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ダンジョン冒険者はロクでなし  作者: 黄原凛斗
3章:集うは問題児ばかりなり
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それは陳腐なきっかけ




 レネは冷や汗を流しながらもごもごと視線を合わせないまま言い訳しようと口を開く。

「いや、その、あの」

「隠そうとしても無駄だ。アルトナも勘付いていたしヤラフィなんかは僕に骨格でわかったがどうするかまで聞いてきた。気づいてないのは馬鹿二人だけだよ。目的だけ言え」

 一切の言い逃れを許さないと言わんばかりに強い口調でミシェルはレネを追い詰める。

 ミシェルとしてはレネがなにか企んで潜り込んだとすればそれは自分のことだと考えていた。現状、このメンバーで何か企みを持って近づいてくる餌は自分しかいないと。

 わざわざ荷物の奥から引っ張り出したメガネも意味がある。じっとレネを見つめると視界にはレネの動揺が見て取れた。

 相手の心の動き、揺らぎを視覚化し、嘘を見抜く。今のレネはそれがなくともわかりやすく動揺しているが何か隠そうとすれば一発でわかる。

「さっさと話さないならレブルスが帰ってくる前に追い出す」

「ご、ごめんなさい! ちゃんと説明するのでその、どうか追い出すのは!」

 焦りはあるものの嘘や誤魔化しはない。

(……追手とかじゃない、か)

 無駄な心配をして損をしたとばかりにミシェルは息を吐く。レネから離れて相変わらず高圧的な態度でレネに言った。

「で、何が目的かさっさと説明してくれる?」


「じ、実は……」






「はあ……」

 つい先日までパーティーを組んでいた人たちに見捨てられ、命からがら戻ったというのにもう居場所はないと切り捨てられ、行く宛もなくソロで活動できる範囲――キゼルなどで薬草を集めたり、ブルームコニーを狩ったりしてギリギリ生計を立てていた。

 といっても、貯金を切り崩しつつという長くは持たない生活。宿代だってそろそろ厳しい。

 もう少し上のダンジョンでちまちまと狩りをするのもいいだろうが一人でダンジョンに入るということはつまりそういうことで、悲しいことに女の身一つでダンジョンは魔物よりも人間が怖いというなんとも度し難い事実が他のダンジョンに行くのを躊躇わせた。

「サリーナさぁん……」

「やかましいわね」

 話を聞いてくれるサリーナさんに泣きつくと一言で切って捨てられる。同情してくれた人は数多くいるが具体的に協力してくれる受付嬢はサリーナさんだけだった。

 安宿の紹介や取引額の高い薬草、素材の相場など色々教えてくれた。サリーナさんがいなければここにとどまれないほどに。

「だいたいなんでここに留まるのよ。あなた、諦めて実家に帰れば?」

「帰りませんー! そ、それに目的もありますし、その……」

 あの時、助けてくれた人。あの人にお礼が言いたい。

 ダンジョン冒険者は基本的に冷たい人が多い。パーティーメンバーすら裏切って逃げる。それを身をもって知ったが、それと同時に、助けてくれる心優しい人もいるのだと。

「……ああ、双剣使いの男に助けられたんだっけ」

「はい! サリーナさんご存知ですか?」

「一応聞きたいんだけど、それ、一緒に金髪のスカウトが一緒にいたりしなかった?」

「いましたいました。すごいかわいい人ですよね?」

 一緒にいたスカウトの女の子。すごいかわいくて恋人なのかなぁ?と考えてしまう。そうだと思うとすごく胸が痛い。

「……あいつらもあの日オルヴァーリオ……しかもレイクラブの素材……どう考えてもあいつらしか……」

「知ってるんですか!?」

 身を乗り出して尋ねるとぐいっと押し返される。本気で鬱陶しそうにサリーナさんは言う。

「これで違ったら逆にびっくりするってくらいに心当たりはあるわよ」

「本当ですか!」

「別に教えてもいいけど、小娘の恋愛事情に首突っ込みたくないのよねぇ」

 呆れたようにため息をつくサリーナさんに対し、私は思わずかあっと顔が熱くなる。

 恋だなんてそんな!

