7階層:蒼き地底湖での約束
レイクラブのほかの腕を切り落とそうとするが既に右腕の一つを切られたからか関節を狙われないように警戒した動きをされ、有利に運べないでいた。
ミシェルのナイフも雷属性ナイフで気を引いてダメージを与えるが殻のせいであまり通らず、元々戦闘がそれほど向いていないためかほとんど効果はないように見えた。
ナイフの効果を発揮するために魔力を消費しているためかミシェルの表情がやや曇る。
やはり、殻をどうにかしないと二人だけでは倒せない。逃げるという選択肢もあるが――
「逃げるか!?」
あえてミシェルに選択肢を投げかける。が、ミシェルは逆に問い返してきた。
「はぁ? 君その表情で言う!?」
「言わねぇ!!」
両者の瞳に映った互いの顔は窮地だというのに楽しげである。
逃げないなんて馬鹿ななことを選んだ二人は出会ってすぐにこの気持ちを共有した。
「なあ、失敗したら共倒れする策がある!!」
「なにそれ。成功率は?」
「5割!」
「上等!! 失敗したらそれこそ死ぬ気で逃げる?」
「逃げる前に多分俺は死ぬ!」
「じゃあとっととやれ!」
甲殻系や鎧など硬い敵へ有効な技能、防具破壊。成功すれば相手の防具や殻を破壊することのできるものだが、刃物による成功の難易度が高く練度が高くても失敗することも多い。失敗の代償は武器破損。この戦闘では使えなくなる。
だからこれは賭けだ。
左の剣を握り締め、レイクラブに駆け寄る。レイクラブも反応して鋏を振り下ろすが避けることは容易で、その鋏を足場にして跳んだ。
本体の脆い部分。一瞬で見極め、的確にそこを突けば――
全ての動きがまるで止まったかのように遅く見える。
そして、感覚を研ぎ澄ませ、殻の脆い部分を突き刺した。
ガキンッと殻の硬さに負けた剣が真ん中で折れ、剣先が宙を舞う。
「レブルス――!!」
「もう一度!!」
まだ、終わっていない。
右剣で今度こそと突き刺し、ひび割れるような音と共にレイクラブの殻が剥がれる。
「うらぁっ!」
追撃とばかりに折れた左剣と右剣を内部の柔らかい部分へ突き刺し追い打ちで剣がよく突き刺さるように蹴りで柄を蹴った。
レイクラブが暴れだし、跳んで攻撃範囲から逃れる。
あとは、仕上げだ。
「この僕に決めさせるなんてほんっと、いい度胸してるよ!!」
ミシェルが暴れるレイクラブを躱し、先ほど俺が露にした部分へ跳んで雷ナイフを突き刺した。
「くたばりやがれっ!! 『サンダーソーン』!!」
ナイフが言葉を発したとたん、今までとは比べ物にならない電撃を内部へ流し込み、しばらく暴れたレイクラブは感電死してその場に倒れた。
「……」
「……」
恐る恐る二人して剣とナイフを抜いてレイクラブが完全に死んだかどうかを確認する。
「大丈夫、だよな?」
「……大丈夫、なはず……」
「ということは……」
「僕たち大勝利」
淡々と事実確認をし、感情が追いつかないがとりあえずミシェルに手を向けられ、ハイタッチをして喜びを分かち合う。
「レイクラブの素材かー……結構取れるしなによりミソがいい値で売れるんだよなー!」
ミシェルが楽しそうに解体作業に勤しむ。俺も一応手伝うがレイクラブのような大型を解体したことがないのであまり役には立たなかった。
レイクラブの大鋏が二つとレイクラブのミソ。それらを回収し、一応折れた双剣の刃も拾って戦後処理が終わった。
「いやー、なんとかなったなんとかなった。やっぱり、僕が見込んだだけはあるね」
「こんな無茶は滅多にしないぞ」
「というか、人助けするんだね? 僕は助けてくれなかったのに」
「あれはお前がうざいから悪い」
「なんでさー!」と文句を言うミシェルを無視し、魔法陣を確認する。レイクラブが近くで暴れてもなんら損傷はしていない。
「目的の7階層……」
「ああ、7階層はね、魔物の出ない休憩地点なんだ」
そう言って、ミシェルが先に魔法陣に乗る。俺もそれに続いて階下へと移動すると先ほどよりも少し暗い場所へと降り立った。
「こっちだよ」
そう導かれ、薄暗くも青い光の方へと進み――
青く輝く水晶に囲まれた美しい地底湖が目の前に広がっていた。
地面まではっきりと見える透き通った水。所々に生えた水晶が青白く輝き、地底湖を幻想的に演出している。聞こえるのは水の音だけで静かで安らぐ空間だ。
水晶は大きく地面から伸びているものもあれば、自然で形成されたとすれば奇跡的な花のような形をした水晶もある。
