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秘儀の代償

作者: 千月華音




「うっ……く、ぅ……っ」

 胸を押さえて蹲る。

 目覚めても意識が壊れる感覚が収まらなかった。

(こんなの……篝には遠く及ばないものなのに)

 何度か自分自身を殺した。

 高次の情報に晒される恐怖に負けたとき。

 耐えきれず喉を引き裂いたり心臓に手を突っ込んだりした。

 死から目覚めると、なぜかいつも自分の部屋にいる。

 篝の傍にいたいと思う。

 こんな、自分の部屋で目覚めるくらいなら、死が邪魔にすらなってくる。

 だけど自殺する瞬間を篝に見せるくらいなら、ここで死ぬ。

 耐えねば。

 これは跳躍の代償だ。

 篝を理解しようとしたことへのツケなのだから。

 「人間如きが、手を伸ばせる領域じゃ……なかったってことかよ」

 鼻血と眩暈がとまらない。

 自分がどういう状態なのかはわかる。

 脳神経のシナプスが強い過負荷を帯びて、細胞にまで影響を与えている。

 処理しきれない情報の束が脳の容積に追いついていないのだ。

「はは……。そういえば朱音さんがグラボの過熱に悩まされていたっけ」

 大量の電荷が熱量をあげるように。

 脳から神経に伝達された熱が身体中をめぐっているのだ。

(もう一段階……あげるか?)

 身体機能の書き換えをすれば、この大量の神経伝達負荷がおさまる。

 ただし俺の身体がどんなふうに変質するか、もう予測できない。

 人間の身体ではなくなるかもしれない。

 化け物になってしまう可能性も。

 だけどこの意識まで変わってしまったら、篝を守れなくなってしまう。

「…諦めるもんか!」

 理解してやる。

 人間の身体はそれほど脆くない。

 でなければ俺がここに現れた意味がない。

 どんな高次の圧縮された情報だろうと、理解しなければ。

「篝に……届かないんだよ!」

 血を吐いた。

 内臓が焼切れた。この身体ももうダメかもしれない。

 部屋の中はひどい惨状だった。飛び散った血と肉片と体液。

 これも次に目覚めるともとに戻ってしまうけれど。

「は、っ、くそっ」

 息がつまりそうな部屋から出ようと、窓をあけてベランダに出た。

 遠く、丘の向こうで光るオーロラを見つめる。

 今ならわかる。

 あれらは命の瞬きだ。

 収縮し、拡散し、振動している。

 その揺らめきの中に、時折亀裂のような穴が浮かんでは消え、浮かんでは消えている。

 ちょうど篝がいる丘の上を中心に。

(ああ、そうか……)

 あそこが次元と次元の重なる場所。

 隣り合う無数の可能性世界を命の群れが編み出しているのか。

 生存の模索。

 その中心に篝がいる。

 篝はどの世界にも属さない。

 属さないけれど、概念として存在する。

(だから鍵が生まれた……?)

 システムとして機能するために。

 いわばプロトコルのようなものか。

 篝はOSで。

(じゃあ、俺はなんだ?)

 あの無数の次元間世界のいずれにも天王寺瑚太朗が存在する。

 ただしここにいる自分はそれらとは似て非なるものだ。

 なんらかの要因があって別個の存在としてここに出現した。

 ただ、その存在意義がわからない。

 わかったら篝に近づけるのだろうか。

「……わからない」

 そのときは今の自分ではいられないかもしれない。

 でも篝を守りたいこの気持ちは失わない。

 失ってたまるか。

「…げほっ!」

 肺に血が入り、酸欠に陥った。

 そのまま膝が崩れる。

 目の前に小鳥が植えたハーブ類が花を咲かせていた。

「世話、してないってのに」

 ここは事象が推移するだけの世界だから、世話などしなくてもいいのか。

 何度も枯らして小鳥に怒られたのに。

 今はあの怒鳴り声すら懐かしい。

「小鳥……効果、ねえぞ。鎮静とか鎮痛とか言ってた、じゃん……」

 意識が霞む。

 ああ、今度は出血死なんだな。これ苦しいなあ。

 でも自分で殺すよりはるかにマシだ。

「へっ、もう負けるかよ」

 負け惜しみにすぎないけど。

 次に目が覚めたら、今度こそ篝のもとに行ってやると心に決めた。



原作では「あの後何度も死んだ」の一言しかなかったので、付け足してみました。

付け足すような出来事じゃないですけど。ひどい扱いですけど。

実際瑚太朗はかなり苦しんだんだと思います。

原作だとあっさりしてるように見えますけど、そこは人間やめちゃったからということで。

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