4階層
冒険者支援協会から出てまず昼食だと連れて行かれたのは近場の中規模食堂。元々酒場が多かったのだが、いつからか冒険者が増え、食堂の需要が高まり酒場から食堂へと姿を変えた。ここもその一つで、結構な人数が食事を取ることができる。
冒険者が多く、時間も12の刻半ばなのでかなり賑わっていた。
どこに行ってもミシェルは注目を集めるらしく、ちらちらとミシェルへ視線を向け、後ろにいる俺へと恨みを込めた視線を突き刺す。
しかしミシェル本人は慣れているのか無関心なのか、ささっと注文を済ませ出来上がるのを待ちわびている。番号札を手のひらで弄ぶその仕草すら絵になり、近くの男がちらちらミシェルを見ていた。
俺は、とりあえずリーフボアの肉定食を注文し、ミシェルと並んでできあがりを待つ。
そういえばこいつ、俺の家でレタスサンド食ってたような。
「レタスサンド? ああ、あんなの朝食代わりだよ」
そしてミシェルの番号が呼ばれ、振り返ってみるとそこにはブルームコニーのローストと自分と同じくリーフボアの肉定食。この店はそもそも基本量が多く、パンも分厚い。スープだって具たくさんの定食なのに二品とか女一人が食べる量とは思えない。
ちなみにリーフボアとブルームコニーはそれぞれキゼルドゥグクの洞の深部に出てくる魔物でそれぞれ猪と兎に近い見た目をしている。キゼルドゥグクの洞の魔物の肉はプラントディアを除きさっぱりしているが柔らかく、この町の定食屋でもよく取り扱われる。ちなみにプラントディアの肉は硬い。まずい。なので俺は普段そこまで収集していないがベテランだと上手く調理できるとかできないとか。
ミシェルが空いている席を探していると、俺も店員に番号を呼ばれ、定食を受け取る。ミシェルが二人分の空席を確保したので仕方なく隣り合って座る。
「はー、やっぱ肉だね肉!」
「……」
嬉しそうにブルームコニーのロースト肉にがっつくミシェル。できたてで熱を帯びているそれを噛みちぎって一旦口元から離して咀嚼する。一見鶏肉に近い感じだ。なんというか、食べ方が豪快なのだが何しても絵になるのは本当に卑怯というかずるいと思う。多分女の多くが嫉妬で狂いかねないくらいに何をさせても愛らしい、もしくは艶かしい。
しかし中身がアレだと思うととても納得がいく。
俺もリーフボアの肉焼きを一口分ほどに切って口へと運ぶ。リーフボアはあまり臭みがなく、豚肉に近い味であつあつの肉汁が口の中に広がる。リーフボアは狩りやすいので大量に売り捌かれる。そのためこういった食堂では安価で提供されているのだ。
付け合せの野菜なんかも時折口にしながら、頃合を見てミシェルに声をかける。
「お前、なんで俺と組みたがったんだ?」
「んー?」
「お前ならいくらでも誘いがかかるだろ」
「んー……そうだね。まあ僕は常に美しいから目の保養にもなるし……」
そういうのは聞いてねぇ。
「でもまあ、大抵誘ったやつはいつの間にか僕にやっぱり外れてくれって言うんだよね」
性格か。やっぱり性格のせいで最初は我慢できそうだと思ったけど耐えられなかったんだな。見た目で騙されたやつはこのうざさに耐え切れず、技能目当てもやっぱりうざさに耐えられなかったに違いない。俺にはそれがわかる。
「……それに、僕はそういうのより君くらいの方が付き合いやすい」
「……マゾか?」
罵られて悦ぶタイプの人間なのか。
「んー、なんていうのかな。君は僕に過度な期待をしないと思ったのと」
そう言いかけて一度、リーフボアの肉を咀嚼して飲み込む。そのわずかな間の後、ミシェルは呟いた。
「運命って、やつかな」
「え、気持ち悪い」
昨日今日で俺何回ぞっとしてるんだろう。
「ははっ、そうやってからかってくれるくらいの方が楽しいぞ」
「運命なんて陳腐な単語を使うとは思わなかったぜ……」
「そうかい? でも君とダンジョンで出会って見捨てられそうになったけど、君とはいい縁を築けそうだと思ったんだ」
「何を以てそう思ったのか是非知りたいけどやっぱりいいや」
昨日のやりとりでそんな感動的なシーンなどなかっただろう。昨日って俺がこいつを見捨ててこいつにはめられてこいつに付きまとわれて――あれ、被害者俺じゃね?