「美しいだろう? 僕も初めてここに来たとき心から思ったよ。世界にはこんなにも美しい景色やものがたくさんあるって」
そう地底湖を見つめるミシェルの横顔はかつての自分を彷彿させた。純粋に普段は見られない未知の光景に焦がれ、追い求める子供のような、そんな目。
幼い頃、何も知らない自分は両親にダンジョンの話をねだった。桜舞う迷宮、赤い水で満たされた洞窟、氷でできた城。そんな幻想的な話を何度も聞いて、いつからか自分もそんな景色を見たいと思った。子供ながらに単純で、けど誰でも一度は思う憧れ。あの頃は誰でもギルドに入り、パーティを組んで宝を求めて美しいダンジョンを踏破する。そう、疑いなく思っていたものだ。
いつからだろうか。そんなことすら、すっかり忘れてしまっていた。
「僕は、宝物や強さよりもこの歓びを分かち合う友が欲しい。仲間が欲しい」
そう儚げに呟いて、ミシェルは俺に手を差し出す。
「僕の夢、一緒に叶えてくれないかな」
ミシェルの夢。それはきっと俺がかつて望んだ子供じみた願いと同じ。
『仲間と一緒にたくさんのダンジョンを巡りたい』
現実は厳しく、俺たちを蝕む。
ギルドを組めば金銭的問題や仲間同士の揉め事が日常茶飯事。
死が当然のように隣り合わせの生活を続ける者は少ない昨今、ミシェルの夢は無謀極まりなく、言ってしまえば理想が高い。
でも、俺は、それでもいいと思ってしまった。
昔描いた夢を、もう一度見られる気がしたから。
「俺が、できる限りのことならな」
そう返し、ミシェルの小さい手を握る。握り返された手は強く握ってしまえば折れてしまいそうで、一人であんな夢を成し遂げられるとは到底思えない。
だから、俺はこいつの馬鹿げた夢物語を支えてやろう。俺も所詮馬鹿なのだから。
「ああ! これからよろしく頼むよ、レブルス!」
満面の笑みを浮かべるミシェルは青白い光に照らされ、この上なく幸せそうだった。
魔物の出ない地底湖で休憩を取り、消費した魔力を回復したりなどして帰る準備をする。小腹がすいたが戻って食事をしたほうが早いだろう。そう考え、携帯食料は口にせず水分補給はしっかりと行う。
帰りは恐らくレイクラブ相当のものは出ないと思うのでできるだけ戦闘を避けたい。なんせ、片方剣が折れてしまっているのだから。
「さーて、帰ったらギルドのことも考えないとなぁ」
そう軽く伸びをしながら呟くミシェル。そうだ、ギルドを設立するつもりだとすれば現状では人数が足りない。確かギルドを設立するには最低6人が必要だったはず。
……集まるだろうか? いや、こいつの顔だし希望者は多く来るはず。その中からまともなやつを選ぶのは骨が折れそうだ。
「ギルドメンバーを集めるなら俺も何かするか?」
「んーまあ、そうだね。一応最初の選別は僕がするけど君も一緒に考えてくれるとありがたいかな」
ギルドのことは真剣に考えているのか、ふざけた様子なくミシェルは答える。
「僕もギルドに関してはそこまで詳しくないけどこれから色々協会で学ぶつもりだし……まあ、言いだしっぺだからな」
「……すごいな」
「何が?」
心底不思議そうに振り返ったミシェルに苦笑しながら告げた。
「いや、お前のこと女のくせに生意気でうざいやつだと思ってたけど考えを改めるよ」
すると、なぜかミシェルが信じられないものを見るような目でこちらを見つめる。というか、明らかに顔が引きつっている。
「えっと……僕、男だぞ……?」
「……………………は?」
昨日から今日までの出来事が脳内に蘇る。
『……ああ、なんだ。てっきり、ようやくレブルスも女見つけたのかと思ったらそいつか』
『あら、ミシェル? あの子も相変わらずだけど……周りも飽きないわねぇ』
思えばこいつのことを詳しく知っている奴らは性別を言及してねぇ!!
「まさか……僕のこと女だとずっと勘違いしていたのか!?」
その、まるで天使が具現したかのような愛らしい顔を歪ませてミシェルは仰け反る。
信じられないものを見るような目で俺を見るミシェルに言うことは一つ。
「そのツラで男ってわかるわけないだろうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
訂正。やっぱりこいつと関わりたくない。
ここまで書き終わるのを目安にしてたくらいには一つの区切り