16話 ナンパ
ついた先は小さな神社の夏祭りで、ここに来るのは小さい頃に何度か親に連れてきてもらった以来だった。
「おぉ、けっこう人が多いな~」
神社までの参道にずらりと様々な出店が並ぶ中、手に綿菓子やうちわなどを手にしたお年寄りから子供まで、実に様々な人たちが行きかっている。
浴衣を着ている人が半々くらいか。……やっぱり女性の浴衣とうなじはいいなぁ。
おぉ、紺の甚平な男と、白地に紫の花模様が入った浴衣のカップル! あれをする勇気はないけど、やっぱ羨ましい……。あの浴衣、最後は彼氏が脱が……おっといかん。
おあ、浴衣にフリフリのレースがつきまくって、丈が膝上までのミニスカートみたいなの着ている子も多い。正直あれは小坊までだろ。わかってねえなぁ、隠されたエロスがいいってのに。
やっぱり祭ってのは、いくつになってもうきうきしてしまう。
俺には縁のないことだが、学校でもらう「夏休みの注意事項」に「不純異性交際禁止」とかあるけど、こういう空気だとはっちゃけちゃう奴も多いんだろう。
と、この祭り会場に来てから一言も発していない、隣の奴を盗み見る。
翔はこわばった顔で行きかう人々をじっと見ている。ナンパの獲物を狙い定めている、というと格好いいが、声をかけやすそうな人を必死に探しているのだろう。
「…………」
黙って翔をじっと待ってみるが、祭の中でじっと突っ立って人をひたすら見ているのって、もの凄く不審人物だよな。たまにすれ違う人がちらっと俺たちを見ていく。
今からやましいことをしようとしている身ではその視線がとても痛く、「あ~、何を買おうかな~」とか「アイツまだかね~。もうどんだけ待たせるんだよ」とかみっともなく口にしてみる。
「…………」
なんか翔の奴、緊張のあまり息が荒くなっているような気がする。
やべぇ、これじゃ本当に変質者だ。いけないオクスリをしている芸能人や、ナイフで突然切り付けてくる通り魔が最近ニュースになっているが、そんな疑いをかけられてもおかしくない状況だ。
「おい、もうやめよう。ふつうに祭をたのしもうや」そう声をかけようとしたら。
「……くぞ」
「え?」
「いくぞ、……俺は行くぞ、俺は行くぞ!」
翔が何をつぶやいているかようやく俺が理解したとき、すでに翔は飛び出していた。
「あっ、ちょっ……!」
翔は走っていく先には、長くてさらりとした黒髪のワンピースの子と、黒いショートカットでショートパンツからすらりと伸びた脚がまぶしい二人の女の子が歩いていた。
華やかで可愛いけど、まじめそうで声のかけやすそうな子たち。
そんな二人組に、翔は突進していく。
俺は翔を追いかけることができず、思わずその場で立ち尽くしてしまった。
だから声をかける翔と、二人の女の子の反応がよく見えてしまった。
「あ、あの!」
「!?」
突然声をかけられて二人の女の子はびくっとなる。
だけど翔は背が低いのと顔が、最近はとくに表情がやわらかくなったせいか威圧感がなく、女の子たちはびくびくしながらも翔の話を聞こうと足を止めてくれた。
悲鳴をあげたり不審者扱いされなかったことにほっとして、そのまま俺は見守る。
「俺ナンパしてて!! 一緒に歩きませんかっ!!」」
あちゃ~と思って遠くから眺めるが、俺もパニくったらああなるという自信があるだけに、まるで自分がやっちまったようにいたたまれない。例えて言うならギュッと身体が絞られたような苦しさと、氷漬けにされたように血の気が引いてしまう感じか。
女の子たちは一瞬目を見開いた後、眉間にしわを寄せた。でもそんな顔も可愛い。
その後に浮かんだのは、侮蔑、困惑、怯え、その他さまざまな感情。
まばたきするほどの短い時間にそんな感情を浮かべた後、二人は顔を見合わせると、「ごめんなさい」と一言いって走って去っていってしまった。いや、あれは……逃げていったと言うのが正しい。
チキンな俺は、彼女たちの姿が完全に見えなくなった後、ようやく翔の側に行く。
翔は、一言でいうなら魂が抜けたような感じで、呆然としながら人ごみの中で突っ立っていた。
俺は思わずその肩に手を回した。
「よくやった、お前はよくやったよ! お前こそ男の中の漢だよ!!」
そう言って少々手荒に背中をばんばんと叩いてやると、翔ははっと我に返った。
「うおっ!」
そしてすぐ隣にいた俺に気づいて顔を見上げると、ぎょっとしてまた固まってしまった。
側に来た俺に気が付かないくらい、そんなにショックだったか。
同情しながら翔の顔を眺めていると、顔がみるみる赤くなってくる。
……俺とお前の仲じゃん。黒歴史のひとつやふたつ見られたところで、そんな恥ずかしがることねえって! っていうか、側にいろって言ったのお前だし。
「よし! 腕掴んだお詫びに何かひとつ奢る予定だったが、お前の勇気を称えてもうひとつ奢ってやる。ありがたく思えよ!」
まだ翔はショックをひきずっているのか、反応がにぶい。
いつまでも通路に突っ立っていたら、他の通行人の邪魔だ。それにあんまりなナンパで玉砕した翔を、おもしろそうにチラチラと見ている人もいる。
早くここを移動しようと、翔の腕に手を掛けたときだった。
「ねぇ、ナンパしてんのぉ?」
「アタシらが、一緒にまわってあげよぉかぁ?」
