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5話 水着(前)


「荘史郎! 今からちょっとうちに来れるか!?」


 珍しく部活の練習もなく、リビングでアイスを食いながらダラダラとしていた日曜の昼過ぎ。

 突然電話で翔に呼び出された。

 

 何かあったのかと聞くも、とにかく来てくれとしか言わない。

 幼馴染だからってなんでも言うこと聞くと思うなよ!、と言ってやりたかったが、何やら切羽詰まった様子だったので嫌々ながら重い腰を上げた。

 何事かと驚く母さんに「翔んちに行ってくる」と一言告げ、サンダルをひっかけて家を出た。


 翔のうちはおばさんと翔の二人暮らしなので、喧嘩をすると仲裁をする人間がいなくてかなりヒートアップしてしまう。

 正面からぶつかりあえるってことは、それだけ仲のいい証拠でもある。だけど翔とおばさんは似た者同士で、第三者が入らないとどちらも引かない。

 仲裁役として、おばさんと仲の良い母さんを召喚しては翔にフェアじゃない。そんな理由から、たびたび翔の幼馴染である俺が呼び出されていた。



 翔の家に付けば、インターフォンから怒った翔の声に迎えられて(やっぱり親子喧嘩か)と家に入る。

 

「荘ちゃん、ごめんなさいね!」


 翔と同じく怒った様子のおばさんが迎えてくれた。

 俺はおばさんの様子にふと首をかしげる。親子喧嘩の仲裁に呼ばれるとはいえ、おばさんは大人だから俺が来た時には落ち着いた様子で応対してくれる。

 それが今日は、怒りを隠すことができないくらいに激昂していた。


「荘ちゃんも言ってちょうだい!」

「ど、どうしたんすか?」


 おばさんにぐいぐいと腕をひかれれば、その先にはおばさんと同じく激昂した翔がいた。

 

 今日は休日だからか、翔はTシャツに膝丈のぶかっとしたズボンのラフな格好をしていた。

 先日のこともあり、つい翔の足からそっと視線をそらしてしまう。


「翔ったらね、プールの授業に海水パンツだけで入るって言ってるのよ!!」

「ええっ!?」


 咄嗟に翔の上半身に目をやってしまった。

 いや、正確には胸を。


「見た目は今までとちっとも変ってないんだからいいじゃねえか!! 誰が見たって何とも思わねえよ!!」

「たとえ見た目がどうであれ、あんたは女の子なのよ!? 胸を晒していいわけないでしょ!!」

「上まで隠した水着なんか来たら、それこそ変な目で見られるだろうが!! 俺はそんなの絶対嫌だっ!!」

 

 胸を見てしまった後悔をする暇もなく、俺の目の前では激しい親子喧嘩が繰り広げられる。


「そんなに言うなら、荘ちゃんに聞いてごらんなさいっ!」

「えっ!!」


 俺はおばさんの言葉にびくっとなった。


 今までも第三者としての意見を求められることは多々あった。

 だけど、翔の足を見て罪悪感を感じている今の俺に、翔の胸、いや上半身を晒すことについての意見を求めるのは酷だ。

 冷静な意見なんて出せるわけない。


 それどころか、まさに俺自身がおばさんの心配する輩に該当してしまう。

『お宅のお子さんの素足を見てもやもやしてましたよぉ。上半身を見せちゃう? そんなことされた日にはどうなっちゃうかわかんないなぁ、へっへっへ』

 決して翔に邪な想いを抱いたわけじゃないが、今の俺をおばさんから見たらこんなふうに見えてしまうんじゃないだろうか。


 まさか、まさかそれがばれててこんな所に引っ張り出された!?

 冷や汗をかきながら、いまだ俺の腕を掴んでいるおばさんを盗み見る。


『この変態を見てごらんなさい!! あんたの足を見ただけで興奮しているのよ? こんな変態の前で、あんたは裸の胸を見せるつもり!?』


 そんなことを言われながら翔の前に付き出されるような気がして、背中が冷や汗でじっとりとなる。

 だけどおばさんはそんな俺なんて見もせずに、険しい顔で翔を睨み続けていた。


「荘ちゃん! 翔におかしいって言ってあげて!」

「なんでだよ! 胸なんて平たいままなのに、何で隠さないといけないんだよ!! 荘史郎もそう思うだろ!!」

「え、ちょっ……」

 

 二人に迫られながら、冷や汗がダラダラと流れるのを止めることができない。


 ここで「隠したほうがいい」と言えば、「俺は翔の胸を意識しています」と言ってるようなもんじゃないだろうか?

