11話 林間学校 (後)
ゴリが扉ひとつ挟んですぐそばにいるのも忘れて、大声を上げそうになる。
なかばパニックになり、翔を思い切り蹴飛ばして追い出そうとした。
が、それよりも素早く、翔に身体を無理やり横向きにされる。
何やってんだと声をかける間もなく、翔が俺の後ろにまわりこむ。
そのまま横になると俺の腰に腕を回し、まるで抱き付くように身体を押し当てて密着してきた。
ぐいっと押し付けられる体温に、必死に振りほどこうと身をよじる。
腰に回された腕に更に力がこもり、俺に負けないくらい必死な翔の声が、タオルケットの中からくぐもって聞こえてきた。
『くっつかないとゴリにばれるだろ!? そしたら、今度こそ母さんにばれちゃうよ!! 頼む、荘史郎!』
翔も俺と負けないくらい、パニック状態になっていた。
直後に扉のドアノブを握る音がして、身体が固まる。
頭が真っ白になり、どうしたらいいかわからなくなる。
ちょうど胸と腰の境ぐらいに翔の胸があたり、バクバクと激しい鼓動が伝わってくる。
…………あれ。
ちょっと待ってくれ。
翔の胸、何か少し出てないか……。
微妙に、ほんの微妙になのだが、何だかふにょっとした感触がするような気がする。
いや、だけど服を着た翔の胸はいつも通りぺったんこだったはずだ! 俺の気のせいだ!!
混乱する頭で必死に否定して、どうにか意識を翔の胸から引きはがす。
俺の心臓は頭の中にあるのか?ってくらいに、ガンガンと耳や頭の中でうるさく脈打っている。
「……っ!!」
ガチャッと音がしてドアが開き、懐中電灯の明かりが部屋の中を照らした。
同時に、少しの隙間も許さないとばかりに、翔の足が俺の足にからみついてくる。
就寝時の服装は体操服で、ズボンはハーフパンツをはいている。つまり、膝から下はむき出しだ。
暖かい素足が密着してきて、俺の体温が一気に上がる。
『……ふーっ、……ふーっ……』
中に潜っているせいで息苦しいのか、または極度の緊張の為か。
タオルケットの隙間から、翔の押し殺したような少し荒い息遣いが聞こえた。
その瞬間、自分の身体の変化を悟り、体温の上がり続けていた身体を、一気に冷たいものがかけめぐった。
「…………」
思わず前かがみになる。
密着していた翔の身体も、離れることなく更に密着してきた。
全身うるさいぐらいにバクバク言っているのに、更にもう一か所ドクドク脈打っていて正直なところ泣きたくなる。
いやいやいや、これはない。
まじでこれはない!
ゴリがまだいるのか薄目を開けると、懐中電灯の明かりが部屋の中を確認するように、あちこちをゆらゆらと動きながら照らしている。
頼むから、部屋の中にまでは入ってくるなよ!!
緊張から、汗のにじむ手をぎゅっと握りしめて息を殺す。
どんなに密着していたって、ベッドの中を覗かれれば、タオルケットの中にもう一人いることがバレバレだろう。
それにパニックの翔に流されていたがよくよく考えれば、消灯時間以後でも自分の部屋の中ならうろついたっていいじゃないか!
翔が自分のベッドに戻る途中でゴリに見つかったところで、トイレに行った帰りだとか言えばそれでいいだろう。
それよりも、翔が俺のベッドに潜り込んでいる今の状況の方が、よっぽどマズイだろ!!
顔と背中に汗がダラダラ流れ出す。背中には翔が密着しているが、それを意識すればするほど汗が止まらない。
今の状態でばれてみろ! 部屋の電気をつけて翔が引っ張り出され、俺もきっとベッドから出されるだろう。
今の俺の状況はめちゃくちゃやばい!! 翔とベッドにいて股間を膨らませているのがばれたら、俺はもう終わりだ。学生生活も終わりなら、人間としても死ねる。
油断すれば荒く漏れそうになる呼吸を、ぐっと我慢して寝息に聞こえるように抑え込む。正直めっちゃ息苦しい。だが俺は俺の人生をかけて、この場を乗り切ってやる!!
悲壮な決意をしている俺をあざ笑うかのように、ゴリは懐中電灯を灯したまま、じっと入り口に立ち続けている。
ばれているのか!? 起きているのがばれているのか!? それとも翔が俺の布団の中に潜り込んでいるのがばれているのかっ!? それともっ、俺の股間事情がっっつ!!?