背後からオンナノコ達に声をかけられた。
面白がっているような声音からして、もしかしてこれって逆ナンってやつか。
これはこれで翔の「男」としての目標を達成できたような気はするが、翔に視線をやればやっぱり反応がない。
逆ナンは翔の希望ではないか、と代わりに俺が否定の返事をしようと振り返り、思わず固まってしまった。
ほぼ金髪の長い髪を頭の上で凄い形に巻き上げ、よく分からないキラキラ光る飾りが無造作にぶらさがっていてクリスマスツリーを思い出させる。
顔は……、一言でいえばケバい。声だけ聞けば同い年くらいだと思うが、化粧を塗りたくったような顔は若い……キャバ嬢のように見える。
恰好は浴衣……、いや、肩の下まで下げて肌を、胸を半分ほど出しているそれは何のコスプレなんだと聞きたい。
そんな女の子が二人並んで、ニヤニヤとしながら自分と翔を眺めていた。
「…………」
否定するための言葉がつまり、思わず口を閉じた。
正直なところ二人の恰好に驚いたが、こういう子は街でもたまに見かける。それによく考えれば、逆ナンしてくるのはこういう子しかいないだろう。
それより、厄介なことになった。
女の子たちの表情を見るに、悪意はなく純粋な人助けの気持ちで声をかけてくれていると思われる。それは本当にありがたい。
だがその分下手に断ると、プライドを傷つけられたとか、人の親切を断りやがってとか、どういう態度に出てくるかわからない気がする。
しかも大体怖い感じのお兄さんたちがお友だちで、どこからか現れて「何、オレの連れに恥かかせてくれてんだヨ」とかからまれるような気がする。
じゃあ一緒にまわれば、やはり怖いお兄さんたちに囲まれて「何、ヒトの連れに手ぇ出してんだヨ」とからまれる気がする。
彼女たちの反応も、怖いお兄さんも、全部俺の勝手な想像でしかない。
だけど女性から声をかけられた場合、どう紳士的に断れば事を荒立てないですむのか。
翔がナンパを失敗したときと同じくらい冷や汗をかきながら必死に考えていると、焦れた女の子たちが今度は翔に声をかけだした。
「ねぇ、ちょっと聞いてんのぉ?」
「ナンパ失敗して可哀想だから、一緒にまわってあげるって言ってんじゃん。ねぇ?」
女の子たちが動くたびに、ぶわっと香水の匂いがしてよけい頭が回らなくなる。
そのまま彼女たちは翔の肩を荒く揺すった。
やべぇ、返事が遅くてイラついていらっしゃる。
翔は今廃人になってるんだ、お願いだからそっとしておいてやってくれ!
焦る俺の横で、ようやく我に返った翔が状況をつかめずオロオロとしだした。
あ、お前俺以上にいっぱいいっぱいなんだから、今は黙ってろよ。
「ま、……間に合ってますからっっ!」
あぁ。
混乱した頭では翔の言葉が、マズイのか正しい答えなのかもう判断が付かない。
ただ、目の前の彼女たちの顔が歪んでいくのが、スローモーションで見えた。
案の定、彼女たちは怒りも露わに声を荒げだし、マシンガンのように罵詈雑言を浴びせてきた。
「はぁっ!? 何言ってんのぉ? 何勘違いしてんのキモっ!」
「マジむかつく! アンタたちが困ってるから声かけてやったんじゃんっ!!」
はい、その通りです。キモイのに勘違いしてナンパなんてしようとしてごめんなさい。
心の中で土下座しながら許しを請うも、もちろん彼女たちに届くわけなく、しかも聞こえたら更に怒りに油を注ぎそうで下手に口をきけない。翔も彼女たちの剣幕におされて呆然としている。いや、こいつはその前から廃人だったか。
祭に来ている人たちは俺たちを避けるように通り過ぎ、逆に心配そうに足を止める人もちらほら増えてきた。このままいくと、祭の運営の人か警備員がきかねない。
焦るも彼女たちの言葉はまだ続いている。
「大体さ、男二人で祭にくるとかキモいっての!」
「本当! こいつらホモなんじゃね?」
彼女たちの顔が、怒りからあざけりの笑みに変わった。ようやく怒りも収まってきたようだ。ここから逃げられるなら、もう俺たちはホモってことにしてしまおうか、と思った瞬間だった。
「俺はホモじゃないっ――!!」
まるで悲鳴のように翔が叫び、一瞬周りの音が消えた。
驚いてかたわらの翔を見れば、翔は泣きそうな顔をしていた。
耳に音が戻ってくれば、それは周りの人が再び俺たちに注目しだすざわめきの音だった。
いや、今は翔だけに注目が集まっている。ほっとけば衆目のなかで泣き出しそうな翔に、居てもたってもいられなくなった。
「ということで、ごめんねっ!」
翔の腕をとってその場から走って逃げ出した。オンナノコ二人は翔の叫びに呆気に取られていたので、あっさりと逃げることができた。
翔の腕をつかんだまま、俺たちを追いかけてくる視線から逃げるように走り続ける。
途中で人にぶつかってさらに怒りの声をもらったが、気にせず走り続ける。
『あぁ、また翔の腕にあとが残るかもな』と頭の片隅で思った。
どれだけ走ったか。いいかげん息が切れてきた頃、出店の並ぶ明るい参道から外れ、人気のない街灯もなく薄暗い木陰を見つけて翔と一緒に座りこんだ。
一旦立ち止まれば、無理に走り続けた肺が空気を求めて大きくあえぐ。そのまま翔に目をやれば、膝に顔をうずめて表情は見えなかった。