「どどっどどどどどどどどどうしてそそそそそそんな!」

「落ち着いたら声かけて。面倒な相手と喋るつもりはさらさらないの」

 冷徹に言い放つサリーナさん。でもなんだかんだで面倒見てくれるから大好きです。

「サリーナさぁん……」

「なによ。だいたいもしそれでやつに告白したとしてあなたどうしたいの?」

「え、あ、それは……」

 本当に絶望して、もうダメだって思ったのにそれを助けてくれたあの人。もう私の中ではそこらの王子様なんかよりも素敵な人。

 そんな人ともし結ばれるなら……。

「えへ、えへへへ……」

「気持ち悪いわね。答えにもなってないし追い出すわよ」

「ああ待ってください! で、でもやっぱり告白というのはさすがにハードルが高いといいますか、やっぱりほとんど接点もないのに告白しても振られるのがオチといいますかえっと、だから」

「……あいつは接点を持てば持つほど受け入れないような気がするけど。あいつヘタレだし」

「え、何がですか?」

「いえ、こちらの話よ。で、紹介するという形でいいわけ?」

 白黒はっきりさせたいのかやや苛立った様子でサリーナさんは確認する。

「……そ、そうですね……。一度お礼はしたいですし、その……お願いできますか?」

「はじめからそう言いなさいよ全く……。とりあえず、あいつのギルド入団希望者として手続きしたからあとは好きにしなさい」

「……え」


 ギルド入団希望者?


「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」

「うるさっ……大声出さないでよ」

「にゅ、入団きぼぉー!?」

「別に入りたくないならいいのよ。この方が自然に会話できるでしょうし、その時にお礼でもなんでも言いなさい」

「こここここここここここっここここここ」

「鶏みたいな声出さないでくれる?」

「こ、ここ、心の準備がー!」

「あのー、すみません」

 すると、後ろから声が掛かる。真面目そうな男が申し訳なさそうに私ではなくサリーナさんに声をかける。

「まだ待ちますか?」

「ああ、いえ。どうぞ。ほらレネ、忙しいんだから行った行った」

 しっしっと追い払われ、とりあえず受付から離れる。仕方ないので冒険者用に売られている携帯食料や必需品のポーチなどがある売店を見ながらサリーナさんが暇になる時を見計らう。

 うわー高いよーこのポーチ大容量だけどすっごく高いよ何、70万ニルって。70万もあれば生活に困らないよ……。

 貧乏は辛いなぁ。明日の宿もそろそろ厳しい。でも実家になんて帰れないし、まだ手がかりすら――


 ふと、なんとなく協会入り口を見ると見覚えのあるどころか焦がれていた相手が姿を表した。

 どことなく憂いを帯びたその様子をついまじまじと見つめてしまう。

 はぁ、格好いいなぁ。

 見過ぎたせいか彼はこちらに気づき振り向く。慌てて視線をそらし、人影に隠れる。バレたかな? 変な子だと思われてないかな?

