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3話 トイレ


 咄嗟に翔の股間に目が行く。

 便器の衝立が目隠しになり、俺の所からは確認できない。…………。

 

 そこでふっと我に返り、自分に対する猛烈な嫌悪感に襲われた。

 ここがトイレの入り口だってことも忘れて、俺は思わずその場に膝をついてへたれこむ。


「おいおい荘史郎大丈夫か? もしかして漏らしたのか?」


 頭上から、トイレを済ませた翔の能天気な声が聞こえた瞬間、俺の中で何かが爆発した。

 勢いよく立ち上がると、驚いている翔の腕をつかんで強引にトイレから連れ出す。



「痛いって! いきなり何だよ!?」

「お前は一体何を考えてるんだ!! 馬鹿か!!」


 痛がる翔を無視し、人気のない校舎裏の掃除用具入れの前まで無理やり連れてきた。

 ここは薄暗くて臭いので、昼飯を食べに来るやつはいない。

 ようやく解放された腕を押え、翔は訳が分からないと言った顔をしている。

 そんな態度によけい俺はかっとなった。


「お前っ、自分が女だって言ってただろうが!! なんで普通に男トイレで立ションしてんだよ!!」


 俺たちのクラスに女子はいないが、共学校なので女子トイレも存在する。さすがにそっちに行けとは言わないが、てっきり教師用のトイレか、男トイレの個室を使うのか思っていた。

 それなのに、他の奴の見ている前でするなんて……。


「声が大きい!」


 強張った翔の顔を見てはっと冷静になる。

 咄嗟に周りを見回して誰もいないことを確認し、大きく息を吐き出しててようやく身体の力を抜いた。

 どうも今日の俺はどうにかしている。朝から落ち着かずになんかイライラしやすくなっている。


 強張ったままの翔の顔を見て、一番今落ち着かないのは誰でもない翔だということを今更ながら思い出した。


「……悪かった」

「いや、俺の事心配してくれたんだよな。それはわかってる」

「…………」

 

 そのままついお互い顔をそらせ、しばらく居心地の悪い沈黙が続いた。

 校舎からひときわでかい馬鹿騒ぎの声が聞こえてきて、もう早い奴は弁当を食い終った頃かと思うとふっとお互い目が合った。

 先に口を開いたのはやはり翔だった。


「お前の言いたいことはよくわかる。そもそも俺もそこは悩んだ。だけど医者に『女』ですって言われたから、じゃあ生活変えますってすぐにはできねえよ。まだ見た目は全然変わってねえんだから」

「……本当に悪かった」


 一番戸惑っているのは翔なのに、そんな当たり前のこともわからず俺はひとりで馬鹿みたいに動揺していた。

 翔の複雑そうな顔をそれ以上見ていられなくて、そして申し訳ないのといっぱいで、俺は頭を下げた。


「おっ!? ちょっ、やめろよ! そんなことしなくっていいって! いや、俺も個室トイレに入ろうか迷ったんだけどさ、ウンコしてると思われるのが嫌だったからだよ! だから頭上げろって!」

「……個室でション便してるやつもいるぞ」


 最近は他の奴に見られたくないからって、男でも個室で用を済ませる奴が何人かいる。別に隣に並んでも衝立があるから見えないし、そもそも見ようとする奴なんていないけど。


「……いや、まぁ俺のもなかなか人様に見せられるほど自慢のモノじゃないけど、小さいからこそ隠したら負けだと思っているからな……」

「……そうか」


 そもそもお前は女なら隠さないと駄目だろ、と思ったが、本人が悩んだ末に出した結論なら外野が口をはさむべきじゃない。

 これ以上プライベートな、しかもシモの話をするのもいかんだろと思い、昼飯を食いに校舎に戻った。




「っしゃぁー!! 久しぶりに体動かすぜ!!」


 ホームルームが終わると、翔はカバンをひっつかんで教室を飛び出していった。

 それはいつもの光景で、なんか今日一日もやもやしていたのが馬鹿みたいに思えて俺は大きく息を吐き出した。


「おぉ、何かお疲れ?」

「んん……」


 同じ野球部の村瀬が、通りざまに俺の背中をポンと叩いて教室を出て行った。

 勝手に動揺して空回りして、勝手に疲れて本当に俺って馬鹿だ……。

 そんな思いにますますどっと疲れが出たが、いつまでもそうしているわけにもいかず、ひとつ気合を入れ直すと部活に向かった。



 その日の部活、翔はいつも以上に気合が入っていた。

 必要以上に走る、必要以上に馬鹿でかい声を出す、必要以上にボール飛ばすなどなど……。

 誰が見ても、久しぶりにできるのが嬉しくてしょうがないというのが丸わかりだった。

 ニヤニヤしながら泥まみれになっているのを見ていると、あいつ本当に野球が好きなんだなって伝わってくる。


 俺も負けてらんねぇ!、とばかりに他の連中も監督も感化され、その日の部活は今迄になく壮絶なものとなった。




 練習が終わり、グランドをならして終礼をすれば、皆その場にばたばたと倒れてそのまま寝っ転がった。

「も~無理、起き上がれねぇ」

「このまま寝てぇ!」

「監督ぅ、家まで送ってぇえええ!」


 一応ならした土の部分をよけて大の字になりながら、口ぐちに好き勝手言う。

 監督は「さっさと帰れ」と笑いながらさっさと職員駐車場へと行ってしまった。


「やっぱ、身体を動かすとスキッとするな」


 翔がぼそっと言ったのが隣から聞こえた。


「あぁ、ほんと。今はもう頭が空っぽで何も考えられねぇ」


 俺も空回りしていた今日がどうでもよくなった。

 そんな思いで返事をすれば、他の奴が「やっべ、俺たち青春してね!?」と笑いだす。

 そのまま地面に背中を預けて空を見上げながら、守衛のおっちゃんが戸締りに来るまで馬鹿な話をして笑いあった。



 そんな感じで一月が過ぎ、特に何も変化のないまま6月になった。



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