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9話 林間学校 (前)

 


 7月。ぼちぼち夏休みも見えてきた頃。期末テストが始まるが、俺たち一年生は特に力を入れて取り組む。

 なぜなら……。


「よーし、追試を受ける奴はいないな! これでクラス全員林間学校に行けるぞ!」


 期末テストの結果がでた日、ゴリの言葉に、クラス全員が喜びの声を上げた。


 夏休み前、1泊2日の泊りがけで、県内の青年自然の家に行く行事がある。期末テストで追試を受けることになると、スケジュール的に参加できなくなるのだ。

 行くのが面倒くせぇと人前では言いつつも、皆内心では楽しみにしている。教師たちだって追試を受ける生徒が出ないように、試験前にテスト対策の授業をしてくれるほどだ。


 翔の方をちらりと見れば、隣の席の奴と肩を叩きあって喜んでいた。



 林間学校に行くか行かないかで、翔とおばさんは揉めたそうだ。

 俺は前みたいに翔を男として接しているのだが、おばさんは何というか、普通の女子高生としても過保護なほど敏感になっているような気がする。


 もちろん翔にもかなり問題がある。風呂上がりに上半身裸パンツ一丁でうろついて、めちゃくちゃ怒られたりしているらしい。

 おばさんには内緒にしているが、今も男トイレで立ションしていることを知ったら、卒倒してしまうんじゃないだろうか。


 翔がそんな状態だから、おばさんは林間学校に行くのも反対した。男とひとつ屋根の下で寝るなんて、とんでもないとか何とか。

 たまたま俺たちのクラスに女はいないが、毎年男女関係なくクラス全員で林間学校には行っている。

 まぁ、やんちゃした先輩が女子の部屋に忍び込んだり、元々付き合っている二人が物陰で……ってのは毎年あったりするらしいと噂には聞く。けど、普通に女子も参加していることを反対するのは、やり過ぎなんじゃないかと思う。

 いや、本当に翔が大人しくしてれば、おばさんもそんな心配しなくて済むのにってのはわかってるけど。


 そんなおばさんを説得してくれたのは、新しくサポートティーチャーになった内野先生だった。女性としての観点から、翔をサポートするとおばさんに宣言してくれたらしい。

 翔はその時のことを「内野先生、マジで漢前だった。マジで惚れそう」と興奮しながら教えてくれた。

 いろいろと間違っている気はしたが、翔が嬉しそうだったので俺も一緒に喜んだ。



 林間学校当日、朝の6時半に校庭に止まっているバスに乗り込む。

 バスの窓から外を見れば、ちらほらと見送りに来ている親の姿があった。俺んちは見送りなんていなかったが、翔のおばさんは心配そうに見送りに来ているのが見えた。

 出席番号順に座った俺の後ろがちょうど翔になる。

 ふと後ろを見れば、翔は隣の奴とはしゃぎながらも、おばさんに向かって小さく手を振っていた。


 学校を出発したバスは、見慣れた街並みを抜けてどんどん山の中に入っていく。どんどん建物がなくなっていくにつれて、世間から隔離されていくような錯覚におちいる。

「俺たち、どっかに収容されんの?」

 後ろから聞こえた誰かの声に、バスのあちこちで同じような反応があった。


 施設に到着すると、まずレクリエーション室という大部屋で、施設の説明やらここで過ごす際の注意点を受ける。

 施設の職員が事務的な笑顔を浮かべながら「前にここを利用した生徒が町に脱走しようとして、途中で遭難しかけた」とか、「男子生徒が女子生徒の部屋に侵入して、大騒ぎになった」とか話して、皆さんはそのようなことをしないように、と締めくくった。

