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ダンジョン冒険者はロクでなし  作者: 黄原凛斗
3章:集うは問題児ばかりなり
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ディオニュソスの庭にて

 濡れた髪の上に無造作に乾いた布をのせた状態のミシェルは地を這うような低い声で呟く。

「こんなバーサーカーだって知ってたら勧誘しなかった……」

「む、バーサーカーとは失礼だな」

オークの血でひどい有様になったミシェルとヤラフィは水浴びをしたのだがヤラフィはどこかすっきりした顔をしているのに対しミシェルは今にも死にそうな顔だった。

 今は夕飯の準備をアルトナに任せ、これからのことについて話し合うていで食卓に座るがミシェルの負のオーラに俺とイルゼは口をつぐむ。というかイルゼもあの現場を見て完全にびびっていた。毎回あれだとさすがにイルゼがやばい。半泣きだった。

 アルトナもドン引きはしていたがさほど拒否感はないのか珍しく夕飯を作る役割を買って出た。ちなみにイルゼ、ミシェル、俺はどうしてもオークの死に様が脳裏に浮かんでしまって調理をする気分になれない。ミシェルも俺も、そういうのに耐性はある方なんだがこう、なんだろう……。とにかくヤラフィのあれは衝撃的だった。肉類を食べる勇気があまりない。

「しかしダンジョン冒険者はああやって魔物を狩って生計を立てているのだろう? あれくらいは普通じゃないか?」

「いきなり暴走してオークが泣きながら逃げるような嬲り殺しを生業にはしてないよ!」

 ミシェルが机を叩くとイルゼが激しく頷いた。オークが泣くのはさすがに俺も初めて見た。あいつら基本好戦的なので1対10くらいの数の暴力がない限りは戦闘になるし。

「ふむ……ああ、なるほど。あまり死骸を崩すと素材が取れないから激昂してるんだな。大丈夫だ、さすがにそこは弁えている。オーク類からは素材が取れないことも知識だけはある」

「いや、うん、いや……そういう話じゃないんだけどさぁ……」

 ミシェルは頭を抱えるが多分言っても伝わらない気がする。こいつ真性のバーサーカーだ。

 こう、いざというときに指示を無視して飛び込まれても困るというかなんというか。というか盾を完全に盾の正しい用途よりも殴打武器として扱っていた印象しかない。盾をなんだと思ってるんだこいつ。剣は投げ捨ててたし。

「……一応聞きたいんだけどさぁ……、騎士の時になにか問題行動起こした?」

「いや、素行は良好扱いは受けていた。ただどうも私の戦い方は上層部にウケが悪くてな。このままだと出世できないだろうから愛人になれと言われてムカついたのでボコボコにしてやったらなぜかクビになった」

「うーん……うーん…………もう、なんか、いいです」

 ミシェルはとうとう諦めた。

 アルトナが疲れたと言いたげに首をまわし、食卓に具だくさんのミネストローネとパン、あとは薄切りにしたハムを大皿に盛りつけて真ん中に置く。

「というわけで簡単なものしか作れないから」

「お前この流れでよく肉を出せるな」

 まあハムだからまあ、まだ……と思わなくもないがもう少し気遣って欲しい。

 ヤラフィは嬉しそうにいただきますと言ってかきこんでいく。騎士っていうか、こいつ、アマゾネスか何かじゃないか?と思ってしまう。騎士っていうわりにはなんというかこう、品が……。

 最初こそまともかと思ったが全然そんなことはない。むしろ今のところぶっちぎりでひどい。

 しかし何が悲しいって多分実力はある。あの時石の不意打ちはあったもののそれ以外の動きに特に問題はなかった。

 まあその後暴走したんだけど。

「で、やーちゃんは今後暴走は改めるつもりはあるの?」

 アルトナ特有の謎の呼び方にヤラフィが加わったらしい。ヤラフィは心底不思議そうな顔でアルトナに言う。

「改める……というのはよくわからないが、指示はできるだけ聞くつもりではある」

「そっかー、偉い偉い」

「だが私は自分を信じているので保証はしない」

 すると、アルトナもがっくりした様子で食事中だというのに頬杖をつく。

「こりゃー深刻だわ……」

「そもそも、魔物なんてゴミクズの畜生どもじゃないか。なぜとやかく言われるのか」

「毎回毎回あれやったらこっちの胃までキリキリするの! あとあれだけ騒いで今回は何もなかったけどもっと上位ダンジョンとかだとうじゃうじゃ魔物が寄ってくるんだよ! わかる!?」

