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13話  真夏のショッピングモール (前)

 


 相変わらず強い夏の日差しが、軽自動車の後部座席に座る俺の後頭部と横顔を痛いほど照らす。

 車内には軽快なラジオの音と、絶えず動くエアコンの音だけが響いている。


「…………」

「…………」

「…………」


 車内には3人乗っていたが、その誰もがピリピリとした空気をまとったまま一言も発さない。


 やがて車は、大型ショッピングモールの立体駐車場に飲み込まれていく。

 コンクリートで囲まれた薄暗い空間に入り、眩しさに細めていた目をようやく開く。


 ゴクリ。


 俺の目の前で、助手席に座る翔が唾を飲み込む音がした。心なしか、いや、確実に体をこわばらせているのが後ろからでもわかった。

 翔からすれば、いけにえに差し出される子羊のような気分なんだろうか。


 なら、俺は何なのだろう。


 助手席に翔、運転席に翔のおばさん。

 後部座席に俺。

 買い物に行く親子と、それに付いてきている俺。

 前の二人にばれないようにひそかにため息をつきながら、数日前のやり取りを思い出していた。




『頼む! 一生のお願いだ! 俺だけ恥ずかしいのは嫌だ!! ブラの買い物に、お前もついてきてくれっ!!』

「断るっ!!」


 反射的に口が動き、気が付けば指が電話を切っていた。


 遅れて鼓動が激しくなる。

 手で口を覆い、大きく深呼吸をして心臓をなだめた。

 怒りのためか、いきなり『ブラ』とか言われた恥ずかしさの為か、何で動揺しているのか自分でも理解できない。


 翔が胸にテーピングを巻いていると知ってから……。いや、正確には翔のブラ姿を妄想してしまった時から、俺は翔にばれないように慎重に距離を取り始めていた。

 その矢先にこの仕打ち。俺は相当悩んだというのに、これはあんまりじゃないだろうか。


 顔が熱くて、思わず目を閉じて腕に額を押し付けた。

 これはあれだ。怒りもあるし、恥ずかしさもあるし、付いて来いってどういうことだよっていう混乱もありのぐちゃぐちゃな状態だ。

 目を閉じた暗闇の世界で、半べそ状態な翔の声がよみがえり、罪悪感にちくりと胸が痛んだ。


 と、携帯の呼び出し音が鳴って目を開けた。

「…………」

 翔からだ。

 このまま無視をするかどうするかしばらく迷った後、もう一度しっかりと断る決意をして、しぶしぶ通話ボタンを押した。


「頼むっ……、頼むから付いてきてっ、くれっ……っ。ぐずっ、っ……」

「~~~っ!」


 泣いていた。ぐずっぐずに泣いていた。

 しかも泣いているのをばれないように頑張っているせいで、よけい酷くなっている状態だ。

 散々悩んでいた俺のもやもやが吹っ飛っとばされてしまう。

 追い詰められた奴特有の必死さに、ほんの少しあった罪悪感が大きく膨らんでグサグサと俺に突き刺さる。


 そうだ、俺はこの葛藤から逃げることができるけど、翔は逃げることが許されないんだ。


 スッと胸の辺りが冷たくなったような気がした。

 電話の向こうでは、何か言おうとしては言葉にならない翔の呻くような声が続いている。


「わかった。行くよ。俺も行くから」


 なだめるように、そっと電話越しに翔に声をかける。

 瞬間、息を飲んだような間の後、さっきよりもひどい、号泣といってもいいくらいの泣き声があふれてきた。

 何か対応を間違えたかと焦り、全身から冷や汗がどっと吹き出る。

 必死に携帯に耳を押し付けて向こうの状況をさぐっていると、途切れ途切れに翔が礼を言おうとしているのが何となくわかった。

 黙ったまま、翔の言葉を辛抱強く待ってみたが、頑張っているがなかなか言葉にならないようだ。


「じゃ、行く日にちとか決まったらメールでもしてくれ」


 いつまでも泣き声を聞いているのは翔に悪い気がして、それだけ言うと返事を待たずにこちらから切った。


 あぁ、やっちまった。


 翔の泣き声が聞こえなくなった途端、罪悪感が後悔にすり替わってガンガンと俺を苛む。

 どーすんだよ、女性物の下着売り場なんてどんな顔をして行ったらいいんだよ。

 脳裏に浮かぶのは、大型スーパーの服コーナーで適当に自分の下着を見に行ったときに、たまに視界に入る女性下着のコーナー。

 中坊の時はちょっと恥ずかしかったが、自分の服とか探すふりをしてわざとその周囲をうろついたり、友達とどれだけ近寄れるかなどちょっとした度胸試しみたいな感じで近づくこともあった。

