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2話

 


「……なぁ荘史郎」


 そろそろ野球選手の顔に穴が開くんじゃないかという頃、おずおずと翔が話しかけてきた。


「何だよ」

「俺たち、何があっても友達だよな?」

「はぁっ!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を出して、あれほどためらっていた翔の顔を覗きこんでしまった。

 翔は、今にも泣きそうな顔をしていた。


「何があっても、例え俺が何であっても、俺たち友達だよな?」


『当たり前だろ』とか『何言ってんだお前』とかいろいろな言葉が頭の中をめぐるが、俺の口からはそのどれも出ることがなかった。

 何か言わないとと焦っていると、俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、それとももともと答えを求めていなかったのか。いや、自分の中でぐたぐたに煮詰まっていたものを吐き出してしまいたかったのだろう。

 奴は一言一言を区切るように、ぼそっと言った。



「笑わないで聞いてくれ、俺、本当は、女だったんだ」


「…………」


 まだ、『俺は宇宙人だったんだ』とか言われたほうが信じたかもしれない。だって、俺はこいつの股間にちゃんと俺と同じモノがぶら下がっているのを知っている。


「このまえ、体調が悪くて部活帰らされただろ? あの後家で血尿が出てさ、仕事から帰ってきた母さんと大慌てで病院に行ったんだ。そしたらさ、泌尿器科から産婦人科にまわされてさ。いろいろと検査されたんだ」


 奴の話がいっこうに頭に入ってこない。どこか違う国の言葉を聞いているようだ。


「そしたらさ、俺本当は女だったんだ。血尿だと思ったのは生理なんだってさ。信じられるか? 俺が生理だぜ?」


 生理っていきなり言われても、ぱっと思いつくのはよく姉が腹いてぇと言っていることとか、プールの授業が休みになることぐらいで。

 だからどう返事をすればいいかなんてわからない。

 しかも目の前にいるのはどこからどう見ても男だ。確かに翔はまだ声変りをしてないが、それでも女の声には聞こえない。


「体はぱっと見、男なんだけど、内臓を調べたら子宮ってのがあるんだって」


 子宮……。

 馴染みのない言葉に俺は頭が痛くなる。まだ女性のあそこの名前のほうが馴染みがある。


「俺、まだ皮もむけないしアレも出なかったからさ。焦ってエロビデオをめちゃくちゃ見まくったのに夢精もなくってさ、そしたら元々精子をつくる器官が無かったんだって。ははっ、笑えるよな」


 そう言って翔は鼻をすすった。

 ドン引きするぐらいエロ画像を見てたのには、そんな必死な理由があったんだな。俺はいたたまれない想いで、必死に壁の選手の顔を見つめる。何だか選手の横顔も、焦って顔をそらしているように見えた。

 隣で奴がどんな顔をしているのかなんて、見る勇気はない。


「二次性徴ってのがきて、女性ホルモンが活発になってきたんだって。……これからどんどん女みたいになってくるんだって、さ……」


 よくは理解できないが、どこか生々しい内容にどう反応していいのか困った。俺にできるのは……ただ壁の選手を睨むことだけだ。だんだん選手が『こっち見んな』と迷惑そうにしているように見えてきた。


