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ダンジョン冒険者はロクでなし  作者: 黄原凛斗
3章:集うは問題児ばかりなり
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配達員と弟分





「どうだ?」

「うむ、とてもいい。良い品を扱っているな」

「かわいい姉ちゃんに褒められるとは光栄だな」

 イグニドさんの店でヤラフィの盾を物色していると、気に入ったのかそこそこの大きさの盾を手にとって目を輝かせている。

「ご主人、これはいくらだ?」

「そりゃ結構いい品でなー……3万ニル、と言いたいところだが姉ちゃんかわいいから2万5千ニルにしておこう」

 調子のいいことを言って値引きするイグニドさんに複雑な気持ちになる。いや、俺のときもまけてくれたけどなんだかこう、なんだろうな。女ってこういうときずるいよな。

 ヤラフィは店内を見ながら感心したように呟く。

「やはりこれくらいが平均的なのか……」

「どうかしたか?」

「いや、王都で働いていたものだからな。王都の店の武具の値段が基準になっていて自分の武具は買えないと思っていたんだ。しかしやはりというか、王都は値段が何倍も高い。もちろん性能もそちらのほうがいいんだろうがな」

 つまり、初心者向けなどには厳しい価格設定をしているということなんだろう。ヤラフィが鎧を持たない理由がなんとなく察せられる。

「鎧はな……高かった……王都で一番安い鎧なんか一式40万はしたな」

「うわ……一番安くてそれか」

「王都は強気な価格でも売れるからな」

 イグニドさんが渋い表情で頷く。どちらかと言えば初心者や実力不足の冒険者が集まるこの町では買える範疇のものを置いておかないと売れない。なのでイグニドさんの店もそういう安めのものが並んでいる。

「ただでさえ土地代含めてぼったくりな値段で売りつけるからな、王都の店は。武具でいいもの揃えたいなら宝箱のものか鍛冶の町に行くのがいいぞ」

 イグニドさんのアドバイスを心に留めながら、目的の盾の購入もできたので店を出る。

 あとは食料を買って戻るくらいだが、そろそろ財布の中身が不安になる。明日にでもダンジョンに赴くべきだろう。レネが未知数なので少し不安だが人数もいるし安定したキゼルくらいなら全員暴走してもなんとかなりそうだ。

「ヤラフィ、盾しまっとけよ。重いだろ」

 まだ盾を持ったままのヤラフィはどことなく嬉しそうだ。しかし盾は今使わないのだしポーチに入れとけばいいものを触ったりして道で悪目立ちしている。

「やはり新品のものは心が踊るだろう? 重さに関しては私は怪力持ちなので心配することはない」

「そういう心配はしてねーんだよな」

 怪力持ちということは、生まれついての才に分類する能力として怪力という技能を有しているのだろう。そういえばヤラフィのカードまだ見てなかった。

「お前、あとでカード見せてくんね?」

「うん? 別に今でも構わないぞ。なにせ作ったばかりでイマイチよくわかっていないからな」

 そう言って懐からだした冒険者カードを手渡してくる。受け取ったカードに並ぶ技能はどれも前衛のもの。怪力、守りの心得、生存意欲、硬質化、受け流し……。うわぁ、がっつり技能だけなら守りを得意とする前衛のそれだぁ。ミシェルもそりゃ騙されるわ。技能の値は30とかだけどぶっちゃけ全然成長の余地がある範囲だしこりゃ普通に詐欺だ。

 しかしよく見るととんでもない落とし穴がある。


・盾術(60):盾による攻撃を行う技能。技能が高ければ高いほど威力と精度が高まる。


 盾術ってなんだよ、いやそこは防御系の技能だと思うじゃん? がっつり殴りに行く技能とか馬鹿か。アホか。一番高い技能がこれだし。

「お前どんな鍛え方したらこんな技能身につくんだ」

「ん? さあ……私は騎士になるために修行はしていたが意識して技能と呼ばれるものを身に着けようとは思ったことがなくてな」

 元々冒険者カードで扱われる技能というものは冒険者間やそれに関わる鍛冶職人、ギルド関係者などでは当たり前のことだがそれ以外ではあまり知られていなかったりする。技能といっても特別な能力、異能ばかりではない。純粋に技術が昇華されたものも含む。ミシェルのような女神の施しは異能分類でいいだろう。元騎士のヤラフィは冒険者に縁がなかったというし知らないのも当然なのかもしれない。