 彼はサリーナさんと何やら会話している。全部は聞き取れないが一部だけ聞き取ることができた。


『そういえば男か? 女か? 希望した通り男だったらいいんだけど』


 思わずはっとして自分の頬に触れる。

 女だったら……ギルド入れてもらえないかな……。

 お礼が言えればいいと思っていた。だけど、欲はでてくるもので、もしそばにいられるなら、なんて考えてしまう。

 協会から出ていく彼を見送りつつ、決心を固め、まず一度宿へと戻った。

 元々そこまで長くなかった髪を切り、念のため胸もサラシで潰す。元々男物の服を着ていたため新しく用意する必要はない。

 口調は、そこまで大きく変えてもボロが出るので一人称だけ変えよう。

「私じゃなくて、俺? うーん、なんか違うな。ぼ、ボク?」

 自分の顔はわかっているので俺、というのがいまいちしっくりこない。ボク、と口にすると思いの外馴染む気がした。これなら少年で通る、はず……。

「よし、ボクはレネ!」

 自分に言い聞かせるように頬を叩き気合を入れる。



 その行いが、自分の恋の成就を遠ざけていることから目をそらしながら。






 レネがだいたいのことを説明すると、ミシェルははぁーっと深いため息を漏らす。

 今はレネの部屋でミシェルがベッドで呆れたような目で床に正座するレネを見下ろす。

「馬鹿なのか、君」

「ば、馬鹿じゃないよ!」

「いや馬鹿だろ。男として仲間になったら叶う片思いも叶わないだろうに」

 そもそも、一度騙した以上、レブルスがそれを裏切りととるかミシェルには判断がつかない。余計なことでレブルスの精神を逆撫でしたくないとミシェルは内心舌打ちする。

「それにしてもいい度胸だよねぇ……。僕のことを女だと思ってたってことまでペラペラ喋るんだからさぁ……」

 額に青筋が浮かび、表情も引きつっている。その反応にレネは苦笑いで返した。

「え、えへへへ……」

「あぁ!? しかも言うに事欠いて恋人だぁ!? どういう勘違いすればそうなるんだよ! これだから女は! ていうか僕の印象雑すぎるだろ!」

「ご、ごめんひゃいー!」

 ミシェルがレネの頬を引っ張りながら早口でまくし立て、レネが半泣きになりながら言葉を続ける。

「らって、れぶるしゅがかっこよくてぇ。きっともてるんだろうなぁっておもっ――いたひれすー!」

「帰ってきたらレブルスに全部言ってやろうか? あぁ!?」

「ゆ、ゆるしてくだしゃい! も、もうちょっと心の準備がー!」

 馬鹿みたいに騒いで二人してどっと疲れ、一度落ち着いて椅子に座りなおす。ミシェルは頭を抱えながら嘆息し、レネを睨む。

「それってつまり、レブルスを騙し続けるってことだけど?」

「……そう、だね」

 罪悪感から来る後ろめたさにレネは顔を俯ける。その様子にミシェルは罪悪感だけではないと顔をしかめた。

「傲慢だ。君、騙すことの罪悪感より、自分の恋が実らないことに落ち込んでいるだろ」

「……」

「自分でしたことだろ? 僕はギルドに迷惑かけないなら、別に君が男のフリをしてもいいよ。決めるのは君だよ、レネ」

 もう、どっちを選んでもレネの破滅は見えている。ミシェルはそう考えていた。

 レブルスはレネを気に入っている。だがそれは男だという前提で成り立つものであり、女だという事実を告げて、レブルスはどう思うか。少なくとも男扱いのときとは絶対に対応が変わる。そこからギルド内がギスギスした空気になると考えるとミシェルは腹立たしい。そんなどうでもいいことでせっかくうまくいきそうなギルド結成を乱してもらいたくない。

 そう、どの道レネは自分の選択によってここの居場所がなくなる。それが早いか遅いかだけの差。

「……男のフリを続けるよ。レブルスのこともあったけど、元々の目的もあるから、身勝手な想いよりも、そっちを優先する」

「そうかい」

 そうするだろうとは思っていた。ミシェルとしてはすぐに消えてほしかったが、それだけで追い出すわけにもいかなかった。情が移れば、余計に揉めるだけだというのに。

 それでも、ミシェルは実のところ、レネに対してかなり甘い対応をしていた。なんとなく、ミシェルも無意識のうちにレネを切り捨てられなかった。

「君の目的って何?」

 半分興味本位で、残り半分は危険思想でないかの確認。

 レネは、どこか遠くを見つめるように語る。

「生き別れの、姉……もうほとんど覚えてないし、手がかりもない姉を探すこと、かな」

 その表情から諦めに似た何かを感じる。ただ、諦めというより覚悟しているというべきか。

「母さんが姉さんを売ったことを知って、正直生きた姉さんを探すのは難しいかな、って。でも、姉さんがせめてどんな最期だったか。生きているなら姉さんを助けたいって、ずっと思って、家を飛び出して冒険者になったんだ」

「……ふぅん。一応聞くけど君のお姉さんが売られたのって何年前?」

 売られたというからには奴隷として売ったと見て間違いない。となると年齢にもよるが生存は絶望的だ。が、顔が良ければ娼婦として生きている可能性はある。

「えっと、多分だけど13年前くらいかな。姉さんが5歳くらいだったから生きていれば18歳だと思う」

 ミシェルはそれを聞いてぴたりと止まる。

「――姉さんの名前は?」

「えっと、記録がかすれたのしか残ってなかったから曖昧だけど――」

 ミシェルの態度に戸惑いつつもレネは姉の名を告げる。



 その瞬間、ミシェルの表情が今までにないほど様々な感情がぐちゃぐちゃに混じって弾けたものへと変わった。





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