 ミシェルの胃はもうすでにボロボロな気がするけどそこには触れないでおこう。

「なるほど、では次はできるだけ静かに淡々とこなすことにしよう。努力する」

 努力の方面が違う。もうミシェルは机に突っ伏して「もうやだ……」と嘆いている。アルトナも呆れた顔でパンをちぎりながら視線を合わせようとしない。イルゼもヤラフィのことを少し怖がっているようで距離がある。

 大丈夫だろうかこれ……。






 その後、ヤラフィの部屋などのごたごたが終わり、ようやくゆっくりできる、といったタイミングでミシェルが声をかけてきた。

「あ、レブルス。ちょっと付き合ってくれないか」

「断る」

 聞く前から嫌な予感がする。

 というか明日協会に行って希望者と会わないといけないし早寝早起きを実行したい。

「少しくらい付き合えってば。アルトナー、僕らちょっと飲みに行ってくるから戸締まりよろしく」

「なあ、俺の意思って基本無視なの?」

 遠くでアルトナがやる気のない返事を返したのを確認して、ミシェルは上着を羽織る。俺も渋々上着を取って家を出た。

「念のため言うが娼館だったらぶっ飛ばす」

「えっ、じゃあバーにでもするか」

「お前ほんとふざけんなよ」

 何も言わなかったらこいつ娼館に巻き込むつもりだったらしい。死ねばいいのに。

「まあ、そっちはまた今度にしておくとして」

「絶対いかねぇぞ」

 ミシェルは聞いているのかよくわからないどこかふわふわとした受け答えではぐらかしながら夜の町へと歩みをすすめる。静かな住宅街、宿泊通りを抜けて酒場の多い通りに出る。といっても全てが酒場ではないため閉まっている店もあるがだいたい賑やかな声が聞こえてくる。ぼんやりとミシェルの後についていきながらふと昔を思い出してしまう。

 ――夜まで楽しく飲み明かすのはいつの頃の夢だったか。

 まだ15歳前後の頃、自分は若いが故に酒場で長く楽しめなかった。仲間はそれを苦笑しながらそのうち慣れると言っていたがついぞその日はこなかった。

 先日、4人で酔いつぶれた時は楽しむとかそういう次元の話じゃなかったから除外するとして、俺は笑顔で過ごせるのだろうか。

 そんな不毛なことを考えているとミシェルが振り返って道を示す。

「ほらここ、裏通りに面してるからわかりづらいけど隠れ家的なバーなんだ」

「お前、俺よりこの町詳しいよな……」

 むしろ出身なのに俺はこの辺の店を知らなさすぎるんだろうか。

 小さな看板にはディオニュソスの庭と書かれており、恐らく店名なのだろう。それしかないものだから中がどうなっているのか想像がつかない。なんせ窓もないのだ。

 ミシェルが迷いなく入るので俺もそこに続く。中はシックなインテリアで統一されており、どことなく荒々しい冒険者が集う酒場とは違う少し高級そうな店だ。

「マスター、久しぶり」

「おや、ミシェルさんですか」

 マスターと呼ばれた男性は60……いや、50歳前後くらいで柔らかな老紳士といった印象だ。清潔感のある装いに白髪交じりの髪は綺麗に整えられている。上流階級に仕える執事と言われても納得する雰囲気だ。

「今日はお連れの方がいらっしゃるんですね」

「ああ、僕の相棒」

「相棒になった覚えがないんだが?」

 否定するつもりはないが勝手に何言っているんだこいつ。そんなやりとりにマスターは微笑ましそうに目元を細めた。

「ミシェルさんにもお仲間ができたのですね。喜ばしいことです。どうぞ、お好きな席へ」

 そう示された店内はわずかながら人はいるものの一人二人くらいだ。

 がら空きのカウンター席に座ると、店の隅にいる人物とふと目が合う。なぜか驚いたように目を見開いているその人物は俺なのかミシェルなのかわからないが急に観察するような目で見たかと思うと席を立つ。

 赤毛に、青い瞳のその人物が近くを通り過ぎる。じっと、俺を見たその左目の下にはほくろがある。妙に印象に残る人物だと思った。

 そしてその人物は会計を済ませて店から出ていってしまう。なんだったのだろうか。

「どうかしたかい?」

「いや、今出ていった客、妙にこっち見てたなって」

「僕を?」

「なんでそうやってすぐ自分のことだと思えるのか、その自信はどっから湧いてくるのか教えて欲しい」

 まあ確かにミシェルは顔はいい。男女がとてもわかりづらいがそれを差し引いても整っているので無駄に注目は集めている。そのせいか視線に関してはダンジョン外だと気にもとめていないらしい。

