15話 夏休みの誘い
週明けの月曜日。
奴がアレを付けているか、付けていないのか。
気にしないように、白いシャツの背中に目がいかないように、そして買い物に付いてったことなんて無かったように、俺は頑張って振舞った。
だが。
「なに、服ん中に虫でも入ったか?」
「あ、いや……」
村瀬の声に視線をやると、村瀬のかたわらで妙な格好をして固まっている翔がいた。
思いっきり違和感があるんだろう。翔は学校にいる間、ずっと背中や胸元を気にしてはモゾモゾくねくねと身体を動かしている。
アレを付けていると事情を知っている俺以外でも、翔がおかしいというのは一目瞭然だった。
「服の中に髪の毛とかついてんじゃねえの? トイレにでも行って、一回脱いで見てみれば?」
「あ、あぁ……!」
俺が助け舟を出すと、翔はほっとした顔で教室を飛び出していった。
白シャツとタンクトップだけでも暑いのに、更にアレをわざわざつけなきゃいけないなんて。女って大変なんだな……。
ってか、アイツちゃんとつけてんだな……。
何となく遠い目をしていると、村瀬もシャツの胸元をパタパタと仰ぎながら、翔の出て行ったほうを眺めた。
「シャツに乳首こすれて痛いんじゃねーの。見て、俺の可愛いポッチ。汗で貼り付いちゃって大変」
「…………見せんなこのクソバカ」
とりあえず、周りにはばれていないようだった。
それから少しして、甲子園をかけた県大会があった。
俺たちは試合に出ることなく、応援席で喉が裂けんばかりに声をはりあげて応援した。
結果は、一回戦敗退。
これ以降もちょこちょこ他の学校と試合はあるものの、3年生の晴れ舞台はこれで最後となった。
やりきった顔で、だけど涙を流す先輩たちの姿に、応援席の俺たちも号泣しながら拍手を送る。
「次からはお前たちの出番だ! 俺たちの代わりに頑張ってくれ!!」
「任せてぐだざいぃいいいいっ!!」
先輩の涙ながらのエールに、俺たちも涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら雄叫びのように叫んで応えた。
熱気につつまれて皆が興奮して訳の分からない叫びをあげていた中、翔だけは寂しそうな笑顔を浮かべていた。
その日を最後に、翔は部活に来なくなった。
表向きは身体の調子が悪くて病院に通うため、休部扱いになると説明していた。
俺にもその説明しかしてくれなかった。
だから翔はこのまま俺にも、転校することを隠したまま、いなくなるつもりなんだと気がついた。
そして俺の予想通り翔が誰にも何も言わないまま、夏休みになった。
特別授業というか補習には翔も顔を出していたが、部活に出なくなるとなぜか自然と会話する機会もなくなっていった。
このまま本当に黙っていなくなってしまうんだろうか、と考えていた七月最後の日曜日の夕方。
「そういちろうく~ん、あーそびーましょー」
自分の部屋で漫画を読みながら夕飯ができるのをダラダラと待っていた俺は、間抜けな呼び声に玄関まで出ていく。
Tシャツにハーフパンツでサンダルを突っかけた相変わらずの恰好をした翔が、玄関に立っていた。
何か、虫取りアミとカゴを持っている小学生の時の翔がかぶって見え、思わず目をこすってしまう。
「突然なんだよ」
今まで連絡のひとつもよこさずに、このまま黙っていなくなってしまうと思ってたのに。
「夏休みだってのに寂しい夜を過ごしてるねぇ。青春を楽しもうぜ、遊びに行こうぜ」
「は? もう夕方だぞ。どこに行くんだよ」
妙にはしゃいだ様子の翔に、人の気も知らないでと若干イラッとしてくる。
翔は胸をはって答えた。
「夏祭りだよ」
「夏祭りは再来週だろ」
「いや、今日ある。隣の市でな」
「はあっ!?」
なんでわざわざ隣の市の祭に行かにゃいかんのだ。
バスで30分ほどはかかるんだぞ。
顔をしかめると、翔はいきなり神妙な顔をした。
「俺さ、もうすぐ手術して完全な女になるんだわ」
