1階層
ダンジョンから出てすぐ近く、拠点にしている町へと戻る。オルテンシアの町は付近にあるダンジョンが初心者から中級者、かつダンジョン内が一定のものばかりのため、冒険者になったばかりの人間や初めて探索に向かう人間も多くいる。治安はそこそこで穏やかな気候とダンジョンによる人口増加と旅行客増加に伴い、代わり映えしなかった田舎町が活気づいたとのこと。名産や特産なんてものは元々なかったのだが先ほども言ったとおり、プラントディア需要が高いため、素材の取引とそれによる武器防具の生産が特に目立っていた。
町並みは古めかしい作りをした建物が並び、王都のように煌びやかではないものの住みやすい町ではある。ほかの町へ移動するための魔法陣があり、高額だが一瞬で移動できるためある程度の流通も安定している方だ。が、飛空艇なんかも開発されておりそちらが主流になるのではという説もある。魔法陣はあまり大きなものは運べないため、一度に多く運べる飛空艇や船はきちんと利用されるのだ。
素材を売るために馴染みの工房へと足を踏み入れる。町の表通りとは少しずれたあまり活気のない店の並ぶ道。そこにこじんまりと主張する装備品工房。
素材や装備の売り方はいくつかある。俺の場合は素材を使って装備品へと加工する職人に直接売りつけている。
もちろん、冒険者支援センターこと冒険者支援協会で素材の取引もできる。ほかにも仲介屋があるのだが、ここで作ってもらった防具が気に入っており、なによりここの主である親父さんとは古馴染なのだ。
「イグニドさん」
「ん? おお、レブルスか。プラントディアか?」
「正解。今日は角が2本、毛皮が3枚だ」
「ちょっと待ってろ。……おや? 後ろにいるのは」
「ごめん、これストーカーだから気にしないでくれ」
「ひっどいなぁ。僕をストーカー呼ばわりするなんてきっと君くらいだよ」
イグニドさんは小綺麗な少女――ミシェルを見て目を丸くする。
「……ああ、なんだ。てっきり、ようやくレブルスも女見つけたのかと思ったらそいつか」
「イグニドさん、こいつ知ってんの?」
「ああ、そりゃ有名だしな」
有名、と聞いてもう一度ミシェルへ視線を向ける。
視線があってどや顔をされたので無性に腹が立った。確かに目立つしこれだけ美人なら男はうっかり視線を向けてしまうだろうが有名とまで言われるなんて。
イグニドさんが工房の奥から現金を取り出している。その間に、ミシェルは俺に問いかけた。
「まさか冗談抜きで僕のこと知らなかったのかい?」
「知らない」
すると、「へぇ……」と何やら企んだような笑みを浮かべ出す。これ以上こいつに関わってはいけない気がする。
「というか、いつまでついてくる気だよ」
「え? そりゃあ、君の宿を抑えるまで?」
「ふざけんなよ警吏呼ぶぞ」
一応この町の警吏は優秀だ。人が多いにも関わらず治安がいいことからそれを証明している。
ついでに俺はこの町に住んでいるのでこいつの想像している冒険者によくある宿を借りてダンジョン攻略遠征をしている人間ではない。元々出身がここで、一度は離れたがソロになって以来、親の元へと一度戻って両親を手伝いながらダンジョンに潜っていた。家、というか両親が冒険者時代に稼いだ金で購入した大きめの建物は貸宿でその運営も母親が主にしていた。二人共死んだあとは貸宿は営業停止し、俺が住むだけで無駄に広い家となった。
「……ま、今日はこの辺でいいや。またね」
不吉すぎる宣言を残して工房からミシェルが立ち去る。それと入れ違いになるようにイグニドさんが戻ってきた。
「待たせてすまないな。って、あいつは帰ったのか」
「らしい」
「まったく……ようやくお前にも仲間が出来たかと思ったのにな」
「……いらないよ、俺は」
「そんなだと嫁もできねーぞ。結婚できないようだったらうちの娘でも嫁にどうだ」
「いや遠慮する……ってイグニドさんって娘いたんだ」
「ああ。昔、嫁が娘を連れてここを出て行ってな……」
「あ、ごめん。その話暗そうだから遠慮しとく」
イグニドさんはそうか、とだけ言い、素材の売値、合計金額3000ニルを受け取る。
残る薬草は売りにいく分と自分で使う分でわけてから明日売りに行こう。
「じゃ、また近いうちに」
「おう。そろそろ武器の整備もしにこいよ」
「自分でできる範囲の手入れなら大丈夫だよ」
工房から出て日が沈みかけたオルテンシアの町並みを見つめる。変わらない、代わり映えのしない夕焼けと行き交う人々。
つまらない。
日々安全なダンジョンに潜りながらそこそこ安定した素材の狩りをして、それを売って、家に戻って、飯を食べる。
面白いともなんとも思えない。
かつて、ダンジョン冒険者に憧れたこともあった。今ではそんなこともあった、と若い自分を思い出して苦い気持ちに浸る。
かつて描いた夢は驚く程に味気ない。くだらなくて、あの頃なにを期待していたのかすら忘れてしまうほどに惰性で続けるような毎日。
本当に、これでいいのかと自問自答を幾度となく繰り返し、気づけば一人には大きすぎる家にたどり着く。
「ただいま」
当然返答なんてくるはずもなく、静まり返って生活感のない室内を眺めてから2階の自室へ戻る。
使い古したベッドが軋み、天井を見上げてぼんやりと考えながら休息を取る。
明日も、来週も、1年後も、ずっとこうなのだろうか。
「俺って、なんのために冒険者になったんだろ」
その返答も、あるはずもなく、暗闇に溶けていった。