6話 水着(後)
こう怒っている時の翔は、回りくどいことを言っても聞かない。だから俺はあえてストレートに言ってみた。
「あのさ。お前は裸を見られても気にしないだろうけど、見せられてる俺たちが気まずいんだよ」
「はぁっ!? 見た目は男だから、言わなきゃ何もわかんないんだって!」
「馬鹿ッ! だから服を脱ごうとするなっ!!」
俺の言葉にすぐにかみついてきて、服に手をかけようとする翔を慌てて押しとどめた。
「違うって、荘史郎も見れば納得するから!」
「違うも何もねえよ! 見せるなって言ってるだろ!」
焦ってつい語気が強くなる俺を見て、翔はふっと気弱な顔をしてうつむいてしまった。
「……何だよ、見た目も中身も変わらないってのに。医者の『女です』って一言だけじゃん。それなのに皆俺の扱いが変わって……」
ややもすれば涙をこらえているように聞こえる声に、俺はつい押し黙ってしまう。
確かに『女』だと聞く前の翔と、今の翔では見た目も中身も変わっていない。それなら、俺のこの戸惑いは一体何なんだろう。
医者が翔は女だと言ったその一言で、俺と翔の何が変わったんだろう。
何だかこんがらがってしまって、翔に言うはずだったことがわからなくなった。
ただこれだけはわかる。
見た目が男だからって、絶対に他の奴らの前で上半身裸になんかなっちゃいけない。
でもそれだけでは、翔を納得させることはできない。見た目も心も男な翔が、どうして上半身裸になってはいけないのか。
それらしい理由をいろいろと考えてみるが、結局は一つにいきついてしまう。
ただそれを認めたくなくって、俺は考えないようにしているだけだ。
―――翔の裸を、他の奴らに見せたくないから―――
別に俺の前だけで見せろとか、そんなこと決して思っていない。何でこんなことを思ってしまうのか、自分でも全然わからない。
こんなこと、翔に言えるわけない。
良くて俺を避けるか、悪ければ女扱いされたと翔が傷つくだろう。
何か、何か俺のこの想いを隠しつつ、翔が納得できるような理由はないだろうか。
「……あのさ、お前はクラスの奴らと、ずっと仲良くしていきたいだろう?」
「……? 当たり前じゃん」
俺の唐突な語りに、怪訝な顔をしながらも翔が返事をした。俺は翔の視線から逃げるように、宙をながめながら言葉を続ける。
「お前の上半身の裸を散々見といてさ、後でお前が女だって知らされたら、クラスの連中だって気まずいと思うぞ」
「…………」
返事が無かったのでちらりと様子をうかがえば、さっきまでの興奮した様子とは変わって考え込んでいる翔の姿があった。
翔は頑固だが、むやみに我を通そうとする奴ではない。
周りがどう思うかを説いてやれば、後は自分で考えて答えを出してくれると思う。
そう、これは決して俺の意見ではない。周りの奴の意見だ。
俺ですら理由のわからない俺の意見は、絶対に誰にも明かしてはいけない。
「……じゃあさ」
「うん?」
戸惑いがちな翔の声に、俺はつい翔と目を合わせてしまった。
「荘史郎はさ、俺が女だって聞いて、今まで俺の素っ裸を見ていたことを気まずく思ったか?」
「…………」
なんで目を合わせてしまったんだ俺!
