銀髪の来訪者
おっさんが空を飛んでいた。
…もう一度言おう、おっさんが空を飛んでいた。
・・・・・おっさんは空を飛ぶものですか?…いや飛ばんだろ。
窓際に居る男がこちらを見ている。出立は西洋貴族を思わせる黒を基調し、深い緑色のマントを羽織って居た。
顔立ちは初老と思われ、目尻と口元に浅いシワが寄っている。
綺麗に銀に染まった髪は動くたび揺らめく。腰には…
左の腰には短刀、そして右の腰には見慣れない角ばった鉄の様なものを携えていた。
銀髪の男はストンと降りると、ツカツカと歩き、俺の眼前を通り抜けベットに腰掛ける。
まるで自分がこの部屋の主かの様な振る舞いだ。しかし実際、その動きは堂に入っており雅であった。
「どうぞ、お続けになってください」
ごく自然に変なことを言うおっさんを、俺はただ呆然と眺める事しか出来なかった。
…なんだこのおっさん?
当然の疑問が俺の頭に過ぎる。
色々ツッコミどころ満載で、どこから突っ込んでいいか迷うほどだ。
「あの…どちら様ですか?」
俺はこういう時は、大体下手に出る。情報が無く、どうして良いか分からない時は、のちのちに影響が少ない態度を取る。
人といざこざを起こさない、俺の処世術だ。
銀髪の男は俺を眺めながら、薄く笑い、軽く口元を開く。
「俺はそう…ハーケンとでも呼んでもらおうか。なに…外から面白いことをしている変わった魂魄が居たので、近くで見せてもらおうと思ってな…」
口元は笑いながらも、その目には嫌なものを感じた。まるで、品定めをするような…。
「はぁ…そうですか」と口ではとりあえず無難な言葉を並べておく。
まだこいつが何者か分からないからだ。
余計な事をして、更に厄介に成らんとも限らないし…。
「さ、続けたまえ」
…我が物顔で、右手をゆっくり前に出し促してきた。
遠慮やぎこちなさをまったく感じない。
きっとこれがハーケンという人物にとって、普通の事なのだろうと想像できた。
・・・続けろとか言われても…正直どうして良いか分からない。もう出来そうなことをあらかた試した後なのだ。
意気揚々と試してみたが、手足が存在しないと事は何をするにもネックで、深い所の実験が出来ない。
「いや~…そう言われましても・・・・もう飛べそうに無いから、やめようかなって思ってた所でして…」
銀髪の男が眉を吊り上げ驚いた顔をして言う。
「かなり広範囲に渡って、プリンシプル・マナを使っている様だが、空を飛ぶことも出来ないのか…?」
おっと、また知らない言葉が出てきましたよ。
やめてくださいよもう、新しい情報は・・・。こっちは許容量超えてるんですからね!
だけど、知っといたほうがいいんかな。やっぱり…。得られるかもしれない情報を逃がす事はしたくない。
俺はため息を飲み込み、覚悟を決めて聞いてみた。
「何ですか?そのプリンシプル・マナって?」
ハーケンはじっと俺を見つめ、視線を上から下までなでるようにしていたが、やがて「…知らないならば、いい」と言い放った。
多分表情を読もうと思ったのだろうが、俺自身何処に在るか分からないのだから、こいつに読まれるわけがない。
しかし、自由気ままにやってきて堂々と居座り、こちらが聞いた事にはだんまりとか…。こいつは何がしたいんだ?
「・・・・・」
「・・・・・」
無言のまま時間が流れる。
下手に俺から話すような事はしない…きっとこいつは何らかの目的があって、此処に来たのだろうから。
すると、静寂に耐えられなくなったのか、ハーケンが口を開いた。
「…なぜ、飛べないんだ?」
・・・・はぁ?それはこっちが聞きたいわ!!
と言いたいのを再び飲み込み、無礼が無いように話す。
「・・・・。魔法が理解出来ないのです。どのように使えば空を飛べるのか分からないんです。
もしよろしければ、教えて頂けませんか?」
ついでに懇願もしてみる。本当は出てって貰いたいのだが、深く腰を落ち着けてる様子では無理そうだ。
ハーケンは少し考える素振りを見せ、顎に手を当てて言った。
「・・・此処では普通にマナを使っては効果が薄い。そうだな…光属性の発動の直前が一番近い。それを使ってみろ。」
一人で黙々と工作をしていたのに、専門知識持った先生が現れて、あれこれ指示を出された時の事を思い起こされた。
要するに、何一つ理解できない。その時と同じように、分かった振りをして適当にやってみたが、案の定ダメ出しされた。
「風魔法を使うイメージでは此処ではだめだ…体の…魂の中心からマナを広げ、外殻の薄皮一枚で留めるようにすれば飛ぶ事など造作もない」
風魔法も知りませんけどね。
こりゃ駄目だ。・・・こいつは多分、天才型の奴なんだろうな…感覚である程度理解できて、普通できるだろうって基準が一般的な奴より数段高い。
だから話がかみ合わない。
何度かアドバイスを貰いながら実行したが、はっきり言って言葉の半分も理解できなかった。
ハーケンは首を横に振りながら嘆きの言葉をこぼす。
「高性能の魔力の波動を感じて来てみれば、魔法の基本も出来てない唯のガキ…それだけの量のプリンシプル・マナを持っているのに、何という宝の持ち腐れ。
お前の世界の教育はどうなっていたのだ!!…はぁ、これでは我が野望に役立つ知識など持っておるまい・・・・」
がっくりとうな垂れ、肩を落としている姿を見ていると、俺の中にふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「すいませんね!自分、無骨者なもので!
それに教育だなんだって言われても、魔法なんて俺の居た所では空想の産物でしかなかったものでしたからね!」
俺はすぐにこの言葉を後悔する事になる。
「お前…魔法世界の住人では無かったのか!?」
銀髪の男の顔つきが変わった。