「思い当たるとすれば……無闇に人を斬ってはいけないと言われたので野盗を抑える時に効率的に盾で嬲っていたとかそれくらいだな」

「それしかねーだろ」

 騎士がなぜ嬲るという単語を平然と使うのか。俺には理解できない。やっぱりこいつちょっとおかしいんじゃないか。本当に問題行動起こしてないのか? だが別に嘘をついているようにも見えない。しかしこういったやつは自分ではそれが正しいと思っている可能性がある。その場合を考えるとちょっとぞっとするが、大丈夫だよな?

「世間ではあまり殺しはよくないという風潮だからな。馬鹿馬鹿しい。犯罪者も亜人も殺せばいいだけのことなのにわざわざ面倒な宗教団体だの人権がどうのとかいう組織が御高説垂れて釘をさしてくる。だからこちらも『別に殺しちゃいない。息はしているし刑罰は受けられる』と返せば黙って帰るからな」

 それ、相手が困惑してるだけだと思う。そりゃ上層部からのウケも悪いわ。非人道的の極みというか、人の心がないのかこいつは。

「お前、亜人差別主義者か」

「ん? なんだ、レブルスは擁護派なのか」

「別にそういうわけじゃねーよ。俺は基本的に人間とは違う生き物ではあるけど必要以上に虐げる必要はないと思ってる」

「まあそうだな。殺せばいいだけのことだしな」

「あとお前みたいに過激思考してねぇってだけだ」

 こいつと価値観の相違で将来揉めそうな気がしてくる。

「過激……過激か? 亜人なんぞ基本不衛生だし戦闘能力は高いから危険だし犯罪率も高い。元々北の大陸の生き物だ。外来種は駆除してしまったほうがいいだろう」

「だからそれが過激なんだって。もう少しはこう、大人しく見守るとかさ」

「……レブルス、お前って結構甘いやつなんだな?」

 心底意外だと言うようにようやく盾をポーチへと入れる。明らかに入る大きさではないのにみるみるうちに小さくなりポーチへとしまわれる盾。このポーチを開発した大魔導師は冒険者カードを作ったやつと同じだとつい先日知ったのだが未だにその術式解明が難しく変化や進歩がないらしい。

