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ダンジョン冒険者はロクでなし  作者: 黄原凛斗
3章:集うは問題児ばかりなり
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湯の休息




「さて、明日協会にギルド申請をしに行くわけだけど」

 夕飯の途中でミシェルが唐突に話題を切り出す。各々が食事を続けながらミシェルの発言に耳を傾ける。

「ギルド発足に必要な最低人数は6人。これが揃ったのであとはギルド承認のための試験がある」

「承認のための試験?」

 イルゼがきょとんとした顔で呟く。実際、この場でその試験を知っているのはミシェルくらいではないだろうか。実は俺も知らなかったりする。

「制限がないと発足だけ大量にしてダミーギルドとかが出たりするんだよ。だから数年前に試験を設けることにしたんだって」

「んー……ああ、そういうことね」

 アルトナはなにかを理解したのか頷いて先を促す。ダミーギルドってなんだ。でも今それが主題ではないし、あとで聞くとしよう。

「試験の内容はどこかのダンジョンを一定階層まで進むこと。場所によって証拠品とか変わるだろうからそこはなんとも言えないけどおそらくこの町の近辺ではあるから全員しっかり指示を聞いていれば試験は問題ない……はず」

 ぐるりと全員を見渡すとミシェルは少し不安そうに声が小さくなっていく。まあ、言うこと聞いてくれる奴らだったらこんなに苦労しないわな。

「特にレネがまだ全然未知数なのがな……。ぶっつけ本番はやめとく?」

「ううん! ボクは大丈夫! 基本的に後衛に回るつもりだし、必要なら前にも立つけど……」

 鎌も扱うので中距離近距離もできなくはない。が、このメンバーなら後衛で問題ないだろう。

 レネは比較的素直なので言うことは聞くだろうが実力、いやどちらかといえば火力にはいささか不安がある。まあ素の身体能力ならミシェルよりかは上、だと思うが……。

 ギルド発足を急ぐ理由は特にない。のでレネの様子を見てからでも十分間に合うのだが、こういうときはすぱっと動いてしまったほうがいい気がする。ミシェルの言う感じだと難易度はそこまで高くないようだし。

 ギルドで登録すれば仕事の斡旋なども個人のソロよりは来やすいらしいし何よりギルドの方が協会サポートも手厚い。

 そろそろダンジョンで稼がなければいけなかったしついでだと思ってさっさと済ませたほうがいいかもしれない。場所によっては稼ぎつつ試験を進められるし。

「とりあえず当面の目標はギルド設立、そして各地のダンジョンめぐり……の前に多少は連携とか実戦訓練かな……」

「装備もまだこだわるほどでもないしとりあえずは地力をつけるべきだな」

 ヤラフィはそういう意味では一番地力はしっかりしている。あの暴走癖がなければいいのにもったいない。

 現状、実力面で不安なのは新米のイルゼ。そして実力が未知数なので判断に困るのがレネ。俺はまあ、問題があるとすればもう少し剣技を磨くとか協調性とかそういうものだ。ミシェルはもう強くなることを諦めているフシがある。アルトナは魔法使いなのでそこは俺がサポートできる範囲ではないため自力で成長してもらうしかない。

「とりあえず明日はちゃんと早起きすること」

ミシェルの念押しにそれぞれが「はーい」「ういうい」「心得た」「うんっ!」と返事をし、賑やかな夕食は後片付けへと移行する。

「そういえばレブルス」

 ヤラフィが皿を片付けながら思い出した様に声をかけてくる。

「この町、公衆浴場はあるんだったな?」

「ああ、ここからは少し離れてるけどな」

 公衆浴場などの風呂施設は大抵どの町にもある。都会ならともかく、一般家庭に風呂やシャワーなどというものはなく、大抵はそこを利用する。というものの俺はあんまり使ったことがない。俺の家は元々宿仕様ということもあって水浴び場がある。冬場は手間はかかるが普段は使っていない浴槽に水を張って湯を沸かすなどをしているがこれは手間がかかる上に湯を沸かすための道具が地味に高くてあまり使っていない。1回湯を沸かすのに公衆浴場3回分の値がするなんて。