 そんな情けない俺の腕にいきなり腕がからんだ。


「!!」


 驚いて身がすくんでいると、ぐいっと翔に引き寄せらせた。


「なぁ、俺気持ち悪いだろ?」

「何言って……」


 そこで翔の必死な顔を見て気が付いた。奴は俺を引っ張ったんじゃない。

 俺に必死でしがみついたんだ。


「これでも、こんなんでも、友達のままでいてくれるか?」

「…………っ!!」


 翔のすがりついてくるような必死な顔に、俺は。



 その頭を思い切りどついた。



「何すんだよ!!」

「友達、友達とか連呼すんなよ。何か気持ちわりい、背中がかゆくなる!」


 自分でもひどい返事だとは思うが、そもそも語彙のない俺はこれしか今は出てこない。

 案の定翔も眉間に皺を寄せて噛みつかんばかりにきゃんきゃん吠えてくる。


「ひ、人が真剣に心配してるってのに!」

「いや、だって幼稚園児でもあるまいし、お友だちって……。それに野郎同士でよ……」

「いや、俺、女だし……」

「あ、そうだったっけ? あぁ、もうわけわかんねぇ……」


 正直俺の許容範囲をこえている。そして自分が「女」だと言い張るこいつは見た目は男なわけで……。


「とりあえず、今のお前の見た目が何もかわってねえんだから、俺も今までと変わらずお前と接すると思うぞ」

「うぅ……。ん、わかった」


 とりあえず納得したような翔の様子にほっとする。

 もうこれ以上この話はしたくない。俺の頭はパンク寸前だ。ついでに選手の顔を見すぎて、視界に残像がチラついている。

 さっさと話を変えよう。


「いつから学校に来るんだ」


 翔は言いづらそうに俺から目線をそらした。


「……生理が終わったら行く……」

「……あぁ……」


 とりあえず、失敗した。





 その週明け、学校に行くと教室に翔の姿があった。


「馬鹿は風邪ひかないっつうのにな!」

「俺が唯一もらえる賞が皆勤賞だったのに!!」


 教室で他の奴と馬鹿騒ぎしているのを見て、なんか柄にもなくほっとした。

 そして首を傾げる。俺は何か心配だったのか?


 ちなみに俺が通う高校は工業科・産業科と分かれており、産業科には半分ほど女子がいるのだが、俺たちのいる工業課は、……まぁほとんど野郎ばっかた。

 女子はとても貴重な存在で、大体1クラスに二人か三人ほどしかいない。

 が、何の不幸か。

 今年の入学生、つまり俺たちの学年に女子はいなかった。


 もう一度言おう。


 女子がいない。



 教室は野郎ばっか。

 学生服だから右を見ても左を見てもまっクロクロ。

 まさかの男子校状態に、教室に入る前はいつもため息が出る。


 そんな男子校状態のクラスなので、中学時代から彼女がいた奴ぐらいしか女と接することがなく、それ以外の奴らは「女って何?」状態になりつつある。

 一応共学なので翔が女だとしても通うことは何の問題もない。だけどこんな環境で「実は女でした」なんて言うには、普通の高校よりもハードルは高い。


 翔はおばさんと学校と話し合った結果、身体に顕著な変化が出るまでは今のまま男子高校生として過ごすことにしたそうだ。

 女とか聞かされたって見た目は男なんだし、男として過ごす方が普通だと俺は思う。


 そう思いながら教室の入り口に突っ立ったまま翔を何となく眺めていたら、同級の男がドンと翔の胸元を押したのを見てドキッとした。


(いや、なにを驚いてんだ俺。どう見たって今のアイツは男だし、そもそも胸なんてないし! いや、俺はあいつの胸に動揺してるのか!?)


 なんか妙に動揺すると同時に、よくわからないがものすごい罪悪感に襲われた。自分が凄い下種な奴に思えた。


「おい、一宮! 何突っ立ってんだよ!」

「お前がそこにぼーっといると邪魔だろ!?」


 翔と他の連中の馬鹿声ではっと我に返る。

 俺は朝から何をぐだぐだ考えてるんだ。

 気を取り直し、挨拶をしながら自分の机にいく。


「うっす」

「おう」


 翔の奴がいつものように声をかけて俺の方に来た。


「もう調子はいいのか?」


 特に考えもなしに、休んでた奴にかける言葉を口にする。そこではっと気が付いた。


 コイツが調子の悪かった理由、それは……生理……。


「あぁ、もう何ともねぇ」

「あ、あぁ! それは良かったな! なら今日からまた部活出れるな!」


 奴の返事にどもりながら返す。

 やべぇ、何で今生理とか思い出すんだ俺。顔、強張ってないよな、普通に返事できたよな!?


 俺の動揺をよそに、翔はなんか下らねぇことを言って自分の席に戻って行った。

 朝から本当に俺なにやってんだろ……。すっげぇ疲れた……。



 なんだか授業の内容はあまり頭に入ってこなかった。

 とりあえず昼飯の時間になったので、すっきりしない頭でふらっとトイレに向かった。



 そして仰天した。



 他の連中に混じって、あろうことか翔が立ちながら用を足していた。



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