「明日も早いんだから、さっさと寝るんだぞ」
ゴリはそう一言だけ言うと、ガチャンとドアを閉めて行ってしまった。
しばらくそのまま息を押し殺していた。
が、ゴリの足音が遠ざかって次の部屋のドアを開ける音がすると、押し殺していた息を大きく吐き出した。
翔はまだ緊張がぬけないのか、息を押し殺したまま俺に密着している。
「おい、もういいだろ」
タオルケットをめくると、密着したまま固まっている翔をそっとはがした。
翔は抵抗することなく離れると、まだぼうっとした感じではあったがゆっくりと身体を起こした。
途端に背中がヒヤッとする。
離れていった体温を寂しく思った瞬間、俺は自分の状況を思い出して慌ててタオルケットをかぶりなおした。
「……ゴリ、気づいてたのかな……」
「いや、気付いてなかった、と思う。きっと全部の部屋にあぁ言って回てるんじゃないか?」
背後から聞こえる翔の不安そうな声に、俺は安心させるように声をかける。
確信しているわけじゃない。そうであってほしいという、俺の願望だ。
「もういいだろう? そろそろ自分のベッドに戻れよ」
いまだ俺の後ろに座り込んでいる翔に声をかける。
が、放心状態なのか反応がない。
翔のほうを向くには差しさわりがあるため、背を向けたまま、翔の腕を軽くつかんでべッド柵の方へと引っ張った。
「あっ……」
「うおっ!!」
暗闇の中、翔がバランスを崩し、あろうことか横向きに寝ている俺の上に覆いかぶさってきた。
翔の胸が、俺の頬に押し当てられる。
やっぱり何かやわらけぇっっつ!?
再び全身の熱が上がる。股間が更に元気になる。
「はっ、早くどけっ!」
「……っ! あ、あぁっ!」
翔の声がうわずっているような気がするのは、俺が動揺しすぎだからか。
翔が慌てて身を起こそうと、俺の身体に手を置いて力をこめる。
その位置なら何の問題もないぞ!
翔の手の位置に一安心したその瞬間。
「あっ」
「うっ……!」
翔は手をすべらせ、俺の身体の上から、前方の布団に転がり落ちた。
その際、翔の手が、確かに俺の股間を掠めた。
「………………」
もう翔にかける言葉はない。
全身が冷や汗でじっとりとなる。
もう俺は終わりだ、そう固く目を閉じる。
まぶたの向こうで、翔が身体をおこすのがわかった。
「荘史郎、わりぃ! 痛くなかったか!?」
罵られるか、無言で引かれるかと思っていた俺は、予想外の言葉に一瞬息を飲んだ。
痛いと言えば、張りつめた股間に手が当たったのが痛かったけど……。まさか、それをストレートに聞いているのか?
返事もできずに固まっていると、暗闇の中、あろうことか翔が笑った。
「ははっ。よく考えたら、隠れる必要なんかなかったよな。堂々自分のベッドに戻るときに見つかったって、なんの問題もなかったんだわ。あー、俺超恥ずかしい。暗い中、野郎同士でくっついてるなんて気持ちわりぃ! ほんと、ごめんな荘史郎!」
一気にそこまで話すと、翔は俺の返事がないことなど一切気にしない様子で自分のベッドに戻っていった。
その次の日も、翔は何事もなかったようにふるまった。
気づいてなかったのかもしれないし、俺に気を使っていたのかもしれない。
林間学校から何日かして、休憩時間に翔がこそっと何かを渡してきた。
紙袋に包まれた中の物をよくよく確認すれば、一般的なエロDVDだった。
思わず固まっている俺に、翔は何やら照れた様子でボソボソと言った。
「いや、お前もいろいろ溜まってるみたいだし……。俺のお気にを貸してやるからさ。な?」
「………………」
……これで抜けとでも?
言葉も出ずに固まっている俺に、「気にいったんなら、返さなくっていいからな!」と妙な気遣いをして翔は自分の席に戻っていった。
数日遅れで抉られた傷に、俺は思わず机に突っ伏して呻くことしかできなかった。
更に数日後。
部活が始まる直前に、部室で翔をつかまえてDVDを返した。
中身は……色白で黒髪で清楚な感じで、決して大きくはないが美乳な……。……まぁ、ドストライクでした。
無言・無表情で渡す俺に、翔が真剣な表情で受け取る。
「……どうだった?」
感想を聞かれるのは想定内だったので、俺は無言で親指を立てた。
「……そうか」
翔はほっと表情をゆるめ、ささっとDVDを自分のカバンに入れる。
そんなに俺が気に入るかが気になっていたのか?と、翔の大げさな反応に呆れていると。
「荘史郎は好きなのは『女』ってことか。そっか、そっか」
「……っ!!」
翔は考えていることが結構口に出る。
今のもでかい独り言だったようで、俺のほうを気にすることなく、さっさと部室から出て行ってしまった。
もしかして。
あのDVDって、俺のホモ疑惑を確かめるためか!!
その日の俺は、エラーばっかりして監督にどやされまくった。