「まあ、直感ってやつかな! 技能はないが!」
「俺は直感技能あるけどお前に一切、ぴんとこなかった」
そんなくだらない会話をとぎれとぎれにしながらも俺が完食し終える頃にはミシェルも満足そうに完食しており、食器を下げる場所にトレーごと置いて食堂を出た。
「さて、あとは軽い買い出しかな」
「……どこまで行くつもりなんだよ。キゼルドゥグクの洞じゃないのか?」
「キゼル? あんなのいつだって行けるだろ?」
なんでもないように言うミシェルに呆気にとられる。キゼルドゥグクの洞は町を出て徒歩3分のところにある。確かに近いしいつでも行けるが安全な狩場といえばここだ。こいつ、戦闘がほぼできないくせに何言ってんだ。
「だってレブルス、君……少なくともオルヴァーリオの湖底くらいは行けるだろ?」
オルヴァーリオの湖底。それは町から30分ほど離れた先にあるダンジョンの一つで水場系のダンジョンだ。魔物も魚類や水属性の魔物が多く、鱗などの素材が入手できる。ただし、キゼルドゥグクの洞とくらべて難易度がぐんと上がっている。
正直、1層目くらいなら行けなくもないかもしれない。だが、それ以降の自信は俺にはなかった。
「あそこは、危険だろ……」
「……行けるよ」
含みもない淀みない声。それを聞いて俺ははっと顔をあげる。
「だって、僕がいる。君一人じゃないんだ」
微笑むミシェルはまるで天使のようで、それでいて安心できる言葉を俺にかける。
「それに、君に見せたいものもあるしね」
「見せたいもの?」
「目的地についてからのお楽しみ。そのためにも買い出し行くぞ!」
早く来いと急かされ、ミシェルについていく。その先は町に複数ある冒険者向けのアイテム屋。
人はいるが想像よりも少ない。恐らく昼食時だから食堂の方に人が集中しているのだろう。
「レブルス。君、マジックポーチはどれくらい入る?」
マジックポーチとは冒険者の必需品とも言える装備品だ。質にもよるが荷物を異空間へ収納できる効果を持つ。基本的に市販で売っているのは20個ほどが入る。当然、替えの武器や回復薬、収集した素材なども入れられ、入れられない物は一部の生きている存在とかだろう。中に手をいれ、取り出したいものを意識してから手を出すと手に持った状態で引き出される。大きな武器などもこうやって収納が可能だ。
そして、俺のマジックポーチは――
「……40」
「えっ、これは驚いた。そこそこレア物じゃん。失礼だが君の戦利品とは正直思えないけど……」
そう、これは俺の得たものではない。正確には親の遺品の一つだ。
引退する前の親父が使っていたもので、レア物だということは知っていた。まず、人の手でつくる場合、かなり素材が貴重なものを必要とする。そのため、容量の多いマジックポーチはあまり出回っていない。親父のマジックポーチはダンジョンでの戦利品らしく、ありがたく使わせてもらっているが不相応だと自分でもわかっていた。
「ま、それなら僕のも合わせて100は入るし余裕だね。戦利品もできるだけ収集したいし」
「……お前60かよ……」
まさかの上だった。それもそうか。女神の施しできっとレア宝箱で入手したかいい素材が出て作らせたかなんだろう。
「ま、回復薬系は僕が多く持つとして……レブルス? 君は何も買わないのかい?」
「……そんなに手持ちがないからな」
元々多く稼ぐ方ではないし、銀行にいかなければ余分な金は持たない。昨日売った分しかないし。
「なんだ。じゃあ今回だけは僕が奢ってやろう。何か買うかい?」
「……お前、金持ってそうだな」
顔から「金には困ってない」オーラがびしびしと伝わってくる。知ってたよ……うん。
「じゃあ、ポーション2つとマジックポーション3つ……」
「えっ、下級?」
「下級だけど」
ポーションにもグレードがある。上級ポーションなどは高いが効果もいい。俺は買うとしても下級ポーションしか買ったことがない。
「せめて中級にしときなよ。一緒にまとめて買うからそこの中級マジックポーション取って」
中級ポーションを棚から取って俺からマジックポーションを受け取ると会計へと向かう。
なんというか、ヒモになった気分というか、世界が違うと思い知らされてる。
戻ってきたミシェルからポーションを受け取ってポーチに収める。初めて中級を手にしたが自分の金じゃないというのがなんだか悔しい。
「よし、僕も物資補給完了。そんなに長い探索ではないし、ちゃちゃっと行こう!」
一人元気なミシェルにもはや文句を言うことさえ面倒だ。無言でミシェルの後についていく。
「目標! オルヴァーリオの湖底7層目!!」
ミシェルが声高々に目標を宣言する後ろで俺はこれからの不安と、わずかな期待と緊張感に困惑しながらも、愛剣たちに触れて覚悟を決めた。