 だが高校生になると嬉しいというよりも、ちょっとでもそのコーナーに視線を送っていることが周りの人にバレて、変態と警戒されるんじゃないかという恐怖感に襲われる。


 やっぱ無理無理無理無理。


 湧き上がる恐怖感に思わず身体がすくむ。

 どうしよう、今から断るか……。

 だけどそんなことできないのはわかっている。

 近づくだけでも冷や汗ものの所に正に入り、翔は女物の下着を選ばないといけないんだ。


 そこでふと思う。

 いつもの翔なら、「女物の下着を見れるなんてラッキー!」とか言うぐらいはしそうだけど、今回はそんな余裕がなかったのか。

 もしくは、今までが虚勢をはっていたんだろうか。


「あ~~~っ」


 結局その夜は、いや、買い物に付いていく直前まで。俺は後悔と翔のことで板挟みになって、うだうだ考え続けるのだった。




 そして二日後の土曜日の朝、おばさんの車で隣の市にあるちょっとした大きさのショッピングモールに来た。

 本当はもっと近く、バスで行ける距離にデパートとか店とかある。

 わざわざ遠くの店に行く理由の説明なんてなかったけど、家や学校の近くだと知り合いに見られる可能性があるからなんだと思うから、俺も聞かない。



 駐車場からモールの中に入ると、重苦しいほどの蒸し暑さから解放されてほっとする。

 おばさんはエレベーター横の建物案内をさっと見ると、「行こうか」と俺たちに声をかけてゆっくりと歩きだした。

 言葉もなく付いていく俺と翔。翔の顔は強張っていて、下手をすると足がもつれそうなくらいになんか頼りない歩き方だった。



 いろんな専門ショップが並ぶ一角を歩く。

 俺には縁のない雑貨とか、女性用の服とかの店が多い。

 と、おばさんがある店の前で立ち止まり、何ともいえない顔で店の中を覗きこんだ。俺と翔も立ち止まってその店に目をやる。

「うっ!」

 思わず二人で後ずさりした。


 派手なライトでビカビカと光り、とにかくありとあらゆる色で溢れた、目に痛い店。

 胸と尻が強調されたマネキンが、これでもかと胸を付きだして身に着けているソレ。

 一瞬アダルトショップかと思うくらいにけばけばしくピンクな感じの、女性下着専門ショップだった。

 視界に入れるのもやばそうな下着の群れに、若い女の人たちが笑顔で選んでいるのが見えて、よけい居たたまれない気持ちになる。


 カタカタカタカタ……――。


 隣でする変な音にぎょっとして目をやれば、翔が壊れたおもちゃのように小刻みに震えながら首を横に振っていた。

 うわ、翔が壊れた!

 言葉も出ずにおばさんに必死に助けを求めれば、店の雰囲気にのまれていたおばさんがはっと我に返った。


「い、いやっ、ここじゃないわよ!? お母さんだってこんなとこ入れないわっ!!」


 悲鳴のようなおばさんの声に、俺は思わず「違うぞ!」と声をかけながらバンバンと翔の背中を叩いてしまった。

 叩くうちに死んでいた翔の目に光が戻ったような気がして、ほっとして翔の背中から手を離す。


「…………」


 戻した手のひらに翔の背中の柔らかくて暖かい感触が残り、思わずごまかすように握りしめた。



 気を取り直し、おばさんがさっきよりも早い足取りで歩いていく。

 俺たちもド派手な下着店から早く逃げたくて、さっきまでのちんたらした歩きが嘘みたいにさっさと歩く。

 去り際に、チャラチャラした男が彼女と下着店に入っていくのがチラッと見えた。いつもはイラッとする光景が、この瞬間だけは、その男が勇者に見えた。



 大型スーパーのエリアに入ると、今までの居づらいおしゃれな雰囲気から、なじみ深い庶民の空間に変わった気がして、ほっと一息ついた。

 靴コーナーとか服コーナーとかを通り過ぎると、馴染みぶかい雰囲気でも徐々に空気が変わってくる。

 つい俺の足が止まる。


 通路の向こうに、女性物の下着コーナーがでんとかまえていた。




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