それを解いてからでないとボス部屋が出現しないって言われてる。ここみたいに暗いエリアだと見落としが多くなるから仕方ないね」


 ナオの問いかけにハルトが答える。それに合わせるようにキーンも答え、


 「ま、初見でエリアボスなんかに挑みたくはねぇから、見つかったとしてもスルー安定だけどな」


 よっこいしょといって立ち上がる。それを見てナオが少し慌てたように、


 「あっ、もう行くんですか? ちょっと確認したいことがあるので待ってください」


 と言いメニューを操作し始める。


 その間に立ち上がったキーンはハルトを呼び寄せナオに聞こえないところまで行き問いかけた。


 「んで、お前は口説き文句の一つでも言ったか? あんなにいい子は今時珍しいし、今のゲーム内で出会いってのは早々起きないもんだからどう考えてもチャンスだぞ」


 と真剣そうに聞くが顔はややにやけており、茶化しているというのが良く分かる。


 何事かと思えばたいした内容でなかったのであきれつつも、


 「はぁ、何を言い出すかと思えばまたそれかい……ってか、せっかくパーティーの一員になってくれたんだから不用意に変な事言ってギクシャクしたくないんだけど。まぁ、いい子なのは否定しないけど。それより、またそんな事言ったら帰ったときに彩音さんに言いつけるよ?」


 と若干の含みを入れる。


 どこからどうみてもキーンの発言は完全におっさんのそれであり、普通の人が聞けば嫌悪感をもたれるものだ。だが、ハルトは鬱陶しそうではあるものの嫌がった様子は見せていない。なぜなら、キーンはハルトの叔父であり、実際の血縁関係があるからだ。キーンはハルトが幼い頃から一緒にいる機会が多く、ゲームなどをして遊んであげていたこともあってか、普段から仲がよいのだ。


 そんなことがあってか、ハルトはゲームが次第に好きになり、現在ではヘビーよりのゲーマーであると自負するに至っていた。ハルトは知らないが、かなりのゲーム好きになってしまったハルトに対して、実はキーンは少し負い目を感じていたりする。今となってはどうしようもないとはいえ、自ら教えたものがこんなことに繋がっていってしまった、というのは胸のしこりとなっているようだ。


 また、キーンはこのゲームが始まる半年前に彩音と言う女性と結婚しており、ハルトもまた小さい頃から彩音と懇意にしている。そしてどういうわけかキーンよりハルトの言うことを聞きやすい。そのため彼女の名前を出すと一気に勢いがなくなるのだ。


 「あぁ~いや、そいつは勘弁願いたいね。帰って早々怒られるとかたまったもんじゃねぇ……。じゃなくて、要は俺みたいになるなってことだ。それだけだよ」


 「いや、それ言われると何にも言えなくなるんだけど……」


 検証ギルドが行った拠点・商業区広場での一週間の交通調査によると、このゲームの男女比はおおよそ六対四と言われている。決して出会いが無いという訳ではないのだが、エリア攻略に乗り出す男女比には、未だ大きな差があり、男女が入り混じるパーティーとなるとあまり多くない。三人までしか組めないパーティーに加えゲームの難易度のせいで、二人きりでの攻略は不測の事態による死亡のリスクが上がる。前線に近づくほどこの傾向は顕著になり、男性の比率がかなり高い。


 それを考えるとハルトは出会いと言う観点においてかなり良い位置にいたりする。キーンが野暮を言いたくなっても仕方あるまい。


 またダメ押しとして、晩婚であるキーンの台詞には重みがあるためハルトは言い返すことができない。そのまま口を閉じてしまうが、そのときナオが後ろから声を掛けて、「終わりましたから行きましょうか」と言ってきたので結局この話はお開きとなった。


 「それじゃ、行きますか」


 ハルトは呑気な声でそう言った。しかし、ハルトの呑気な発言と裏腹に三人の先を行く風の音は三人のその先を案じるかのように低い声で唸っていた。

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