14話 真夏のショッピングモール (後)
服コーナーの中でも、特になにかオーラを発している女性下着コーナーを前に、俺の足は止まる。
「…………」
まさかここで逃げるのか?と、疑うような視線が隣から突き刺さる。
おばさんも立ち止まり、どうするのかとこちらを伺っている。
俺は二人の視線を受け止め、大きく息を吸った。
「俺はここで待ってます」
「えっ! ここまできてそれはないだろ!?」
すがるような、悲鳴のような声を上げる翔に、おばさんが「ここまで来てもらっただけでも十分でしょ!」となだめにかかる。
二人とも、俺が恥ずかしくてこれ以上下着コーナーに近寄らないと思っているんだろう。それもあるんだけど。
俺は翔の腕をつかみ、おばさんに聞こえないように顔を寄せた。
「俺がこのままついていくと、お前がどんな下着を買うのかわかっちまうんだけど。……それはまずいだろ?」
「!」
こそっと言って顔を離せば、翔は顔を真っ赤にして目を見開いていた。ちらっとおばさんの様子をうかがえば、何か微笑ましいものを見守るような顔をしていて、ばれてないとほっとする。こんなことを自分の娘に言ったとかばれたら、ものすごい引かれるだろう。
くいっと服の裾が引かれて目をやると、まだ耳の赤い翔がつまんで引っ張っていた。俯いてるので視線が合わない。
「……じゃあさ。俺の目の届く範囲に、居てくれないか?」
「え」
あぁ言えば諦めると思っていたのに、翔の言葉に息を飲む。
それって、どんな下着を買うか見て良いってことか……? そうなったら俺たぶん、いや、絶対に「今日はあの下着かな」とか妄想してしまうぞ!?
「買ってるとこは見ないで待っててくれ」
「あ、あぁ……」
俺の心の声をスッパリ切り捨てるような翔の言葉に、考えるよりも先に返事をしていた。
しまった、また逃げる機会を逃した!と気が付いたのは、翔が満足そうにうなずいて下着コーナーに入っていったあとだった。
一人残ることに少し心細くなり下着コーナーの方をちらりと伺えば、コーナーの入り口で、俺がちゃんといるか確認している翔と目があった。
翔はぎこちない顔でうなずいてみせたので、俺も意味はわからないがうなずきかえす。
そんなよくわからないコンタクトをとっていると、女性の店員を連れたおばさんが翔の所に戻ってきた。
「恥ずかしがって隠していたもので……」
「あらまぁ。でも皆さんはじめてはそんなものですよ。先生や周りの友達に言われて、初めてこちらに来られる方も多いんです」
離れた場所にいたが、けっこうおばさんと店員の話す内容は聞こえた。
さすがに高校生になるまでブラをつけない女子はいないだろうな、と思っていると。
「それじゃあ失礼しますねぇ~」
「うおっ!」
翔の悲鳴のような声に思わず目をやれば、店員から紐みたいなメジャーを胸に充てられている翔の姿があった。
何か近くね?