「俺かお前かわかんないけど、そこ通ったときは俺を見てた」

 観察、というより品定めといった感じに近い。しかし、面識はないはずなのでなぜそんなふうに見られたのか見当もつかない。一瞬、明日の面会のことが浮かんだが、一見して冒険者に見えなかったので微妙なところだ。といっても、俺たちだって冒険者に見えない普段着なので相手だってそうかもしれないし考えるだけ無駄だ。

「ああ、そういえば……協会でも誰かに見られてたような……」

 視線は感じたがその正体はわからなかった。最近なぜかよく見られている気がする。

「モテ期?」

「お前のそのポジティブなところ嫌いだわ」

 こっちは真面目な話をしているというのになぜそうポジティブというか楽観的なのか。

「だって君が見られる要素なんて、なぁ?」

「悪かったな、お前と違って注目されない人間でよ」

「まあまあ、とりあえず何飲む? ここ、カクテルとかがメインなんだよ」

 マスターがにっこりとこちらを見守る中、初めて来た客用のメニューを取り出してこちらへと差し出してくる。東の大陸から渡ってきたというものもちらほら見かける。というかそもそも炭酸水が東の大陸の技術を持ち込んだものだから歴史はこの大陸ではまだ浅い。なのでソーダだのジンジャーエールだの、違いなどがよくわからないのだ。

「とりあえず……ギムレットで」

 度数に関しては気にしないことにした。どうせ飲み過ぎなければこれくらいは余裕だし。ミシェルはちょっと胡乱げな目でこちらを見ているがなぜだろうか。

「じゃあ僕モスコミュールで」

 マスターは頷いてカクテルを用意している。

 その間、ミシェルはすごく真面目な声音で呟いた。

「ヤラフィどうしようか……」

 どうやらそのあたりの話をしたかったらしい。といっても、具体的な解決策などないからただの愚痴なんだろうが。

「お前が勧誘した以上はまあ、どうにか矯正するか認めた上でうまく扱うしかないだろ」

 現状、追い出すという選択肢はない。なぜならそんなことで追い出していたらメンバーが集まらないし、もう王都からこっちに呼んできている以上、さすがに放り出せはしない。というか追い出して悪評を撒かれても困るというのが本音だ。

 実力に関してはダンジョンはまだ初心者ではあるが戦闘は元騎士というだけあって問題はない。あの暴走癖さえ目を瞑れば優秀であるのは間違いないのだ。

 ……いや、あの価値観もちょっとやばいけど。

「だーよねぇ……明日の君が面接するやつがまともだといいけど……」

「どうだかな。サリーナの反応微妙そうだったし」

 歯切れが悪いというか、なんというか含みがありそうだったし、期待しないほうがいいかもしれない。

 マスターがカクテルを運んできてくれると優しげな声で言う。

「出会いというものは一期一会ですからね。早急な判断は縁を失いかねませんよ」

 言わんとしていることは分かる。ここで切り捨てるのは簡単だが結局のところ、俺らの目的はダンジョンを『冒険』するというある意味異端なことだ。それでも、ミシェルが勧誘してきた3人はそれを同意した上で来てくれているという。

 明日会うやつがもしそれに渋るようならどんなに人格者でも、どんなに優秀でも残念だが見ているものが違うということになる。

 見ているものが同じ仲間を探しているのだから、多少の難ありは受け止めるべきかもしれない。

「とりあえず、明日の人がもし問題なさそうなら人数揃うしギルド組めるね。名前とか決めた?」

「全然。まあでもなんとかなるだろ」

「名前なんてそうそう変えられないしちゃんと考えたほうがいいと思うよ」

 そうは言うがギルド名とか考えたこともない。なんだ、どういうのがいいんだ。

「そういうお前はなんかいい案はあるのか」

「全然」

「なんだそれ」

 ちびちび酒を口にしながら少しだけ笑う。こうして話すのは苦ではない。落ち着いた雰囲気の店だからかあまり気が立つこともなくダラダラと会話が続いていく。

「そもそもお前、見る目がないんだよ。俺も含めて」

「君、まだ自分を卑下するのかい? 僕は君に出会えてよかったと思ってるけど?」

 オルヴァーリオの湖底で差しのべられた左手を握ってしまったことから始まったギルド結成と夢の約束。

「少し後悔してるけどな」

「えー、ひどくないか?」

「雰囲気に乗せられたけど冷静に考えたらお前が相棒とか荷が重すぎるっつーの」

「僕の手を取ったこと、後悔してるなんて言うの君ぐらいだよ」

 後悔、とは言うもののこの程度、過去に比べればたいしたことない。手を取らなかった時のことを俺は想像できないでいる。前のように淡々とした日々に戻るだけだろうに、なぜかその日々を思い出せないくらいには今の生活が当たり前になっている。