後悔しても遅い。真剣な翔の眼差しは、視線をそらすことを許してくれなかった。
俺は必死に自分の気持ちを考えてみる。
翔に『実は女だった』と言われたが、その時は別に気まずいとか、付き合い方を変えようなんて思ってもみなかった。まぁ、あの時はまだ混乱していてそこまで思いつかなかったのかもしれないが。
なら今はどうだ? 今じゃ翔の足を見て罪悪感に襲われたり、立ションをしている翔にばったり会わないようにこそこそと立ち回っている。
めっちゃ気まずく思ってる? いや、気まずいとはなんか違うような気がするんだが、うまく言葉では言い表せない。
うっ、こうやって考えている間にも、翔が返事を催促するようにじっと見つめてきている。今のこの想いをそのまま伝えれば、俺は変態まっしぐらだ。
ナニカイイ答エハナイモノカ―――
「いや、ガキの頃に裸を見てたって、気まずいとか思わねえよ。ガキの裸なんて男も女もないだろ」
「……ふうん」
あ、いや。それじゃプールで上半身を出すなって説得にはならないか! 俺の意見を隠しつつ、何か良い返事を……。
「だ、だけどよ。高校となると別だぞ!? お前だってエロ動画見まくってたんだ、高校男子のエロに対する情熱は、半端じゃねえんだぞ!? 俺が、とかじゃなくって、それが一般の男子高校生の日常だからな!?」
もうテンパって何を言っているのか自分でわからない。だがあくまでこれは俺の意見じゃなくって、一般の男子高校生の意見なんだぞ!と強調しておく。
「……そうか、わかった」
翔はしばらく考えたあと、ぽつりとつぶやくように言った。
自分でも訳のわからない説得だったが、どうやら納得してくれたようでほっとした。
安心したらどっと全身に汗が噴き出してきた。背中がじっとりとするのを無視しながら、どうするつもりなのか聞いてみた。
上半身を出すなとは言ったが、まさか女子用のスクール水着を着ることになるんだろうかと心配した。だが翔の話では、男でも上半身を隠した競泳用の水着があるのだそうだ。
保険医の先生が翔のためにカタログを用意してくれたようで、その中から地味なのを選ぶことにするそうだ。
そして周りには、塩素から肌を守るためという理由を体育教師からそれとなく説明してくれるそうだ。
そこまで学校がセッティングしてくれていたのに、上半身を隠すのが嫌だったのか。
おばさんを呼びに台所を出ていく翔の後ろ姿を眺める。
いや、翔は自分が変わるのが嫌だったんだ。急に女だとか言われて、変わるように強要されるのが怖くて反発したんじゃないかな……。
ふと気が付けば、翔の背中に声をかけていた。
「お前だけ変わるのが嫌ならさ、俺も一緒に変わろうか?」
「はっ?」
よく聞こえなかったのか、翔が立ち止って振り返った。
「お前だけ水着を変えるのが嫌ならさ、俺も一緒に競泳用の水着に変えようかって」
「……あぁ、そういう事か」
翔は苦笑いをした。
「ばぁか。それじゃペアルックじゃねえか。きっしょくわりい!」
「ははっ、そうだな」
翔が笑うから、俺も自然と笑い返した。
いつものあいつに戻ったとほっとした時、翔がいつの間にか真剣な顔をしているのに気が付いた。
「俺が変わっていっても、お前は変わらないでくれ。この先どんどん変わっていって自分がわからなくなっても、お前が変わらないでいてくれたら、俺は俺でいられると思う」
「……。わかった」
翔が離れた場所にいてくれて助かったと思った。
翔に対する気持ちは、俺の意識しないところでもう変わってきている。これって、すでに翔を裏切っているんじゃないだろうか。
喉をこみあげてくる苦い思いを無理やり飲み込み、翔を安心させるために笑顔をつくって返事をする。
翔が離れた場所にいてくれて、本当に助かった。
翔の言葉を聞いた時、無性に抱きしめたくなった。この手が届く距離でなくて、本当に良かった。
これが幼馴染として、同じ男として感情を共有したからなのか。それとも、別の衝動に突き動かされたからなのか。
今の俺にはわからなかった。
プール開きの日。
翔はタンクトップの水着を着ていた。
まぁまぁふてくされた顔をしていたが、内心ほっとした。
周りの奴はやっぱり、何でそんなの着てるんだ?とストレートに翔に聞いていた。
翔が不機嫌極まりない態度で「身体をプールの塩素や日光から守んねーといけねーんだとよ!」と説明すれば、翔の体毛が薄いのを見た連中は「あいつ肌が弱いんだ」とあっさりと信じた。
別に中学の頃だって翔の毛が薄いのは知っていたが、この女子が一人もいないクラスではかなり目立っていた。
ちなみに俺は、水着姿の翔を見ても別に何とも思わなかった。いや、思わない方が当たり前なんだけど……。
「俺、産業科に行けばよかった……」
「産業科でも、プールの時は男女別々らしいぞ」
野郎どもが水の中で戯れているのを見ながら、村瀬がうらめしそうにぼそりと言う。俺もその隣で水に浸りながら答える。涼しいはずなのに、無性にむさい。
「くっそ、脱ぎてぇ……」
「いやっ、脱ぐなよ!?」
たまに不穏な翔の呟きが聞こえ、何度かヒヤッとさせられる日々であった。