「何かあってからじゃ遅い。そうだろう?」

「……はあ、言いたいことはわかるけど、少なくとも冒険者にはまれに亜人もいるんだ。そういうときは良識を持って行動しろよ?」

「そうだな、心に留めておこう」

 ものすごく不安しかない。

 食料品売り場にていくつかの野菜やパンを購入し、少なくなっていたジャムや調味料の類も念のため買っておく。

 それなりに多くなったの一部をヤラフィに持ってもらい、帰路につくと家に着く手前でイルゼとアルトナと遭遇する。

「お前らも今帰りか」

「おっ、ちょうどいいところに。レブ君かやーちゃん、こっち持って」

 アルトナが重そうに持つ布袋にはおそらく本であろうものが数冊詰まっている。重量はさほどないがこちらは6人分の食料を抱えているというのに。

「私が持とう」

 ヤラフィが布袋を空いた手で軽々と持つとアルトナが少し意外そうに見てくる。

「本当に持ってくれるんだ……」

「これくらいは訓練にもならないからな」

 こうして見るといい感じなのだが爽やかそうなこの笑顔の本性はあのバーサーカーだと思うと薄ら寒いものがある。いやどちらもヤラフィの顔なんだろうが。

「イルゼはいいの?」

「はい! 私のはそれほど重くはないので!」

 イルゼの買い物はどうやら裁縫道具や布切れのようで確かにそれほど荷物にはならないだろう。というか裁縫ができることに少し驚きを隠せない。

「イルゼ、裁縫するのか?」

「はい。刺繍とか好きなんです。ちょっとした暇つぶしにと思って」

 ますますイルゼの素性がお嬢様染みてくる。なんというか、やっぱりそういうやつなのかな。

 そう持ってアルトナを見ると唇に指をあてて「言うな」といいたげに首を左右振った。

 あれ、でもイルゼの器用さってたしか冒険者カードだと……。

 歩きながら話しているといつの間にか家のすぐそばまでついていた。そこで、見知らぬ人影がポストに何か入れているのに気づく。

「配達か?」

 近づいてみると濃紺の髪の十歳前後の少年だった。少年はこちらに気づくなり大げさに笑顔を作って頭を下げてくる。

「おっやー! ちょうどいいところに! こちら朝にお約束した新規契約セットその1です!」

 ポストを示す少年はイルゼの方を向いている。当のイルゼは相変わらずのほほんとした様子で少年に言った。

「わ~、もう持ってきてくれたんですね~。ありがとうございます~」

「いえいえ~。これからも毎日自分が配達するんでよろしくおねがいしますね~」

「ちょっと待て。えっと、お前誰?」

 なんだか言い表せない焦りを感じて思わず二人の会話に割り込んでしまう。自分の知らないところで何かが進められている恐怖だ。

「あ、失礼しました~。自分は新聞社『アンスタンテラー』のヨハンといいます。この度、そちらのお嬢さんが一年契約を結んでくださったのでそのプレゼントをお持ちしました」

 ニコニコと少年だというのに明らかに打算的な笑顔。しかもあのアンスタンテラーときた。

 アンスタンテラーとは新聞社の中でもそれなりに名前は知れているがだいたい3番目くらいの地位に落ち着いている万年3位。そのせいか契約のためにあの手この手で勧誘してくる印象が強い。記事も少し偏っているし自分は買うなら別の新聞社にしているくらいだ。