「水浴びがだめというわけではないがその、風呂に入りたくて……申し訳ないが案内してくれないか?」

 夕飯後、陽は沈んでいるが真夜中というわけでもない。それに一度教えておけば後は自分で行けるしここで断る理由もない。

「そうだな。ついでにイルゼとアルトナもあそこには行ったことないはずだしみんなで行けばいいんじゃないか?」

 イルゼとアルトナは水浴びでいつも済ましていたしミシェルもそうだ。

 というわけでまだその場にいた全員に公衆浴場へと行く提案をすると約二名、渋い顔をしてすぐには頷かなかった。

 ミシェルとレネだ。

「お風呂! お風呂行きたいです!」

 イルゼは楽しそうというか目を輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねそうな勢いだ。

「私もかまわないけど……イルゼ、なんか嬉しそう」

 アルトナはイルゼのその様子を見ていつも通りではあるがそれほど喜ぶことだろうかと不思議そうな顔をしていた。

「あ、実はお風呂は贅沢なのかなぁと思ってずっと我慢してたんです……えへへ。みんなでお風呂はいる所があったんですね」

 イルゼのその発言にアルトナと一瞬目を合わせて無言でうなずき合う。

 やっぱりこいつどっかの元お嬢様なんだろうなぁ。価値観とか常識がどうも噛み合わない。そのくせ知識はある。辺境のド田舎から出てきたとかにしてはぽわぽわしすぎだし警戒心が薄すぎる。刺繍が趣味とかもそういう上流階級の暇つぶしか刺繍職人の関係者の二択だろう。が、後者は絶対に違うと断言できる。職業になるような腕ならまず冒険者なんぞやってるはずがないし。世間知らずの元お嬢様がなんらかの理由で冒険者になっていると見て間違いない。

「イルゼは公衆浴場行ったことないのか」

「はい! 楽しみです!」

「ああいう場所だと自分で入浴道具を持ち込むんだぞ?」

「えっ! どうしましょう、私持ってないです……!」

「この時間だと道中で買うわけにもいかないしな……私のを今日は私のを貸そう」

「やったー!」

 ヤラフィとイルゼが完全に姉と妹みたいな会話を繰り広げている横でミシェルが不愉快そうな顔をし、レネが青ざめた顔で首を横に激しく振っている。

「公衆浴場とか大多数の視線がある前で服が脱げるか」

「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼ、ボクは水浴びがいいのでい、いきません!」

 男二人なんかノリ悪いな……。

 というかこれ俺一人で公衆浴場か。まあ別にいいんだけどさ。

「じゃあお前ら留守番よろしく。……ていうかミシェルお前、女じゃないんだからんな女々しい理由で……」

「個室あるなら行かないでもないけど」

「あっても割増し料金取られるに決まってるだろ」

 こいつ本当になんだろうな。めんどくせぇな。

 レネもすごく嫌がってるし無理には誘わないがそんなに公衆浴場に抵抗があるなんて――

「レネ、お前まさか……」

 ぎくりと肩を揺らすレネにミシェルも反応する。まあレネの歳だとそういうこともあるだろう。

「あんまり気にすんなよ。ぶっちゃけそんな誰も見ねーし」

「え?」

「レブルス? 君何の話してるんだ?」

 すごく冷ややかな目で睨まれているような気がしてミシェルの方を向く。え、女性陣には聞こえないようにしてるから別にいいだろ。

「いや、包――」

「さっさと行けよ」

 近くにあった共用の財布を顔面に投げつけられ鼻が痛い。そんなに怒るようなことは言ってないはずなのにおかしい。

 女性陣を連れて家を出てまだ各地の灯りで賑わう道を進んでいく。

「なーんか、俺よりレネと仲いいよなあいつ」

「レブルスのその思考も女々しいと思うぞ」

 ヤラフィが苦笑しながら並び、風呂用の道具を持ち直して言った。

「だいたい、距離というものは徐々に詰めるものだと思うが?」

「まあそうなんだけどさ」

「相性というのもある。一年かけて親しくなる者もいれば出会ってすぐに意気投合することだってある。そればかりは人によって違うし、ましてやレブルス、君は人付き合い苦手だろう」