 反対に「見ても男と変わらないんなら隠す必要ない」と言えば、「俺は翔の胸が見たいんです」と言っているようなもんじゃないのだろうか!?


「荘ちゃん!」

「荘史郎!!」

「あ、え、その……」


 やべぇ、二人が物凄い剣幕で俺を見ている。変なこと考えているのがばれてしまうかもしれない!!

 やばい、やばい、何か言わないとっ……!!



「とりあえずっ、冷たいお茶をくださいっ!!」


 回らない頭でひねりだしたのは、からっからに乾いて張り付きそうな喉を潤すことだった。

 

 はっきり言って完全な逃避だったが、そこでおばさんは我に返ったようだ。

「暑い中勝手に呼び出しておいて、お茶も出さないなんて本当にごめんなさいね!」とおたおたしながら麦茶を出してくれた。

 おばさんはそのまま自分と翔の分の麦茶も用意したので、ひとまず小休止となった。


 とはいえ、翔の怒りは全くおさまっていないようで、リビングに俺とおばさんが座っているなか、隣にある台所で一人突っ立ったまま麦茶を飲んでいた。


 やっぱり毛、薄いな。


 座っていると、ちょうど立っている翔の足が視界に入った。

 しれっと変態行動をしている自分に気が付いて、思わず飲みかけていた麦茶を吹き出しかけた。

 

「あ、あら荘ちゃん大丈夫!?」

「いや、大丈夫っす!」


 そのまま激しくむせていると、おばさんが焦って立ち上がりかけた。

 むせた理由が理由なだけに、俺の事はそっとしておいてください……。


 少ししたら落ち着いた俺は、コップの麦茶をちびりちびりと飲みはじめた。この麦茶を飲み終わったら、また翔の水着についての話し合いが再開される。その時間を少しでも先送りするために、無駄にちびりちびりと口をつけ、話しかける隙を与えないようにしていた。


 無心で麦茶に口をつけていると、突然台所の方から激しく机をたたく音がした。


「だからさ! 見た目も考え方も男なら、男の恰好でいいじゃん! 最近は性同一障害の奴は、自分の思う性の恰好で学校に行っていいってニュースでやってたし!」

「それとこれとは別でしょうッ!?」


 いかん、俺の小細工なんか無視してまた始まった。

 俺は麦茶を味わっているんだ、とばかりに極力聞こえないふりをする。


「だったら荘史郎に、俺の裸を見せて判断してもらおうぜ!?」

「翔っ!!」


 台所の方から豪快にがばっと服をぬぐ音がして、おばさんが悲鳴のような声を出しながらリビングからすっ飛んで行った。

 大丈夫、大丈夫。俺は麦茶を楽しんでいるのだから、何を話していて何をしているかなんて知らない知らない。


 台所でどたんがたんと激しく争うような音が聞こえるが、翔の言動を考えると絶対に目をやってはいけないだろう。

 もう味なんかわからない麦茶を必死に凝視した。


「荘史郎!! お前はどうなんだよ!? クラスの中で俺一人だけ上着を着てるなんて、おかしいと思うだろ!?」


 逃げは許さないとばかりに、翔の怒声が俺を追い詰める。

 あちゃ~、これはかなり感情的になってるな……。

 俺はため息をついて、これ以上逃避するのをあきらめた。

 だがコップからは視線を外さない。




「それを答える前に、お前ちゃんと服は着ているか? 人の話を聞くのに、服を脱いで聞くとかありえねぇぞ」

「わかったよ、脱がねえから。人を露出狂みたいな扱いしやがって……」


 機嫌も最悪と言った翔の低い声を聞き、ようやく俺は台所のほうを向いた。

 おばさんが必死に翔の服を整えているところだった。

 あいつ、マジでTシャツ全部脱いでたのか……。


「おばさん、翔と二人で話をしたいんですけど。いいですか?」


 おばさんは俺の言葉に、どこかほっとしたような表情でうなずいた。

 おばさんも冷静になりたいけど引き際がわからなくなっていただろうし、翔もおばさんから離れたほうが冷静になって素直に俺の話を聞けるだろう。

 

 おばさんが台所から出ていくのを確認し、俺は翔に近づいて行った。


「何ですぐに、俺が正しいって言ってくれないんだよ」

「別に俺はお前の味方をしにきたわけじゃねえよ」


 大丈夫落ち着け。俺は第三者だ。

 決して、お前の身体に興奮している変態じゃない。

 翔の側に行けば、頭一つぶん低い奴を見下ろすことになる。

 Tシャツの首元から鎖骨が見え、俺は自然な動作に見えるように翔から顔をそらした。





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