「後悔のない人生なんてきっと存在しないさ」

「それもそうだな」

 どんな選択をしても、いつか後悔するときはくる。選ばなかったほうが正しいとも限らないのに。

「僕も色々あったからね。組んだパーティーのメンバーが死んだり、揉め事で空中分解したり。でも全部引きずってたらソロ活動なんてできなかったし、切り替えてできるだけ引きずらないよう心がけているのさ」

 酒を口にしながらミシェルはどこか遠くを見るような目で語りはじめる。俺と違って、色々なパーティーやギルドを転々としてきたであろうミシェルは、俺よりも出会いと別れが多いのだろう。

 それでも、ギルドを組もうとするその気持ちが理解できないでいたが。

「まあ、たしかに、全部は引きずれないな」

 あることを引きずりまくっている自分からすれば耳が痛い話ではある。割り切れないことだって人間だからあるものだと言い訳しながら。


「僕は、ずっと後悔し続けることがある」


 罪の告白のように、それは苦しみに満ちていた。思わず横を見れば強く拳を握りしめながらミシェルは悲痛な横顔をこちらに向けないまま続ける。

「迷って、迷って、それでも僕は保身だけを考えてしまって、結局後悔しかしていない」

 いつか、忘れると思っていた、とミシェルは語る。いつかそんなこともあったね、と過去のことだと割り切れると信じていたと。

「忘れられないんだ」

 その目は誰かを想っていた。恋や愛などとは思えない。ただ誰かを強く想うその目に俺は釘付けになる。


「どうして、僕は置いていってしまったんだろう――――」


 後悔からくるその泣きそうな声は今にも消えてしまいそうな儚さがあった。特に後半はほとんど聞こえない。

 ミシェルにも抱える何かがある。それを明かす気は今はないのだろう。俺と同じで、信用しているようで信用していない。

 正確には『信じているが故に明らかにすることで失うのが怖い』というべきか。人に聞かせていい気分になるようなものではない。そうわかっているから口を閉ざしてしまう。

 それが悪い事とは思えなかった。自分だって、過去のことを未だミシェルには言わずじまいだ。ただ、なんとなくだが察しているかもしれない。

「……ごめん、急に」

「別に」

 それ以上は言えないのか、それとも口を滑らせてしまって慌てて口を閉ざしているのか。とりあえず、それ以上は話すつもりはなさそうだった。

 無言の空気が続いたところでマスターが声をかけてくる。

「お次、何か飲まれますか?」

 気づくと二人ともグラスが空になっている。ミシェルは一瞬悩んだようだが先ほどまでの空気をなかったことにしたいのか明るさを作った声で言う。

「あ、僕次ミモザで」

「じゃあ俺マティーニ」

 またしてもミシェルの怪訝そうな目に「なんだよ」と言い返すとすごく低い声で言われる。

「……君結構強いの飲むけどやっぱり強い方だよね」

「まあ、それなりに」

 一気に飲まなければそんなに酔うことはない。

「なんであの時酔ったんだか……」

「何の話だ?」

「いや、なんでもない」

 結局はぐらかされてしまった。そういえばあの4人で酒場にいったときの後半の記憶がないからあのとき酔ってしまったんだろうか。

 その後、湿っぽい話はせずにだらだらと酒を飲みながら会話をし――夜が更けていった。




『どうして、僕は置いていってしまったんだろう、マリーのことを』




 マリーと、よく聞かなければわからないような小さな声でミシェルが呼んだ名を、心に留めながら。











「――ミシェル?」

 女は長い、一本の三つ編みを抑えながら閉ざされた小窓から空を見上げる。

 出ることの許されないその小さな石造りの部屋に一人、女は独りごちる。

「そんなはず、ありませんか」

 どこか自嘲するような声。紫の髪が月明かりによって照らされ艶を帯びているように見える。衣服は寝間着なのか質素なもので、飾り気はない。青緑色の瞳が悲しそうに揺れていた。


 ――ずっと、ずっと待っていた。


 ――どれだけ待ってもあなたは来なかった。


 ――だから……。


 冷たい石の壁に手を触れるとじんわりと体温が伝わっていく。かつて、手を繋いだ誰かを想いながら女はただ手の届かない夜空の星を見つめていた。



とっても今更ですがお酒は二十歳になってから(作中の人物は二十歳じゃないけど法的には問題ありません)。

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