 ヤラフィは正しい。あのバーサーカーと差別思考がなければ本当にまともだと思う。

 人との付き合い方は難しい。特に、女は苦手だ。全てを否定するつもりもないし、ここにいる彼女たちにそれほど強い嫌悪感はない。

 が、どこか自分の中で明確に薄くとも壁がある。

「別に私も無理に君に心を開けなんて言わないさ。なんせ会ったばかり、これから関係が広がる他人だ。だから急くな。時間は人を変える」

 ヤラフィの言葉を無言で頷いて、自分の喉に触れる。

 少し、レネが来て舞い上がっていた。ミシェルはまた別として初めて男の仲間が増えた。自分の中で壁はあるものの、女に対するほどではなく、俺としても友好的でいたと思った。

 だが、正直、距離感というか、どう接すればいいかわからない。

「……俺ってもしかしてだいぶやばい?」

「個人差っていうと聞こえがいいぞ!」

 笑顔で誤魔化されたけど本当に聞こえがいいだけで俺は人よりコミュニケーション能力が低いと言われている。否定できない。

 横にいたアルトナがこちらをじっと見ているのに遅れて気づく。視線がヤラフィよりも低くて思わず見下ろす形になる。

「な、何だよ」

「……レブ君はレブ君らしくしてればいいと思うよ」

 擁護なのか遠回しの焦りへの批判なのかわからないがアルトナの表情は読めない。からかっている様子ではないが。

 ふと、この会話の中に混じってこないイルゼが唐突に不安になり左右後ろを確認するとイルゼの姿だけ近くにないことに気づく。

「……おい、イルゼは」

「あ」

 アルトナがうっかり、とでも言うようにきょろきょろと視線を動かす。そして、ようやく気づき、指差した先には男四人に声をかけられてるイルゼの姿。

「あの馬鹿……」

 ナンパ、もしくは恐喝か。アルトナも隣で「あーあー……」と呆れている。

「ヤラフィ」

「ん?」

「一応言うけど暴力は厳禁だからな?」

 念のためだ。念のため。さすがにそこまで見境ないとは思っていないが。

 来た道を戻り、困っているイルゼの肩をひっつかんでアルトナにパスする。

「うちのメンバーに何か用で――」

 イルゼに声をかけていた四人組と向き合って、数秒遅れて気づく。


 ――あ、こいつらミシェル襲おうとしてたあの時の四人組だ。


 向こうもそれに気づいたのかぎょっとしたように慌てて逃げていく。あいつら、元気そうじゃねぇか。故意ではないとはいえ魔法使いのやつを刺したのはちょっと申し訳なかったし全く反省して内容で罪悪感も消えた。

「レブ君どうかした?」

「いや……知ってるけど別に知り合いではないやつらだった」

「はあ」

 イルゼはぺこぺこと俺に頭を下げながら再び公衆浴場へと、今度はアルトナと手を繋いで向かう。

「声をかけられてびっくりしてたらみなさん気づかずに先に言っちゃって……」

「あー、私も目を離したし、ごめんごめん」

 アルトナが呆れながら謝るとイルゼは叱られた子犬みたいに萎れておとなしくなる。やっぱりこいつ、あちこちきょろきょろしながらついてきてたんだな。それでうっかり俺達と離れて声をかけられたと。

「ああいうやつらは無視しとけ。町中ならそうそう変なことはしてこないだろうし」

「まあ、夜中に一人とかだと危険だけどね」

 比較的治安はいい部類ではあるが女が一人で夜ふらついていればそれは危機感が薄いとみなされてもおかしくない。

 そんな話をだらだらしながら、なにか起こるわけでもなく公衆浴場へとたどり着く。元々地元民である自分としては昔からあまり変わらないその施設に感慨もなく開け放たれた入り口を通る。まず広々とした待合空間というか休憩スペース。新聞なども置かれており時間をつぶすには問題がなさそうだ。奥には売店があり、軽食や飲料が販売されている。あとは受付で受付の横には男女で別の入口があり、あとほかにも従業員専用であろう入り口やなんらかの扉はあるが自分には関係なさそうだ。

 女性陣とは一旦ここで別行動である。

「んじゃ、終わったらそこで待ち合わせな」

 休憩スペースを指差し、別々の入り口から浴場に向かう。久方ぶりの公衆浴場。冒険者も混じっているが普通の住人もいるためそこそこ人は多い。

 まあ一人なのでぼんやりとさっさと普通に体を洗って湯に浸かる。特別楽しいわけでもなく、まあ久しぶりに湯に浸かると気持ちいいなくらいなもので隣であろう女風呂からたまに聞こえてくるイルゼのはしゃいだ声が自分が一人虚しく茹でられていることを再確認させてくれる。