遠目から見れば、しゃがみこんだ女が翔の胸を眺めながら触っているように見えて、なにやらいけない光景(しかも知人の)を見ているような気分で、なんか無性に背中がムズムズしてくる。
「え~っとサイズは、トップが……」
店員の言葉の意味を理解した瞬間、俺はダッシュでその場を逃げ出した。
30分後。
ゲームセンターで何をするわけでもなく椅子に座ってボーっとしていた俺は、おばさんからの電話で買い物が終わった翔たちと合流した。
いなくなったことを翔から責められるかと思ったが、当の本人はおばさんの後ろで魂が抜けたような顔で何も言わずに突っ立っているだけだった。
「……おつかれ」
「…………」
へんじがない、ただのしたいのようだ…………。
「さ、お昼にしましょうか。荘ちゃん何が食べたい? 今日付き合ってくれたお礼」
スッキリとした笑顔でおばさんが切り出してきた。
俺としては、今日一番頑張ったのは翔だから翔の食べたいモノでも、とおばさんの後ろに目をやったが。
「……わりぃ、俺食欲ない。何を選んでも俺は食えないから、遠慮なく好きなのを選んでくれ……」
「……おぅ」
俺の視線の意味を察知した翔に、先に言われてしまった。
更におばさんから「遠慮してたら、ここを出て回らないお寿司屋さんにでも行っちゃうからね!」と凄まれたので、適当にファーストフードで軽く済ませるわけにもいかず、レストランコーナーの定食屋に行くことにした。
「俺、お冷だけでいい……」
力なくそれだけ言うと、翔は机に突っ伏してしまった。大丈夫かと声をかけようとすると、すーすーと小さな寝息が聞こえてきてぎょっとしておばさんの方を見た。
「昨日、全然寝れなかったみたいなの」
「……そうっすか」
完全に眠りについた翔はいったんおいといて、俺とおばさんはメニューを決めて注文を済ませた。
「荘ちゃん、今日は本当にありがとうね」
「あ、いや全然っすよ」
おばさんのしんみりした言葉に、つい慌てて訳のわからない言葉を返してしまう。
そんな俺を笑うこともなく、おばさんは目をふせながらつづけた。
「こんなこと、年頃の男の子につきあわせるものじゃないってわかってるんだけど。それでも荘ちゃんが来てくれて、本当に翔もわたしも助かったわ」
「い、いや。本当に俺たいしたことしてないですし。それにこんなお昼おごってもらっちゃってラッキーだなって……」
「翔ね、身体の病院と一緒に、心理カウンセリングも受けてるの」
その言葉は衝撃的で何も言葉が出なかった。
が、よくよく考えてみれば男からいきなり女になるんだ。心理的なサポートももちろん必要だろうなってのはすぐに納得できた。
「だけど最近の翔の荒れようはもう本当にひどくって。下着を買いに行くって話をするのに本当に苦労したの。ここまでこれたのも荘ちゃんのおかげなの」
「え、いや。その……」
「だけどね、今回のことで私も翔も。荘ちゃんに頼り過ぎだって反省しているの。カウンセリングの先生も、翔が思ったよりも安定しているのは荘ちゃんのおかげだけど、このままだと荘ちゃんの負担も大きすぎるって指摘されて。本当にそうよね、ごめんなさい」
「そ、そんなこと全然ないですって!」
なにやらおばさんの表情が深刻で、焦って大げさに否定してしまう。
確かに今回のブラの件とかはありえないとは思ったし、最近翔と距離をおきたいとも思っていたけど。だけどいざ目の前でこんな顔をされたら、嫌なんて絶対言えないし!
「もう聞いてると思うけど、夏休みに入ったら、翔は手術をすることになっているの」
「……え?」
おばさんの言っていることがわからなくて固まってしまった。
そんな俺の反応を見て、おばさんも一瞬固まってしまう。
俺もおばさんも机につっぷしたまま寝ている翔に視線をやった後、おずおずと顔を見合わせた。
「……あ、あの、コレハ、キカナカッタコトニ……」
「あ、俺、ナニモ、キイテイマセン」
おばさんが落ち着かない様子でお冷を口にするのを見て、俺も意味もなくお冷をごくごく飲みほす。
胸は自然と出てきているから、手術するって……どこを……。
いかん、それ以上は考えるな。慌てて残った氷をほおばって、でかい氷をかみ砕くことに全意識をもっていった。
「……それでね、このまま荘ちゃんに頼り続けて迷惑をかけるわけにもいかないし、いい機会なんで主人のところに引っ越すことにしたの」
「えっ!?」
おじさんがいるのは県外だ。
つまり……。
「……転校、ですか」
聞いた時はショックだったけど口に出してみれば、根拠はないけどそれが当たり前のような気もしてきた。
やっぱり男だったのが女になるんだから、環境とかがらっと変えた方がいいんだろうか……。
「翔が女の子と分かった以上は、女二人だけで暮らすのも心もとないしね」
「……なるほど」
そこで注文した定食がきて、何て言えばいいかわからなかった俺はそのまま無心で目の前の飯を平らげた。
おばさんから聞いたことは至極当たり前のことで頭では納得しているのに、なぜか胸のあたりが落ち着かなくて、かっ込んだ昼飯の味は一切わからなかった。