「………………」
知っていたがまさか今ここで聞かされるとは思わず、つい黙りこくってしまった。
「んでさ、男であるうちにやり残したことはないかって思ったらさ…………」
そこで翔はなにやら言いにくそうに目を泳がせ始めた。
わざわざ隣の市の祭にまで行ってやりたいこと……。
男であるうちに……。
あぁ。
「……ナンパか」
「正解!」
ぱあっと顔を輝かせる翔に、思わずがっくりと頭が下がる。
翔にじゃない、即座にわかってしまう自分にだ。男って単純なんだからしょうがない。
「んでさ、一人で祭に行くのも、一人でナンパするのも無理だから一緒に来てくれ」
「お前な! ナンパとか俺だって無理だって!」
「大丈夫! 声をかけるのは絶対俺がするから。荘一郎はそばで見ててくれればいいから!」
「…………」
そこでようやく翔が妙に浮かれているのは、実は虚勢をはっているんだってことに気が付いた。
何の手術をするにもビビるだろうが、悪い所を治すための手術じゃなくて身体を作り変えてしまう手術ってのは、後戻りができないぶんだけそうとう怖いと思う。
「わかった。俺も行く」
翔の虚勢に気が付いてしまえば、俺ができる選択肢はこれしかなかった。
「じゃ、行こうぜ! 今からなら花火まで余裕あるし」
「いや、ちょっと待て!」
今度こそ本当にはしゃいだ翔が腕をつかんで引っ張ろうとしたが、俺は空いた手を付きだしてとどめる。
笑顔だった翔の顔がとたんにくもった。
「……なんだよ、行くんじゃないのか」
「いや、このまま行くわけにもいかんだろ。ちょっと着替えてくるから待ってろ」
休日だった俺は、実はさっきまでパンイチで過ごしていた。
玄関に出るために慌てて着た今の服装も、床に投げ捨てていたよれよれのタンクトップとハーフパンツという、思いきりだらけた格好なのだ。
改めて俺の恰好を見直した翔は、「あぁ……」とつぶやいて俺の腕を離した。
中に入って待ってもらおうかとも思ったが、母さんにつかまるとすぐには出れなくなりそうだったので、そのまま翔を玄関先に残してから急いで自分の部屋に戻った。
部屋の壁にかけてある服にざっと目を走らせる。ナンパするんなら、少し着飾った方がいいのだろうか。
薄い半そでのジャケットと、一つだけ持っているなんちゃってアクセサリーが目に入る。
取ろうと伸ばした手が、ちょっと待てと止まる。
いや、翔はいつもの服装だった。あまり気合を入れ過ぎても夏祭りなんだしおかしいか。
そもそもナンパするのは俺じゃなくて翔だし……。
あ、いかん。あまり時間をかけても何か変に意識してると思われるか……!
時間を気にしつつもうだうだと悩んだ結果。
「待たせたな」
「お、……あぁ」
結局何周もしてTシャツとジーパンに落ち着いた。
翔の何とも言えない視線が、俺の上から下まで何度か往復する。
「何かえらい時間がかかってたから、もの凄いキメてくるのかと……」
「それは言うな。それよりも急ぐぞ!」
ごまかすために少々強引に話しをきって先を歩きだす。そんな俺の背後で「いや、遅くなったのお前だし……」という、空気を読んでくれない翔のつぶやきが届いた。
「いいから行くぞ!」
「あ、おい」
放っとけばまだまだ何か言ってきそうな雰囲気に、思わず翔の腕をつかみ早足で歩きだした。
「ちょっ、ちょっと! おい!」
引っ張られる形となった翔が何か言っているが、無視して歩く。逆に何も言わせないよう、ぐいぐいと引っ張ってやった。
結局バス停に着くまでの5分間ほど、翔の抗議を無視して引っ張り続けた。
「いてぇ……。お前なにやってんだよ」
おかげで翔の腕には、うっすらと俺の手形がついてしまっていた。
痛そうにさする翔を見ていると、自分でもむきになりすぎたと反省した。
浮かれているのは、どうやら俺の方みたいだ。
結局、イカ焼きか焼きそばか何かおごる約束で許してもらい、バスに乗り込んで祭の会場へと向かった。