 なんでミシェルもレネもこねーんだよ俺だけ一人とか逆に辛いだろ。

 考えてきたら死にたくなってきた。なんで俺は茹だっているんだ。死にたい。

 女三人連れて? 風呂に来て? 一人で入って何してるんだ? 帰りたい。

 別に寂しいとかではないが虚しさしかないのでさっさと風呂から上がって脱衣所でのろのろと服を着る。あまりにも負のオーラをだしているせいか隣りにいたおっさんから変なものを見る目で見られた。

 休憩所で待つにしても女の風呂は長いと聞く。ぼーっとしてるのもあれだし新聞でも読んでいるかと新聞が複数並べられた置き場へと近づく。

 アンスタンテラー社以外の新聞を適当に選んで女性陣が出てくるのを待つ。適当に座れるところに深く腰掛け、新聞をざっと見てみると特別大きな事件はないものの王都の方ではハイエナヴェリテはまだ見つかっていないため目撃情報を募っていたり、どこかの大きな街に現れた新規ダンジョン調査のための探索者募集の広告などが目に入った。どれも自分にはあまり縁がないことばかりなので実感がなく、全国紙ではなくこの町やこの地域近辺のことがメインに扱われた地方紙の方を見ることにする。

 地方紙ではやれどこそれのダンジョンの素材が今需要が高いだの、今の時期はこの特産品が安くなっているだのばかりだったが、小さめの記事に気になるものがあった。

「ダンジョン内での殺人事件……? 手口は全てバラバラだが必ず炎によるダメージの痕跡があり、被害者は共通して性的暴行を行ったことのある男性のみ……しかし犯罪歴はなく、ダンジョン内での行動であるため一部では女性の味方だと歓迎する声もある……はぁ……」

 しかもよく見るとこの町での出来事らしい。まあ別に殺人がよくないだとかレイピストが悪いだとかそんなことは思っていない。が、そういったことを賞賛するやつが出てくるとめんどくさそうだなぁとは思う。なんにせよ、それに乗じて変な模倣犯が出てきて無差別な殺人をするとも言い切れないし、現状被害にあってる男はそういう共通点があるからそう思われているが実は犯人からすれば無差別の可能性もある。が、記事の後ろをよく見るとどうやらその被害者の写真とともに証拠となる物があったり、強姦された被害者が名乗り出たりして恐らくそれが共通点だろうという見解でほとんどかたまっているようだ。

 正義面してるのかそれともそれに乗じて殺したいだけなのか。

 犯人の気持ちなんて理解できないし理解したくもない。自分は関係ないからせめて関わらないことを願っているのみだ。

 気を取り直して別の記事。が、これもまた血なまぐさい。

 隣町でのギルド壊滅の訃報。元よりダンジョンでの死体回収や生存確認はとても難しく、そういう職の人間もいるにはいるのだが基本的には行われない。人間を運ぶことの面倒さ、しかも死体だ。金になるなら動くだろうがまあそれでも割高だし依頼する人間も少ない。

 その訃報は町では小規模のギルドだったが普段とは違う『炎熱魔境エトワナ』というダンジョンに向かい、死亡。いわゆる炎属性の魔物が多く出る活火山のような洞窟でとても暑い。暑いというか熱い。しかし、質のいい発熱結晶などが採れるため需要は高い。風呂を沸かしたり調理場のコンロを扱うにはこの発熱結晶を用いたりもするらしい。

 別にそんなギルドの壊滅なんて珍しいものではないがその死体はあまりにも『魔物によるものとは思えない』とのことらしい。

 魔物は基本的に冒険者、ダンジョンへと侵入した外敵に対して敵対行動を取り、最終的には捕食という流れが主だ。もちろん、か弱い魔物や主食が別の草食的な魔物はまた違うがこのエトワナには草食魔物は存在しない。それなのに『食われた形跡が一切ない』のだ。