「俺たちのクラスに女子はいねぇよ!」と誰かが野次をいれて、どっと皆が笑った。


 笑い声の中、つい翔の方を振り向きそうになって、ぐっと思いとどまる。翔のことを考えると笑う気分にはなれず、とりあえず周りにあわせるように薄笑いをうかべてみる。

「不純じゃなくていいから、男女交際してみてぇ!」

 翔の馬鹿笑いする声が聞こえて、また俺だけがいらん気遣いしてるのかと自分にうんざりした。


 職員の説明が終わると、いったん荷物を割り当てられた部屋に置いて、またレクリエーション室に集合となる。

 ちなみに俺と翔の部屋は一緒で、俺が二段ベッドの下、翔は反対側の二段ベッドの同じく下だ。

 特別な意味はない。出席番号順に、4人部屋に振り当てられた結果だ。



 レクリエーション室に戻り、オリエンテーションとやらを受ける。

 体育座りをしながら話を聞いていると、朝が早かったのもあってついうとうとしてしまう。

 と、肩を突っつかれる感触で目が覚めた。見れば隣に座っている奴と、後ろの翔がうずうずした様子で俺を見ている。


「……なぁ、いつ外に出れるんだ?」

「はぁ?」


 意味が分からず首を傾げていると、翔がずいっと身を乗り出してきた。


「ほら、暗号を見付けたり、地図を持って歩いて回ったりする……」

「馬鹿、それはオリエンテーリング(野外活動)だ。予定表をよく見ろよ、これオリエンテーション(研修)だぞ?」

「うっそだろ!? 俺それを楽しみにずっと話を聞いていたのに!」


「こら、そこ! 話を聞かんか!」


 そんなこんなしながら、林間学校の午前の活動を過ごしていった。



 昼飯は食堂で、なんとバイキングを楽しむことができる。

 ほぼガラス張りの食堂からは、良く言えば雄大な自然が、悪く言えば見渡す限り山と木の広がる景色が見れた。

 自由に席に座って飯を食う俺の隣に、アホかというくらいにオカズやらご飯を皿に盛った翔が、ほくほく顔で座ってきた。


「京崎さ、最近太ってね?」


 俺の向かいに座っていた村瀬が、勢いよく飯をかっくらっている翔を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「部活であんだけしごかれてて、太る暇があるわけねえだろ、バカ」

 湯呑みの茶で口の中の物を流し込み、翔が答える。

 そのまま食事を続ける翔を何となしに俺も眺め、そういえば頬のあたりが丸くなっているような気がした。


「…………」


 確かに太ってるかも。

 そう口にしかけたが、そうすれば翔がぎゃあぎゃあと騒ぎそうだったので、黙って飯を食い続けた。よくバカ話をしながら飯を食う翔と村瀬と違い、俺は飯時は黙って食いたい派だ。

 湯呑みのお茶を飲んでいると、翔の二の腕が視界に入った。

 見慣れた筋肉の筋張った線がなくなっていて、柔らかそうな丸みを帯びていた。


 こいつ、確実に太ってんな。


 後でそれとなく言ってやろうか、と思いつつ茶を飲み干すと、まだ何か話しながら食べている村瀬と翔を置いてトレイを片付けて食堂を後にした。



 その後も日が暮れるまでいろいろな活動をして過ごし、夜のバイキングを食い終ったあとは順番にシャワーを浴びていった。

 正直なところ、大浴場かと思っていたので翔はどうするのか気になっていた。

 先生たちの計らいで、翔は自然な感じで皆と時間をずらし、誰とも遭遇しないようにシャワーを浴びたらしい。


 ちなみにシャワーの時間、相撲部の石井の胸がEカップぐらいはあるんじゃないかと大盛り上がりし、何人かは石井の胸を揉ませてもらったらしい。

「すっげぇ柔らかかった」とか「指で押したらどこまでも沈み込むようだった」とか興奮している奴らを見ていると、なぜか微妙に羨ましい気持ちになる自分が悲しかった……。



 就寝前にまたレクリエーション室に集まり、今日の活動の締めくくりとして感想などを発表した。

 他の奴が発表しているのをBGMに、自分の順番がくるまで必死に頭の中で発表する内容をまとめる。そんな俺の横で、能天気にぐずぐず言ってるやつがいる。

「なぁ、なんでキャンプファイヤーしないんだろうな。せめて花火とかさ……」

「うるせぇよ!」


 翔は相変わらずうるさかった。



 明日のスケジュールの確認などをして、今日は解散となった。

 各々の部屋に戻るが、すぐに消灯の時間になるので大人しくベッドに横になる。他の連中も「消灯時間早えよ」とぶつくさ文句を言いながらも、朝が早かったのであくび交りにタオルケットをかぶっている。

 俺は朝練で早起きには慣れているが、昼飯後には自由時間にサッカーしたり、屋内活動が主でそこまで身体を動かした気はしなかったが、結構疲れていた。

 まだ部屋の明りはついていたが、さっさと寝ようと目を閉じたときだった。


「おっじゃま~。え、何!? この部屋なんで皆寝てんの!? 夜はこれからっしょ!?」

「……うるせぇぞ」


 村瀬のバカが、カードゲームを片手に部屋にやってきた。

 正直目を開けるのも面倒くさくて、さっさと追い返そうとしたのだが。


「やっぱりそうだよな? 皆布団に入っちまうんだもの、俺もびびったわ」


 反対側のベッドから、嬉しそうに翔が村瀬を招き入れてしまう。

 先生にばれたらどうすんだよ、と言ってみたが、「何ナニ? 優等生なの?」と逆に二人に馬鹿にされてイラッとした。

 耳をすませば、すでに同室の他の二人は寝息を立てて眠っている。


「俺は知らねえぞ、二人で勝手に遊んでろ。他の連中はもう寝てるし、俺ももう寝るんだから騒ぐんじゃねえぞ」


 捨て台詞のようにそれだけ言うと、壁の方を向いてタオルケットをかぶりなおした。

 ゴリよりも厳しい誰かにばれて、廊下で正座でもさせられればいいさ、となかば不貞腐れながら目を閉じる。

 背後で「つれない」とか「二人でカードゲームとかつまんねぇし!」とかブーブー馬鹿が言っているのが聞こえたが、夢うつつでそれもすぐに聞こえなくなる。

 完全に眠りについたと思った時だった。


「んじゃ、京崎のベッドにお邪魔するわ」

「おう」


 そんな二人の会話に、まるで氷水をぶっかけられたように飛び起きた。



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