「……イルゼ、その契約って、お前個人か?」

「あ、契約金はギルドの共通のお財布からで――れぶるしゅさん!? なんれ急にほっへをひっぱるんでふか!?」

「馬鹿野郎……馬鹿野郎……!」

 なぜこいつは人がいない間に勝手に契約しやがった。どうりでちょっと少なくなってると思ったら。

「契約はなかったことにしてくれ。手違いだ」

 少年ことヨハンにそう言うと笑顔を崩さないまま言う。

「無理ですよー? そちらのお嬢さん、ちゃんと朝に契約書にサインしましたから。この新規契約セットは無効にできません。解約するなら一年後にお願いしますねー」

 サインしたのか、という風にイルゼを見ると無言で頷かれる。えへへ、となんかちょっとかわいくごまかされた感じがしてむかついたのでもう一度両頬をつねった。

「いたいれふー! しょんなにおほらなふてもー」

「馬鹿が! なんでよりにもよって一年契約してんだ!」

「だ、だってノルマがあるから契約取れないと困るって……」

「常套句だろうが!! お前のダンジョンでの取り分減らしてやるからな! ていうか契約金はまさか1年分一括か!?」

「はーい。一年分きっちりいただきました~」

 ヨハンの他人事のようなのんびりした声に気が遠くなる。そりゃ新聞だからたいしたことないんだろうが……。

「4万ニルですね~。いや~これで自分もノルマ達成ですよ~」

 イルゼを絶対に一人にしてはいけない。例え家であろうとも。

 腹いせにイルゼをつねっているとヨハンは手を振りながら去っていく。あいつは絶対に契約を無効にしない。返金もしない。そういう類だ。

「お前、ミシェルにも報告するからな……」

「そ、そんなに怒らなくても……」

「勝手にギルドの金使ったことが問題なんだよ馬鹿!」

 次やったら庭で寝かせてやる。

 さすがにこれはミシェルも怒るだろう。ポストの中身は誰かに任せてやや乱暴に扉を開く。

 すると、髪を結ったままのミシェルがエプロン姿で出迎えた。さすがにもう眼鏡はつけていない。

「なんか騒がしかったけどどうかした?」

「イルゼが勝手にアンスタンテラーと一年契約しやがった。しかもギルドの金使ってた」

 ミシェルが「はぁー!?」とキレるのが想像できる。そのリアクションを待つがどこかミシェルはぼんやりした顔で「ああ、そうなんだ」とだけ言う。

「……何か言うことは?」

「ギルドのお金使うときは他のメンバーに確認取ってからにするんだよ、イルゼ」

 思ったより、というか予想以上に怒らない。アルトナもちょっと驚いているくらいだ。

「いやもっとあるだろ! 契約金は自腹で出せとか! 勝手なことするなとか!」

「……まあ、勝手にやるのはよくないけど新聞だし。そのうち契約するかもしれなかったしいいんじゃないかな」

 ミシェルが気の抜けた解答でイルゼを許してしまい、自分だけ妙にキレているように見えてなんかみっともなくなってくる。俺間違ったこと言ってないはずなのに。

「ミシェル、何かあったか?」

 ヤラフィが問うと気だるそうにミシェルは頬を掻く。不機嫌そうというわけでもないが心ここにあらずといった感じだ。

「にいさーん、皮むき終わりました―」

 厨房の方からレネの声がし、ミシェルが「あー、今戻るー」と返事をする。エプロン姿からして調理中だということは察していたがレネも一緒だったらしい。

兄さん(・・・)?」

「ああ、まあ、舎弟みたいなもん」

 それだけ言ってぽてぽてと厨房へと戻るミシェル。食材をしまうために自分とヤラフィもついていくとレネもエプロン姿で野菜を洗っていた。

「あ、おかえりなさーい」

 厨房に立つのがどっちも男って、うん、いや料理人に男多いしおかしくはないんだけどさ。

「レネ器用だから家事も一通り任せられるよ。これで僕の負担が減るよ、まったく……」

「兄さんともどもがんばりますっ!」

 気合の入ったレネの様子を見てミシェルは苦笑する。今日初めて会った割には穏やかというか。

「にしても異様に兄さん呼びが似合うな。兄弟みたいだ」

 ヤラフィが茶化すように指摘し、改めて二人を見比べると確かによく似ている。顔はそこまででもないが髪色がほぼ同じだし、雰囲気も少しだけ似ている。兄弟だと言われたら信じそうなくらいには。

「ボクは兄はいなかったのでちょっと新鮮で……」

 照れるように言うレネは純粋にミシェルを兄のような存在として見ているらしい。そんなレネにミシェルは淡々と指示をする。

「ほら、レネ。そっちの器取って」

「う、うん!」

 二人が料理を続け、買ってきた材料で追加のサラダを作ろうと話し始めたのでその場を後にする。ヤラフィは少し不思議そうに首を傾げていたがどうしてだろうか。

「あいつらなんか仲良くなってたな」

「……そう、だな」

 どこか戸惑っているようなヤラフィだったが気にするのをやめたのかすぐに穏やかな表情へと変わり小さく笑った。

「まあ、仲良くできるならそれに越したことはないな」







 ミシェルはレネが告げた姉の名前を心の中で反芻する。


 ――忘れていたのに、思い出してしまった。


『……とりあえず、わかった。君が男の振りをするっていうなら僕は見逃す。協力もしてあげる』

『えっ、いいの?』

『その代わり! ……僕の舎弟になること』

『しゃ、舎弟?』

『そう。まずは僕の言うことをしっかり聞く事。ギルドに必要な存在になるために努力する事。あと――』

 何か言いかけて一度黙るが、どこか悲しそうにミシェルはその先を告げる。

『僕のこと、兄さんって呼ぶように。――舎弟なんだから』

 レネは協力してもらえるということで深く考えていないのか、二つ返事でそれを了承する。

『うん! それで協力してくれるならいくらでも! 兄さん!』




 ――自分でも愚かしいとわかっている。


 ミシェルは自分の身勝手な考えを憂いながら夕飯の準備を進める。

 本当はうまいことやって追い出してやろうと考えていたのだ。

 しかし、レネからあれを聞いてしまったせいで、無下にはできなかった。

 真実を告げるつもりはない。それでも、とミシェルは隣のレネを見る。


 今はただ、のんきで少し間抜けな”弟分”を見て小さく微笑むだけだった。






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