 死体は判別するのも難しい焼死体。冒険者カードなどで身元の判別はできたが恐らく人間の手によるもの。

 最近巷を騒がせているレイピストのダンジョンでの殺人事件とほとんど手口が一致しているがこちらにはそういったやましい経歴はなく、手口も一致はしているが炎魔法なんてありふれた攻撃魔法の一つでしかなく、それで同じだと決めつけるには少々無理があり、証拠もないため現状は別の犯人として捜索はしているもののどのみちダンジョン内でのトラブルや不幸な事故として片付けられるだろうというものだった。

 当たり前のように無法地帯で行われる殺人行為。それでもダンジョン内でのことなら魔物のせいで詳しく調べることもできず、また証拠集めも難しい。

 ダンジョン内での行いのみで指名手配犯になる凶悪な者もある程度証拠を集めて大悪党認定されない限りは難しい。基本的に国や領主が行う捜査は町中や領地だけでダンジョン内のことも多くは触れられないのだ。

 もし、このギルドメンバー全員を殺害した犯人が今ものうのうとどこかにいるとしたら明日は我が身と思うとぞっとする。

 ああ、こういうことを聞くとやはり人間の醜さには心底呆れてしまう。

 他の新聞にも目を通してみるがダンジョンのみで犯罪行為を行う集団がとうとう悪質すぎてそのリーダーが賞金首になっただとかどこかのカジノが爆発して大騒ぎだとかそんな情報をとりあえず頭にぼやーっと詰め込んでいる。

「あ」

 ふと、誰かの声。そして音を立てて何かが足元に転がってくる。それは銀色の指輪だが当然純銀ではなく、石などはついていないシンプルなもの。思わず拾い上げるがすぐさまその持ち主がこちらに歩いてきた。

「ごめんごめん。それ俺の指輪」

 赤毛に左目の下にほくろ。どこかで見覚えがあるその顔は男女を判別するのはやや難しい。どちらかといえば女性的でもあるが服装や立ち振舞は男。手足の長いすらっとした体型も胸の膨らみが感じられないせいで女性的な肉感は薄い。声も中性的で、そう――ミシェルのようなタイプだとしたらと思うとうかつな判断ができない。

「あ、どうぞ」

 とりあえず指輪をそのまま返すと人当たりのよい、にかっと笑みを浮かべてそのまま公衆浴場の売店に売っている飲み物を購入し、施設から出ていった。

 そしてようやく思い出す。ミシェルと飲みに行ったときに店でやけに見てきた人物だ。

 さすがに偶然だとは思うし、今回は一切視線を感じなかったので他意はないと思う。別に広い町というほどでもなく、歩いてたらすれ違ってもおかしくはない。

 が、なぜか赤毛の人物が妙に気になってしまった。

 ぼんやりともういないその人物の影を施設入り口を見つめながら追っていると風呂上がりで満足げな女性陣がようやく戻ってきた。

「いーっす。レブ君お待たせ」

「どうせ新聞読んでたし別に」

「すぐ帰る、といいたいけどごめんイルゼが……」

「フルーツ牛乳! ヤラフィさんが公衆浴場でだいたいは置いてあるって!」

「と、ご覧の有様で……」

 公衆浴場の売店に置いてある飲料に興味津々らしくまあ、それを買って帰るというわけだろう。なんというか、本当に子供っぽいけどある意味安心感はある。

 せっかくなので全員でそれぞれなにか買うかという流れになり、イルゼがフルーツ牛乳、アルトナがコーヒー牛乳、俺が普通の牛乳、ヤラフィが魔物から搾乳し加工しているという割高なシルバーミルクをそれぞれ飲み、お互いのチョイスにケチをつけ合いながらもなんとなく距離は全体的に縮まった気がした。

「ちなみにシルバーミルクってどうなんだ」

「味は濃厚で通常のものよりはどろっとしているな。だが栄養価は高く疲労回復効果が高いらしいぞ」

「なんでんな贅沢品を風呂上がりに飲んでんだお前」

「ていうかレブ君普通の牛乳とかつまらなさすぎじゃない?」

「王道が一番だろ。だいたいコーヒー牛乳とかなんだよ」

「は? コーヒー牛乳が一番美味しいじゃん。フルーツ牛乳とかお子様の飲むもんだし」

「えっ!? フルーツ牛乳って子供のものなんですか!?」


 ……仲良くなっているはず。はず、だ……。

 浴場で虚しくなっていた心は少しだけ満たされたので、多分、そうだといいな。




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